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センサー万物

作者: 中林宙昊

新しいバイト先に来ると決まって「元気があるねぇ」だとかそこそこの褒め言葉を受け、そこそこの仕事をこなしそこそこの活躍をし、

そこそこ未来のある若者だとか何だとかそこそこの期待をされる。そのうち理由もなくふと自分がどこにいるのか分からなくなっては不安に駆られ、またそこそこの職場からそこそこの職場へと鞍替える。


この大学に来てからそれを既に6回も繰り返している。


私が住む下宿は町でも指折りの、というかその中でも頭一つずば抜けて古い建物であり、トイレは共用風呂は銭湯、そして何より部屋が四畳半である。

この部屋を大学生協で紹介された当時の私は「四畳半神話大系」のような生活に憧れておりまるでさながらというだけで部屋を即決してしまった。


今でこそ私は何をと後悔の念に苛まれて仕方がなく、あんまりいらいらすると畳をひっぺがしてはあふれる虫を叩き潰して疲れれば煙草でも吸いふて寝の限りを尽くして気を収めている。

せめて私のもとにどんな愚痴をも聞いてくれる悪友でもいればなと心底思う。


そんなことを思いながら机に向かっていても手が動かぬのだから次第にうとうとしてきて仕方がないので今日はこの辺にする。

明日提出のレポートだけれど何とかなるだろう。そう思うと体から力が抜けるのだから、背中を地に付け布団を手に取り、枕はどこだったかなと探すと部屋の隅にあったのだから面倒になりそのまま寝た。


「うう、さむいようさむいよう」


凍てついた大地に裸足を付けておくと、張り付いてしまって動けなくなってしまった。

南極とはここまでのものか。凍り付いたまつ毛が少しづつ張り付いていく。

頭痛と身震いが止まらない、きっと私はここで凍死するのだろう。

つらいのはいやだ、何故私は部屋着のままこんな所にいるんだ。

耳が赤くなってはあんまり熱いものだから、両の手を添えてみる。


ぼろり


という音が間近でして、まさかと思い手を見る。

真っ赤である。

あんまり震えてしまうからもう声だって出せない、しかしおそるおそる足元の方を見ると、私の耳が落ちていた。

ぎゃあああ。と心の中で叫び、尻もちをつく。

すると今度はお尻がくっついてしまったではないか!


のっそのっそ


まさかと思った。

後ろからの足音に出るはずもない冷や汗が、その感覚だけが流れていった。

動こうと思っても、その緊張に凍り付きスローモーションのようにしか振り返れない。


のっそのっそ


恐ろしいほど白い体と、その巨体、なにより爪の先が血まみれである。

言葉が出ない、しかし俺は心の中でこう叫んだ。


「いや南極にホッキョクグマか~い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「よ、おはよう」


がうんがうんと音がする。


そこは私の下宿であった。しかしながらそこにはヤツがいた。

腐れ縁、「小林」である。

私がまだ純粋無垢でぴかぴかと光を放っていた中学一年生の頃、

小林は私の希望という希望をひとつ残らず地面にたたき落とした張本人である。私が活躍しようとすれば邪魔をしたり、恋をすればいらぬことを相手に吹き込んだり、しかしながら当の黒幕張本人は何ですかそれとか悪意のない様子であり、煮ても焼いてもシェフが調理しても食えぬ奴である。


小林は私が子供のころから愛用し壊れないものだから未だに使っている勉強机に向かって何かをがちゃがちゃといじっていた。


「小林!人の部屋で何やってんだ!!!」

思いっきり殴ってやろうと飛び掛かると、何かを投げられ目の前が真っ暗になる。

「うわっ」

「ほら、とりあえずそれ着なよ。風邪ひくから」

と投げられたのを見ると、これは私の冬の一張羅ではないか。

しかし風邪って、今は夏であろう小林。


と思ったが、何故だか確かに部屋が寒い事に気が付いた。

さらに先ほどからがうんがうんと音がする。

まさかと思いエアコンの方を見る。すると我が下宿の年季の入ったエアコンが今にも壊れそうな挙動でフル稼働しているではないか。


「お、おい小林!!!」

「整備時の装置の冷却に必要なんだ。ほら、俺の家エアコン壊れただろ」


装置の冷却?

