第八話 冒険者登録(弟)
自転車を止めている場所へ歩いていたナオキは、途中で兄が別の方向へ向かっていったので足を止めた。
「えっ、まだ帰らないのか?」
「いや、帰るわけないだろ。ナオキも来いよ。というかナオキが来ないと意味ないんだから」
「?」
よく理解できず首を傾げると、サグルが呆れたように、ポーチに入れていた一つの封筒を取り出した。
「あっ」
ナオキはそれに見覚えがあった。春休み中、帰省した母が高校へ進学するまでサグルに預かっているように言いつけていた同意書である。
「冒険者登録しないと、銃刀法に引っかかるぞ」
ナオキは急いで、サグルの元まで駆けつけた。
「こちらが冒険者証となります。再発行には手数料がかかりますので無くさないようお気をつけください」
どうぞ、と手渡されたカードを受け取り、ナオキは口元に弧を描いて目をキラキラさせた。
「それにしてもお顔立ちがサグルくんにほんとよく似てますね」
「よく言われます」
担当していた受付嬢が、顔見知ったサグルと、今日初めて見た弟のナオキを見比べながらうんうんと頷いた。
「顔がいいものね。やっぱり学校だとモテたりしてるの?」
「馬場さん、その聞き方おばさんっぽいですよ」
「あ”?」
受付嬢、馬場恭子がパワーゴリラに負けないドスが効いた低音を口から発した。
キョウコにとって年齢の話は禁句だった。苗字のせいで、9歳……小学生の時にオババというあだ名をつけられてから、24歳現在までずっと年齢の話は地雷である。
その経緯まで知っているにも関わらず。それが地雷と承知の上でタップダンスを踊る胆力を持つサグルは、それが気安いコミュニケーションだと勘違いしてカウントダウンを開始している。
ゼロになった時、クソガキは塵屑になるかもしれない。クズだけに。
「……こほん。それで、装備は整えてるみたいだけど、荷物室は借りる? お兄さんは異能で持ち帰ったりしてるみたいだけど、毎日持ち運ぶのも不便でしょう? 月1000円ほどお金がかかるけど自分専用のスペースを借りるプランがあるんだけどナオキくんはどうしますか?」
いつかサグルをとっちめることを誓いながら、今この場の主人公を間違えてはならないと、仕事モードに入って、貸し倉庫の説明をする。広さは大体、クローゼットくらいか。細長く、収納棚にDIYしている人間もいる。
「主に武器とかダンジョン攻略用の道具を置いておくのが一般的です。狭いですがたまにクッションを持ち込んで仮眠室にしてる猛者もいるんですけど、その程度であればこちらも黙認しているので興味があれば利用することをおすすめします」
「……どうしたらいいと思う?」
「責任持てないし、ナオキの好きなようにすればいいんじゃないか」
月千円。
まだ稼ぎもないのに、契約してしまうことに躊躇いを覚えながら、ナオキは自決した。
「ならお願いします。いつも兄と一緒というわけじゃないのであると助かりますし」
「かしこまりました。初月分は現金でのお支払いになります。契約はまた後日にもできますがお手持ちはありますでしょうか?」
「はい」
「お預かりします。ではお手続きなどを進めさせていただきますので、こちらの鍵の番号が書かれた場所がお貸しするスペースになりますので一度ご確認してみてはいかがでしょうか」
「なら案内は俺がしますよ」
こっちこっちと、サグルがナオキを手招きする。
黒川兄弟が行ったのを見送ってからキョウコは裏手にある事務室へ入っていき、インプットの作業に取り掛かる。
そして、ちょうどその時、外回りから帰ってきたスーツ姿の男を見つけてキョウコは声をかけた。
「支部長、今サグルくんが弟さんの冒険者登録に来ましたよ」
「クソガキが? 頭おかしい仲間が飛んでっちまったからしばらく来ないと思ってたけど杞憂だったみたいだな」
冒険者協会名楼支部では、クソガキとはサグルのことを指している。支部長と呼ばれた彼はジンに負けず劣らずな隆起した筋肉がスーツの外からも想像できるほどガタイがいい男であった。
「にしても弟か。馬場の「キョウコです」ーーキョウコの目から見て、どうなんだ?」
大の男すら怯ませるキョウコは、くいっ、と事務室に入ってからつけた伊達メガネを持ち上げてからこう答えた。
「あの子は死ぬかもしれませんね」
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正直ノリと勢いだけでキョウコさんに喋らせました。緊張感出るかなって。
思いつきで振り回してごめんよナオキくんや。
というか現状弟の方が主人公感強いぞサグルェ……!




