Ep.4-2 〝マスター・イリア〟
聖国ーー首都・《ホーリア》。
煌びやかに光る大司祭の所有する一室にて、窓の外を眺める少女がいたーー。
「きゃはははは、待ってよ〜」
「……………………。」
どこか悲しげに、物思いに耽るように、少女は外で遊ぶ子供達を眺める。
コンコンッーー
「クロスです。〝聖女様〟ーーーご報告が。」
「…………入りなさい」
金色の髪に、赤い色の瞳。白色の神々しい、ゆったりとした修道服に身を包んだ天使のような少女が、一間置いて返事をする。
ガチャリーーとドアを開けると、眼鏡をかけた司祭の青年がコツコツと部屋に入る。
クロスは報告書と思しき資料を抱えながら、少女の元へと歩み寄ったーー。
「…………要件は?」
対してクロスに一切目線を動かさずに、窓の外を見つめたままの少女。
「やはり、あなた様の言った通りでした……カーヴェラ様の住む『黒果実の森』から約三十キロメータ程の所にある〝茶のダンジョン〟ですが、調査の結果〝灰色のダンジョン〟認定レベルの難度である事が判明致しましたーーマスター・イリア様」
報告書をペラっと数枚差し出して、マスター・イリアと呼ばれた少女の机の上に置くーー。しかし、少女は報告書にも目もくれず、目線も窓の外を差したままだったーー。
「そう…………やはり……ね。報告は以上かしら?」
「いえーーそれが、そのダンジョンのボスなのですが、〝ある一向〟によって討伐されたという報告が。何でも、Aランクパーティーグループらしいのですが……つい最近までこの《大司祭ギルド》に所属していたEランクの冒険者も絡んでいるらしくてーー。確か名はーーユウキ……と言ったでしょうか?」
その言葉に、若干イリアの表情がピクリと動く……が、驚きというよりは、ただ単に知り合いの名を偶然耳にしたーーそんな僅かな揺らぎだ。
「そう……カーヴェラさんのお弟子さん……ね。確か彼は《反転血種》の持ち主で、この首都・《ホーリア》でもやんちゃしていた子だったわねーー」
ボソリーーと呟くイリア。この言葉の意味に何となく察しが着くクロスは、ユウキが〝名無しの英雄〟である事を指しているのだなと内心で呟く。
「わかったわーー。ならば、彼らには昇格と褒美が必要ねーー。近いうちに招いて《大司祭ギルド》で功称をしましょうーー。」
「ははっ、仰せのままにーー」
跪き、イリアに拝礼をするクロスーー。その様子だけでも、イリアがここ《ホーリア》にてどれだけの高位の地位にいるかが窺えるーー。
「それと、今回の一件ですが、《反逆の使徒》が関わっている様子も確認されました。《魔将十傑》も二人出張って来ておりますーー。おそらくですが、奴らと繋がりのある者が聖国内部にもいるかとーー」
「…………!!……そう、そんな所まで……ね。ただでさえ、今この聖国は無能な連中が互いに足を引っ張りあって、それどころじゃないと言うのに……」
一瞬目を見開き、悩みのタネを抱えて呆れるイリア。
「全くです…………あなた様がいなければ、とっくにこの国は内側から瓦解していた事でしょうーー聖国最高権力者ーー〝五老院〟の一人、〝《白天》のイリア〟様ーー」
ゆっくりと振り向き、男のいる方向へ振り向くイリアーー。その瞳は、少女とは思えない程大人びていて……静かにゆらめいていた。
「…………わかったわ、その件については私の方で対処しておくから…………。報告ご苦労様。」
話が終わり、再び窓の方を見つめるイリア……。しかし、忠臣とも言える部下であるクロスが、いつまで経っても立ち去らずにしどろもどろする様子を見てーーイリアは問いかける。
「…………まだ何か?」
イリアの問いに、一瞬身体をビクつかせるクロス……。しかしやがて、何かを意に決したようにーー。
「…………イリア様、これは報告すべきであるか迷ったのですが……《魔将十傑》の一人が打ち倒されましたーー」
一瞬、イリアは目を大きく開く。
「へぇ〜、そう…………。それは大きな収穫ね。一体誰が倒したのかしら?〝名無しの英雄〟ーーユウキ君?」
