第7話
番の話は、おとぎ話のように、祖母から聞いたことがあった。
『人間には分からない不思議な感覚らしい。でも、聖獣にしろ魔獣にしろ番を求めるその血の定めには、抗えないってさ』
「・・あの日、ジストに乗って君の家の上を通った時、強烈な香りがしたんだ。その時、本能で分かった。これが番の香りだって。絶対見つけなきゃいけないって思って、思わず飛び降りた。」
ルイスは穏やかに続ける。空にまで届く、あらがえない香り。みつけてしまったら、もうその相手以外求められない。
「君を見つけたとき、僕の番が君みたいな可愛い子だなんて奇跡だと思った。セシルにとっては急すぎる話かもしれない。でも、僕はもう、君のいない生活に耐えられない。」
セシルは、戸惑いはあったが、ルイスの言葉を信じた。
ただ、気になることはある。
「アリシア姫のことは?」
「姫は・・よくも悪くも一直線でね。なんというか、国のために一番強い男と結婚する、と決めていて、で、今のところ・・。」
「ルイスが一番だ、ということ?」
ああ、まあ・・とルイスは濁したが、トロールを倒したところを思い出せば、強いことだけは分かる。
「・・分かりました。あなたが私をからかったり、遊んだりしてないことは信じます。」
「本当に?ありがとう!」
セシルを抱き締める力が強くなる。
「だ、け、ど!」
セシルは慌てて強めに言った。
「出会ったばかりの人とすぐ結婚とか、私は無理です!だから・・。」
「だから?」
不安げな声。この人が本当に勇者なのだろうか?
「まずは、お友だちから、でどうでしょう?」
ところかわってセシルの家。
家まで送る、と言われて、とりあえず帰る。昼過ぎにアリシア姫が突撃してきてから帰ってないので、ちょっと不安ではあった。
初めて会った日のように、ジストから飛び降りると言うので断固拒否したのだが、竜の上でひょいっとお姫様だっこをされてしまえば、もはやしがみつくしかない。
「風!」
デジャヴな詠唱で着地。ただし、今度は綺麗な着地だ。
「さ、つきましたよ、お嬢様。」
そう言って久しぶりに見るルイスの笑顔は、なぜだかセシルをほっとさせた。
玄関の戸を開けて明かりをつける。
「あ、・・。」
床に落ちた花瓶のかけらと、散らばるバラの花。
(たぶん、アリシア姫だよね・・。)
つけさせた、と彼女は言っていた。ルイスがバラを持ってセシルのところに来ていたことも知っていたのだろう。
「破片は危ないから下がって。」
後ろから来ていたルイスがそう言って前に出ると、
「水!・・風!」
詠唱で出されたそれらによって、床はきれいになり、ガラスの破片もバケツの中に納まった。
(便利だな、魔法。)
戦闘用のイメージが強かった魔法が日常的に使われるのを目の当たりにすると、つい、そんなことを考えてしまう。
「セシル。バラ、捨てずに飾ってくれてたんだね。」
ルイスに言われて、
「花には罪はないもの。」
と返せば、
「僕、そういうところが好きだ。」
とルイスが微笑む。
「・・で、確認なんだけど。」
ルイスは改まってセシルに向き合った。