Ep.1-8 〝《伝説の魔法使い》カーヴェラ〟
ドドドドドドドドドドドドドドッ
「〝滅せよ〟ーー!!」
ブウウウウウウウウンンンンッッッ
「〝散れッ〟ーー!!」
ドオンッーー!
先程から繰り広げられる魔法の応酬。果たしてどれくらいの時間が経ったのだろうか……。
《魔将十傑》ベルゼブブと名乗った男が引き連れてきた一万を超える《魔蟲》を前に、圧倒的とも言える破壊力の魔法を駆使して一切合切を殲滅する目の前の女性ーーカーヴェラは、呼吸すらままならないハイテンポの速度での攻撃にも関わらず息一つ乱さずに、鮮やかですらあるような立ち居振る舞いで、連続して己の魔法を解き放つ。
「魔王様の命で小娘を消しかかりに来たが……まさか貴様がこんな辺境の他にいたとは少々誤算だ……だが、その程度。この俺様には通用せんぞ!」
苛立ち混じりに左手を掲げ、奥の方に潜んでいた大型の《魔蟲》を呼び出すベルゼブブ。その大きさは家一つ分程あり、鎌のような爪の8本の脚に十の目、羽音を立てて飛んでいるその姿は見ているだけでおぞましく、吐き気がする。
「はんっ!この程度で焦っているようでは、私の肌に指一本触れられはせんだろうな……。だが、せっかくの〝宴〟だ。もう少し楽しませてまらわねば困るぞ小僧よ……」
その目にはハッタリでもなんでも無く、ただひたすらに退屈凌ぎでもするように、あるいは食事でも楽しんでいるような、そんな平然とした余裕ぶりだった。
「ちょこざいなーーくたばれぇ!!」
ドドドドドドドッ
《魔蟲》の持つ鎌脚が連続してカーヴェラを襲う。しかし、相対するカーヴェラは魔法の一つも使わずに、ただ己の身体能力だけで回避し続けていた。
「どうしたどうした〜?そんなにたくさん手足があると言うのに、女一人捕まえられないんじゃあ下僕としてはまだまだだな」
チィッ、と舌打ちし続けて後方の《魔蟲》にも号令をけしかけるベルゼブブ。脂汗をかいたその表情と軽率な判断は、完全にカーヴェラの掌の上で踊らされている証そのものだった。
《伝説の魔法使い》カーヴェラーー。
その名を知らない者はこの世界にいないだろう。いたとすればそれはよほど外界と隔離された環境で生きる仙人か、赤子くらいである。
かつて数多あるダンジョン、神殿、古代遺跡、未踏領域、裏世界、ありとあらゆるこの世の謎に挑み、解き明かし、〝世界最強〟の称号さえも手中に納めたーー希代の魔法使いーー。
もはや人類における彼女の偉業は計り知れないであろう。
故に、稀にいるのだ。
その一人の人間がもたらしたにしては偉大すぎる功績のあまりに、存在そのものが架空のものではないのか?
存在はしても、噂話に尾鰭が付いただけで、実在は大したものではないのではないか?……と。
そんな疑問は、相対する絶対的な恐怖感とも呼べる圧倒的な力で粉々に捩じ伏せられた。
グシャッ、ドバッ、バシュッーー!
