第一〇話 ゆびきり
「えっと、流石に冗談ですよね?」
ナオキは信じきれない様子でキョウコに尋ねた。
「冗談に思われても仕方ないわね」
対するキョウコの言葉はひどく冷静で、痛ましげに薄く笑ってそう答えた。
「ダンジョンが発見されて少しした時かな。一番初めにオーラが見えたのが友達だったんだ。何かの病気かとも思ったけど体に異常はなかったみたいだし、オーラが見える人と見えない人がいて、このオーラはなんなのか最初は分からなかったわ。でも、あの日、避難所からようやく帰ることができたあと知り合いみんなの安否確認をしたらオーラが見えてた人がものの見事みんな犠牲者になっててね。いや、あのときは本当に堪えたなぁ」
どうして、スターダストたちのようにこの目が映し取ったオーラの意味を知らなかったのか。キョウコはそれからも街で見かけるオーラに震えた。
助けなきゃと思った。でも、自分が声をかけたくらいで死ぬ運命が変わるのか分からない。もしかしたら、自分がオーラを見てしまったから相手が死んだのかもしれないと病みそうにもなった。
「って、不幸自慢してる場合じゃなかったわね」
いけないいけないと口を抑える。
キョウコは今はもう救われていた。
自分には同じ境遇の者たちを各地から集め、救ってくれた支部長がいる。
そして馬場という名前からもおさらばである。
名楼支部の名物受付嬢、馬場恭子(24)は玉の輿からの寿退社を本気で狙っていた。
「怖がらせちゃったかもしれないけど、サグルくんも知っての通り、初めに懸念してたようにオーラが見えたから死ぬわけじゃないのよ」
「回避できる手段があるってこった」
手短にまとめるように、支部長が引き継ぐ。
「俺が“弟”に会った。んで、強さの可能性を教えた。これは馬場「キョウコです」……キョウコがオーラを見たことを知ってから変えたことだ。キョウコが見る死のオーラが死の可能性を知った時から変えられることを俺は実際に証明した。つまり確定じゃないってことだ」
「えっと……死なずに、済むんですか?」
「知らんよ。第一、人間生まれた時から死ぬ運命に乗っかっちまってるんだ。死のうと思えば死ねるし、おまえ次第とも言えるな」
よく理解できない。突然言われて、しかも誰もがキョウコの死の予言を出鱈目だと思っていない。
なら、もしかして本当に、自分は死ぬのだろうか。
ダンジョンに潜ろうとしたから? なら潜らなければ回避できる? ほんとうに?
分からない。どうすればいいのか、分からない。
思考の沼に囚われて、目の前が真っ暗になりそうになる。
「大丈夫だ」
その時、光が戻った。肩に手を置かれて我に帰る。
「ダンジョンだ」
ナオキを連れ戻したのは、特に仲が悪くもなく一緒にゲームをして遊ぶことすら無くなって久しい兄の手だった。
「ダンジョンに潜るぞ」
「でも、今潜ったら死ぬかもしれないんだろ!?」
「冒険者やりたいって言ってたのに今更死ぬのが怖くて怖気付くなよ」
焦る弟を諭すように、サグルはナオキに笑いかけながら言った。
「死を覆せるって分かってるんだろ? なら、強くなって乗り越えたらいい。それが一番かっこいい冒険者だろ」
「気軽に言うなよ。死ぬかもしれないって聞いて、カッコつけて死にに行くのはバカ以外のなんでもないだろ!」
「まぁ、死んだらそれまでだけどな。ーー何もできずに、死ぬことを受け入れる方が俺はよっぽど怖いけどな」
「っ」
ナオキは、兄の言葉に怯んだ。
サグルの顔は、優しく微笑んでいる。
だと言うのにその言葉に乗る重圧が、まるで弓矢に射られたように心臓に突き刺さる気分だった。
「嫌だって言っても連れてくからな。駄駄こねたって耳貸さない。もしも生きることを放棄しようとしてるなら張っ倒す」
続け様にぶつけてくる言葉にナオキは呆然としながら、知らなかった兄の一面に気圧されて、唾を呑む。
「意地でもお前を死なせたりしない」
そう言って差し出された小指を見て、小さい頃、母に言われた言葉を思い出した。
『あんたたちは兄弟なんだから助け合いなさい。ほら指きりして。見捨てるような薄情な真似したら、お母さんの子だって認めないからね』
ナオキが無言で差し出した小指をサグルが絡めて、指をきる。
それを大人たちは微笑ましげに見守っていた。
読了ありがとうございます。
ブクマといいねもありがとう!モチベーションに繋がってます!
今回ノリと勢いで名楼支部の他の職員たちもやばい連中にしちゃって草。
キョウコも普通の受付嬢だったはずなのに特殊能力つけちゃったし、ダンジョンに潜る前から掘り下げてもストーリーが進むわけでもないキョウコ回想になりそうで慌てて中断しました。構成力ぅ……。
序盤も序盤、ただダンジョンに潜りたいだけなのに二度も軌道修正しなくちゃいけないとかどんだけ設定盛って世界観膨らませたいんだよって反省。
今後も見切り発車なので苦労するんだろうなーと思いつつ、プロットない方が筆が進むことを自覚しました:D
ともあれ次回、は無理かもだけど、次々回あたりにダンジョン回の予定です。




