グッバイ
前話必要ないと思って分割した部分あります(正直)
春うらら。桜舞い散る表現が許される年度はじめの日。
そんな季節感から程遠い、地下の大洞窟の冷たい空気に触れながら、局所的にプレートが施されてある防具を身に纏った少年は、片手に持った盾越しに、信じられない光景を目にしていた。
「はっはー! オラオラ、死ね死ね死ねぇ!!」
「うるさ。口悪すぎ。頭キンキンするからいい加減黙れよ」
「あー? なんてえ!? 小嶋の声ちっさくてなんも聞こえねえ!!」
「耳悪いとかダンジョンで致命的すぎだろ。病院行けよ……おい黒川、今何体目だ」
筋骨隆々が的を得た全武装の大男が殴る蹴るで現れるモンスターの頭を粉砕して豪快に笑う。その傍ら、フード付きのダボっとしたおおよそダンジョンに似つかわしくない私服姿の細身な男が、両手をズボンの横ポケットの中にしまいながら、彼を中心に3メートル圏内に入り込もうとするモンスターが目で見えない力に押し潰されて絶命する。
「64体、このペースだとあと5分ほどで目標達成のはず! ひっ、ちょい、大崎くん、こっちにモンスター飛ばすの辞めてくれないかな!?」
「ああ!? お前も冒険者なら“なよっちい“こと抜かしてんじゃねえ!」
「ぎゃー! こ、小嶋くん! 大崎くんが正確無慈悲に俺のところに死体投げつけてっ、へるぷっ、ヘループ!?」
「ちっ……」
小嶋大成の小さな舌打ちの直後から、彼の周囲に転がり落ちていたモンスターの山が波打つように持ち上がる。そして、浮遊した死骸が向いたのはちょこまかと後ろで逃げ回る黒川の方で。
「ちょっ、えっ小嶋くん……えっ!?」
戦闘に一切参加していなかった黒川探流は二人からの死骸の砲撃をついに避ける事が出来なくなり、盾ごと血まみれのモンスターに飲み込まれた。
「うぇっ……血がぬるぬるしてるし臭っ……こんなのパワハラだ……いつか絶対ざまぁしてやる」
しばらくして、盾は手放したのか、真っ黒だった髪を赤黒い血で湿らせ、赤い瞳に復讐の炎を灯したサグルが山の中から這い出てきた。
さながらリビングデットの出現演出である。モンスターの湧きが収まったのか、寄ってきた大崎仁がサグルの腕を掴んで死骸の山からひっこ抜く。
「痛、ちょちょちょま、力加減間違ってるから!?」
「頑丈なくせに痛みはそのままとかマジで不便なやつだな」
「ドア捻り潰す怪力バカには言われたくないけどね!?」
心の底からお前には憐れまれるのはゴメンだと叫ぶ。
まったく、と腕を解放されてから髪の毛についた血の粘着きに触れてうえぇと気持ち悪がっていると、背後から肩を叩かれた。
「それより黒川、ざまぁがどうとかほざいてたよな?」
ぎくぅっ、と肩を跳ねさせてすぐさま距離を取ろうとジンに隠れるが、見えない力でさっきの死骸のように持ち上げられて、上下逆さまの状態でタイセイの前に停止。
「あ、あのですね、あれは言葉のあやというか何というか」
「ざまぁって確か、お前がファンタジーもののお約束で、俺がされるかもしれないから気をつけろとか巫山戯たこと抜かしたやつのことだよな?」
「え、ええっと……とりあえず、とりあえず落ち着こう? 逆さまの俺より頭に血が昇ってらっしゃる? あ、はい黙ります」
静かにニコニコと笑ってるのが不気味だった。いつも不機嫌な顔がデフォだからタイセイは笑わないべきだとサグルは思った。
突然、宙から解放されて、危うく頭を打ちそうなところをとっさに避けて、「ふぐぅっ」と情けない声を出して受け身。いててと立ち上がっている間に、死骸の汚れていない場所に腰をかけていた大成が口を開く。
「……なんだっけか、特に能力がなく雑用として優秀なパーティの寄生虫になってる主人公が解雇されて、そのあともっと優秀なパーティに巡り合って見返すんだったか?」
「いやそれ違う」
「何が違うんだよ」
「ア、イエ、はい、それでいいです」
その寄生虫パターンはあまりないしそれって逆にザマァされるモブの役割なのだが、目の前のタイセイのような興味がない人間にとってはどちらも同じことだろうとサグルは閉口した。
「で、黒川はざまぁしたいんだよな?」
「そうなのか?」
ニコニコとタイセイが、話している内容をあまり理解していないだろうジンもよく分かってないけど流れで確認してくる。
