Ep.4-3 〝《伝説の鍛冶師》ヘパイストス〟
「……きろ………い……おまぇ……おき……ぉぃ……」
…………何だろう、さっきから声が聞こえる気が……
「おい………お前……起きろ……おいっ……!」
やっぱりそうだ……誰だろう……この声。男の人の声…………。ユウキさん……?……違う。それじゃあ……グレイスさん……?それも少し違う……何だろう……聞いた事がある気がするけれど……どこか遠くーーずっと昔に聞いたことがあるようなーー。
「起きろーーおい!いつまで寝てんだおめぇ!?」
「……………………ひゃあ!!!」
パチンッーーと、頬をぶたれる。じんじんした頬をさすりながら、すっとんきょうな声をあげてポピィが目覚めるーー。が、そこはーー
「あれ……、ここって〜…………どこ?……というかーーあなたは、誰ーー?」
見たことの無い空間。いくつも小さな世界のような足場が上下左右至る所にあり、重力を無視したようなーーまるで小宇宙のようなその空間はポピィの見たことも想像した事も無いような世界ーー。
あるところには大きな砂時計がーー、あるところには大きな球体に金色の輪っかのような何かが二つ交差するようにして浮かんでおりーー、まるでおとぎ話に出てくる〝裏世界〟を彷彿とさせるような四次元空間ーー。
そんな空間の中で、ポピィの目の前には大鎚を担いだ男が、見下ろすように仁王立ちしている。ポピィの目にはその男が、ただならぬ強者ーーあるいは相当な技量を持つ達人であるように映っていたーー。
「はぁ……?何ずっとボケてんだよテメェーー……つか、まあいいや。さっさと来いーー〝フレア〟!!」
男の口から出た名前に、キョトンと顔を傾けるポピィ。
「…………あの〜、ものすごく申し訳ないのですが〜……人違いではないでしょうかーー?わたしはポピィと言う名前であって、フレアと言う名前では無いのですがーー」
聞き覚えの無い名前に、若干の戸惑いを覚えるポピィ。するとその男は、目を細めてギロっと睨むーー。
「ハァ……?お前……長い事会ったなかったとは言え、〝師匠〟の顔も忘れたのかーー?オメエみてぇなふざけた顔した〝赤髪赤目の鍛冶師〟が他にいてたまるかーー」
ぶんぶんと手を振って呆れた表情の男ーーポピィにはどうやってもその男が何者なのかがわからない。
「まぁいい……さっさとついてこいーー。仕事だーー」
くいっくいっ、と手をこまねいて歩き出す男ーー咄嗟につられてポピィも歩き出すーー。
「待……待ってください!ここはどこなんですか!?あなたは誰……?」
少しあるいて、崖っぷちのような土台の端へと到着する。すると目の前斜め下のところには、ずいぶん活気あふれる〝鍛冶場〟のような世界があったーー。
「オメエーー本当にここの事忘れたのかーー?……ここは《英霊界》ーー死者の魂が行く世界の一つだーー。本来はな…………。そんでーー」
男は振り返り、ポピィに面と向かって改めて自己紹介をする。
「俺はヘパイストスだーー。ほら、さっさと行くぞーー」
「っーー!!ヘパイストスって確か…………」
カーヴェラからその名を聞いた事があるポピィ…………いや、それ以前に鍛冶師である彼女はその名前をよく知っているーー。かつて〝古の時代〟を生きた伝説の鍛冶師ーー!!
そんな驚愕のポピィの表情に目もくれず、男はそのまま再び振り返り、土台の端から身を投げるーー。
「えっーー!?な、な、な、何やってーー」
ポピィが慌てて飛び降りた男ーーヘパイストスの後ろ姿を慌てて目で追うーー。しかし、ヘパイストスは鍛冶場のような空間のある球体に落ちた途端にゆっくりと沈み込んでいった。
飛び降りるだけならば大丈夫そうであるーー飛び降りるだけならば……。
「……こ、こんな高さから落ちるなんて無理ぃ〜…………」
ぺたっと座り込んでブルブルするポピィーーそんなポピィに向かって下からヘパイストスの声が聞こえて来るーー。
「おーい!!さっさと降りてこーい!!何やってんだー!!」
「…………あ、あの人人間じゃないよ……絶対!!」
高さおよそ五十メートル……球体までの距離ですら三十メートル程の距離ーーポピィはぶんぶんと頭を振る。
「む……無理無理無理無理無理〜!!夢なら覚めて〜!!」
したから聞こえてくる呼び声に顔をぶんぶん振りながらジタバタするポピィーーしかしやがて、土台がどんどんとポピィの体重により傾いていくがーー恐怖で震えるポピィはそんな事にも気づかずにーー
「え、あーー、あ…………」
つるっと、そのまま滑り落ちて行くポピィ。
「ぎゃあああああああああああああっ!!!!!」
