第3話
祖母が生前に張ってくれていた結界で、セシルの家と横の畑がある一帯は、魔物の侵入から守られている。
それでも、トロールのような大きな魔物を見る機会は少なく、特にこんなに至近距離で見るのは初めてだ。
「きゃああああ!!」
思わず悲鳴をあげた直後。
何かがセシルの横を駆け抜けて、その後トロールに二閃の光の軌跡が見えたかと思ったら、そのままトロールが血飛沫をあげながら倒れた。
「光!」
鋭い声と共にトロールの死体は光に包まれ、血痕と共に消え去る。
「もう、大丈夫だよ。怖い思いをさせてごめん。」
ルイスの声がして、力が抜けてしまったセシルの体を抱き寄せて支えてくれる。
「・・あ、ありがとうございます。」
そう答えたが、震えが止まらないセシルを、ルイスは横抱き、つまりお姫様だっこで抱えて、家の中につれて入ってくれた。
ソファーに座らされ、髪を撫でられる。
「・・やっぱり、放っておくわけにはいかないな。」
そう呟くと、ルイスはセシルの前にひざまずく。
「ルイス?」
「セシル。僕に君を守らせて。急すぎて信じられないかもしれないけど、僕は君のことを好きになってしまったんだ。結婚してくれないかな。」
「・・・・・・は?」
いや、ちょっと待て。
これが、相手が幼なじみとか、少なくとも親しい間柄ならば、なんとロマンチックな告白シーンだろう。
ルイスが悪い人ではないことはなんとなく分かる。
分かる気はするが、明らかにネジがぶっ飛んでいる目の前の男は、悪意のある人物より数段たちが悪い人物なのでは?
『いいかい。出会ってすぐに好きだの愛してるだの言う男にろくなのはいない。それだけは確かだよ。』
祖母の言葉がちらついて、セシルは警戒心を思い出す。
くしゃっとした笑顔にやられて、自分のテリトリーに入れすぎてしまった。
何だか急に怖くなってくる。
「・・お引き取り下さい。」
「ん?」
「ん?じゃありません!昨日空から降ってきた人に人生委ねられません!!いろいろありがとうございました。さよなら!!」
がばっと立ち上がり、ソファーを盾にして言いきると、ルイスに背を向ける。
この男がいると、まともに考える能力が下がってしまう。
「そんな・・。せっかくみつけたのに。・・あんまりだよ。」
湿気の多い声にぎょっとして振り向くと、なんとその姿勢のまま、ルイスはポロポロと泣いている。
(なんなの?この人。誰か客観的にジャッジしてくれない?!)
祖母を看取ったあと、基本この家でひっそり一人で暮らしてきたセシルには、完全に未知の状況だ。
とはいえ、現状、泣き続けるルイスをなんとかするのは自分しかいない。
「泣かないで下さい!私が言いたいのは、よく知らない相手の求婚はない、ってだけで!」
「・・それはつまり、お互いをよく知り合えば結婚してくれる、と?」
ルイスの涙が瞬時に引っ込み、表情が見えないまま呟かれる言葉。
(うーん。どうだろう?)
「やっぱりだめなんだあああ!!」
答えに詰まると、かすれた泣き声で絶望的な叫びをあげるルイス。完全にヤバい男である。
「いや、とにかく、あなたの事よく知らないんで!知ってみないとなにも分からないんで!」
セシルまで泣きそうになりながら返していると、何やら外が騒がしくなり、玄関のドアが手荒くノックされた。