「コラボ依頼」の衝撃
数日後の深夜、俺のDMボックスに一本の新着メッセージが入った。差出人は“MIZUKI”。
思わず鼓動が速くなる。あれから彼女の配信を何度かのぞきに行ったけれど、いまだに具体的な“新人V”の名前は公表していなかった。視聴者の「相手は誰?」という質問にも笑ってはぐらかし続けている。
俺は画面を見つめながら、震える指先でDMを開く。そこには、こう書かれていた。
《こんばんは。突然ですが、コラボ配信のお誘いです。
もし可能なら、あなたと一度お話ししたいのですが……どうでしょう?》
シンプルな文面だけど、心臓が飛び跳ねる。大人気VのMIZUKIからの直接のコラボオファー。この段階で「うわ、すごい」と思うべきか、「ちょっと待て、何か裏があるんじゃないか」と警戒すべきか、頭が混乱している。
さらにメッセージの最後には、こう書かれていた。
《私は、あなたの声をずっと前から知っています。やっぱり“あの”声だよね?》
――“あの”声。
その言葉に、呼吸が止まりそうになる。まるで俺が過去に誰かと深く関わっていたことを知っているかのような書き方。
たまたま配信を見て気づいた、という意味かもしれない。けれど、その文面はまるで、俺の素性を知っている、と言わんばかりだ。
過去に俺の“生”の声を聴いたことがある人なら、もしかして――頭に浮かぶのは、あの名を持つかつての幼なじみ。でもさすがに、そんな偶然はないだろうと自分で打ち消す。
考えてもわからない。ならば直接確かめるしかない。俺は震える手で返信を書く。
《ご連絡ありがとうございます。コラボのお誘い、とても嬉しいです。
ただ、ちょっとだけお伺いしてもいいですか? “あの”声とは……何か心当たりがあるのでしょうか?》
送信を押したあと、しばらく息が詰まるような時間が流れる。既読がついたかどうか、確認してはスマホの画面を閉じ、また開き――を繰り返す。まるで片想いの相手の返信を待つ中学生みたいだ、と自嘲する。
数分後、ぽんと返信が届いた。
《本当にごめんね。あまり深くは言えないの。
でも、あなたが“蒼井悠真”――もしくは、そうじゃなくても――あなたはあなたの声で、すごく大事なものを持ってると思う。
一度、話してみたい。よろしくお願いします。》
心臓が一気に鼓動を速める。“蒼井悠真”という本名が、DMの中に書かれている。どうして? なぜ彼女が俺の本名を――。
顔から熱が引いていくのを感じる。頭が真っ白になった。いや、冷静になれ。これは何かの間違いか、もしくは本当に彼女が俺の昔を知っているのか。
どちらにせよ、こうなった以上は避けて通れない。俺は覚悟を決めてキーボードを打ち始める。
《わかりました。お話、させてください。
正直、俺の素性を知っている方がいるのは驚きましたけど……コラボ配信、ぜひやりたいと思います。日時など相談させてください。》
送ったあと、しばらくして再び返信が来る。
《ありがとう! じゃあ、まずは通話で打ち合わせしよう。
時間の都合、そちらが合わせやすいときでいいから、また連絡くださいね。》
たった数往復のメッセージで、俺の世界が大きく揺さぶられているのがわかる。
――まさか、本名まで知っている相手が、この配信の世界にいるなんて。俺の中で、引きこもり生活が崩れる音がした。
心がざわつき、胸が騒ぐ。顔を出さないから安心、なんて思っていた俺の甘い考えが破られていく。けれど、不思議と激しい恐怖というよりは、どこか強い好奇心と緊張が入り混じった感覚だった。
もし本当に相手が“あの人”なら、俺は何を話せばいいんだろう。中学時代のこと? それとも、今の自分の気持ちをそのまま伝えればいい?
いずれにせよ、もう戻れない。配信を始めてからわずか数日の間に、俺の生活も気持ちも大きく動き出している。
そして、ここから先、さらに激しく動き出すことになる――知らない方が幸せだったかもしれない。でも、知りたい。誰なのか。どうして俺の名前を。
最初はただ、“顔を出さずに声だけでつながりたい”と思って始めたVの世界。それが今、過去の自分との再会へ繋がろうとしている。
俺は深夜の静かな部屋で、スマホの画面を見つめたまま、大きく息を飲んだ。いつの間にか、手のひらには汗が滲んでいる。
もしこの先、コラボ配信で“正体がバレる”ことが避けられないのだとしたら――どうなる? またあの頃のように、顔を茶化されて笑われるのか? それとも、別の未来が待っているのか。
わからない。でも、逃げるわけにはいかない。この声が、俺の生きる証なんだから。たとえ恐れがあっても、進むしかない。
その決意はまだ弱々しく、震えるものだった。でも一筋の熱いものが、心の奥で燃え始めているのを感じる。
“ユウマ”という仮の名前。でも、確かに俺は“蒼井悠真”。この声を通じて、誰かとつながりたいと願ったのは俺自身なのだ。
――こうして、“謎の新星V”ユウマと“元・委員長V”MIZUKIの、運命的なコラボが幕を開けようとしていた。
これが、すべての始まり。後に振り返れば、俺の不登校生活が本当の意味で動き出した第一歩は、この一通のDMだったと言えるかもしれない。
顔を出さず、声だけで生きるはずだった俺が、“かつての誰か”と再び交わる。その先にあるのは、希望か、それとも――
夜は静かに深まっていく。窓の外で吹く風が、カーテンをわずかに揺らす。これまでなら嫌悪していたはずの“外の気配”が、今は不思議と柔らかく心をくすぐるように感じられた。
――そして、俺はスマホの電源を落とさずに眠りにつく。いつコラボの詳細連絡が来てもいいように。
夜の闇に溶け込みそうなほどの鼓動を確かめながら、俺はそっと目を閉じる。期待と不安で満ちた鼓動を、夢の中へと運んでいくように。