イリアのその問いかけにふるふる、と首を振るクロス。
「それが…………どうやら、報告によりますとーー《魔将十傑》第七将・ロブルスを撃ち倒したのは冒険家の少女で、その少女に《英霊魂》として宿ったフローレイ様ーーという事らしいです……。にわかには信じがたい事実なのですがーー!!」
「っーー!?……………………そうーーまさか、フロー君が…………ね。」
何かを思い懐かしむようにーー、ほんの少し顔が綻ぶイリア……しかし、すぐ後にその表情はまた悲しげなものへと変わったーー。
「〝死人〟であるフロー君は、誰かの体を依り代にするか、短時間だけどーー〝霊体化〟するしか戦えないーー。それに、〝あの人〟でないならフロー君がこの世にいる誰かを特別扱いして力を貸すとも思えない……〝戦力〟ととらえる訳にはいかなそうねーー」
目を閉じーー昔を思い出すイリア。懐かしく、楽しかったーー〝あの時代〟の出来事をーー。
そんなイリアの様子を見てーークロスは続ける。
「それとイリア様ーー。そのフローレイ様が依り代とした少女なのですが…………どうやら〝普通〟の少女ではなさそうなのですーー」
クロスのその言葉に、若干の違和感を覚えるイリア。
「……………………どういう事?」
訝しげな表情でクロスを見つめるイリア。そんなクロスはどこか安堵した表情をしてーー。
「ついに…………ついに見つけましたーー。あなた様がこの数百年間……ずっと探し続けていた《転生者》をーー!!」
その言葉にーーー目を見開き驚愕の表情で口をポカンとするイリアーー。まるで時が止まったかと錯覚する程に、クロスは今までにない主の取り乱しように驚きを隠せないでいたーー。
「……………………本当に、〝あの人〟が…………帰ってきたの?」
やがて、再び時が動き出したイリアが、クロスに問いかけるーー。
「はいーー!!間違いありませんーー!その《転生者》ポピィ・レッドは、あなた様が探し続けた存在ーー。〝赤髪赤目の鍛冶師の娘〟でしたーー!!」
その言葉に、安堵の息を漏らし俯くイリア。
「……………………そう。」
感極まった主の表情を察して、クロスはハッと敬礼する。
「ほ、報告は以上ですーー!!それでは、私はこれにて…………失礼しますーー!!」
「…………ええ、報告ありがとう…………。ご苦労様…………。」
ガチャリーーと、クロスが部屋を出て行ったのをかわきりに、ポロポロと涙を溢すイリア。その表情が一体、どれだけ長い間待ち望んでいた事なのであるかは想像に難くなかったーー。
「う…………うっ、う…………ご主人様ぁ〜……ご主人様ぁぁぁぁ…………」
机に手をかけてーー惜しげもなく止まない涙に表情が歪めるイリアーー。聖国五本の指に入る権力者とは言えど、その顔は主の帰りを待ち望む……幼い子どものそれと何ら変わりはなかったーー。
「いつか…………いつから、この日をずっと待ち望んでたでしょうかーー?かつての仲間も大勢寿命を迎えてしまい…………変わりゆく時代が私を、変わらない残酷な運命であるように…………もうあなたが戻ってこないと言わんばかりに…………現実がどれだけ非情なのか…………そんな思いばかりに押しつぶされそうな毎日にずっと耐えてきました…………。ようやく……………………ようやく帰ってきてくださったのですね…………〝フレア様〟ーー。必ず…………いつか必ず!もう一度あなたは帰ってくると…………信じておりました…………!!…………そう……だからフロー君も、あの短剣の中から出てきてご主人様を守ってくれたのね…………かつてご主人様が大事にしてた、〝あの形見〟の中でーー。」
嗚咽し、涙をこぼしながら…………イリアは一人部屋の中で泣き叫ぶ。その姿はまるで、親の帰りを待つ子の姿のようであったーー。
現在夏休み特別企画実施中です!!〝第一弾〟はアシュリー・ホワイトの過去編を収録した話を投稿しようと思っておりますので、ぜひお楽しみにしてください!!




