Ep.3-30 〝静寂の後〟
フローレイはポピィの短剣で、スパッーーとロブルスの首を狩り取ったーー。
静寂に包まれ、皆一様に息を呑む。何せあれだけ自分たちではでも足も出なかった相手を前に、フローレイは圧倒的な剣戟で倒してしまったのだから。
「にゃにゅい……」
おずおずと近づいてくるスライムを前に、フローレイはポピィの姿でにっこりと微笑む。
「心配しなくていいさ。もう敵はいなくなったから、あとはみんなで帰るだけさ。おっ、丁度良いタイミングで〝彼〟も起きたみたいだよ?」
フローレイの視線の先には、ぐったりとした表情で目を回すユウキの姿がーー。
「いってててて……んあ、あれ……何がいってぇどうなってんだ?」
「ユウキさんっーー!!」
がばっーー、と目覚めたユウキに抱きつくセシリア。号泣する彼女を前に、ユウキも目を白黒させていた。
「よがっだぁ……ほんどうに…………よがっだあ!!うああああああんっーー!!」
「おっ、落ち着けセシリア……って、ポピィ。おめぇ大丈夫なのか?……いや、そもそもお前……本当にポピィか?」
まだ状況が呑み込めていないユウキを前に、両手を上げるフローレイ。
「とりあえず……ボクは君の知る〝ポピィ〟ではないよ……。ただ、敵じゃないーー信じるかどうかは、君に任せるよーー」
ゴクリ、と息を呑むユウキ。ユウキには今のポピィ……フローレイの持つ力の『底』が見えなかったーー。故に、どう動けばいいかも検討もつかない状態だったのである。
とーー、そこにセシリアが。
「あのね……あのね、この〝フローレイ〟さんって人が、ポピィさんの体を借りて助けてくれたんだよ!!あの《魔将十傑》にも勝っちゃった!!もうすんごい剣の腕前だったんだよーー!!」
ぶんぶんっと杖を振るって当時の再現をしようとするセシリア。
「フローレイ……フローレイってあのーー《剣王》フローレイか!?」
目を見開いて驚くユウキ。当然だろう……。聖国にいた彼は何度もその名を聞いた事があるはずだ。聖国内では《転生者》同様ーー、かつての《魔将十傑》〝第三将・アザゼル〟を倒した剣士として〝《剣王》フローレイ〟の名は伝説とされてきたのだからーー。
紫がかった黒髪黒目、茶色の帽子を被った齢十五の少年ーー。孤児出身でありながら《剣王》の称号を得るほどに卓越した剣戟を持って、数多の敵や並み居る剣客を倒した天才剣士ーー。〝反転血種〟の影響で幼い頃から酷い仕打ちを受けてきたユウキには、フローレイに対して少なからず憧れるものがある存在だったーー。
「さて……ボクはお役も御免みたいだし、そろそろ眠る事にするよ……。ユウキ君。〝この人〟の事、よろしく頼むねーー」
「あっ……待っ!!」
すぅーーと瞬く間にポピィからフローレイの気配が消えるーー。
とーー、それと同時に。
「あ、れ……私、何して……」
ふらふらとした、ポピィの意識が戻ってくる。
「ポピィさんーー!!」
がばっ、とポピィに抱きつくセシリア。もう何日ぶりかと錯覚するほどに、久しく感じる安堵の時間であったーー。
……………………。
「そうですか…………私に、そんな出来事が……」
ユウキとセシリアから軽い説明を受けて、ひとまず状況整理をするポピィ。
「とにかく、わかったならさっさとこのダンジョンともおさらばしようぜーー。全く……ヤな思い出しかねぇや……」
悪態をつきながら、ふらふらの体を起こすユウキ。当然だーー。〝邪竜バルトロス〟に引き続き《魔将十傑》第七将ーーロブルス・J・クロフォードとあれだけの戦いを繰り広げたのだから。
「ふふっーー私は結構いい思い出にもなりましたよ?ユウキさんやポピィさんと出会えたんだからーー!!もちろん、スライムちゃんもね!!」