《魔将十傑》ベルゼブブの直属の配下ともいえる魔物達は、彼女の圧倒的な〝腕力〟だけでねじ伏せられた。
「さあ……どうする大将?まだそこら辺にいる〝雑魚〟をけしかけるか?」
圧倒的なまでに、絶望的な戦力差ーー。
「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなあっっっ!!!この俺様を誰だと思ってやがる!?《魔将十傑》だぞお!」
「懲りない奴だな……〝誤差〟程度なんだろ?私は……」
残り約八千匹ーー額に手を当ててやれやれと呆れたカーヴェラは少しの間目を瞑りーー。
「はっ!とうとう観念したか……!?だがもう遅い!この俺様に歯向かった罰だ!大人しくくたばれ……!!?」
ーー瞬間、背筋が凍る。
その場にいた全員が死を覚悟せざるを得ない程の魔気。
カーヴェラは白蒼色のオーラのようなものを纏いながらそこに佇んでいた。
と、その恐ろしくも美しい魔気を放つ本人は、静かに瞳を開く。
「ーー!?貴様ーー」
「っ!瞳の色が……」
ベルゼブブと同様に、ポピィもその姿に目を見張る。
ゆっくりと開かれたカーヴェラの瞳は、先程までの黄金色とは打って変わって、左は真紅の赤い瞳、右は紺碧の青い瞳と、左右対称の色合いとなっていた。
と、やがてその場の時間が動き出し。
コツッコツッコツッコツッ
カーヴェラはゆっくりとベルゼブブに近づいていく
「っーー!やれぇ!!やれぇぇぇ!!」
恐怖によって錯乱したベルゼブブによって大軍の《魔蟲》がカーヴェラ向かってけしかけられる。
対するカーヴェラはーー。
「少し本気を見せようか……」
パチンッと、左指を弾く。
するとそこには、カーヴェラを中心とした半径約三メートルの魔法陣が展開される。
「〝魔女の領域〟発動っーー!」
ギュイイイイイイイイイイイッッッ
と、魔法陣に入った側から《魔蟲》が絶命する。
カーヴェラの奥義の一つ〝魔女の領域〟。
この魔法陣内に入っただけで一定レベルの魔気を持たない生物は強制的に絶命する。
次いでーーダンッと地を蹴り一瞬でベルゼブブの眼前まで駆け抜けるカーヴェラ。
「っーーー!!!!」
ベルゼブブの表情が一気に青ざめる。
当然だ。先程まで見せたカーヴェラの身体能力と今のそれとでは推測できるレベルに大きく差があるのだ。
それこそまるで別人と言われた方が納得できるまでに。
〝絶対領域〟の能力二つ目が全ての魔法の無詠唱発動及び、+性能大幅上昇。
これによって全ての身体能力上昇魔法を無詠唱かつ性能大幅上昇することができ、カーヴェラが目にも止まらぬ速さでベルゼブブと間合いを詰められた理由だ。
「ぐっーー!?ごはぁっーー!」
ガンッ、ドガッ、と二発カーヴェラによる平手打ちと蹴りがベルゼブブに入る。
そして…………
「っはははははははは!!!引っかかったなあ〜!?食らえ!この俺様の奥義〝死の毒〟ーー」
血反吐を吐きながらそう言ったベルゼブブは、魔法が発動出来なかった。
「っーー!?何故だっ!?何故だぁ!」
〝魔女の領域〟の能力三つ目。
それが、カーヴェラの魔法陣内では魔法の発動の〝強制無効〟。
本来ベルゼブブの持つ〝死の毒〟は近接特化で数滴触れれば即座に絶命するレベルの脅威的な魔法だが、発動出来なければそれも効果がなくなってしまう。
故に、詰みである。
「じゃあな……来世で会う時は精々、〝部下を思いやってやること〟だなーー」
「やっ……やめっ!!」
左手を差し出し、ギィヤァァァァアアアアアアアーー。と、断末魔を上げながら、カーヴェラの無詠唱での魔法によって消滅させられるベルゼブブ。
「哀れな奴め……」
ふと、カーヴェラから吐き捨てるように溢れる。
砂煙が晴れやがて訪れる静寂の中、ポピィはただ一言。
「これが……《伝説の魔法使い》……カーヴェラさん……」
激動を制したカーヴェラの背中は、ポピィの目を奪うのに十分な荘厳さがあった。
《魔将十傑》ーー果たしてこれだけの相手を倒せる存在が世界にどれだけいるのか?
それを無傷に抑え、圧倒的な力でねじ伏せたカーヴェラの強さは、正しく《伝説の魔法使い》と呼ぶにふさわしいものだった……。