Ep.4-6 〝待ち望んだ日々〟
「さてーーと。ポピィも目覚めた事だし、私達は少し屋敷を留守にする。ドロシー、グレイス、面倒だろうが…………私がいない間の事は頼んだぞ」
「了解致しましたーーお気をつけていってらっしゃいませ、御前様ーー」
「まぁ、問題無いとは思うから思う存分留守にしてていいよ〜。《帝国》の大二王女ーーエリス王女…………だっけ?」
華麗の提案により護衛任務を請け負ったカーヴェラは、華麗、趙龍と共に帝国へと赴くべく屋敷を出る準備をしていたーー。そこにーー
「カーヴェラさん…………私のせいで出発を遅らせてしまってすみません。…………体調も結構回復してきたので心配しないでください」
ニコッーーと微笑む若干元気の出ないポピィ。体を冷やさないようにと白いもこもことした羽毛のコートを羽織っており、心配性気味のセシリアが肩を貸していた。
「私の方こそ…………悪いなポピィ。まだ快調というには程遠そうだがーー外の景色を見ながらの旅というのもなかなか薬になるものだ。華麗にもいくつか血清と薬をもらっておいたから、旅の道中気分に合わせて飲むといい。」
ポピィが戻って来たあの後、華麗はすぐに趙龍と共に屋敷を去ったーー。というのも帝国からの使者による報告では、内乱が激化しておりエリス王女の身がいつ危うくなってもおかしく無いとの事だったのだーー。
『カーヴェラよーー先の件でお主はとりあえず聖国に寄らなければならなくなるであろうーー。我は先に行っておる故、ゆっくりと後を追うがいいーー』
そう言い残した華麗の言う通り、その後カーヴェラの屋敷には《聖国》の使者が訪れたーー。その使者というのはーー
一週間前ーー。
実にポピィが目覚めた翌日の出来事である。
コンコンッーー
屋敷のドアがノックされる。いつもよく来る客の一人だろうと、グレイスはドアを開けた。
「はいーーどちら様でーーっ!!?…………あなたは…………!!」
目の前には金色の髪に赤色の瞳、おっとりとした雰囲気を纏う紫色の司祭服と帽子、その特徴はグレイスのよく知る人物のものであったーー。
「ふふっ♪お久しぶりですねーー我が《聖国》にて、かつては《聖騎士王》の名を冠した《伝説の聖騎士》グレイス様ーー。カーヴェラさんはご在宅でしょうか?」
「五老院の一人ーー《白天》の〝マスター・イリア〟様ーー!!何故あなたがここに…………?」
イリアは流れる自然の風に身を受け、ふわりと舞う髪に手を当ててニコリと微笑む。
「もちろんーーあなたが今思っている事についてーーですよ」
そう軽く受け流すイリアの前にーーカーヴェラが現れる。
「何やら不思議な客が来たと思ったらーー元気そうじゃないか?…………イリア」
「ええ…………おかげさまで。先の茶色のダンジョンーーもとい、〝灰色のダンジョン〟についてお伺いしたい事があり参りました」
……………………。
五老院ーーそれは《聖国》において絶対的最高権力者と呼ばれる五人の存在である。この五人を超える存在は唯一人ーー聖国の国王《聖王》だけである。そんな頂きの懐刀と呼べるマスター・イリアが何をしに来たのかーー腹の中で考えている事はカーヴェラにはだいたいの予想はついていたーー。
「なるほど…………《魔王軍》に我が国の裏切り者…………《反逆の使徒》まで絡んでいるーーと。想定通りではありますが、少々厄介な事になりそうですねーー。」
カーヴェラの屋敷の応接間にて、カーヴェラとグレイス、イリアの三人が立ち会って話をしていたーー。そこに…………
「っーー!!イリア…………様?」
来客の気配を感じ取ったドロシーが、応接間に姿を表す。かつて《聖国》出身であるドロシーは、イリアとの接点も少なからずあった。
「ドロシーですか?お久しぶりですね。この屋敷にはもう馴染めましたかーー?」
「ええ…………おかげさまで。あなたがわたしを匿ってくれなければ…………カーヴェラに紹介してくれていなかったら…………今頃わたしはあの国で火炙りの刑に処されていたと思います」
かつての恩人に表情が綻ぶドロシー。対するイリアも安心したように、ふっーーと笑顔になる。
「今回の一件ーー我が聖国のダンジョン危険度認定部の失態によって起きた〝事故〟に他なりませんーー。セシリアさん、レックスさん、アレンさんにはそれぞれ我が国からの賠償金とその勇士に対する称号と賞状が与えられると思います…………。そしてそれは、共に戦ったユウキさんとポピィさんにも同様にです。従いまして、カーヴェラさんには以下五名の引率として我が国へお越しいただきたいのですがーーいかがでしょうか?」
聖国直々の招待など、実に何年ぶりの事であろうか?その事実に目を見開くグレイスだったがーーカーヴェラはどこか訝しむように眉をひそめる。
「なるほどな…………。いいだろう、ちょうど帝国へ赴く用事があるからその道中寄っていくとしようーー。だが本当にそれだけかーー?確かにお前もかつてはここに住んでいたから、直々の使者がお前だと言う事に関しては納得がいくーー。だが…………どうもそれだけじゃ無い気がしてなーーお前にとってここは懐かしい思い出の場所であると共に、絶対に訪れたく無い場所のはずだーー。お前にとって嫌な思い出のあるーーこの場所にはな」
グレイスも不自然だとは思っていた事実に、イリアの方へ視線を向ける。
