このくそったれな世界の終わり
「くそったれ! 何もかも壊れやがって」
オレは目の前のボロボロの機械の集合体に向かって罵声を浴びせる。それからスパナを叩きつけた。もう何も映らないディスプレイにスパナが突き刺さる。
これ以上にないくらいにぶっ壊れた物に足を載せて、椅子に腰かけた。そしてオレの腕につけた腕時計型の端末を見る。
『そんなに怒ってもどうしようもないですよ。大人しく救助を待ちましょう』
という文字が表示されて、無機質な声が聞こえてきた。彼女はオレと一緒に仕事をしている人工知能だ。いつも余計なことを言って、オレの神経を逆なでするだけの存在だった。
「黙れ! こんなところを誰が通ると思ってるんだ」
オレは椅子に付いたスイッチを操作する。これだけは動くのが余計に腹が立った。シャッターみたいなブラインドが開いていく。
窓との外は星空のようだが、ここは宇宙だ。
オレが今いるのは輸送用の宇宙船の中だ。
そして足置きにしているボロボロの機械の塊はコックピットだった。
『船の生命維持装置が動いています。食料と水も余裕があります。一週間くらいは大丈夫でしょう』
オレは足を機械の塊から降ろす。
変だな。まだ出発して三日しか経ってないはず。今回の仕事は三週間ほど掛かる予定だから、かなり余裕を持たせて水も食料も積んだ。それなのに一週間しか持たないとかありえねえ。
「冗談も言えたんだな、お前」
『お前ではありません。ちゃんと名前があります』
「確か……スミレ?」
『それはこの前、船に連れ込んだ女の子です』
「悪かったよ、アサガオ」
不機嫌になると面倒くさいからな。これからオレが一週間くらい生き延びるための助けになってくれないと困る。
「エアロックで隔離して、居住スペースだけに空気を」
『もうやってます』
仕事が早いな。オレいらなくない?
オレの仕事は星から星への運送屋だ。荷物の積み下ろしくらいしかしていない。他のことはだいたいアサガオ任せで、今回の事故も彼女のせいだ。
いつものルートがフレアに巻き込まれる予報が出てたから、違うルートにしたと言われたから特に確認せずにいいよと言った。
そしたら予想以上に変なルートになってて、小惑星へ衝突した。しかも推進装置が壊れた。
後でぶつかった場所の様子も見に行かないと。
「今回のことはお前のせいだからな」
『いえ、私の仕事は操縦の補助です。アナタが操作しなければいけなかった』
そう言えば、そう言われていた気がする。オレの仕事は責任を取ることだった。肉体のない人工知能に責任はとれないからな!
前に乗っていた人は物凄く大事な荷物を盗まれて、文字通りクビが飛んだらしい。これが歴史の授業でならったブラック企業ってやつか。確か、宇宙に出る前くらいの話だったはず。
今はそんなことどうでもいいけど。
「時間厳守で届けないといけない荷物ってあったっけ?」
『それはありませんが……非常に大きな問題があります』
小惑星にぶつかって航行不可能になるより大きな問題ってなんだよ。
『通信機器も壊れていて、救難信号が出せません』
言葉も出なかった。
「どうするんだよ! というかなんで、いつものルートを通らなかったんだよ」
狭い宇宙船の中でこれまでにないほど暴れる。座り心地が良いとは言えないシートを殴りまくった。
オレの命は残り一週間だ。この狭い宇宙船で、宇宙の端っこで、くそったれな人工知能と一緒に一生を終える。
『暴れないでください。残りの人生を削ることになりますよ』
「残り少ない人生なんだ、今暴れないでいつ暴れるんだよ」
床で駄々っ子のように暴れると、工具箱を蹴ってしまった。ネジとかの細かい部品が飛んでいき、空中に散らばった。コックピット内で散ったがどうでもいい。
『私に考えがあります。手紙を書いて宇宙に流しましょう』
「宇宙に手紙を何通出しても意味ないだろ」
砂の中に砂糖を入れて、誰が見つけられるんだよ。
「そもそも書いたことねえよ。文字なんて」
生まれてこの方デジタルしか触っていない世代だぜ。学校の授業でも書いたことがない。
「それに紙とペンはあるのか?」
積んだ記憶がない。
『運んでいる積み荷の中にあるはずです』
「勝手に中身を使ってもいいのか」
おしゃべりなアサガオが黙る。
「今調べてるのか?」
と、聞いてみたが反応がない。あれ、もしかして、ついにこの端末まで壊れた?