後ろをとことこと着いてくるスライムにウィンクをするセシリア。
「ハァ……本当にたくましく成長したんだな……セシリア。それに……」
後方を歩き、弟子同士で談笑するポピィとユウキを見ながらボソリと呟く。
「ずっとウワサに聞いていたーー伝説の《転生者》に……僕がずっと憧れていた《剣王》フローレイ様……、《伝説の魔法使い》カーヴェラさんに、聖国でかつて名を轟かせた《名無しの英雄》ーー。もう一生分驚いた気がするよ……」
ハハハと苦笑いしながら頭を抱えるレックス。しかし、生き延びた故の余裕というか……数刻前までの暗い雰囲気は微塵も感じられなかった。
「それで、アレンさんが探しに行った出口って結局私たちが来た道なんですね……それならモンスターの心配も無いと思うんですけど……いるんですかね?」
セシリアの問いかけに、フッと軽く安堵の息を漏らすユウキ。
「それなら心配ねぇぜ……この階にはもう他に魔気を放つモンスターはいねぇ……あとは落ちてきた所をどうやって登るかだな……」
「結構高さありましたし……スライムちゃんクッションじゃなかったら私全身粉砕骨折してましたよ〜?」
「にゅにゅい」
自慢げに胸を張るスライム。そんなポピィとスライムを見て、何か訝しむように考え込むセシリアに、レックスが問いかける。
「どうしたんだい、そんなに深く考えて?」
「う〜ん……思ったんですけど…………ポピィさん、スライムちゃんだとなんだかそっけないというかなんというか…………何か名前があったほうが呼びやすいし、親しみやすくなりそうなのでーーこの際、名前付けてみてはどうですか?」
レックスの問いに答えるセシリア。その素晴らしく画期的な提案にポピィはポンッと、手を叩いた。
「そうだね!!スライムちゃんじゃあ確かにそっけない……ごめんねスライムちゃん!!ずっと名前忘れてた!!あはは……」
「にゅに〜」
ジト目のスライムにジッと見つめて名前を考案するポピィ。なにか〝天啓〟が降りてきたように閃いたポピィはやがてーー
「わかった!じゃあスラコで!!」
「「「まさかの女性名!?」」」
「え〜、違う……?じゃあ、スラッチで!!」
「絶対考えてないよね!?」
「一文字変えたらスケッチじゃねぇか……せっかくつけるならもっとマシな名前つけてやれよ……」
皆の連続秒速ツッコミに、う〜ん……と頭を悩ませて深く再考するポピィ。しばらくして出た結論は。
「よしっ!!じゃあゼリーちゃんにしよう!!なんだかぷるぷるしてて可愛いでしょ!?」
シーンっーーと一瞬の静寂が訪れる。最初に口を開いたのは、セシリアだった。
「ゼリーちゃん……確かに可愛いーー!!ハグしたくなる名前!!」
女性ならではかキャッキャと楽しそうにはしゃぐポピィとセシリア。
「というか……今更だがよくよく考えたら《魔物使い》じゃないのにスライムと交友関係になるって……すごい事だよね、これ?」
「まあ〜……コイツは色々と普通じゃねえからな……今更だろ。つか、ゼリーだとそのうち食うみたいじゃね?なんなら今から味見してみるか?」
ガバーーとスライムを持ち上げてユウキから距離を取るポピィ。防衛体制でジッとユウキを見つめていた。
「この子は食べませんし可愛い可愛いゼリーちゃんですぅ〜!!食べ物じゃないんだから食べないでくださいね!!これからもよろしくね!ゼリーちゃん!!」
「にゅ……にゅい」
ちょっとだけ嬉しそうだけど、ポピィの圧に気押されるスライム。しかしその表情はちょっとだけ不機嫌そうで…………ゼリーという名前をあまり素直に喜べないスライムであったーー。




