Ep.4-7 〝旅路の宴〟〝《クリスタリア家》の少女〟
ガタガタゴトゴトッーー
カーヴェラ屋敷を出発し、早三時間ーー。カーヴェラ、ユウキ、ポピィ、セシリア、レックス、アレンの六名を乗せた聖国御用達の大きな馬車は、雄大な大地の自然を駆け抜けていたーー。
揺蕩う風がーー窓から顔を出すポピィの顔を撫でる。
「んぅ〜…………気持ちいい〜…………」
ポピィが風で飛ばされないように、帽子を押さえながら広大な山脈を眺める。その膝元では、心地よい馬車の振動に昼寝をしているスライムの姿が。
そんなポピィ達の様子を微笑みながら見守る五人ーーいや、四人だった。ポピィの隣で同様に窓の外を眺めて、同じように紫色のとんがりハットを抑える少女が一人。
「本当〜!すっごく気持ちいいですぅ〜!!」
セシリアもまたーー自然の恩恵を肌で感じながら道中馬車の旅路を楽しんでいた。
「フッーーセシリアもだいぶ気さくになったというか…………俺たち以外では初めてだな。ここまで他人に心を開いているのは」
「いや…………これ、俺たち以上じゃねぇか?…………まあ、同性なんだし当然っちゃあ当然か。ゼルが連れてこなければこんな笑顔を見せることはーーいや、あいつの話はやめておこうか…………」
レックスとアレンがこそこそと呟く。かつてセシリア達のパーティーメンバーだったゼルーーもとい《魔将十傑》ロブルス。なぜポピィだけでなく、パーティーメンバーに引き入れてまで彼女を潰そうとしたのか?
その事がずっと疑問に思っている者が一人いたーー。
(ロブルスーー。かつて聖国で倒した時はあそこまでの強さじゃなかったーー。そもそも魔王軍の狙いは何だーー?本気でポピィやセシリアを潰したかったなら《魔将十傑》三将以上ーー〝三将星〟を連れてこれば確実だったはずーー。何が目的なんだ…………?)
三将星ーー魔王軍で最強の力を持つ三人の《魔将十傑》。上位一将から三将までのこの三人は他の七人とは別格の強さを持つという。先の灰色のダンジョンで華麗が戦った第五将ーージェイク・バルワッハの直属の上官ーー《参謀司令官》ヘル・ゲザートもその一人である。
故にーー弟子達を狙った魔王軍に対してはカーヴェラも、心穏やかではないものがあったーー。
「…………ハァ、ったくーー。せっかくの景色なんだから、ポピィ達を見習ってゆっくりすればいいものをーー」
そのまま日が暮れるまで馬車内で各々談笑し、やがて野宿をするべくキャンプを始めるのだったーー。
……………………。
カンッカンッカンッカンッーー!!
「すげぇなーー傷ついた魔剣がどんどん治っていく。」
「ふふ〜ん♪そうですか?せっかく拾ったのに、この一ヶ月間丸々放置しちゃってましたからね〜!!あっ、あとでレックスさんの剣とアレンさんの槍も治しておくのでそこにおいといてくださいね!!」
「そ…………そうか!!実は聖国に着いたら鍛冶師に頼んで治してもらおうかと思っていたんだけど…………それなら是非お願いするよ!」
「ポピィは鍛冶師…………だったとは聞いていたがーーもうそんなに動いても大丈夫なのか?」
ポピィは金槌をクルクルッと手元で転がしながら、Vサインで応える。
「大っ丈夫!!私、鍛冶してる最中が人生で一番楽しいので!!」
「……………………フッーー」
ゼリーを抱っこしながら、薪火を暖炉にして綻ぶ表情のカーヴェラ。対してユウキはカーヴェラに、料理番としてコキ使われていた。
「ハァ〜…………お師匠料理下手クソだからって何も俺に全部やらせなくても…………」
「手伝いましょうか?」
