第32話
国王への報告はルイスがすることになり、セシルはアリシア姫からの呼び出しに応じていた。アリシア姫の隣には、いささか仏頂面のミニアクタスがいる。
「大変じゃったようだの。セシル。」
アリシア姫がにやりと笑いながら言った。
さすがに疲れた顔のセシルは、ため息をつく。
「はい。大変でした。」
「ロベルトもつまらぬ男じゃな。女を傷つけるのに闇の魔力に手を出すとは。」
「・・ロベルトさん?」
セシルは違和感を覚え、そして、ハッとする。
「アリシア姫。あなた、知ってましたね?」
「何をじゃ?」
「全部。・・むしろ知ってて追い風を送っていたんですね?」
それは、疑惑ではなく、確信。
今回の件、大枠は、クーデターの時に勇者を押さえるための誘拐事件のはずだ。
その実行犯はロベルトに違いないが、アリシア姫の発言は、ロベルト個人の目的を知っていたように聞こえる。
それだけではない。
重なりすぎているのだ。
あのお茶会が、今から思えば不自然だった。
カルドフはなぜあのタイミングで会いに来たのか。
ルイスをアリシア姫がつれていった先で、突然王からの出張要請が出たのは偶然なのか。
アリシア姫なら、ロベルトに情報を流すこともできる。
「・・さあのう。証拠のない発言は、気を付けねば侮辱じゃぞ。」
艶やかに凄むアリシア姫。
その裏で静かに紅茶を飲むアクタスは、無表情で感情が読めない。
「まだ、私のことは嫌いですか?」
「嫌いじゃ。見ておると腹が立つ。ルイスについても、どうしてもそなたに負けたと認められぬ。何を当然のことを申す?」
アリシア姫の返事はいっそすがすがしい。
「だから、彼らの背中を押したと?」
「根拠のないことを言うでない。・・だが、まあ、わらわは今はそなたを少し認めておるからな。許してやる。」
アリシア姫の口調が少し変化した。
「ルイスはな、危険な男じゃ。歴代の勇者とは違う。あやつにとっての勇者の肩書きは、羽毛より軽い。」
だが、強い。
剣技も、魔法も。
「今、やつがこの国で勇者に甘んじておるのは、他にすることがないからに過ぎぬ。野放しにしておくにはいささか不安な男なのじゃ。」
「・・それは、分からないでもないですが。」
セシルには、アリシア姫の考えがまだ読めない。
「・・わらわがその手綱を引こうと思ったのじゃがな。」
アリシア姫は呟くように言う。
確かに、ルイスがアリシア姫と結ばれ、国王になったなら、彼は自分の国を守るために力を振るっただろう。
だが、彼は番を見つけてしまった。セシル、という運命の相手を。
「今回の件、わらわが関わっていたとしても、謝罪などせぬぞ。そなたがルイスの暴走をとめられぬ女なら、いない方がまだよい。カルドフやロベルトごとき小物に屠られるなら、それもまた、そこまでの女だったということじゃ。」
アリシア姫に射すくめられて、セシルは背筋が冷たくなる。
始まりは何であれ、ルイスと関わるということは、そして、ルイスに執着されるということは、もはや一人の女としての恋だの愛だのとは次元が違うのだということは、理解できた。
ただ、どうしても思ってしまう。
(初めての恋くらい、ゆっくり育てさせてもらえないかしら・・??)
姫に魔王。国家の陰謀に闇の魔力。
(正直いって、ついて回るものが重すぎるわ!!)
「まあ、そなたがルイスの暴走を見事に止めたことは聞いておる。なかなかやるではないか。じゃから、少しわらわはそなたを認めてやることにするぞ。」
アリシア姫はやはり、にやりと笑う。
アクタスはまだ拗ねたまま、3杯目の紅茶に砂糖を入れた。
この魔王は、甘党である。




