練習開始
「青谷 隼人です。野球は未経験ですが、投げることには自信があります」
「青谷は投手チームに入れ」
この野球部は投手と野手で、グループを分けて練習をさせる。50人いる野球部の中で野手チームが35人、投手チームが15人となっている。
「お願いします」
改めて投手チームの先輩方に挨拶をすると、顔を見合わせて小さな声で会話をしだした。
「あいつか?化け物って」
「多分そうです」
「いやでもそんな風には見えないってか、初心者だろ」
「まぁ、ブルペン入れたらわかるだろうし」
「監督からの指示で今日は一年はロードは軽めにしてブルペンで様子を見るって言ってたからな」
という訳で5キロ程走り、ラジオ体操をした後にブルペンに入ることになった。
「お願いします」
キャッチャーの先輩に礼をすると、
「神塚だ」
と短い自己紹介があった。
しばらくキャッチボールをしていると周りから歓声があがっている。
「神塚先輩が落球するってどんなボール投げてんだあの一年」
「本当に軽く投げてるよなあれ、力が入ってるように見えないし」
「じゃあ座るぞ」
神塚先輩が座った後に僕は言った。
「あの、何割くらいで投げればいいですか?」
「全力でこい」
「本当に大丈夫ですか?」
自分で言うのはあれだが、自分が投げるボールは速い本当に速い。異世界で鍛え上げられた力はこの世界では絶対にオーバースペックだ。
細心の注意を払ってそーっと指の力だけを使って投げた。
「143キロです」
後ろでスピードガンを持っていた先輩が言った。
「おい、本気で投げてねえだろもっと強くこい」
神塚先輩が不機嫌そうに言う。
「143キロ?初心者が?」
「確かに、初心者っぽい投げ方だったけど」
「もうウチの部で二番目のスピードじゃね?」
さすがにバレたのか神塚先輩はミットをバシバシ拳で叩き威圧してくる。
(大丈夫かなぁ、本気で投げてもいや無理だろうな)
「神塚先輩、一回誰もいない状態で投げてもいいですか?多分一回見てからの方がいいですよ」
そういうと立ち上がってネットの裏に入ってくれたが、顔に皺ができていたのを僕は見逃さなかった。
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「力を抜くのが人間の動きの基本だからな」
武術家のリンシャが綺麗な黒髪を乱しながら教えてくれる。宝石の様な大きな目が僕の一挙手一投足を見る。自分の筋肉と女性らしさが程よくある体を見本として僕に真似を動かす。
「力が重要なのではない。力の流れをどれだけ使えるかが問題だ。投げるという行為はつま先から始まった力が最後に指先で発散される。お前はこれから、槍、ナイフ、石ころ、いろんなものを投げることになるがこれだけは忘れてはいけない」
力を抜くというのは適切な場所に適切な力を入れることだ。下半身も部位ごとに力を入れる部分を考える。余すことなく力のロスを無くして投げる。腰を捻り筋肉を伸ばしてその反動を利用する。何個もある投げるという行為の基本を何度も何度も繰り返した。
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僕の指先から破裂音がしてボールが発射される。ボールはネットを突き抜け、コンクリートの壁を破壊した。
「測定不能です」
グラウンドにいた野手チームもこちらを見ていた。