Ep.1-0 〝プロローグ〟
私はただ、幸せになりたかった……。
理不尽に奪われる現実を知ったあの時から……何も変わらなかった……。
燃え盛る業火の家屋を見つめ、この十五年の月日を振り返る。
笑い、憂い、喜び、嘆き、楽しみ、慈しみ、怒り、悲しみ、そして……
「ただここで生きていられる事が……嬉しかった」
死んだはずなのに、私は生きていられた。
でも、生きているのに、今日私の心は死んだ。
残されたのは死にかけた姉と、ただただ絶望に浸るしかない弱い私。
憎む時さえ無いままに、そこにいる黄昏色の〝魔女〟のような人によって仇は討たれた……。
私のこれからの人生には、なんの価値があるのだろうか……?
夕暮れ時の黄昏時に、問いかける。
「助けてほしいかい……?」
ふと見上げると、見下ろすようにその女性は佇んでいた。
暁の空に血塗られた黒いドレス。
鮮血に舞う夕焼けに映る彼女の第一印象は、まるで破壊者かーー、悪魔のようだ。
だが、それでも私にとっては仇を討ってくれた恩人であり、敬愛すべき存在だ。
だがーー、
「私には……もう助けてもらう必要なんて……」
ないーー。そう答えるより前に、
「そう怯える必要はないさ、私は君に危害を加える気も、君のその胸に抱かれている姉の息を絶やそうとも思っていないーー」
ふと、死にかけの姉を見つめる。思えば十五年ーー長いような短いような時を一緒に過ごしたかけがえのない姉だ。
だから何としてでも、私の命と引き換えにしても、必ずこの人だけは助けなければーー!
辺りは血塗られ、ところどころ火花が散っている。
無残に爆ぜ散じた魔物たちの中心で、狂乱の宴に乗じる演説者のように、彼女は言ったーー。
「残酷だろう?絶望的だろう?恐怖しただろう?それがこの世界さ。この世界ーーいや、いついかなる時代でも、どんな世界の中の小さな場所でも起こりうる真理のひとつさ。人間って生き物はなかなかどうして希望ばかり求めるくせに足元に転がっている絶望には気づかないーー。いや、気づいていても見て見ぬふりをしようとする。それが自分の事のようになると怖くて怖くてたまらないからねぇ」
ハッーーと息を呑む。
かつて私は何を失った……?妹や家族を失った……。
今の私は何を失った……?家族や家族同然の人を失い、姉も死にかけている……。
でも今の私はーー
「気づいたかい……?そうさ、君はまだ生きている。五体満足で傷一つなく、運に選ばれて生き残っている。どうせ腹の中では、私が代わりに死ねばよかったとか、もっと努力しておけば、こんな事態を想定しておけば、とかありもしないタラレバを並べて現実逃避でもしようとしているんだろう?あるいは、この狂乱の宴に酔いしれて、哀れな〝生存者〟でも演じるのだろう?残念ながら君のくだらない妄言は一銅の価値もないね!痛みや死を代わりに受ける魔術は確かに存在するし、努力をすれば〝あの程度〟の敵ならばいくらでも倒せる。《星》の魔術を会得すればこういう事態も想定できるし、その気になれば死者だって蘇らせる魔術もあるかもねえ〜?まあ私が言いたいのはただ、それら全ては須く過ぎ去った過去でしかなく、大事なのはこれからどうするべきかという事だよ。君の今すべき事は何だい?」
私の今すべき事ーーそれは、ヒュイを治してもらう事だーー!
何に代えても為すべき事ーーそれはヒュイが、これから先笑顔で笑って生きていられるようにする事だーー!
そのためには私は……、何をすれば良い……?
いや、躊躇うな!できる事をするんだ!私にしか出来ない事!無力で無知で助ける術一つ無い私にできる唯一の事……!
「あの、その……私なんかじゃあ一生かかっても助けてもらった恩は返せないと思います……。その上で、厚かましいとは……思うのですが……」
ゴクリッ、と息を飲み眼前の女性ーーカーヴェラの目をしっかりと見据えてーー。
「ヒュイを……私の姉を、助けてください!何でもします!私にできる事なら……だから……お願いします!」
額を地につけ、土下座をする。
ヒュイを、きっとこの人なら治してくれる!助けてくれる!そう信じる事しか、今の私にできる事はないから!
そうして流れるしばらくの沈黙の後……カーヴェラはやがて口を開く。
「うん、いいよ」
と、一言。
バッーーと頭を上げるとニコッ、と。先程までの鬼気迫るような魔気は感じられず、そこには齢二十代後半程にしか見えない淑女の姿があったーー。