第5話
翌日。あんな別れ方をしたのに、ルイスはやってきた。
「セシル!」
洗濯物を干していたセシルは慌てて家の中に入り、ドアに鍵をかける。
ドンドン、とドアを叩く音がしたが、無視した。
「セシル。昨日はごめん。でも、僕は一つも嘘を言っていない。アリシア姫は見てのとおりのタイプで、ずっと断っているのに僕をなぜか自分のものと信じて疑わないんだ。昨日改めて、僕には好きな人がいるとお断りした。」
必死のルイスの声。
だが、セシルは青ざめる。
(あの姫の事だもの。絶対殴り込んでくるわ。)
圧倒的権力者だ。自分の運命がどうなるか分かったものではない。
「やめてください!私はあなたのことを全く知りません。巻き込まれたくない・・。」
泣きそうな声で言えば、ルイスがドアに体を預ける音がする。
「ごめん。でも、僕は君をもう諦められない。やっと見つけた運命の人だから。」
「だから、見つけたってなんなんですか?今まで会ったこともないのに。」
「ちゃんと話すよ。だから、ドアを開けてくれない?」
必死の声に絆されそうになる。
でも、セシルは唇をかんだ。
「ごめんなさい。信じられません。」
昨日のアリシア姫を思い出す。彼女と自分を比較したとき、自分に勝つ要素など何も見当たらない。
外見も。地位も。豊かさも。
そんな自分に出会ってすぐ求婚する、この勇者と呼ばれる男のことを、セシルはどうしても信用できない。
「分かった。今日は帰るよ。でも、僕は諦めない。話を聞いてくれるまで通うからね。」
「え?いや、困りますって!!」
ルイスが去っていく足音を聞きながら、セシルは脱力してその場に崩れ落ちた。
とりあえず洗濯物の続きを干そうとドアを開けると、玄関にバラが一輪置いてある。
「・・なんなのよ、一体。」
花を地面に放置するわけにもいかず、拾って瓶に挿すと、混乱したまま洗濯物を干した。
翌日も、ルイスはやってきた。その翌日も。
来る度に合わずに追い返し、その度にバラは増える。
2週間がたった。
「明日は来るのが遅くなると思う。バラをまた置いておくよ。」
「・・来なくていいです。」
「いや、来る。」
ある日そんな会話をした。
そして、翌日。
「まさか、2回目の訪問があるとはな。こんな山奥になど来たくもないというのに。」
昼頃に突然やってきたアリシア姫は、むすっとした顔でセシルの前に腰かけていた。
「・・なんのご用でしょう?」
感情を表に出さないようにしながら平坦に返す。
「わらわのルイスをたぶらかすのをやめてほしいのじゃ。」
アリシア姫は、爪を撫でながら言う。
「最近のルイスは、何を話しても上の空でつまらぬ。そもそも仕事終わりに会いに行くと、いつも出たあとじゃ。気になって後をつけさせたらまだそなたのような、芋娘のところに通っておると聞く。いい加減にしてくれぬか?」
言っている間に怒りがこみ上げてきたらしく、アリシア姫は憎しみを込めた目でセシルを睨み始めた。
「・・どいつもこいつも、言いたい放題・・。」
「なんじゃ?」
セシルの心の声は、外に漏れていたようだ。アリシア姫に聞き返されるともう止まらなくなった。
「いい?私は二度とくんなってはっきり言ってるの!あんたのものなら、繋ぎ止めるのはあんたの役目でしょう?あんたのルイスは勝手に来て、勝手に好きだの諦められないだの言って毎日会えもしないのに来るのよ!自分たちの問題くらい自分たちでなんとかしなさいよ!もう放っておいて!」
セシルは一息に言って、驚いて停止しているアリシア姫を置いて家を飛び出した。
後ろで、アリシア姫が
「処刑じゃ。不敬罪じゃ!」
とわめき散らすのを聞きながら、構うものか、と騎士たちに詰め寄る。
「あなたたちは、アリシア姫の行動を止められないわけ?あんな姫じゃあ国が滅ぶわよ。連れて帰ってもう二度と来ないで。私が帰るまでに連れて帰らなかったら姫を殴るわよ。」
騎士たちはおろおろと目を泳がせる。
(くだらない。)
セシルには、失うものなどない。祖母亡き後、墓守だけはと思っていたけれど、ただただ寂しくて、孤独で、どこかへ行ってしまいたかった。
せめて、そっとしておいてくれれば。
(何もかも、あのルイスのせいよ。)
何が勇者だ。何が運命だ。勝手にかきみだして、傷つけて。
怒りに任せて歩き続け・・。
「ヤバい。油断してたわ。」
セシルは、コボルトの群れに囲まれていた。