第13話
「うむ。悪くないな。」
マフィンを頬張りながら、アクタスが満足げに言う。
朝食後、すっかり元気を取り戻したアクタスは、
「我が輩にとって、約束は契約に等しいのだ。」
と言い、畑の野菜収穫と、雑草取りを頑張ってくれた。
それならばこちらも、とプレーンや、ココア入りや、チョコチップのせなどいろいろなマフィンを作り、甘めのミルクティーと一緒に出せば、アクタスは全種類制覇の後、5つ目に手を伸ばしている。
(この子、どうしてあげたらいいのかな。)
食べる様子が可愛くて、にっこりしつつも、セシルは悩んでしまう。
いろいろと作業をしながら、雑談で察するに。
彼は本当に一人で、家族はいないらしい。
仲間はいるようなことを言っていたが、どこにいるかは分からない。
ルイスやアリシア姫とは知り合いのようだったが。
(アリシア姫はともかく、ルイスに対してなーんか負の感情を感じるのよね。)
それだけではない。やたらと秘密主義で、年齢を聞くと
「6342歳だ。」
と、顔だけは真面目にはぐらかされてしまった。
「なんで、私を探していたの?」
「・・・・・・。」
はぐらかしながらも、流暢に答えていたアクタスは、その質問にピタリと止まり、じっとセシルを見た。
始めは気づかなかったが、彼は整った顔立ちをしている。
紫色の瞳に、漆黒の髪。将来は美形確定だ。
「そなたは、いいやつだな。」
アクタスがポツリと言う。
何かを思い悩むように。
「・・ん?」
セシルが首をかしげた時。
「ただいまセシル!今日は早く仕事が終わったからチキンとひき肉買ってきたよ!香草焼きとぜひ、煮込みハンバーグを・・え?」
満面の笑みでドアを開けて、侵入してきたルイスが、そのまま固まった。
「セシルに隠し子?いや、もしかして僕ら、もう家族になってたっけ?息子がいたなんて覚えてない・・記憶喪失??」
「・・ばか。」
パニック中のルイスから買い出し品を受け取る。
「彼はアクタス君です。お腹を空かせて、玄関で倒れてたの。」
手早く仕分けして保冷庫にいれながら言うと、ルイスの声の温度が何故か一気に下がる。
「・・アクタス?」
異変に気づいて顔を上げれば、アクタスもルイスも、今まで見たことのない冷たい表情でにらみあっている。
(え?)
「まだ生きていたのか、魔王アクタス。どういうつもりでセシルに近付いたんだい?」
ルイスが聞けば、アクタスも立ち上がり、(ただし、椅子の上)
「お前が我が輩に触れたとき、思考が流れてきたのでな。頭を占めるセシルという女性に興味があったのだ。」
「興味、だと?」
「我が物にして、お前を闇に染めれば我が輩の力もすぐに補充できるゆえ、な。」
「まさか、もう・・。」
「うむ。貢ぎ物を差し出すほどに、我が輩のとりこじゃ。」
「おーのーれー!殺してやる!!」
「ストーーーーーップ!!」
セシルは、我慢できなくなって間にはいった。
「置いてかないで欲しいんですけど、アクタス君と、ルイスは知り合い?」
ルイスは何故か深くため息をつく。
「あのね、セシル。こいつ、魔王だよ?」
「・・え?魔王って、こんなちっちゃいの?・・あ、ごめん。」
アクタスが、分かりやすく傷ついている。
「我が輩は、こいつのせいで魔力をほぼ失い、大人の姿は保てないのだ。本当はもっとでかい!」
「分かった分かった。・・で、ルイスへの復讐のためにここに?」
「セシルに何を!?」
ルイスがうるさいので、マフィンを押し込んで食べさせる。
「落ち着いて下さい、ルイス。なにもされてません。朝ごはん食べて、畑仕事いろいろ手伝ってもらって、お礼にマフィン焼いて食べてただけ。」
「セシル。君は危機感がなさすぎるんだよ。初対面の人を家に上げて、ご飯を食べさせたり、ちょっと手伝ってもらったくらいで信用してお菓子を振る舞ったり。だから、危険なことや、面倒ごとに巻き込まれるんだよ?」
何故かルイスから説教をされるのだが。
(なんだか、ものすごく納得がいかないわ。)
「・・そうですね。半年近く前のことは、ほんとに、深く後悔してます。」
冷ややかにそう言うと、さすがにルイスも、先ほどの発言が特大ブーメランで自分に返ってくることに気づき、
「あ、いや、それがセシルの素敵なところなんだけどっ!!」
と大焦りである。
(また面倒なことになったなあ。)
ため息混じりに外を見れば、そろそろ夕方である。
「まあ、お肉がもったいないので夜ご飯作ります。みんなで食べながら話しましょう。マフィン食べてゆっくりしてて下さい。」
アクタスにミルクティーの追加をいれて、ルイスにも紅茶を出す。
(あとは、二人で解決して欲しいなあ。)
なんて希望を抱きながら、しばし、料理にセシルは没頭した。




