第49話
「ルイス?!」
セシルは、体温が一気に下がったような気持ちでルイスによびかける。
何かが、おかしい。
呼び掛けても、ルイスの反応はなく、その事がセシルを妙に慌てさせた。
『よくもった方だ。だが、やはり人間。竜の血ですら、ここでは大した防御にならん。』
低い声が響いた。
「ルイスは、どうなったのですか?」
尋ねるセシルに獅子は答える。
『精神が眠っているだけだ。この空間を出ればやがて目覚める。もともとここは、ジルダの血を引く者が、守り人の契約を結ぶための場所。そうでないものに長居は無用だ。』
眠る、という言葉に少し安堵したものの、目覚めないルイスはやはり怖かった。
『さて。セシルよ。そなたはわしの子孫でもある。よく、ここまできたな。こやつらは、セルシオとフィンネル。精霊の王の後継者候補だ。』
フィンネルは、ルイスを抱えたセシルにすりより、慰めるように側に寄り添う。
「フィンネルも後継者候補なの?」
ルイスを膝枕してフィンネルを抱き上げると、セシルはそのまま抱き締める。小さい生き物の体温が安心を与えてくれる。
『そうみたい。よく分かんないんだ。』
フィンネルの戸惑うような声。それに重なるように、
『娘。言葉が分かるのか?』
フィンネルより大人びた、だがまだ若い青年の声が聞こえた。
「セルシオさん、ですか?」
「あら、セシルには彼らの言葉が分かるのかい?不思議だね。私にもまだ分からないのに。」
初めてその事実に気づいたジルダが、目を丸くする。
『稀有だな。セシル。そなたは次期精霊王の妻になれる女だ。』
精霊王が目を細める。
『ジルダも、若かりしころのわしの言葉を理解していた。』
今は誰にも言葉が伝わるが。と付け加えて、精霊王は笑う。
「いや、私、そういうのはちょっと!!というか、ルイスが心配なので、ここから出してくださいませんか?」
セシルがたじろぐと、ジルダも頬を膨らませた。
「そうだよ。私との約束だ。魂の契約をする代わりに、子孫は転生のまじないからも、守り人の義務からも自由にする、一旦リセットするっていう話だったろ?」
『すねるな、ジルダ。その約束は違えない。だが、精霊王の代替わりに、モルベール家の若造がなにを考えるかまではわからん。セシルは、巻き込まれずにすむかな?』
そこまでは責任を負わない、と精霊王は言う。
自分で選ばなければならない。
(選択の自由なんてなさそうだけど。)
ルイスは、セシルを諦めない。
セシルはそれを、もうとっくに受け入れているのだから。
「会えて良かったよ、セシル。」
セルシオがルイスを咥え、空間の出口をくぐり抜けてくれた。
ついてきてくれたジルダとフィンネルにも別れを告げる。
森で目撃されていたのは、おそらくセルシオ。
引っ掻いたのは、一度だけ、こっそり空間を出たフィンネルだったらしい。
二匹とも、紛れもない聖獣だ。
それだけは報告できるだろう。
精霊王の資格は、自分で『守り人』の契約を結ぶこと。
セルシオは、それに挑み続けるらしい。
『セシル。君がもし、守り人になってくれるなら、僕は歓迎する。それから、つ、つ、妻になってくれるなら、それも。また、良かったら森にきて。言葉が伝わるのは嬉しい。』
セルシオの精一杯の言葉に、
(気遣いにあふれた方だわ!また森に来れるように考えて下さってるのね。)
と、しなくてもいい深読みをするセシルは、通常運転だ。
そのそばで、
『ボクも、ちょっと頑張ろうかな?』
と、精霊王の座に興味を示し始めたフィンネル。
(やれやれ、セシル、見ない間に悪女になったものだね。)
ジルダは肩をすくめるが、セシルには言わないことにする。
「元気でね、セシル。」
ジルダはセシルを抱き締めた。
なんとなく、セシルにもわかる。
精霊王の死期はそう、遠くない。
きっと、ジルダと会うのもこれが最後。
「おばあちゃん。私を育ててくれてありがとう。」
やっと言えた。それだけでいい。
セシルとルイスを残して、ジルダと聖獣達が消えた直後。
「大丈夫ですか?」
セイラとアランが、駆け寄ってきた。