いやいやそれだけは止めて。一週間経たずに気が狂って死にそう。
『いえ、規約を確認していただけです。遭難をして連絡が取れない時は使えます』
そんなのあったのか。ちゃんと読んだことなかったぜ。
オレは積み荷がある倉庫へ行く。船外活動用の服に着替えて、居住スペースから出た。暗い船内をライトだけに頼って進んでいく。
この際だ。普段なら絶対飲めないような高い酒も運んでたはずだし、飲んでしまおう。
なんで飲んだって聞かれたら、怪我の消毒に使ったって言おうかな。適当な切り傷でもつけておくか。
そう考えながらドアを開けた。
「マジかよ……これ」
倉庫の中は信じられない光景だった。まるで泥棒が入ったように荒れてるじゃないか。
固定されていたはずの積み荷が外されて空中を漂っている。コンテナの中身が出ていて、土星の輪の中に突っ込んだ時みたいだぜ。
あの時もめちゃくちゃ修理費が掛かったけど、今回は修理費どころか。買い替える必要もありそうだ。
『これは衝突の衝撃のせいです』
どんだけの衝撃でぶつかったんだよ。コックピットにいたけど、よく無事だったなオレ。
入口の近くの壁を蹴って、倉庫の奥へ向かう。保存食のコンテナの蓋が開き、中身がほとんどなくなっていた。
「密航者でも乗り込んでるのかよ。まあ、アサガオよりは友達になれそうだけどな」
一番奥の壁についてしまったから、もう一度壁を蹴って入口に戻る。
すると、入口から近いコンテナに紙と書かれているのを見つけた。中身を見ると紙の束が入っている。他にも下手な文字が書かれた紙が何枚も出てきた。
『その紙に書いているのが、この船の現在地と助けてって文字です』
「文字は読めるからな!」
オレは紙の束と汚い字が書かれた紙を持ってコックピットに戻った。
さっき工具箱をひっくり返したからコックピットも大惨事だぜ。
『工具箱にマーカー入れてましたよね。それで書きましょう』
オレよりオレの持ち物に詳しそうだな。でも、コックピット全体が工具箱みたいになっているから、探すのが大変だった。
ディスプレイに刺さったスパナの隣にマーカーは浮いていた。
それを使って下手くそなお手本を見ながら書く。お手本とめちゃくちゃ似てる文字になった。まるで同じ人が書いたみたいだ。
「このお手本もへったくそだな。まるでオレが書いたみたいだ」
冗談のつもりで言ったが、アサガオは反応してくれない。つまらなかったらしい。
『三十枚くらい書いてください』
三枚目だけど飽きていた。それにマーカーのインクが出なくなってくる。
そんなに使ってなかったはずなんだけどな。凹んでる場所やネジが取れてる場所に印をつけるだけだったのに。
いや、違うな。他のことにも使った。出発する前にムカつく同業者のキレイな姉ちゃんが描かれたノーズアートに落書きしたんだった。それがなかったら、オレが助かる確率が上がったのか。我ながらアホなことをしたぜ。
「もう書けないみたいだぜ。これどうするんだ」
四枚目の紙に書いている時に完全にインクが出なくなった。もう一本くらいマーカーが入ってた気がする。
『三枚を拾ってもらえそうなコンテナに入れて宇宙に飛ばしましょう』
オレはまた倉庫へ向かった。食料ってわかるコンテナに入れれば拾ってもらえるだろ。
ちょうど開いてた食料のコンテナもあったし、それに入れよう。
他のコンテナはなんかあったかな。嗜好品と書かれたものを開けてみる。そこには保存食が入っていた。嗜好品はどこへいった。
このコンテナに高い酒があったはずなのに。ゲームソフトを違うケースに入れていくの繰り返したみたいにぐちゃぐちゃじゃないか。倉庫がこうなっているのは小惑星にぶつかっただけじゃないぞ。
まるでオレと同じようにコンテナに手紙を入れて助けを求めた人がいるみたいじゃないか。
マジで密航者でも乗ってるのか?
「いるなら出てこい!」
しかし、宇宙服の中にしか聞こえない。周りは真空だからだ。
『いますよ。体がないので出ていけませんが』
「お前じゃねえ! オレ以外に誰か生きた人間がいるはずなんだ」
護身用の銃が入っているホルスターに手を伸ばす。しかし、そこには何もない。確かに入っていたはずだ。
密航者に盗まれたのか。この倉庫に入っている物は食料や嗜好品だけじゃない。武器もあったはずだ。
美術品と書かれたコンテナを開く。緩衝材をかき分けると小型ミサイルとかが出てきた。探しているのはこれじゃない。船内で使える武器だ。
熱線式のショットガンが出てきたがチャージされていなかった。運んでいる途中だから当たり前か。というかミサイルとショットガンを一緒に入れたの誰だよ。
他のコンテナを動かしていると倉庫の壁が焼き付いているのを見つけた。
まるで、このショットガンをぶっ放したみたいな後だ。倉庫の壁をぶち破って出ていこうと思ったのかもしれない。
そう簡単に穴が開くような船じゃないぜ。弾切れのショットガンを鈍器替わりに持った。
『落ち着いてください。とりあえずコンテナを宇宙に飛ばしましょう』
これが落ち着いていられるか! 密航者だぞ。生きた人間だぞ。三日ぶりに生きた人間に会えるんだ。
なんで三日ぶりに生きた人に会えるかもしれないだけで喜んでいるんだ?