対してイリアはお手上げとでも言うように、肩をすくめた。
「さすがはカーヴェラさんーーですね。ええ、本当ならこの場所には二度と訪れないーーそう決めていました。〝あの人〟の噂を聞くまではーー」
目に強い意志を持ったような表情のイリアは、カーヴェラに対して深く頭を下げる。
「カーヴェラさんーーお願いします。わたしにーーわたしにあの人をーー〝フレア様〟を預けては頂けないでしょうかーー?あなたのお弟子様である事は重々承知しておりますーーですが…………わたしにとってフレア様は、この世で一人…………唯一人、わたしの痛みを理解してくれたーーわたしを地獄だったあの日々から救ってくれたーー唯一無二の大切な〝ご主人様〟なんです。だからどうかーー」
お願いしますーーと。聖国で多大なる権力を持つ者とは思えないその態度にーーふと姿を表したもう一人の少年が驚きを隠さないでいたーー。
「お師匠…………これは一体どう言う事だ?なんでマスター・イリア様がここにーー?」
応接間に現れた少年ーーユウキは、かつて〝大司祭ギルド〟にいた時に度々姿を見かけた事のある存在イリアを前に体が固まる。その時でさえ大勢の護衛を連れて、多くの者から羨望の眼差しを浴びていたのだから、ユウキが驚きを隠せないのも無理は無い。
「ユウキ君…………ですね?あなたの評判は聞き及んでいましたよ。Eランクの冒険者もといーー〝名無しの英雄〟さんーー」
ゴクリッーーと生唾を呑み表情がより一層固くなるユウキにーーぷっ、と耐えきれなくなったようにイリアは笑いかける。
「ふふっ、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。今のわたしは、カーヴェラさんのお弟子さんの小間使いーーと言った所ですから。」
イリアの言動をイマイチ理解できていないユウキをよそにーー何か勘付いたようなドロシーが問いかける。
「カーヴェラ…………ポピィって一体何者なの?それにフレアってーーまさかあの?」
カーヴェラあとでな、と言わんばかりにコクッと頷きかける。返答を待っていたイリアに対してカーヴェラはーー。
「イリアーーお前の気持ちはわかる。〝あいつ〟に一番誰よりも献身的で、《転生者》をずっと探し続けていたのも、ずっと《死者蘇生》に関する魔法の文献を調べていたのもお前だーー。まぁ、その過程があって《白天》とまで呼ばれるようになったわけだしなーー。だがーー」
カーヴェラは飲んでいたコーヒーをコトッと置いて、強い眼差しをイリアに向ける。
「今のあいつは〝ポピィ・レッド〟だーー。もちろん、お前もそこを尊重した上で引き取りたいと言うのだろうがーーそれでも、私は…………今のあいつの師匠だ。まだ半人前のあいつをほっぽり出す訳にはいかなくてねーー」
予想はしていたが、やはり断られるとなると俯いて肩を落とすイリア。しかしーー対照的にどこか安心したような表情をしていた。
「そうーーですか。わかりました。あなたが引き受けてくださるのであれば…………わたしも安心できます。でも…………やっぱりーー」
ボロボローーと涙を溢すイリア。致し方が無いとはいえ、今の彼女は聖国内で力を持ちすぎたーー。全てを捨て去ってカーヴェラの屋敷で再び一緒に暮らす…………という訳いかないだろう。
そんなイリアのーー嬉しいような、寂しいような、言い知れぬ感情に同情したカーヴェラはーー、イリアに一言…………。
「その…………なんだ。せっかくだし、あいつに会っていくか?」
「っーー!!…………ええ、ぜひーー!!」
涙を拭いながら、ニコッーーと微笑むイリア。その表情は十代そこそこの少女のものとなんら変わりは無かったーー。
食卓にてーー。
以前ポピィ達が食べていた円卓状の食卓とはまた違うーー大勢で食べる為の食堂のような場所でのテーブル席で、ポピィ達は座っていた。
まだ頭がクラクラとしているポピィは、グレイスの作ったおかゆをふーふーして食べている。
「ふ〜っ……ふ〜っ…………はむっ!んぅ〜、おいしい〜!!」
ほっぺに手を当てながら表情を綻ばせるポピィ。セシリア、ヒュイ、スライムのゼリーもまた、各々グレイスの作った朝食を食べて幸せそうな表情をしていた。
「ポピィさんーーもう大丈夫なんですか?」
心配性のセシリアは、ポピィの治りきっていない体調を気遣うように問いかける。
「うん!!バッチリだよ!…………まだ鍛冶するには体が治りきって無いけど…………ごはん食べるには大丈夫!!」
ニコッーーと太陽のような満面の笑みを浮かべるポピィーー。安心した一同の前に、おぼんを持った一人の少女がーー。
「あの〜、…………もしよかったらわたしもご一緒してもいいですか?」
初めて会う人に若干困惑気味のセシリア達だったが、ポピィはぽんぽんっーーと隣の空いている席を叩いて。
「もちろん!一緒に食べよう!!」
ニコッと笑うポピィの表情にーーかつての主人を重なるイリア。長年待ち続けた幸せな時間を前にーー数百年ぶりに心の底から、笑顔で食事を楽しむ事ができたイリアなのだったーー。
夏休み企画第二弾として、総集編を短編で出そうと思います。よければぜひご拝読よろしくお願いします!!あと、アシュリーのスピンオフ作品投稿遅れてしまいすみません、、不定期ですがあげていきますので少々お待ちください!!