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第二話 迷いびと。

白く無機質な部屋の玄関の前で立ち止まり、凪樹はため息をつく。

無駄に広い部屋を見渡すと、高級そうな楽器が乱雑に大量のダンボールへと放り込まれていた。

それを見る度に、楽器を投げ出したくなる衝動にかられるが、

いざ捨てようとしても何故か捨てられないのだ。

中学三年生。すでに、受験戦争も推薦合格によって勝利している。

けれど、凪樹の心は浮かない。むしろ、不合格になりたいぐらいだ。


『お父様たちのように、シュルネード音楽学院に入ったらどう?

 あそこで、ご家族も才能を発揮したみたいだし。私も自慢できるわ――――――』


お父様も誇りに思われるわよ、とでも続いたのだろうか。

自分の教え子があの指揮者の娘で、有名な音楽学院に入った。

そりゃ、先生は嬉しいだろう。

けど、先生の理想を押し付けられているだけなんて、たくさんだ。

しかし、幸いなことにそれを聞くことはなかった。

なぜなら、浮かれている先生を残して、教室を飛び出したからだ。

凪樹は東京で、県立の高校にいくつもりだった。

知られなければ、何も問題はない。だから、イラつく心を押さえ、推薦で受けれるようにした。

あの時の言葉は、まだ、凪樹の心からは消えない。


『まあ、詩歌さんは音楽の才能を持っていないみたいだしね。そこで良かったんじゃないかしら?』


(あんな奴に――――何がわかるっ!)

結局、皆が言うのは父と母と兄のこと。

きっと有名人の子供も、他の音楽家の子供も、同じような思いを抱えているのだろう。

ただ――――。私には、見返す勇気も、やる気もなかった。

ついてまわるのは、期待と嫉妬の視線。七光?贔屓?

勝手なことばかり行って、挙句の果てには私になりたいなんて言ってくる奴までいる。

代われるものなら、代わってやりたい。

そう言われる心地を体験してみたらいいだろう。

心が冷えていくのを。凍っていくのを。感じてみればいい。

親が用意した家に住むのも、本当は嫌だった。

ポストに溜まっていく手紙の束と、積まれていく楽器のダンボール。

本人たちには悪気はないのかもしれない。

手紙にだって、心配するような文字の羅列ばかり。

・・・なら、どうして帰ってこない。前に会ったのは、五歳になったばかりの時。

お金と手紙と楽器。そんなの、欲しくない。

私が喜ぶとでも思っているのだろうか。

母が申し込みした音楽教室でも。


『あら・・・。麻衣さんとは、全然出来がちがうのね。あの人の娘なのに・・・』


五歳児がフルートをいきなり渡されて、いきなりできるとでも思っているのか。

その時から、もう心は凍っていた。

学校でも、そんな言葉ばかり。もう、たくさんだった。

あの家族の期待から逃れるために、音楽の授業はさぼり、楽器なんて触らなかった。

それでも、呪縛からは逃れきれない。






「・・・やっぱ、図書館に行こ」




カバンだけ投げ出し、お気に入りのウインドブレーカーだけを羽織って外に引き返した。

もう夕暮れ色に染まっている雲と空。

自分が隔離された穏やかな世界を、このときだけは感じることができる。

風が吹く。誰にでも、気まぐれに。

歩きながら、小さく微笑を浮かべる。

普通の家に産まれて、駄々をこねて、母に怒らえて、それでも暖かい食事が待っている。

自分が大人になったら、絶対にそんな家庭を築くのだ。

図書館の荘厳な鐘の音が鳴っている。特徴的な銅像も見えてきた。

でも、ふと思う。

もし、違う世界に行けたら。私はただの詩歌 凪樹になれるのか。


「なんて、叶うはずが――――――――


ない、と言おうとしたはずだった。

けれど、突然殴られたような衝撃を後ろから感じ。

為す術もなく、暗く閉ざされた世界へと誘われてゆく。






まさか。

本当に叶ってしまうとは、思ってもいなかった。







早めのトリップをいたしました。

亀の更新ですけれど、お付き合いいただければかなり嬉しいです。

基本的に無口な主人公。本が好きです。ちなみにメガネはしていません。

・・・・私に似ています、ナギちゃん。

顔はナギちゃんの方が断然可愛いですがね。

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