Ep.4-8 〝誘拐〟
聖国の一室でーーイリアが窓の外を眺める。いつの日かのような虚な目では無いが、何か不安を含んでいるような瞳だ。
「イリア様ーーどうかされましたか?」
使いの女が、イリアにお茶を持ってくる。とーー、窓の外を眺めるイリアに対してどこか不思議そうに質問をする。
「いいえーー大した事では無いわ…………ちょっと、曇り空なのが珍しくて気になっただけよ」
ニコッーーと微笑み、椅子に座って出されたお茶を飲む。しかしーー〝大聖女〟である彼女の不安は、嫌な形で的中する事になるのだったーー。
(きっとーー大丈夫よね?あの人ならーーカーヴェラさんがついているなら…………)
その日の聖国の天気はーー珍しく曇りがかった空が広がっているのだったーー。
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「それじゃあそろそろ開始するわよ。……狙いはあの〝赤髪赤目の娘〟唯一人ーー。」
「他はどう対処する?側にいるのはあの《伝説の魔法使い》カーヴェラだぞ?かつて〝魔神〟を倒したーー〝生ける伝説〟だーー。」
背中に〝黒い天使の羽根〟の刺繍をした二人組の男女がーーポピィ達一向の距離から約一キロ程離れた場所で佇んでいる。周囲の人間及び、カーヴェラ達に存在を知られないように『潜伏スキル』を超える『消姿スキル』を発動し、魔気による探知すらも効かない状態だ。
故にーーカーヴェラは違和感を覚えていたーー。自身の使う『結界魔法術』に全く触れないにもかかわらず、彼女の〝勘〟が告げているのだーー。
この旅路の最中ーー何かがあるーーと。
「嫌な気配だな…………」
ポツリーーと、カーヴェラはふと溢す。荷物を纏めて馬車に乗る直前のカーヴェラの様子に、ユウキはキョトンと首を傾げた。
「何やってんだお師匠?早く乗れよ」
「ああ…………わかっている。」
他の者達も皆一様にわいわいがやがやと騒いで談笑を楽しんでいる。そんな皆を心配させぬようにと、カーヴェラは結界を解除しないまま、『物理感知スキル』を発動した。
「これでいいか…………これなら例え敵の姿が見えなくても〝異物〟が入ればすぐにわかるーー」
しかしまるでカーヴェラの行動を予測したようにーーカーヴェラのスキルは裏を突かれる結果となるのであったーー。
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表向きは魔晶石を売買する『イギュレーション・カンパニー』。世界でも有数の魔晶石を提供するこの会社は冒険者及び王国の騎士族からも多大なる信頼を集めており、年間の売上高は実に金一億枚(金一枚あたり宿の宿泊費五日分)に相当する。…………しかしこの会社の内情は収益の一部を《反逆の使徒》に回しており、その地下施設には彼らのアジトの一つがあるというーー。
十二時間前ーー。
反逆の使徒ーー〝第七司令部〟。
「やあやあ来てくれたようだねぇ〜。実行部隊としての君たちの評判は聞いているよぉ〜。ミシェル、グラエラ」
自社の特性魔晶石で作ったーー白い蛍光灯の付く部屋で、白衣を羽織りーー腰まで伸びた白い髪と眼鏡が特徴の女性が髪をくしゃくしゃと掻きながら二人の客を歓迎する。
「こちらこそーーお目にかかれて光栄です。《反逆の使徒》の《ナンバーズ》が一人…………ナンバーズ・セブンーー《霹靂》の〝エナ様〟」
「表向きは大企業の社長ーー裏ではその名を轟かせた偉大なる魔法使い。そんなあなたが、一体どのようなご用ですか?」
燈色のショートボブの髪に司祭服を着込んだ少女ミシェルと、青色のかき上げた髪に戦闘服を纏ったグラエラという青年がエナの前で跪く。
「私なんて上の奴らと比べたら大したものじゃないよ〜、あっはは。まぁ〜そうだねぇ〜、つまるところ君たちにはある任務を任せたくてね」
