第9話
来たのは二人の騎士だった。アリシア姫についてきた騎士とは服装も、雰囲気もちがう。
一人はヴィンス、一人はロベルトと名乗った。
「休日なのは承知ですけど、一刻を争います。・・だから、生クリームで遊びながら、つまらなそうに聞かないで下さいっ!」
ヴィンスが突っ込みをいれるのもしょうがないくらいふてくされた態度のルイス。
セシルは、二人にもカモミールミルクティーを入れ、テーブルに置きがてらルイスのケーキの皿をさげる。
誘拐は、白昼堂々と行われたらしい。
勇者が非番の日は他の騎士は増強される。
いつもより人数が多いはずの護衛は、一人の男に手も足もでなかった。
「僕らはルイス様と同じく非番でしたが、城の異変に気づいて駆けつけたんです。でも、その時には、もう・・。」
ロベルトが悔しげにこぶしで自分の膝をうつ。
「あの・・アリシア姫はなんで拐われたんですか?」
セシルはおずおずと聞く。
「ああ、それは、魔王はアリシア姫にぞっこんだからです。」
ヴィンスが答えた。
どうやら、完全なる一目惚れで、アリシア姫には覚えはないらしい。初めは、魔王に似合わず贈り物をしたり、デートに誘ったりと、正攻法で口説いていたらしいのだが、アリシア姫はあのとおりのタイプで、ルイス一直線。
アリシア姫の結婚相手への条件は魔王も知っており、
「アリシア姫をかけて、世界最強を決める勝負だ!」
と言い残して去ったという。
つまり、魔王は、勇者ルイスとの勝負をご所望。
「もう、ルイス様しか頼る相手がいません!」
必死に訴えるヴィンスとロベルト。
で、冒頭に戻る。
「えー・・?姫の誘拐?アリシア姫をかけて世界最強の決定?・・うーんぶっちゃけどうでもいい・・。」
「いいえ、どうでもよくありません!行ってきて下さい!ね?」
セシルは、ことの重大さに鳥肌がたっていた。
(ただでさえ魔物が増えてるのに、このまま魔王が世界征服とかしちゃったら、大変なことになるわ。)
ルイスが世界最強ならば、望みの綱は彼しかないだろう。
「・・行ったら何かある?」
ちょっと考えていたルイスは、上目遣いでセシルを見上げた。
「何かって、魔王との戦いが・・」
なにをいっているか分からず、セシルは答える。
だが、そういう意味ではなかったらしい。
「・・何か、ご褒美ある?」
(何言ってるの?この人。)
分からないけれど、勇者とか騎士って、愛とか正義感とか、そういうもので戦うのでは?
「・・セシルさん。ここは一肌。」
ロベルトがすっと近づきセシルに耳打ちする。
「いや、何したらいいか分かりません!」
「ルイス様が喜ぶことです!」
ルイスが喜ぶこと・・
「シチュー。・・シチューでどうですか?」
最近作ってなかったし、これならどうだ!とルイスを見れば、何故か赤くなっている。
「いいの?セシル。」
「もちろん!頑張って準備します!」
にっこり笑って請け合えば、ルイスは突然やる気にみなぎりすくっと立ち上がる。
「やっとその気になってくれたんだね。嬉しいよ。そうと決まれば、あんなやつ、瞬殺してくる。夜には帰るからね。行こう!ヴィンス、ロベルト!」
「はい!」
と答える二人。そのあとに「え?夜にはって今日?」と聞くヴィンスの声は身支度をするルイスの物音にかきけされる。
(シチュー、食べたかったのね。頑張って)
そこまで喜んでくれるなら、腕によりをかけなければと張り切るセシルだが、去り際にロベルトが、気遣わしげな視線を送ってきていたのには気づいていない。
(たぶん、今の会話って、シチューとチューの行き違いが・・ごめんなさいセシルさん。終わってからフォロー頑張ります!)
ただ一人、今のやり取りを正確に理解していたロベルトは、アリシア姫救出を最優先するために、良心に蓋をした。
結論から言うと、やる気を出したルイスは、なんとその日の内にアリシア姫を救出し、魔王を再起不能にして帰ってくるのである。