まるで一ヶ月かかった仕事の後みたいだ。
『船内の生命反応は一つだけです。だから落ち着いてください』
それならいいか。なんかよくない気がするけど、とりあえず落ち着こう。
「宇宙に向かってコンテナを蹴飛ばしたくらいじゃ、遠くまでいかないぜ」
『ミサイルからブースターを取り外してください。簡単にとれます』
腕の端末の画面に説明書が出てくる。ビンの蓋を外すみたいに回したら簡単に取れた。
「これをコンテナに張り付ければいいのか」
箱に小さなブースターが付いただけだ。倉庫のドアを開けて、宇宙に向けてコンテナを飛ばした。小さなミサイルだから燃料は少ない。遠くまで行かない気もするけど、何もしないよりはマシだった。
「このまま外に出てぶつかったところを見にいく」
命綱を付けて宇宙に出る。小惑星に当たったところはコンテナの箱で補強されていた。
もちろん補強した記憶がない。
「怖くなってきたな」
『あとはじっとしていましょう。体力と空気を無駄に消費しないように』
アサガオの声と共にピーピーと警告音が流れてきた。宇宙服の酸素の残量が少なくなってきた。居住スペースから倉庫に移動して、倉庫の中で暴れただけだぞ。
今日は一時間くらいしか着ていないはずなのに。
オレはすることもないのでコックピットではなく、ベッドのある寝室へ行くことにした。
その前に自分の食料を取っていこう。たっぷり一ヶ月半くらいの水と食料が入っているはずの扉を開けると、そこには一週間分しか持ちそうにない食料しか入っていなかった。
しかも不味いやつしか残っていない。
アサガオの言った通りだった。ホントに出航して三日しか経ってないのか。
水で不味い食い物を流し込んでベッドに横になった。
枕の下に何かが入っている気がして、手を突っ込むとマーカーが出てきた。ここにあったのか。明日また手紙を出すのに使えるな。
改めてベッドに横になって天井を見ると、そこにはへったくそな字が書いてあった。オレが助けてくれと書いた手紙の文字とよく似ている。
寝るな。記憶を失うぞ。
と書かれていた。
『今日、天井を見たのは初めてですね。昨日は起きてると言ってコックピットで過ごしていましたから』
アサガオがそんなことを言った。
「まさかぶつかったところを補強したのはオレ?」
『その通りです……同じ会話をもう四十回はしています』
それで食料が減っていたのか。宇宙服の酸素やマーカーのインクもなかったのか。
「寝なきゃ記憶は消えないよな」
オレはベッドから体を起こす。
『この宇宙船の時計で日付が変わる前にどうしても寝てしまいます』
日付が変わるまで後三十分ほどだった。
諦めてベッドで寝ることにした。
『今日のアナタは良い子でした』
ちょっとうるさいと思って、腕から端末を外す。
『護身用の銃で自殺しようとしたり、積み荷の酒を飲んでいません』
自殺はともかく酒は飲もうとしていたから何もいえない。
「明日は他のことをできるように早く起こしてくれ」
『はい』
「また明日な、アサガオ」
『明日のアナタは何も覚えていません。出航して三日目だと思っています』
「じゃあ……明日のオレをよろしく」
オレは目を閉じた。これでオレのくそみたいな世界は終わりを迎える。
誰かが明日のオレを助けてくれるといいなと思いながら眠りに落ちそうになっている。
寝るな記憶を失うだけじゃなくて他のことも書いておくか。
ベッドの横の壁にマーカーで四十日と書いたこところで瞼が重くなり意識が遠くなった。
明日のオレ頑張ってくれと今までで一番汚い文字で書いた。そこで眠ってしまった。
「なんだこの落書き! なんて書いてあるか読めねえぞ」
今日は出航から三日目。ベッドで目を覚ましたオレは壁の落書きについて感想を言うことから始まった。
(終)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品はSSの会メンバーの作品になります。
作者:四条半昇賀