ため息をこぼし、面倒くさそうなユウキの前に、ひょっこりとセシリアが顔を出す。そんな天使のような提案を前に、ユウキの表情は目に見えて明るくなった。
「何っ!?手伝ってくれるのかセシリア…………お前はなんていい奴なんだ…………!!」
ガシッと手を取り面と向かって礼を言うユウキ。対するセシリアはボッと赤面して恥ずかしそうに視線を逸らす。
「い……いえいえ!ほら、私あんまりまだ皆さんに恩返しができていないので!」
そんな二人を見て、レックスとアレンがユウキの元に駆け寄る。
「す、……すまない。晩飯の支度が途中だったね。ボクも手伝うよ…………いくよアレン」
「あ……ああ、そうだな。本来こう言うのは居候である俺たちの役目だ…………」
去り行く二人の背中を見ながら、武器鍛造を続けるポピィ。
「つるぎ〜を叩けば〜火花が一つ〜、つるぎ〜を叩けば〜火花が二つ〜」
実に楽しそうにポピィはーーロブルスの形見でもある《魔剣ヴァルハラ》に混ぜる素材の一つに選んだーー〝邪竜バルトロス〟の鱗を金槌で叩いている。邪竜バルトロスもまたーー先の灰色のダンジョン〝最下層〟で討伐したダンジョンの主である。
「そういえばだがーーその魔剣は誰が使うんだ?持ち主はもういないのだろう?」
退屈そうにしていたカーヴェラがひょっこりとポピィの元に顔を出す。ちょうど叩き終わりの良いタイミングだったのかーーポピィは汗を拭ってカーヴェラの方へ振り向いた。
「確かにそうですね〜…………持ち主不在の魔剣ーーなんかちょっともったいない気もしますが…………まぁ、私はいい武器が作れればそれでいいので!!」
相変わらず能天気なポピィの考えに、いい腕をしているのにもったいないと呆れるカーヴェラ。少なくともその魔剣の完成度は、かつてのポピィの出来栄えを遥かに凌駕するものだったーー。それもやはり、《英霊界》での鍛錬の成果なのであろうーー。
「それより!ご飯部隊の進捗はどうでしょうか!?」
「はいっ!!そろそろ前菜とスープが出来上がるところです!本日のフルコースはトマト・レタス・山菜にブラック・ピッグの黒豚を使ったグランドサラダに、鶏ダシスープの肉団子、トマトをふんだんに使ったミートソースパスタに、デザートは生クリームとさくらんぼにアイスクリームを乗せたプリンパフェになっております!!」
「よろしい!とてもおいしそうであります!!」
ポピィとセシリアのおふざけ混じりのコミュニケーションにわははと盛り上がる一向。
やがて、セシリア達がご飯を完成させる頃合いにはーーポピィの魔剣も完成するのであったーー。
「「「「「でっきた〜!!!」」」」」
「《魔剣ヴァルハラ》復活っ!!」
ポピィは魔剣をーーセシリア達は夕飯を完成させてハイタッチを交わし合う。カーヴェラの《空間収納魔法》によって出されたテーブルクロスに料理を敷き詰めていき、各自席について食事の合図をする。
「生きとし生ける万物の生命を頂くこの祝福に感謝を申し上げますーー。それではみなさんーー」
「「「「「「いただきま〜す!!」」」」」」
はむはむっ、と各々好きな食事を取り始める。フルコースとはいっても食べる順序はみんなごちゃごちゃだ。
「ほらっ、これゼリーちゃんの分だって〜!どうぞ!!」
「にゅにゅい!(いただきます!!)」
その姿にふと気になったユウキがーーポピィに問いかける。
「なあお前ーー本当に姉貴の方置いてきてよかったのか…………?」
ポピィの姉ーーヒュイを置いてきた事に対して、意外だった面持ちのユウキ。そんなポピィは俯きーーやがて涙を浮かべながらーー!!
