第六話 余談につき進展なし
「は? 買うって……ダンジョンを?」
「そ。実は名楼支部を任されている代表がさ、近々主要ダンジョン以外に手を回す余裕がないから政府がギルド向けにダンジョンの所有権を売却するかもって言ってたんだよ。あ、これオフレコでお願いします」
何気なく話す兄に対してナオキは絶句する。
そしてシオリはというと、ことの重大さに思考が停止して「ん?」と笑ったまま固まっていた。
オフレコは確かにしなくてはならないだろう。シオリはダンジョンマートの一角で城を築き上げているからこそ、この情報に値千金の方があることを理解している。
ダンジョンはいまだに未知数で、大氾濫を乗り越えた今も被害を受けた人間たちはその脅威に怯えて一つ残らず消滅させるべきだと唱えている。
けれど、水で満たして水没したくらいでダンジョンが機能しなくなるかはわからない。むしろ水陸に順応する厄介な特性を持つかもしれないのが心配である。
コンクリートで埋め固めたとしても、それより深層ができて強力なモンスターが生まれていずれ飛び出してくるかもしれない恐怖に怯え続けるのは如何とも耐え難いことであった。
そのため、踏破した小規模のダンジョンであっても定期的にまびきながら残してあるし、おそらくはこれからも消滅の方法は探ることがあっても正確な情報が見つかるまで維持され続けるだろう。
だが、むしろ目を向けるべきはそこではない。
各都道府県に十数個確認されているダンジョンが齎した特需は計り知れないものである。
たとえ小さくともダンジョンはダンジョン。
一部を除いて、命を張る冒険者以上に恩恵を受けている商人にとって無視できる情報ではない。
シオリはこの時、相手が意中の年下の男の子であることを忘れて急ぐようにサグルの手を両手で包むように握りしめて詰め寄った。
「サグルくん」
「えっ、あっ」
目前に、いつもはおどおどしていて内気なはずの年上のお姉さんの綺麗な顔が迫って、さしもの恋愛音痴もほんのりと照れて赤面する。ナオキはそんな兄の意外な顔を見て、もしや脈アリではと感心する。
「私と、ユニゾンと専属契約、しませんか?」
「えっと、シオリさん? ちょっと落ち着いてください」
「あっ、無理なら、せめてスポンサー契約だけでも、お願いします」
「待って、手、手がっ」
「あ……ご、私、ごめっ……〜〜ッ!?」
ついに顔どころか耳まで真っ赤に染まってしまったサグルの様子に、シオリはきゅんと胸を高鳴らせる。
そして、自分が強引に迫っていることを自覚して、沸騰するよう徐々に赤くなって行った後、そういえばと指摘されている場所を見て、声にならない絶叫をあげる。
まるで自分が少年の手をとって導いているかのように、隠しきれていない、たわわに実った胸元に押し付けていた。
「ち、ちがっ、うの、あの、その……っ」
「市ヶ谷さん、落ち着いて……」
両手を解放されてから、すぅ、はぁ、と息を整えながら顔をパタパタと片手で扇ぐサグルが、白く綺麗な肌を茹蛸のようにして涙目一歩手前のシオリをどうどうと落ち着かせる。
「えっと、その、たぶん謝ったら余計話が拗れそうなので、スキップしますね?」
「う、うん」
「スポンサー契約っていうのは、俺がダンジョンを買ったらって話でいいんですよね?」
聞いてくるサグルに、年下にこれ以上格好悪いところ見せられないと、少しの恥を残しながら真面目に答える。
「うん。都合が良いって思われて、仕方ないけど……そうだよ」
「いや、都合を考えるのは利益を追求する姿勢じゃ当然だし構わないんですが」
なんなら、自分はこれまでご都合主義を押し倒してきた側の人間だ。有名人二人を利用して成り上がった小判鮫で、おこぼれで億万長者に上り詰めたのだ。もしどっちが悪いか決めるとなれば、未遂どころか交渉の余地を残しているシオリはまだクズには敵わない。
こちとらタイセイお墨付きのクズなんで。ちなみに、報酬分配について初めは荷物持ちの適正だったが、キューブ化を自覚していこう等分以外は認めなかったのがサグルである。
捨てられてたら今頃底辺荷物持ちだった。
「まぁ、この話は本当にダンジョンを変えるようになってから話しましょう。よっぽどのことがない限り、初めは市ヶ谷さんと交渉させてもらいますから」
「……サグルくんっ」
まるで感動する光景が作られたとでもいうかのように。
握手する二人を見ていた傍観者は、「茶番だな」と呟いた。
読了ありがとうございます!
というわけでラッキースケベ回。
武器の話の途中なんだよなぁと、蛇足を自覚しながら思いつきの路線変更をなんとか元に戻しました。
次回で買い物は終わらせたいです。
主人公どこ住みにしようかと明言を避けていましたがとりあえず名楼市にしました。プロローグで潜っていたのもこれから潜るのもナロウダンジョン。ただの当て字です。変更の可能性あり。