「そんなわけないじゃないですかー」
サグルは冷や汗をかきながら内心でも、(ただの冗談だったのに、この地獄耳!)とタイセイに責任転嫁。
「ほら、俺の異能知ってるでしょ?」
そう言って焦って近くにあった狼型のモンスターに触れて意思を込めると、サイコロほどのキューブになった。
「モンスターを縮めたり元に戻すのと、ただ頑丈な体質なだけで戦闘力皆無なんだよ? ダンジョンで自衛もろくにできないお荷物抱えて、しかも俺の異能を役立てるくらいモンスター狩りして報酬も等分にしてくれる金蔓もとい大切な仲間に、まさかざまぁなんてそんなこと……するわけないじゃないですかー」
「クズだな」
「まぁ、お前がいなきゃ大量に狩れねぇしな。にしても金蔓は直球すぎるだろ」
ただついていきキューブ化して持ち帰る作業で等分になったのはサグルが駄々をこねた結果である。本来、荷物持ちなどのサポーターは戦闘に参加しない場合、命を賭ける場面の少なさから報酬は微量になる。
直球な態度が好きなジンも、金に対してのサグルの直球さには苦笑いだった。
「にしてもこっち向かってモンスター投げるのは酷くない!?」
「話題の逸らし方雑だな……あれはお前が悪いんだろ。黒川が大崎と遊んでるところに俺を巻き込もうとした罰だ。それに遊ぶ暇があるならはやくキューブ化できるようにまとめてやった俺にお礼すべきなんじゃないのか?」
「その惨状がこれならお礼言えないよね!」
全身を見せつけるように、両手を開く。
サグルは血まみれで、ジンはおかしそうに笑った。
なにわろてんねん。元はと言えばお前が俺に向かうようにモンスターを殴る蹴るしてたんだろ。
サグルはタイセイの横で快活に笑う大男を睨みながらも口にはしない。
「それはお前が鈍いからだ。触れたら瞬時にキューブ化できるくらい練度を高めたらいい話だ。むしろお前にはそれしかないだろうにいつも盾の後ろに隠れてるだけで何かしたらどうなんだ?」
「ちゃんと言われた通りモンスターの数カウントしてたし、なんなら危なくなったとき教えたりしただろー」
「言われなくても分かってたんだよ。てかカウントぐらいで一杯一杯とか致命的に冒険者向いてねぇよ」
「あー出たそうやって人の選択を否定する嫌味な態度。小嶋くんってばそういうとこあるよね。あーやだやだ」
タイセイが青筋を浮かべていることをサグルは見えていない。目を閉じて含み笑いをしているからだ。
その間に、モンスターが現れる。
ジンがすぐさま動こうとするがタイセイがそれを手で制して、簡単なジェスチャーを送った。
こいつ 懲らしめる
いざとなればギリギリのところで助ければいいかと判断したジンは大人しく従って、タイセイと二人、そろりそろりと、サグルに気づかれないよう場を下がる。
相対するのは二者。
「だいたい小嶋くんは見た目が陰湿アウトローなんだから人間性を誤解させないために言動はもっとしっかりすべきだと思うな」
語っているうちに目を開けることが怖くなり深みにハマってしまったバカ一人。
「グルゥ……」
生まれ落ち目覚めてままなく、モンスターとしての本能が視界にとらえた三人の男たちを食い散らかしたいと息を撒く狼頭の人形怪物一体。
さすがに言いすぎたかと途中でタイセイの機嫌を伺うためチラリと片方の瞼を上げると、真正面から視線がぶつかり合う。
「へ?」
目と目が合えばなんとやら。
間抜けなサグルの声を皮切りに、荷物持ちVSモンスターが幕を開けた。
「ガウッ!」
「うぉおおおああああ!?」
初手で腰を抜かしたサグルは尻餅をつき、飛びかかってくるモンスターになす術もなく噛み殺される未来を見た。
刹那の間に終わってしまった勝負はその場にいた誰の目から見てもサグルの敗着で幕が降りる。
「やっぱり向いてねーよ雑魚」
宙で停止したモンスターの、首から上が回転して首がねじ切れる。プシャーと飛び出る血のシャワーを浴びたサグルは呆然とした目でタイセイの方を向いたあと、ごとりと頭が落ちる音を耳にした。
「ま、とにかくお前が俺相手にざまぁすることができないのは分かったろ。そもそも実力的に、今の冒険者で俺たちに勝る人間は居ねーんだよ」
サグルはそう言い切るタイセイに向かって。
