第36話
「ねえ、セシル。」
いつもの夕方。ルイスは意を決してセシルに話しかける。
「なんでしょう?」
しっかり煮込んだクリームシチューを持ったセシルが振り返る。
(ああ、可愛い。)
大きなミトンをつけ、少し首をかしげてこちらを見るセシルに顔が緩みながら、ルイスは続ける。
「えーと。何か、欲しいものとか、ない?」
「欲しいもの、ですか?」
鍋をとん、と置きながらセシルはちょっと考えて。
「そうですね。新しく畑に撒く種、とか?」
と、にっこり笑う。
(いや、そうじゃなくて!)
頭を抱えそうなルイスに、思わず吹き出すセシル。
「違っていたらすみません。誕生日の話をしてしまったから、考えてくださっているのでは?」
サプライズクラッシャー、セシル。
そう言われてしまうと、ルイスは反応に困る。
「あ、いや、それは、その・・。」
これではごまかすどころか、全肯定。
「セシルってちょっといじわるだよね?」
いじけるルイスに、セシルはシチューを注ぎながら、
「そうですか?」
と、意外な顔をする。
(自覚ないのか・・。)
「じゃあ、聞くけど。誕生日プレゼント、何がいい?」
開き直ったルイスに聞かれて、セシルは改めて考える。
「うーん。実のところ、特にないんです。今の生活に満足してるし、今使っているものはどれも愛着があって、新しく欲しいと思わないし・・。あ、でも。」
またもや頭を抱えかけたルイスに、セシルは言う。
「そういうことを、考えてくれて、誕生日を祝ってもらえるのは、すごく嬉しい、です。」
(それじゃ駄目なんだー!)
そんなことを言われたら、そのあとの自分の誕生日におねだりができなくなる。
やはり、ここはなんとかひねり出して、セシルが大喜びする一日を考えなければ、と決意だけ新たにする、ルイスである。
・・ルイスが帰ったあと、セシルはふふ、と思い出し笑いをしていた。
昨年、セシルは初めて一人きりで誕生日を迎えた。
祖母が亡くなって数ヶ月だったし、祝う気持ちにもなれず、ああ、今日誕生日だったな、とぼんやり思ったのを覚えている。
今年は違う。
ルイスはたぶん、心を込めて、セシルの誕生日を祝おうとしてくれるだろう。そういう人がいるという事実が、セシルの心を温める。
突拍子もないことをしそうな予感はあるものの、それすらちょっと楽しみにしていることを自覚して、少し自分に戸惑う。
でも、悪くない。
そして、一方で、
「ルイスは来月って言ってたな・・。」
祝う側のワクワクも、堪能しているセシルである。
だが、この誕生日計画が、アリシア姫によって、政治的思惑をはらみ初めていることに、セシルは翌日気づかされるのである。
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「モルベール領?」
「そうじゃ。手配は済ませてあるゆえ、ルイスといけ。」
いつものように突然やってきたアリシア姫は、すぐに本題に入った。
「なぜ、急に?」
「勇者の手配要請が来てな。ルイスに行かせたいのじゃが、誘拐事件以降、頑固に行かぬ。ならば、そなたも行けばよいと思っての。」
(この人は、他の人にも予定や都合があるって考えたことはないのかしら。)
半ば呆れつつ、自分のせいでルイスやルイスを求める人々に迷惑をかけているという事実は、若干後ろめたい。
「・・そなた、自分のルーツに興味はないか?」
アリシア姫が声を潜めた。
「私の、ルーツ?」
アリシア姫との会話はどうにもつかめず、質問が多くなる。
「モルベール領は、精霊の地とも言われる場所じゃ。そなたに流れるという『守り人』の血じゃが、守り人の契約はモルベール領の森で行われるという。・・行ってみたいじゃろう?」
あからさまな誘導に乗るのはいい気はしない。
だが、興味をひかれるのも事実。
「ルイスがいれば、危険はないだろう。こんな機会でもなければなかなか行けぬぞ。」
だめ押しに畳み掛けられて、セシルは揺れる。
「・・少し、考えさせてください。」
はっきり拒むことができないまま、セシルはアリシア姫を見送った。