たしかに小林は工学部出身であるが、

いやそれより。

「そんなもん知らんわい!こんな寒さ電気代がバカにならんぞ、リモコンはどこに隠した!!」


「これ見なよ」

ずっと私の勉強机に向かっていた小林が振り返りそこを退く。

そして机の上には、何やら箱型の装置があった。


「な、なんだこれ」

小林から話を聞かされ、人並みには機械に詳しい私でも何のためにあるのかよく分からないものだった。

その箱は、中に御中元でも入っているのかというような平たい正方形で、上面にはスクリーンのようなものが付いていた。

加えて側面には、細長い線についた鉛筆とダクトのようなものが一本ずつ伸びていた。


「お前、さっきまで南極の夢見てたでしょ」

ドンピシャである。

驚きを隠せず少しだけ後ずさりをすると、小林はその様子を見て続ける。

「この装置の名前は万物検知器、俺は面白いからセンサー万物って呼んでる」


センサー万物、聞いたこともない名前だ。

小林が言うには、これを使って私の夢をドンピシャで当てたらしい。


「これを使うと現代の世の中のありとあらゆる謎がセンシング可能になる」

「せ、センシング?」


小林は箱についた鉛筆を手に取り、私に向けてきた。

すると数秒後、スクリーンに何やら文字が出てきた。

そこには、私の身長体重、電話番号などの個人情報や、昨日は牛丼の超大盛を食べたとかそんなことまで書いてあった。

すこし面白かったから見ていると、何と女性と目を合わせた回数と出てきたのでタックルで箱を取り上げた。


「なんなんだこれ、すごいじゃないか小林」

「そうだろうそうだろう、やっと俺のすごさに気が付いたか」

理屈はわからんが、確かにこれはとんでもないようなものであることだけは分かった。


「で、エアコンのリモコンは?」

冷却がどうとか言っていたが別にもう装置が熱い訳ではなかったし、いい加減消しても問題ないだろう。

「あ、そのことなんだけどねぇ、」

小林は何か言いずらそうにもじもじしている。

「途中で装置のパーツが足りなくなったから、使っちゃった」


小林をぼこぼこにした後に吸う煙草は格別に上手く、

私は熱帯夜の街を背中に窓辺へ腰掛けて、正座する小林と相対す。

エアコンはコンセントを抜いて私の財布は一命をとりとめたが、どうやら小林にはエアコン以外にもここへ来た理由があるようだった。


「工学部の他班にこの装置を狙われててね、一旦匿って欲しいんだ」


こういうことは過去に二度ほどあった。その度に私の下宿に尋ねるものだから毎度断っているのだが、あの手この手で最後には潔く受け入れればよかったという目に合うので断るだけ無駄だろう。