それフラグ、とは言えなかった。
冗談を口にしたら捻り殺されそうというのもあるが、あながち間違ったことを言っているわけでもなかったからだ。
サグルが、第一次大氾濫で冒険者となっておよそ一年。学業と並行してダンジョン攻略に臨んでいるが、各都道府県にあるダンジョンにも規模の違いがあれど、深くなるにつれて難易度が上がるとされる通りであれば、まさしく今現在あるここは最前線である。
地下34階層。他が12あたりで止まっている中、足手まといのサグルを連れてここを狩場にできるタイセイとジンは、スターズに入らなかった冒険者の中で――あるいはスターズを含めても最強格であるかも知れなかった。
サイコキネシスの小嶋大成とパワーゴリラの大崎仁の名前は既に有名だ。
それぞれ、大学生と社会人の年齢ということで歳の差などあるが、それを加味しても、これから高校二年生になるサグルがこうして対等に話すことこそ可笑しいなことだった。
探索に誘われるようになったのも、まだサグルが自身の異能について何一つ知らなかったときである。思えば偶然の出会いから、荷物持ちとなって曲がりなりにもダンジョン攻略の最前線である。
思えば遠いところまで来てしまっていた。
ジンが差し出してきた手を取って立ち上がったサグルは、ありがとと気安く礼を言いながらタイセイの方へ向く。
「なんか今日の小嶋くん饒舌じゃない?」
「あ? ……まあ、確かにそうかもな」
反射的に、否定しようとしたのだろう。だが、タイセイは言いとどまって肯定する。
珍しい様子にサグルが目を見開く。ジンの方は、その様子に違和感を覚えなかったのだろう。平然としているジンがタイセイのこの態度の真意を知っていることを理解して、まさか本当に追放展開かと身構える。
「え、なになに。まさかだけどこの階層に置き去りにしててめーには死んでもらう展開ですか?」
「ねーよ。被害妄想すんなクズ」
「今のどこがクズ判定に引っかかったんだ……」
「黒川の存在自体がクズだボケ」
「存在否定はいけないと思います!」
はい! と手を挙げて真っ当なことを言った気でいるサグルに対して相変わらずむかつく野郎だと思うタイセイである。
「否定はしてねぇだろ。はぁ、疲れる。なんでこうまで、ここにはバカしかいないんだ。……黒川はとにかくさっさとキューブ化はじめろ。それから耳だけこっち傾けとけ」
「マルチタスク難しいんですけど」
「バカと会話成り立たせながら今も湧いて出てくるモンスターを潰してる俺になんか言ったか?」
「ひゅー! 小嶋くんかっくいぃー! あっ、ごめん嘘。いやかっこいいのは嘘じゃないけど茶化したの謝るからこの重力ガチでやばいやつ……ッ」
無言でモンスターと同じように押し潰そうとサグルに対して異能を向けたが、頑丈ゆえに潰れることはない。
(本来なら一人ひとつの異能のはずが黒川は客観的に見て「キューブ化」と「頑丈体質」のふたつ併せ持っている……これまで世界中で確認されてない異常個体。外見以外はアレだがキューブ化だけじゃないと知れ渡れば世間の目はすぐさまこいつに向かうだろうな)
外見も今は血まみれで臭そうだが。やった張本人は他人事のように考えていた。
「助かった……」
サイコキネシスから解放され安堵する姿からは、注目されるようには見えない。だが、異常性、強者に見られるサイコパス性を秘めていることを……秘めているか? とにかく出会った時から素で頭がおかしかったサグルに対してタイセイは一定の評価を下していた。
「黒川」
「はいはい。ちゃんとキューブ化始めてるよー」
「今回の探索が終われば解散な」
「? そりゃ家には帰りますが」
何を当たり前のことをという声音のサグルに対して、タイセイは改めて言い聞かせた。
「俺たちはもうお前とは組まねー」
「……は?」
サグルは、キューブ化する手を止めた。
振り返った先には、湧いてくるモンスターを殴りかかりに行くジンと、まるで寄せ付けず遠隔から容赦なくモンスターを捻り潰すタイセイの頼もしい背中があった。
「なんで……まさか俺はガチで必要ないとか? 深層だって俺は死ななかったんだから、荷物持ちとして超優秀じゃなかった? ねえ、ねえ、ねえ!」
やべぇ、こいつメンヘラかよ、とタイセイは焦る様子のサグルに若干引いた。
