第一二話 準備
「じゃあ、とりあえず今から契約開始ってことで。ダンジョン潜るからその準備よろしく」
「は?」
こいつ何言ってんだ。
握手を終えてすぐの宣言にカイトは雇用主の頭を疑った。
いや、護衛がすぐ必要だったから暇をしているカイトが紹介されたとしたら何もおかしなことはないのだが、サグルに続いて支部長にクソガキと呼ばれることになったさしもの生意気者とはいえ、人の子である。
「いや、ちょっと待てよ。準備って俺ダンジョン潜ったことねーし、まさかこの格好のまま行けなんて無茶言わないよな」
それこそまさかである。そんなバカ、どうせ防具は必要ないからと大学終わりにそのままの格好でふらっと深層へ潜るサイコキネシス野郎だけしか知らない。
「安心しろ。おまえにもこっちで職員用の防具を用意してある」
「え、初耳。支部長、もしかしてキョウコさんも潜ってたりするの?」
「私は潜ったことないわよ?」
「緊急事態に備えて用意したやつだ。今は上手く管理されてるように見えてるけど、何しろまだダンジョンについてわかってることは少ないからな。いつ何が起こるかわからない」
「さすが支部長、見た目に似合わず慎重だ」
「見た目は余計だ。ほら、いくぞ鳥羽ぁー」
「…………」
支部長はカイトを連れて、事務室へ消えていく。
市民に向けて、次スタンビートが起こった時のために自治体には最低限の武器と防具が配給されてある。
緊急時以外持ち出しは厳禁とあるが、その時武器のあるなしがどう作用するかわからない。
そう考えて冒険者協会の権利を大いに利用して、自分がかき集めた職員にはせめて自衛できるようにと用意してあった。
「あっ、ナオキは着替えてきていいぞ。着替え終わったらここ集合な」
「あ、ああ……分かった」
思い出したようにサグルが、急変する事態をその中心にいることをよく自覚できず黙って見守っていたナオキに貸し倉庫で着替えてくるよう声をかける。
配慮を忘れていたが、善は急げという。振り返るよりとっとと先へ進むことだけを考える。
「じゃあ俺も着替えてきます」
「本当は潜る予定なかったんでしょう? 大丈夫?」
「上層じゃあたぶん俺は死なないですし」
「小嶋くんがここにいたら怒られるわね」
「……あー、まぁ、そうですね」
機嫌を悪くしたタイセイに雑魚が調子に乗って油断するなって言われそうだ。そしてサグルを後悔させるために上層で死ぬほど痛い目に遭わされるに違いない。そして、外傷がないため訴えても負けるのだ。
「そうですよね、慢心してました。小嶋くんも大崎くんも、もう居ないんですもんね……」
散々言われてきたではないか。何もできない雑魚のまんま。所詮は荷物持ちとして成り上がっただけにすぎない。勘違いをするな。自分に実力がないくせして、何を根拠に自信を持つのだ。たとえ自分が死ななくとも、サグルの些細なつまづきが弟を殺すきっかけになりかねないのだ。
「気づかせてくれてありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
「馬場さんもベテランっぽくなりましたね」
「実はわざと煽ってんのか?」
キョウコが笑っていた。声音も軽い。
笑っているということはナイスコミュニケーションだ。
ぺこり。頭を下げて、なおも間違えに気がつかないサグルは更衣室へ向かっていった。
怒れるキョウコは、同僚から「話終わったんなら受付戻ってくれ」と助けを呼ばれて、接客業へ戻る。
ナオキの冒険者登録は諸々手続きが終わって、館内の説明や質問などを聞くのみだったので、もう半ば終了しても問題はなかった。
自分のポストへ戻ったなんか受付嬢は、他の職員に列を作っている冒険者に向けて声をかける。
「お次の方はぁ、こちらへどうぞぉ?」
「ひっ!?」
大の男をビビらせるキョウコは「美人が怒ると怖い」を体現していた。
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前話でダンジョンに行く気がしたけど、ちょっと補足。次回こそダンジョンのはず。




