第52話
「精霊王の代替わりのことは、知っていたんです。」
食事をしながら、ジャンニが切り出した。
「そのときに備えて、我がモルベール家当主には言い伝えられていることがありました。それは、『ジルダの血を混ぜる』ということです。つまり・・。」
「ジルダの血を引く者と結婚する?」
セシルの問いに頷くジャンニ。
「だけど、どれだけ探しても見つからなかった。代々そうだったようです。でも、本当に代替わりする今、あなたの存在は奇跡だと思った。」
ジルダの血を引く女性を探すのだから、確かに奇跡なのだろう。何せ、代々たった一人しか存在しないのだから。
「なぜジルダの血が必要なのですか?モルベール家であることに変わりはないのに。」
「ジルダには、ただ一人、精霊王の言葉を理解する力がありました。だから、精霊王と人間が交渉できたのです。なぜなのかは分かりません。だから、血という繋がりを求めた。代替わりした精霊王と言葉をかわせる可能性にかけて。」
セシルは、顔にでないように気を付けてはいたが、かなり動揺していた。森での会話が、重要な意味を帯びてくるのが分かったからだ。
ジャンニは、森での会話の詳細を知らない。ジルダの魂の契約のことももちろん知らない。
(私だけ、次期精霊王の言葉が分かった。妻というフレーズもあったわね。)
ジルダにも分からなかったのに。なぜ、セシルには分かるのか。
「交渉は、必要なのですか?」
「モルベール領に人間が住み、精霊王の加護を受けられるのは、あくまで契約した初代の王の間だけです。死後は契約は無効。でも、私たちは、ここでの生活を続けたい。」
もう一度契約を結ぶこと。
モルベール家の当主として、あらゆることの最優先事項が、精霊王との契約なのだ。
(まだ、分からないことは多いわ。でも、私はジャンニさんと結ばれることはない。)
「精霊王の言葉は、ルイスにも分かっていたようです。今はセルシオもフィンネルも次期王候補だから言葉がわからなくても、やがては皆意志疎通できるようになる、ということですよね?」
「おそらくは。実は、何人かモルベール家に守り人がいる。利用されないように公にはしていないが、彼らはちゃんと精霊王と会話している。」
いないわけではなく、公にしていないだけなのだと、セシルは初めて知る。ジャンニは守り人のこともまた、守ってきたのだ。
「・・私は、候補たちの言葉がわかります。」
セシルは、打ち明けた。
「やはりそうですか。」
ジャンニは複雑な顔で応える。既に手に入らないと悟った相手の利用価値を聞くのだから、無理もない。
「彼らが王になる資格を得るためには、誰かと、自分で守り人契約を結ばねばならないそうです。でも、そもそもモルベール家のみなさんがこの地に来たとき、精霊王は既に王様だったのですよね?」
「ああ。そう聞いているが。」
「おかしくないですか?」
改めてセシルに問われ、考えるジャンニ。
「王になるのに、本来は守り人契約はいらない?」
「もしくは、条件は決まってなくてその時の王が指定する、か。いずれにせよ、彼らは人間と共に生きようとしているのは確かです。」
セシルの言うことには筋が通っている。ジャンニはあれこれ思案を巡らせた。
「・・あれこれ言っていてもしょうがないですね。セシルさん。僕と若き獅子をつないでください。明日、森に一緒に行ってくれますか?」
「え??」
意外にもその声は、セシルではなく、給仕をしていたセイラから発せられた。
「ジャンニさまっ!そんなっ!」
「いいんだ、セイラ。逃げてばかりもいられない。」
突然始まったやり取りに、セシルは戸惑う。
「あの。何か問題でも?」
「いや、大丈夫。頼んでも?」
セイラは何か言いたそうだったが、言葉を飲み込む。
「分かりました。お供します。」
かくして、再びの森行きが決定したのである。
もちろんそれを聞いたルイスにお留守番の選択肢はなく、無理を絶対にしない、という約束で同行が決定した。