「確かに荷物持ちとしては超優秀だよお前。でもな、言ったろ。お前は雑魚なんだよ。本来俺たちと足並み揃えられるわけねーんだよ」
「っ」
雑魚という言葉を否定できなかった。
サグルは変わるために冒険者となった。
異能があったから、死地でも生き延びられるくらいしぶとくなれた。でも、根本的にはまだ変われていない。
冒険者になる前から、サグルは未だ、雑魚の存在だった。
「おい、高校生泣かせるのは大人げがねーぞ」
「な”い”て”ねーし!」
「だみ声じゃねーか」
ジンが庇う言葉に、サグルが強がりを見せる。なお、泣き虫の強がりは説得力がない。
「あー、アレだ。小嶋はツンデレってやつだから素直に言えねーみたいなんだわ」
「誰がツンデレだ」
「実を言うと、俺たちはサッポロの方が人手不足っつーんでそっち向かうことにしたんだわ。小嶋も大学のため此処に出てきてるらしいんだがこいつの故郷北海道らしいから心配なんだと」
初めて知った。サグルは嘘の涙を引っ込めて北海道には有名な冒険者がいないことを思い出した。
「小嶋くんは大学どうするの?」
「中退だ。特にやりたいことがあったわけでもないし、スターダストになってから冒険者としてすでに道が切り開けてる」
学費費やしてまで卒業するメリットもたいしてねーしな。そう言うタイセイの言葉に嘘が紛れていることをサグルは指摘しない。
「だからお前とは此処までだ」
「……」
高校を中退するという選択をサグルは取れない。
「サッポロに行ったら俺と大崎でギルドを立ち上げる。荷物持ちが居なくなるからな。今度は雑魚の荷物持ちとか必要ねーからメンバーは一から鍛えるつもりだ。もうお前は必要ないんだ」
「……退職届って二週間前までに出さないといけないんだけど」
「バカいえ。リストラだボケ」
「じゃあ、新しい金蔓見つけなきゃいけないのか……」
「仲間って言えよ。マジでクズだな」
言葉には詰まらなかったが、いつものようにはいかない。
しんみりとした空気ができつつあることを自覚しながら、目標の数を討伐した三人は、名残り惜しむように笑いながら地上へ帰ることになる。
「はい、今回の報酬1560万でひとり頭520万ね」
「おい、端数どこ消えた」
換金所で100体の素材を丸ごと持ち込んだ荷物係は、そばにある飲食店で待機していたタイセイとジンに引き換え用のカードを手渡した。
「端数? もしかして俺の退職金のこと言ってる?」
「当たり前のように着服するな」
「突然リストラされたんだし。金蔓を失った俺は受け取る権利があると思う」
「荷物持ちの分際でよくここまで威張れるよな」
「はっはっは! まあ、良いじゃねーか。こいつが居なきゃ俺らも資金繰りが難しかったんだ」
「はぁ……ま、端金で喜ぶなら安いもんか」
「端金とは失礼な! 2万円はサラリーマンの小遣い並みなんだぞ!」
「万を堂々と抜いたこと白状するな」
横領は犯罪と知らないのかこいつ。
頼んでいたコーヒーを何度かふーふーしてからもうそろそろいけるかと思って口をつけたタイセイはまだ時じゃないと口を離す。
タイセイは猫舌だった。
「ダンジョンで話したように。今回でこのパーティーは解散だ」
「本当は黒川も誘おうと思ったんだがな。小嶋はやめとけって」
「ええ……応えるつもりはなかったけど誘って欲しかった」
「めんどくさい乙女か」
女々しさ極まれり。
今更ながらサグルを置いていって大丈夫なのか心配になってきたタイセイだが、なんやかんやでゴキブリ並みにしぶとい男であることを知っているので不要な思考だったと後悔する。
コーヒーが一杯。それがこの席の最後だ。
「いつ北海道に?」
「明日だ。冒険者協会の方からチケットが送られてきた」
「ビジネス?」
「俺はビジネスだったぞ」
「俺もビジネスクラスだ」
「VIP待遇じゃん。というかもっと事前に教えてくれてたら……」
「そうしたら黒川がついてくるかもって小嶋が言うなって言ってたんだよ」
「バカ。それもいうなって言っただろーが」
「そうだったか?」
珍しく照れた顔のタイセイにジンがニカッと笑いかける。
びー・えるだな。もちろん口にすることはなかったが、薄い本の表紙みたいな構図だと心の内で笑うクズ。
