第6話
「グルルルル・・」
(五匹、か。この森にも魔物が増えたわね。)
体はそんなに大きくない。恐らくまだ子どもだ。
そばにあった木の幹に片手を当て、話しかける。
『我が名はセシル。守り人ジルダの血を引くものなり。』
結界をはれた祖母と比べると弱いが、セシルには植物と心を通わせる力がある。
祖母から受け継ぎ、生活の中で育ててもらった力だ。
トロールほど大きな生き物には太刀打ちできないが、これくらいならいけるはずだ。
木がセシルを受け入れて、セシルの微量の魔力を通す。すると、その木と同じ種の周りの木々ともつながることができる。
(木の根っこの位置は・・よし、いける。)
『お願い!』
ボコン!
囲んだものの、恐らく慣れない狩りにためらっていたコボルトたちは、いきなり地面から飛び出てきた木の根っこに脚をとられてひっくり返った。
『ありがとう。引き上げてくれる?』
そう頼むと、木の蔦がするすると下りてきて、セシルの体を木の上まで運んでくれた。
(危なかった・・。)
普段から森を歩くときは注意していた。魔物と会っても見つからないように注意深く逃げていたし、そもそも遭遇率はあまり高くない。
特に祖母が亡くなってからは結界に籠りがちであまり森にも出なくなっていた。
出るのは月に一回、祖母が結界を駆使して作ってくれた街への道を通って買い出しに行くときだけ。
「はあ。」
木の上で、大きくため息をつく。
王宮なんて、ずっと縁のない場所だった。
いきなり勇者だ姫だと言われても混乱するだけだったし、彼らの遠慮のなさや距離の近付けかたも、変だとは思うが、セシルには常識もよく分からない。
だが、姫に対してぶちギレてしまい、このままだと罪人扱いされるかもしれない。
(だけど、この状況で私が罪人になるなんて、国の方が間違ってるでしょ・・。)
いや、でもまっとうな国ならば、そもそも勇者がこんなところに押し掛け求婚なんてしないし、姫だってあんな嫌な女じゃないに違いない。
セシルは初めて、この国の国政に不安を抱いていた。
「・・あ。やばいかも・・。」
なけなしの魔力を使ったからか、急激に睡魔が襲ってくる。
『落ちないようにだけ守って?ちょっと休ませてくれる?』
木におでこをつけて頼むと、枝のかたちが少し変形して、セシルを包み込んだ。
(あれ?ふわふわしてる。)
どれくらい眠っていたのだろうか?
不思議な浮遊感に目を開けると、目の前に誰かの膝があった。
「え?」
驚いてがばっと起き上がると、
「おっと、危ない。」
腰に腕が回されて抱き止められる。
振り返ると、ルイス。だが、セシルはそれよりも、浮遊感の正体を悟って思わず彼の腕に抱きつく。
「なっ!え?空?」
周りはすっかり暗くなっていて、月と星以外見えない。
「見つけたのが木の上だったからね。起きるまでジストに乗せてもらったんだ。」
(ジストって、竜、よね?)
恐る恐る自分の下を手で撫でると、柔らかい皮の敷物の下にわずかにゴツゴツした手触りがある。
「・・あの、セシル?」
ためらいがちに名前を呼んでくるルイスを見上げると、不安げに揺れる紫の瞳に見つめられる。
「今日、アリシア姫が君のところに行ったって聞いて、心臓が止まるかと思った。また嫌な思いをさせて・・本当にごめん。」
面と向かって素直に謝られると、少し眠って落ち着いてしまった状態ではなぜか怒りが沸かない。
「・・別に、いいです。今回のことはあなたのせいじゃありませんから。」
顔を見るのも気まずくて、前を向いたままぼそりと言えば、後ろから抱き締められる。
「ちょっ!!」
「ごめん。ちょっとだけ。2週間長かった・・。」
そう言うルイスは、嘘を言っているようには聞こえない。
「なんで、私にかまうんですか?あなたは、私の事、よく知らないでしょう?そんな相手に運命とか、結婚とか、理解できません。」
セシルがそう言うと、ルイスが答えた。
「ドア越しじゃなくて、直接伝えたかった。・・君は、僕のたった一人の番、なんだ。僕には竜の血が流れているんだよ。」
夜の静寂の中、彼の言葉はやけに響いた。