第一話 ミーツガール(深い意味はない)
「さて、これからどうしようかな……」
始業式を終えて、ボストンバッグを自転車の前かごに乗せたサグルは思案した。
タイセイとジンは今頃空の上だろうか。いや、もう既に到着している頃合いか。新天地へ赴く彼らに手向けを送ることが出来なかったことに寂しさを感じるが、それはそれとして困っている。
春休みの間は毎日のようにダンジョン攻略、もとい荒稼ぎの毎日だったから忘れそうになっていたが、学校がある平日にはダンジョンへ潜ることはなかった。
というのも、土日は一日中予定を空けているためその時に攻略するのが常で、平日は時間に縛りがあるサグルを置いてタイセイとジンが二人で潜りに行くのが常だったみたいだ。
学業も両立する必要があるため学校が終われば宿題をして翌日に備えるのがサグルの生活サイクル。
だったが、こうして正午から解放されてなおかつ宿題がない事態になれば選択肢は多くなる。
部活動には入っていない。
迷宮調査同好会というノリと勢いで立ち上げられたらしい活動グループも存在しているようだが、ノリと勢いだけだったので今や全員幽霊状態のもぬけの殻らしいし興味ない。
なら、大学受験に備えて今から勉強をするか?
つい一年前までならそれが当たり前だと決めつけていただろうが、荷物持ちとして甘い蜜を吸い付くどころかがっついていたサグルはブルジョワジー精神(にしてはワンコインを出し渋るみみっちさだが)に基づき、現在の目標は不動産オーナーとなって悠々自適なスーパーニートタイムを満喫することだ。その割にはそもそも不動産の価値や、どうやって運営するのか、税の知識も不十分だし今後大氾濫があった時のことを考えて未だに協会から金銭を引き出していない小心者なのだが閑話休題。
部活もしない、勉強もしない。
ついでに言えば高校へ入ってからダンジョンばかりにのめり込んでいたため遊ぶ相手もいない。
金色に目が眩んで灰色の青春を送っているサグルにとってもはや残されたのはダンジョンだけだった。
「……仲間集めはまだ良いかな。それよりも武器と今更だけどダンジョンに潜るときの普通の用意がなんなのか確認しないと」
あの二人と組んでいた時は、キューブ化した水筒と食糧を持ち込んで、あとは冒険者用に支給されているバックパックのみ。
その前はもっと色々と詰め込んでいたのだが、二人と組むとなるとただキューブ化して持ち帰るだけの作業のためどんどん排斥された結果最適化という名のほぼ手ぶら状態のピクニックと化していた。
今更だが、ダンジョン相手にイージーモードだったタイセイとジンは化け物である。
幸いにも、彼らについていくことで今まで潜ってきたダンジョンのマップについては深層までほとんど埋め終わってある。
どこにどんなモンスターが湧くのか、どこが危険で、旨味が少ないかなどの知識がある分有利に働くだろう。
「戦うのは最悪俺じゃなくても良いし、盗まれるのも嫌だからとりあえず中層レベルの装備で上層の攻略として……」
「何一人でぶつぶつ言ってんの?」
「おわ、田中さんか。びっくりした」
「びっくりした反応じゃなくない?」
「細かいことは気にしたら負けだよ」
「……なんかその話し方やっぱむかつくわ」
サグルは、自転車置き場に現れた少女の顔を見て、声をかけてきたのが見知った人間だと分かって顔に笑顔を貼り付けた。
田中圭はサグルの幼稚園のころから続く幼馴染である。
家が隣、同じ学校の同じクラス。さもすれば、ギャルゲーならヒロイン一択である。しかし、そんな関係になることはないとサグルは断言する。
まず顔。好みじゃなかった。不細工ではないが、微妙に可愛いかも知れない、そんなギリギリの普通ライン。
そして、小学校のころ、サグルはケイに笑いながら蹴られたことがある。悪魔の所業だったしトラウマになっているため、今も昔もケイのことは田中さん呼びである。
ケイの方もトラウマを植え付けたことを自覚しているのか、サグルと意図的に距離を置くことになったので、時折顔を合わせては少し話して別れる。そんな幼馴染というには冷め切った他人の距離感である。ただの顔見知りと言った程度か。
そして何より、ギャルゲのヒロインとしては致命的な点が一つ。
「ケイー! 早くしろよ!」
遠くから男の声が。
「うーん! 今行くー!」
ケイには高一の文化祭の時、彼氏ができた。
「じゃあね」
「うん、ばいばい」
青春を謳歌してらっしゃる。
俺もいつかは彼女が出来るのかな。
そんなことをぼんやりと思いながら自転車を押していくケイを見送り、サグルは空を仰いだ。
さっきまで青々としていたはずの空は、灰色の雲に覆われていた。
読了ありがとうございます。
そして初ブクマ感謝です!
ここからは見切り発車ですが、気ままに続けていこうかと思います。
(前話のあとがきはテンションがおかしかったので削除しました)




