第一一話 護衛契約
「うんうん、美しきかな兄弟愛。サグルくん、青春してるわねー」
「馬場さん、その言い方おばさんっぽいよ」
「あ”?」
お馴染みのように繰り返されるやり取りでキョウコカウンターがまたひとつ減ったことに気がつかないサグルが、キョウコを放って、支部長に向かう。
「というわけでこれからナオキに経験を積ませたいんですけど、支部長、護衛してもらってもいいですか?」
「よせよ。俺だって助けてはやりたいが、仕事があるんだよ」
「仕事とナオキ、どっちが大切なんですか」
「めんどくさい嫁みたいなこと言うなよ……そりゃ出来るなら助けてやりたいがな……まぁ、代わりといっちゃなんだが、一人紹介してやるよ」
ちょうど扱いにも困ってたところだしなと言って、ロビーの壁際に置かれたソファーに座る少年を、後ろ手に親指で指差した。
跳ね立った茶髪に、オレンジ色の明るい瞳。
墓がなさそうに見えるのは、だらんと肩までもたれて、家でだらけているような格好をしているからか。
つまらそうに手元のスマホを弄っている少年は、サグルたちと同世代に見えた。
「おい、鳥羽ぁ! ちょっとこっちこい!」
館内でも遠慮のない支部長の声に少年が気がついたように反応した。
「なにオッサン」
「お前暇だったろ。仕事紹介してやるよ」
「仕事? なに、俺はここにいるだけで金くれるって言ってなかったっけ。嘘つくの?」
「いや、問題が起こった時、職員の警護をしろっつったろ」
「そうだっけ? どうでもいいけどさ、約束破るのは人として最低だろ」
「破るつもりねーからそう睨むな。金ならちゃんと払う。その上でボーナスが欲しくないかって話してんだ」
「ボーナス?」
怪訝そうに支部長を見上げる少年をよそに、支部長はサグルたちに向き直ると少年の頭をガシッと掴んで紹介を始めた。
「紹介しよう。ひと月前、うちの近所の公園で喧嘩してたクソガキだ」
「ふざけんな。紹介するならちゃんと紹介しろよッ」
不機嫌そうに支部長の手を追っ払って、少年は自分から名乗る。
「鳥羽海斗。高一。で、誰あんたら」
年下か。サグルは意外そうな感想を持った。実年齢より大人びて見える。高二か高三かと思ったし、ナオキと並べたとき明らかな年齢差を感じさせるだろうからだ。
「俺は黒川探流。こっちが弟の直樹。高二と高一だな」
「そっちは先輩かよ……で、オッサン、ボーナスってなんのことなんだ」
紹介をお互いに済ませたあと、支部長はカイトに聞かれたことを素直に答えた。
「今から一ヶ月、ここにいる黒川弟の護衛だ」
「護衛……?」
ぴくりと眉を上げて、ナオキを睨む。
女っぽい男だ。隙も多い。確かに弱そうだと判断を下す。
「なに、ずっとお守りしてたらいいの? で、報酬は? 言っとくけど割に合わなかったら受けるつもりないから」
「鳥羽は通信制高校に通うことになってるから出席は関係なかったな?」
「そうだけど何?」
触られたくなかった話題なのか一気に不機嫌になる。
だが、それを何事もないように受け流して、支部長はサグルの方に向いた。
「報酬はまあ、雇用主次第だな」
「……信用できるんですか?」
サグルは話の流れを汲み取って、それからカイトの能力を疑った。
「口止めされてるから言えることは、こいつを連れてきてるのは可能性を見てだけじゃねえってことだ」
「ふーん」
サグルはなお疑うようにカイトへ流し目を向けて、その態度にカイトは沸々とした憤りを覚え始める。
殴る蹴るの野蛮なことは好きじゃない。ただ喧嘩を売られたから仕返して、それが引き起こした連鎖が止まらなくなり、喧嘩の場数を踏んできている。
明らかに目の前の男は弱かった。冒険者をやってるのか知らないが、ただ年上なだけの男に、下として見られていることが腹立たしい。
噛みついてやろうか、そう思い口を開けようとしたところで先制される。
「じゃあ、とりあえず食事中と就寝中以外護衛してもらおうかな」
ニコッと笑いかけてきて、何食わぬ様子で交渉を続けてきた。
「は? そんな長い時間するわけないだろ」
「別にずっと警戒しろなんて言うつもりないよ。ただ一緒に行動してればいいだけなんだからできるだろ」
「できるできないの問題じゃないだろ。こいつが寝るまで帰るなってか。起きるまでにはまた戻れと? 飯は買えるにしても風呂とかどうすんだよ。そんなクソな仕事ごめんだね」
「部屋余ってるから泊まればいいよ。ご飯だって用意するし、一番風呂使ってもいいぞ」
なんだこいつ。
言い知れぬ気持ち悪さに、カイトは無自覚に身震いした。
「報酬は? 就寝時間除いても18時間ぐらいだろ。しかも休み返上の一ヶ月。時給いくら払うわけ? 五千でも足りねーからな」
「んじゃ一万で」
「……は?」
「日給18万、ひと月だとだいたい550万くらいか」
何事もないように言うその金額を受けて、カイトの目にはサグルが見たこともないエイリアンのように映った。
支部長が呆れたようにため息をついた。
「流石に払いすぎだろ」
「良いんだよ。支部長に噛み付くぐらいなんだからお金で黙らせないと」
億万長者で、それでいてコーヒー一杯すら奢ることを嫌がるもみみっちいサグルだが、自分のしたいことに対しては遠慮なく浪費する癖があった。
「……本気で言ってんのか」
「もちろん。高校生になったばかりの君が給料いくら貰ってるか知らないけど、たった一ヶ月でサラリーマンくらいの稼ぎを得られるんだ。税もちゃんとこっちで納めとくから550万から目減りしないのは約束しとくよ」
にこにこ。薄気味悪さを覚える笑顔だと思った。
「あっ、そうそう。契約してくれるんだったらの話になるんだけど、ひとつ、約束を違えないでほしいなって」
「……約束?」
最後に付け足すように言う言葉に、カイトは尋ねる。
「割に合わなかったら報酬なんて払わないから」
「は? そんな後出しジャンケンみたいなこと納得できると思ってんのかよ」
当然の不満だ。サグルはその言葉を受け入れて、まだ終わっていないと、カイトへ告げる。
「もちろん出し渋りはしない。でも、もしナオキが死んだとしたら、それは働いていないと同義だろう? だから、三十日後。ナオキが生きていることが君に対して報酬を支払う線引き。絶対に死なせないって約束だ」
どうする? 受けてくれるかな?
カイトには差し出された手が、悪魔の誘いのようにしか見えなかった。
しかし、あながち間違いではない。
カイトはキョウコの目のことを知らない。
三十日後までに死の可能性があると知っていれば、無報酬にする条件は呑まなかっただろう。
だが、知らないカイトはそれが悪魔の誘いだとしても、一時の苦でお金が手に入るなら、とサグルの手を取り握手を交わした。
「契約成立でいいんだよな」
「うん。期待してるよ。約束破るのは人として終わってるからね」
こうして、支部長の紹介でナオキに護衛がつくことになる。
カイトは支部長に対して言い放った嫌味がそのまま向けられて、最後の約束がサグルなりの報復だと悟った。
読了ありがとうございます。
いいね感謝!
もうちょっと上手く描きたかったけど、仲間ゲット。
さて、こいつどうしよっかな(考え無し)
次回ダンジョンです。