「そっか明日か……日程が合えば見送ろうと思ってたんだけど、明日は始業式なんだよなー。昼からなら行けそうだけど何時くらいに出発するの?」
「朝イチだ。見送りとかきもいから要らねーし」
「ま、だからこれが黒川とは最後の顔合わせだな」
「まじか……突然すぎてほんと何も用意してないんだよなー」
「なにも要らねーっての」
落ち込む様子のサグルを見て、タイセイはぶっきらぼうに言い放ちながらコーヒーを飲み干した。
「っ……とにかく、そういうことだ。じゃあな。言っとくけど北海道に来たってお前はギルドに入れるつもりねーからな」
「えっ、別れ際で言うことそれ? まあ良いけど。SNSっていう文明の利器あるし」
「意味もなく絡んできたらブロックな」
「ちょっと拒絶反応強くない??」
タイセイが立ち上がると、ジンも倣うように席を立つ。
「……覚えてるか?」
「……?」
タイセイが問いかける。
「あの時、俺らに向かって吐いた言葉だ」
抽象的すぎてわかんないですと言える空気ではない。
それらしい言葉を捻り出そうとサグルは脳を唸らせるが、思い出せなかった。
「はぁ……大崎がお前を初めてパーティに誘った時、啖呵切ったよな?」
ああ、あの時のことかと思い出す。
「あの、アレ割と黒歴史なんだけど?」
「お前の羞恥心なんて知ったことかよ」
「そうだな、あんだけ威勢いい言葉言い放ったんだから、せっかくだし有言実行するべきだな。はっはっ」
三人とも思い出したのは、迷宮に入る前、適当な荷物持ちを探していた当時から有名だったジンに誘われた時のことだ。
「一時的なメンバーにはなるし今は仕方ないけどいつか立場が入れ替わった時断るなよ……だったか? 似てるだろ? ほんと威勢だけは良かったよな。初めの方は」
ジンが懐かしむようにかつてのサグルのモノマネをするが俺はそんなゴリラっぽくねーと顔を両手で覆いながら否定する。
「ま、結局あの時からずっと荷物持ちのまんまだったけどな。ざまぁないとはこのことか」
「やめて、俺のライフはもうゼロよ!」
机に突っ伏すサグルを見て、タイセイとジンはふっ、と微笑んだ。
「今度会うとき雑魚のまんまとかガッカリさせんなよ」
「荷物持ちも討伐も一丁前にできるようになったらまた一緒に潜ろうぜ」
そう言い残して、2人は去る。
「……舌、火傷した」
ボソリと呟くタイセイの隣で、慌てて飲むからだろとジンが笑う。
その背中を見送ったサグルは、テーブルの上に残された置き土産を確認してフフフと不気味に笑った。
「小嶋くん、さらっと支払い押し付けやがった」
たったコーヒー一杯分? ワンコインなんて端金?
いや、金の亡者にとって金銭の価値は桁の数だけでは考えない。
「この恨みはらさでおくべきか」
いいや、金の恨みは忘れてはならない。
サグルは注文票を取ってレジへ向かう。
シャワーを浴びてすっきりした印象になった少年は、その綺麗な顔をにこにこと歪めながら決意する。
「絶対にざまぁしてやる」
具体的には、そう。
ジンはともかく。
期待するふりして、実のところサグルを弄ぶかのように挑発をしたかっただけに違いないタイセイに、今度会うとき……見違えた自分になって見返してやるのだ。
「すいません、お会計お願いします!」
「はい、少々お待ちください」
こうして袂を分つ年度はじめのとある一日。
コーヒー一杯分の因縁を作って、サグルの新たな冒険者生活が幕を開ける。
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名前:黒川探流/KurokawaSaguru
年齢:17
所属:なし
異能:?/キューブ化……任意の対象をキューブ状に縮小できる。元に戻すときキューブ化は解除される。生きた魔物や人などはキューブ化できない。
?/頑丈体質……物理的た要因で死なない。怪我をしてもすぐに治る。任意で痛みは遮断できない
職業:冒険者
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備考
所持金、2,345,250,000
お読みいただきありがとうございます(ぺこり)
グッバイは前話の彼に向けての言葉です。安らかに眠れ。