大きなこだまと共にーーポピィは下の球体の中へと落下していったーー。
……………………。
「おめぇ、本当何やってんだ?」
「……………………死ぬかと思いました」
若干不機嫌気味に、不貞腐れながらヘパイストスと並んで歩くポピィーー。あの後、比較的重力の軽いこの世界〝オデルニア〟でゆっくり着地したポピィは文句を垂れ流していた。
「何言ってんだーー昔なんておめぇ、大声で叫びながら嬉々として飛び降りてただろうが…………」
「だからそれーー私じゃないですってば!」
ぷんぷんほっぺを膨らましながらヘパイストスに抗議するポピィ。そんなこんなで鍛冶場を歩いているとーー。
「お〜う!ヘパイストス!!…………何だ?久々に弟子連れじゃねえか!!久しぶりだな〜!!フレア〜!!」
「ああ〜……全く、融通の効かねぇ弟子が帰って来たもんだ!!」
行き交う人々に雑に交流するヘパイストス。そんな彼には、チラホラと鍛冶師の友人が挨拶をしていた。
「とか言って……お前が取った弟子なんてコイツ一人だけだったろうに〜……」
「うるっせぇ…………まぁ確かに腕は良いが……ワガママな問題児なのは事実だからなーー」
ポピィにはちんぷんかんぷんのやり取りを続けるヘパイストスと行き交う人々。不思議な世界を前に、戸惑いつつも若干の興味を惹かれるポピィであった。
「ここにいる人達って……皆さん鍛冶師なんですか?」
ふと、疑問に思い問いかけるポピィにヘパイストスはーー鍛冶師ばかりのこの空間を初めて見たようなポピィに違和感を覚える……。
「本当に覚えてねぇのか?…………まぁいい、付いてくりゃわかるーー」
そう言って目的地に向かってただひたすら歩くヘパイストス。ポピィは頭に疑問符を浮かべながら、そのまま後をついて行くのだったーー。
……………………。
『なぁなぁ〜……頼むよ〜!あたしを弟子にしてくれ!!』
『ふざけるなガキが…………ヒョロっこい女のテメェにできる事なんざねぇよーー』
ふと、ヘパイストスは思い出すーー。自身の元に訪れた何千何万の一人、その中で最も印象に残っていた赤髪赤目の女の鍛冶師をーー。
『そう言うなよ〜…………あたしはこう見えても結構鍛冶の腕があるんだぜ〜?何なら、そこにある武器で試してみてもいいーー』
『フンッーーここにあるのはお前達の世界で言う《古代武器》だーー。オレ以外で直せた奴なんざぁ、この千五百年間一人もいねぇんだよーー』
そう言いながら、ヘパイストスは自身にとっての失敗作をその山に投げ捨てる。その失敗作ですら、他の鍛冶師にとっては生涯最高傑作を超える出来栄えであったーー。
『はっーーこのあたしを誰だと思ったんだ?あんたの名前は絵本でも読んだ事あるから知ってるーー〝古の時代〟を生きた《伝説の鍛冶師》ヘパイストスーー。あたしはあんたの弟子になれる腕を持っているーー。どうだ、試して見たくないか?』
ニィーーと自信満々の笑みで立ち向かうその少女の言葉に、若干の興味を引き立てられるヘパイストス。彼自身、自分に面と向かって挑戦して来るような気概のある人間は嫌いではなかったーー。
『面白いーーやってみろ。ただし、気に入らない出来だったら二度と俺の敷居を跨ぐんじゃねぇぞ』
『はっーーそっちこそあたしの出来栄えに吠え面かかねぇ事だなーー』
そう言ってそれから丸三ヶ月ーーたった一人でずっとヘパイストスの失敗作と向き合い続けた赤髪赤目の鍛冶師の少女ーー出来栄えなど関係無く、一切の妥協を許さないその直向きな姿勢を前に、既にヘパイストスの心は決まっていたーー。
「すごい……本当にすごい、ここにある武器の数々ーー!!」
心の底から感嘆するポピィを前に、かつての弟子フレアの事を思い出すヘパイストス。
「これーーまだ未完成……ですよね!?完全に出来上がったら一体どんなものが出来上がるんでしょうかーー!!」
ヘパイストスの作った失敗作を前に、キラキラと宝石のように目を輝かせるポピィーー。
(ふっ……生まれ変わったとは言っても、まんま一緒じゃねえか…………〝フレア〟ーー)
かつて〝古の時代〟を生きーー伝説となったヘパイストス。彼の生涯で取った弟子はたった一人ーーそれも非力であるはずの女の鍛冶師だったーー。しかし、そんな数多ある鍛冶師が憧れた存在が唯一認めた弟子は、かつて姿を消してから数百年間一度も姿を現す事は無かった……。
しかしーー、再び出会った伝説の鍛冶師と赤髪赤目の鍛冶師の娘ーー。
この《英霊界》にてーー《伝説の鍛冶師》ヘパイストスから指南を受けるポピィだったーー。
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