「だってーーだってですよユウキさん!!ヒュイったらですね…………私と一緒に聖国に行くよりーーグレイスさんやドロシーさんとお留守番がしたいって言い出したんですよ!!すっごく…………なんだかすっごく悲しいです!いや………悲しいはちょっと違うかな?なんかすっごく妬いています!こう見えて実は結構ぷりぷりしてるんです!!」
「あ…………あ、そうーー」
プンプンッーーと頭から湯気の出ているポピィ。若干苦笑いでやり過ごすユウキだったが、今回はちょっとばかし地雷を踏んだと気まずそうに目線を逸らす。
「お前も大概シスコンだなぁ〜…………前世でもそうだったのかーー?」
カーヴェラのデリカシーの欠片も無い問いに、少しばかり口をつぐむポピィ。しかし、皆も前世というものが気になるのかーーポピィが口を開くのを待っていた。
「…………そう…………ですね。あの子はーー唄は、とても可愛くて…………私にとってこの世の全てでしたーー。だから、もしかしたら私ーーちょっとだけシスコンなのかもしれません」
ニコッーーと微笑んで皆に笑顔を見せるポピィ。から元気にも見える対応だったがーーやがて皆もその笑顔に釣られるように微笑んだ。
「ふふっ♩ポピィさんは家族思いなんですね!!ユウキさんやカーヴェラさんを見てると、まるで本当の家族のように見えてきます!!そうですね…………私も、今まで以上にもっとがんばります!!」
「今のを聞いて何を頑張る気になったのかはしらねぇけど…………まぁ、何だ。お前なら大丈夫だよーー」
「っーー!!ユウキさん……………………」
「……………………図太い神経してるから」
ボソッと呟くユウキの言葉に直後硬直するセシリア。その言葉にポピィとカーヴェラはわははと爆笑していた。
「あっははは〜!!確かに!初めてあった時からなんだかんだいってセシリアちゃんって甘え上手というか…………わがままだったかも!!でもそこがいいよ!!!」
「ポピィ…………お前が言える立場なのか?いやーーだが…………クククッーー確かに…………な。ちゃっかり私の屋敷に住み着いてるあたりといいーー聖国まで一緒の馬車で同行してるあたりといいーーお前らなかなか良い神経してるよ」
ポピィのVサインにプルプルと恥ずかしそうになって小刻みに震えるセシリア。流れ弾の飛んできたレックスとアレンも同様に恥ずかしさで赤面していた。
「「も…………申し訳ない」」
酒で酔ってるカーヴェラはまだしも、シラフで同様に爆笑するポピィを見て思ったその場の全員の感想は皆一緒のものだったーー。
((((お……………………親子…………))))
「にゅ〜い〜(元気だね〜)」
ポピィとカーヴェラの笑いが主軸とはなったがーーなんだかんだで夜更けになるまで小さな宴は続くのだったーー。
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スパッーースパパパパパパッーー!!
一瞬の出来事にーー身を硬直させて立ち惑う冒険者の集団。彼らもかなり良い身なりをしている事から相当腕の立つ者たちだという事が傍目にも理解できる。だが…………それらの功績が霞むほどに、先程から閃光の如く俊敏な動きをする少女の存在はその場を圧倒していたーー。
「すごいーーこれが聖国〝御三家〟と呼ばれる家柄の一つ《クリスタリア家》の血筋かーー!!わすが十三の年でSランクになった少女と呼ばれる事だけはあるーー」
「ああーー俺達とは全く住む世界が違う……。こんなスゲェ子が一緒なら今回の任務は楽勝だなーー」
金色のロールポニーテールに、庶民にはとても高そうなーー雪のような白銀の羽毛のコートを着込んだ華奢な少女が、盗賊の群れを一網打尽にしていた。三十は超える武装した盗賊を相手にーー、一人でである。
カッカッカッカッーーと、ガラスのヒールの音を立てながら、少女は盗賊団の頭と思しき男の前に近づいていきーーやがて自身のレイピアを振り上げる。
「うっ、くっーー待…………待ってくれ!!命だけはーー!!なんでも話すから…………頼む!!」
男の懇願も虚しくスパッーーと少女はレイピアを振り下ろす…………が、男の体には傷一つ無く綺麗に身に纏っていた服とベルトだけが綺麗に真っ二つに切れていた。
「心配しないでください。我ら《クリスタリア家》はむやみやたらに人の命を殺生する事はありません。…………そこの方々ーーこの盗賊の方達から情報を聞き出してください。もしかしたら奴らーー《反逆の使徒》が何を企んでいるのか聞き出せるかもしれません。」
穏やかでーーどこか冷たいような、氷のように透き通った瞳で見下ろす少女。
そう言い残し、立ち去る際に少女は一つ盗賊に問いかける。
「そういえばーー、一つ質問したいのですが…………〝赤髪赤目の女の子〟を見かけた事はありませんかーー?」
「な…………なんだそりゃ!?そんなモン俺らは知らねぇぞーー本当だ!!」
「そう…………ですか。わかりました。連れて行ってください」
どこか悲しそうにーー静かに肩を落とす少女。コツッコツッとガラスのヒールの音を立てながら、月夜の草原を散歩する。
「ハァ…………どこにいるのでしょうか」
月を見上げながら、ひっそりと片思いをする少女のように独白する。少女は懐からーー、一振りの〝短刀〟を取り出した。
「いつかーーいつか必ず、探し出してみせます!…………このソフィ・クリスタリアの名にかけて…………何よりーー七夕日奈の妹・七夕唄としてーー。お姉様!!」
満ち欠けた月を見上げながら、少女は一人強い眼差しを向けていたーー。
揺蕩うーーゆらゆらと揺れ動いている。
鍛造ーー金属を打って形を治すという意味。
シラフーーお酒を飲んでいなくて酔ってもいない状態。