第21話
「王宮は大騒ぎだったよ。」
夕方にやってきたルイスが椅子に腰かけると言った。
アリシア姫がつれてきた少年は、一応、姫の賓客扱いになっているらしい。
当然魔王とは知らないし、セシルの遠縁ということではあるが、そもそも王宮においては
『セシルって誰?』
である。
結局、ルイスが呼ばれ、セシルについての説明を求められたのだが。
「僕としてはまだまだ伝えたいことがあったんだけどね、30分くらいしゃべったくらいで、なーんかみんなげっそりしてきて、もう、僕が身元保証人でいいんじゃないかってなってね・・。」
(何をしゃべったのか、気になるけど、絶対ききたくないわ・・。)
皆が聞きたいこととは関係ない情報を、口が挟めないくらいの勢いで語るルイスは想像に難くない。
「ああ!でも、勇者が魔王の身元保証って大丈夫なのかな?!」
今さらながらにもっともなことに気づくルイス。
もちろん、今から撤回して、またアクタスをセシルと暮らさせる気など皆無だが。
「・・まあ、アクタスさんの様子を見る限り、大丈夫じゃないでしょうか?何かあってもうまくかわされると思いますよ。」
セシルの言葉に、(なんでそんなに信じてるの?)と不満そうながら、しぶしぶルイスは納得する。
「そういえば、セシルって謎が多いよね?」
改めてルイスが言う。
「僕だって、最初は身元について説明しようとはしたんだよ?でもあんまり知らないし、でも知らないのが悔しくなって、知ってることを話し出したら、得意料理の辺りでちょっと熱くなっちゃって・・」
「王宮のかた、なんだか、ごめんなさい。」
小声で詫びるセシルだが、ルイスはいいことを思い付いた、というようにキラキラした目になる。
「僕、セシルのこと、もっと知りたいな!!」
「私のこと、ですか・・。」
セシルは少し困ってしまう。
「そう。特にセシルのお祖母さん。セシルを育てた人だし、この家の結界を考えるとただ者じゃないよね?」
確かに、とセシルは考える。
今まで、セシルにとって唯一の身近な人間だった祖母だが、彼女亡きあと、セシルが無事に暮らしてこれたのは、祖母が残してくれた、結界を初めとする数々の守護と、生きるための多くの知識のおかげだ。
しかし、改めて聞かれても、セシルは祖母のことをそこまで知っているわけではないのだ。
「私も、よく知らないんですよね。ただ、ジルダお祖母ちゃんは『私は守り人なんだ』と言っていました。」
セシルにもその血が流れている。そして、その血の力で、木や火、水といった自然のものと気持ちを通わせることができる。
「前に木の上で寝ていたときのこと?」
「ええ。そんなこと、ありましたね。」
あの時初めてジストに乗り、自分がルイスの番だと言われた。
耳元で熱くささやかれたことを思いだし、顔が熱くなる。
「魔法とは違うの?」
ルイスに聞かれて、セシルは我に返った。
「うーん。少し、違います。」
「例えば?」
セシルは考える。
「ルイスは、魔法を使う時、詠唱をしますよね?」
言葉は人によって異なるが、ルイスの場合はいつもシンプルだ。
「そうだね。頭でイメージして、言葉で出現させるって感じだね。」
「そう。自分の魔力を使って、無いものを出現させるのが、魔法です。私ができるのは、既にそこにあるものに意思を反映させることです。」
だから、詠唱はいらない。
できるのは、お願いすることだけだ。
「僕らは生み出して命令する。守り人は、お願いして力を借りるってことか。なんだか、セシルらしい。」
「そう、ですか?」
一人納得顔のルイスに首をかしげながら、セシルは祖母を思い出す。
『いいかい、セシル。お前の血には・・・・を呼び込むまじないがかかっているからね。』
ふいに思い出す。
あの時、祖母はなんと言っていたのだったか?
「どちらにせよ、セシルのお祖母さんは力が強かったことは確かだ。そうでなければ、亡くなったあとになってもこんな強い結界が残るはずがないからね。・・もしくは、セシルの言い方でいうなら、お願いした相手がよほど義理堅くて強力か。」
「私自身には大した力はないんですけどね。・・そろそろ食べ頃でしょうか?」
セシルの言葉にうろたえるルイス。
「そ、そんな、積極的な。いや、セシル、君はもういつでも極上っていうかっ!!」
・・・・
「えっと・・。ビーフシチューが・・。」
「あ・・・・。そう、だね。うん。いい匂いだ。」
今日も今日とて代わり映えのしない夜。
しかし、事態はゆっくりと、確実に動いていく。
「・・もう、限界かな。」
王宮近くの宿舎にある個室。
自らの左腕を見ながら、ロベルトが一人、呟いていた。




