第8話
「確認?」
聞き返すと、大真面目な顔でうなずくルイスである。
「もう、失敗したくないからね。お友だち、ちゃんとやるから。」
つまり。
「家に来るのは、友達としてはあり?」
「あり、でいいです。」
「ごはん食べに来るのは?」
「あり、でしょうか。」
「街に行くとき手伝いでついていくのは?」
「あり、じゃないですか?」
「じゃあ、手を繋ぐのは?・・友達として。」
「まあ、手くらいなら。」
「抱き締めるのは?・・友達として。」
「うーん。場合によっては・・。」
「じゃ、じゃあ、友達として・・キスとかは?」
「却下。ありとあらゆる場合でだめ。」
という確認である。
しばらくそんなやり取りをしたあと、悩むときには許可を求めるという事で合意して、ルイスは帰って行った。
「アリシア姫のことは責任持ってなんとかする。」
と約束を残して。
「疲れた・・。」
ルイスが帰ったあと、支度を調えてベッドに潜り込んだ。
一人きりの寂しい生活に、いきなり飛び込んできた勇者。
よく考えてみると、一国の姫が二回も押し掛けてくるなんて、思いもしなかった。
番の話も。
セシルには感じられないその感覚は、どんなものなのか。
でも、ルイスとの「お友だち」という新しい関係は、何だか前向きに受け止められていた。
そして。
どう説得したのか、セシルは不敬罪に問われることもなく、アリシア姫が訪問してくることもなく、それから2ヶ月が過ぎたのである。
あの日から、ルイスが仕事終わりにセシルの家を訪れ、セシルが作った晩御飯を二人で食べる、というのが日課になっていた。
それ以外にも、ルイスの休みの日には街に出たり、朝から家で片付けやら畑仕事やらを一緒にしたりして過ごす。
もともと料理が好きなセシルは、香草焼きやグラタンといったオーブン料理をよく振る舞ったが、ルイスはシチューやポトフといった煮込み料理を特に喜び、煮込みハンバーグを出した時などは目の輝きが違うため、
(子どもみたい。)
と微笑ましく見てしまう。
だが、気になる事もあった。
勇者、というのは単なる称号ではなく、聖剣に選ばれたものの呼び名なのだが、この聖剣や聖魔法は対魔物、ひいては対魔王軍のためのものである。
魔物が出現すれば、そこに行って討伐するのだが、小型の魔物や、そこまで力の強くない魔物については勇者ではなく、訓練された聖騎士隊が出向く。
そういう時はルイスは王宮で、訓練や護衛任務を果たして、徒歩やテレポートを使ってセシルの家にやってくる。
勇者の力が必要な、魔王軍の隊長、幹部クラスの魔力が強い魔物が現れたときは、ルイスが出動し、その時はジストに乗って来るのだ。
(最近、ジストに乗ってくることが増えたよね。)
魔王軍の侵攻が激化しているのではないだろうか。
森ではまた魔物を見かけなくなった。
どうやらルイスが帰りがけにパトロールしてくれているらしく、それで減っているのだろう。
だが、ルイスの出動回数が増えているのは、不安だ。
そして、案の定、事件は起きたのだ。
その日はルイスが珍しく非番で、疲れているように見えたのでカモミールでミルクティーを入れ、甘いものでも、とケーキを作って食べていた。
シフォンケーキ。たっぷりの生クリームを添えて。
「癒される・・。」
と、ルイスが優しい笑顔で言った時、馬の慌ただしい蹄の音がして、そのあとすぐ、ドアは叩かれたのである。
「突然すみません!ルイス様はいらっしゃいますか?」
出ていきかけたセシルを引き留め、口を塞いで、
「出なくていい。今日、僕休みだし。」
と耳元でささやくルイスは、目が本気だ。
でも、オーブンを使ったので煙突からは煙も出ているし、絶対中にいるのはバレているのだが。
「お願いです。勇者として助けてください!!姫が・・アリシア姫が魔王に拐われました!!」
「ルイス!だめです、これは行かなきゃ!!」
口を塞ぐルイスの手をはがし、セシルは言う。
魔王との直接対決、しかも拐われた姫の救出なんて、絶対勇者の仕事である。
(でも・・大丈夫なのかな。)
言ったものの、不安になってくる。
魔王がどのくらい強いのか、セシルには分からない。得たいの知れない世界にルイスを押し出してしまう気がして躊躇う。
だが。
「全く、魔王め、調子にのりやがって。僕のセシルとの時間を邪魔するなんて、万死に値する。せめて、勤務時間内に拐えよ。そしたらちゃんと定時まで相手してやるのに。」
と呟くルイスに、魔王に対する恐怖などは微塵も感じられない。
「・・とにかく話を聞きましょう?」
なんとか気を取り直してルイスをたしなめ、セシルはドアを開けた。