エナは少女の顔写真が左端に印刷された一枚の書類を、ペラっと二人に手渡す。
「これは…………?」
「その子を攫い出して欲しい。報告ではその子はカーヴェラの屋敷に住んでいるらしいから、簡単では無いだろうがーー期待しているよ」
エナが眼鏡を取るとーーその眼下からは紫色の瞳が覗かせていた。途端ーーミシェルとグラエラは痛感する。
この女とはーー絶対に戦ってはならない。戦えば確実に死が待っているーーと。
《反逆の使徒》はその特殊な性質から内輪揉めなどが絶えず、団員同士で殺し合う事も稀にある危険な集団だ。その中においてエナが最上の立ち位置である《ナンバーズ》であるという絶対感は、二人が人生の中で出会った中で初めての出来事であったーー。
「心配しないでーー。私は仲間とは戦わないから」
ニコッと微笑みながら、エナはスタスタとその場を去っていく。後に残るのは緊張から解放された安堵感と、永遠にも思える静寂だけであったーー。
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馬車がゴトゴトと駆け抜けていくーー。
ゆったりとした午後の日差しは、皆の副交感神経を撫でるようにお昼寝の時間へと誘ったーー。
すやすやと息を立てて眠りこけるセシリアの傍で、彼女の顔を肩に乗せながらポピィはお気に入りのサンドイッチを頬張る。今日の具材はチーズとレタスにブラック・ピッグの黒豚ベーコン、トマトを挟んだものと、シンプルなツナマヨネーズの二つである。
「あぁ〜ん…………パクッーーんぅ〜…………おいしい〜!!」
落ちそうな頬っぺたを抑えながら、太陽のような満面の笑みでニコニコと微笑むポピィ。クッション代わりに抱き抱えていたゼリーはいつの間にか、目の前に座るユウキに奪い去られていた。当人もまた、ゼリーと共に夢の中である。
「ぷぷっ、ユウキさんったらよだれまで垂らしちゃってーー」
含み笑いをするポピィを尻目に、目の端を下げて微笑む御者台のカーヴェラが。
「本当にーーお前は太陽みたいに笑うなポピィ…………。」
狭い峡谷に差し掛かった頃、穏やかに過ぎていく午後の風が、カーヴェラの元を靡く…………しかし、その穏やかさが彼女にとって仇となったーー!
「っーー!!しまった!!」
途端ーー風が二人の男女の姿へと変化する。
カーヴェラは急いで綱を引き、馬を止めるーー。いつもであれば止めるまもなく手を出せていただろうが…………一転すれば深い谷底に落ちる地形が、一瞬彼女の足を止めた。しかしーーその一瞬は彼女にとって、致命的となったーー!
「わっ!だ…………誰ですか!?」
その女ーーミシェルはポピィの質問に返答する事なく、問答無用で彼女の腕を掴みーー連れ去る。
「っーー!!誰だテメェ!?」
不安な気配を感じ取って目が覚めたユウキだったがーー、その頃にはポピィは馬車の外へと連れ去られていた。
こてんっーーと、寄りかかる所を失ったセシリアが目を白黒させながら目覚める。
「う……あ、あれ?ここどこですか〜?」
目をこする彼女はまだ夢現で、何が起きているのかついていくのにさっぱりだったーー。
「ポピィっーー!!」
咄嗟にカーヴェラが《上限色覚》に入るーーが、しかしーー時既に遅し。二人とポピィは風となって消え去るのだったーー。
(まともにやり合えば、あなた相手では一秒も持ちはしないでしょうーーしかし、〝人攫い〟なら私達の十八番だからあなた相手でも問題無いわーー)
去り際に風となったミシェルが内心でほくそ笑む。
後に残ったのはーー静かな怒りを心に灯すカーヴェラであったーー。
副交感神経ーーリラックスしたり睡眠中に優位になり、安静と消化を促したりする。
十八番ーーその人物が最も得意とする事柄。
夢現ーー夢か現実かわからずにぼんやりとする状態。




