第12話
ある夜。セシルの家の前で力尽きる影。
「お腹空いた・・。」
訳あって、長い間旅をしてきた。疲れた・・。影の主は、そのままぱたりと、玄関先で眠ってしまう。
そして、朝。
セシルの起床は早い。
朝食の仕込みをして、一通りの家のことや畑のことをする習慣だからだ。
ルイスは朝は来ないことになっている。正確には最初の方は来ていたのだが、ほぼ100%仕事に行きたくないと駄々をこね、八割がた遅刻してしまうため、王直々に禁止令が出てしまったのだ。
「給料減額するぞ。」
と言われ、ブラックだなんだと言っていたが、自分のせいみたいでセシルとしても朝は来ないでね、とにっこり伝えた。
さて。そんなこんなで一人時間満喫のセシルが畑に出ようと玄関を開けて踏み出した時。
ぎゅむ!
何かを踏んだ感触と、
「ううっ!」
という呻き声に驚く。
あわてて足をどけると、その下には小さな頭。
「きゃあ!ごめんなさい!」
よく見れば、5、6歳くらいの子どもが倒れていたようで、気づかずに踏んでしまったらしい。
「大丈夫?」
覗き込むと、目を開いたその少年は恨めしそうに言った。
「女、我が輩の頭を踏むとはいい度胸だ。それなりの覚悟はあるのだろうな?」
なんだか、妙な話し方をするのだが、放っておくこともできない。
「えっと・・起きれる?」
と聞けば、
「起こせ。力が入らん。」
と、なんともかわいくない反応。
それでも、脇の下に手を差し入れて起こしてやると、とりあえずその場に座らせた。
「あの。お父さんとお母さんは?」
「知らん。顔も覚えておらん。」
「え?じゃあ、一人なの?」
「ああ。もちろんだ。」
「なんでここに?」
「・・セシル、という女を探しているのだ。」
変なことを言う。今、目の前にいるのだが。
「・・ルイスめ、アリシア姫を差し置いて頭を占めるセシルとかいう女を我が輩が手に入れて、闇に染めてやる。おい、女、この家にセシルはおるのか?そなたの主人か?」
ぶつぶつした早口のため、セシルには、何を言っているのか意味不明だが、聞き取れたルイス、とかアリシア姫、のフレーズには嫌な予感しかしない。
(うーん。なんだか、関わりたくない感じだけど・・)
子どもだしなあ。と考えると、ウソをつくのも気が引けて、
「セシルは、私なんですけど・・」
というと、少年は、目を真ん丸にして、
「なんと・・!!」
と言ったきり、絶句してしまった。
(うん。なんか、あんまりいい感じではないわね。)
「そなたが、セシル!」
気を取り直した少年が立ち上がりかけて・・そのままへなへなと座り込んでしまった。
きゅるるるる・・
と音がする。
「お腹が空いた・・。」
(なんだか、以前似たことがあったような。)
『お腹を空かせた人間を放っておくべからず』
「朝ごはん、一緒に食べる?」
「・・食べてやろう。」
態度だけは偉そうな少年をとりあえず抱き抱えて、セシルは家の中に入った。
ダイニングに座らせると、とりあえずオニオンスープとロールパン、トマトとレタスのサラダを出す。
「えーと、ボク?先に食べててね。」
「アクタス、だ。」
少年ーアクタスは、そうボソッと言って、パンにかぶりついた。
その間に、ベーコンを焼き、卵を落としてベーコンエッグを作る。
ベーコンが焼ける香ばしい匂いが漂い始めると、よだれをすする音がして、振り替えればアクタスが期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「もうすぐできるからね。」
とにっこり笑いかけると、ハッとしたように目をそらすが、ちょっと耳が赤い。
(あれ?ちょっと可愛いかも?)
サービスでリンゴやキウイといったフルーツを剥いて出してやる。
自分の分も作って向かいに並べ、セシルも食べるが、あっという間に平らげて、じっと見ているアクタスに気づいて、
「まだいる?」
と聞くと、
「食ってやってもよい。」
と返ってくる。素直じゃないが、まだ欲しいのだなと察し、セシルは自分のベーコンエッグを差し出した。
「そなたのはよいのか?」
上目遣いにアクタスが聞く。
「いいわ。この後マフィンを焼く予定だし。」
「それも、旨いのか?」
その質問で、彼がこの朝食をかなり気に入ったことが分かり、思わず笑ってしまう。
「甘いのが好きなら、美味しいと思うわよ?食べたい?」
後で手伝ってくれるなら、と条件をつけると、アクタスはムスッとした顔はするものの、「やる。」と短く頷いた。