小林はその他班の連中はタイムマシンがどうとかでセンサー万物を悪用がどうとかみたいな話をしていたが、煙草を吸いながらだったからほとんど耳から流れ落ちていった。


「センサー万物単体でもかなりの代物だけど、奴らの装置と合体させると、最悪の場合宇宙が崩壊しかねないんだ!」

あまりにくだらない与太話に、ついには頷くことも疲れてしまった。

すると小林はあぁお前は最低だとかぷりぷりと怒りながら、銭湯に行くとかで装置を置いたまま外へ出て行った。


うるさいやつがいなくなると、静かになった部屋で一人になり、それはそれで寂しい気がしてならない。

またうるさくならない内に寝るとしよう。


ぐごごごごごごごごごごごごごごご


とんでもないいびきの音で夜目が覚めた。

さすがに三回目である、こうなることは予想していた。

眼鏡をかけとなりを見るとバカヤロウな寝相の小林がいた。

小林を止めた過去2回、そのどちらも小林のせいで一睡も出来なかった。


あくびが出て、今日も寝れないのかと思うといらいらしてきた。

あんまりむかつくんでふと、装置を取り出した。

ひひひこれから小林の全てを解き明かそうじゃないの。

たしかこうだったなと鉛筆を持ち、小林の尻に向ける。


すると、スクリーンには小林の情報文字列が流れてきた。

右から出ては左へ消える、どれこのまま文字が出てこなくなるまで張り付けば、小林の弱みをがっしりと握れるではないか。


しかしながら、出てくるものはそうなんと言うべきか。

まるで善人のような所業ばかりである。


こいつめ、俺には意地悪をするのに他の奴らにはいい顔しやがって。

向けていた鉛筆を尻のあいだに突き刺した。

これでも寝るかバカヤロウ、と思うと、私についての記述が出てきた。

お、どれどれここには何かあるんじゃないか。


「中学生のころ、カースト上位の奴らにギャグをやらされバカにされようとしているあいつを止めた」



「中学生のころ、悪い女に騙されようとしているあいつを助けた」


これは、


「今日、友達がいなくて寂しそうなあいつの家に行った」


なんと、


どうにもこれは、うむ。

面白くない、面白くないぞこんなの。


私は腹が立った。小林の尻の間に挟まった鉛筆を、ゆっくり奥まで差し急いで外に出て、悲鳴が私の部屋から上がったのを確認すると近くの公園に向かった。


ブランコ。

子供の頃は気がおかしくなるほど何度も乗ったが、今ではそもそも乗る機会もなく、久々に乗ってみたが漕ぎ方を忘れてしまった。

大人になるとはそういうことだろうか。昔の思い出を、昔のままにしておくのが、成長というのだろうか。

では私は、まだ子供のままかもしれない。


吸っていたロングピースがいつの間にかフィルターギリギリになっていたから、携帯灰皿に捨てた。


「ちょっと君」


肩を叩かれたので振り返ると、そこにはいかにも怪しげな長髪で眼鏡の、何故か白衣を着た男が立っていた。以前どこかで見たような気がする。


「私は葛城と言ってねぇ、小林君とは同級生なんだけど君、知り合いだろ?」

「はい、そうですが」

「今ね至急で小林君に用があってだね、家も尋ねたんだが居なくて」


いくら至急だろうとこんな深夜に家まで向かうだろうか。


「もしかして君、居場所とか知らない?」


この葛城という男、どこかで見たことがあると思ったら思いだした。

以前小林に呼ばれてなぜか工学部でもない俺が小林の班の飲み会に出たことがあった。その時に突然乱入してきて「小林はどこだ!」と仲間を連れて息巻いていた男である。小林が言っていた他班というのはおそらくこいつのことだろう。


小林は他班に装置を取られたらまずいと言っていた。


「私の家に泊めてますよ」


しかしそんなこと、俺には関係ないし何であんなむかつくやつの心配なぞせねばならぬのだ。


「ほ、ほう、それはどこだい!!?」

葛城は息を荒くして明らかに興奮している。


「あっちのほうの道をまっすぐ行った突き当りのマンションの、702号室です。鍵は開いてるんで、どうぞ」

「あ、ありがとう君!早速向かうことにするよ!!!」

というと葛城は私に握手をし、指を指したほうに走って行った。


なんだかばっちい気がしたので水道で手を洗うと、またあくびが出た。


さて、私は早いとこここから逃げなくちゃならない。

このままいると、そのうちさらに息を荒くした葛城がどうして嘘をついたと問いただしにくるに違いない。


何故なら、そんなマンションは存在しないからだ。


たしかに小林はむかついた。

あんな事考えてるやつだとは思いもしなかったからだ。

しかしそれより、あの葛城ってやつが興奮した顔はもっとむかついて見えた。


だから嘘をついた。


既に葛城に目を付けられただろうから当分家にも戻れないだろうが幸い財布は持ってきていたので、これで今日のところは個室の漫画喫茶などにでも泊まろう。


なあに、硬い床はなれっこだ。


時計を見ると、もう夜も終わろうとしていた。

ロングピースに火を付け、吐かれた煙は夜の街へ消えていった。





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