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彼女の手を救う為の星間砲撃戦

作者: ザイトウ

 その子は砲撃機兵技師の一人だった。

 ショートカットの黒髪がふわっと風に揺れるのが素敵だった。

 色褪せたシャツに透ける肩は華奢だが、そう痩せっぽちなだけでない。

 口下手な彼女ははにかんだように笑うのを見た。

 鼻の頭が潤滑用の生体油で汚れていることを指摘して顔を赤らめる姿は可憐だった。

 そして、薬品や金属部品で傷付いた手は、まるでタトゥーのように瘡蓋が重なって痛々しかった。


 ■  ■  ■


 月面との戦闘開始まであと半月。

 この街が戦場に決まって、砲撃機兵は既に組み立てが済んでいた。

 月と地球の戦争。


 初の宇宙空間での戦闘はお互いの勝利することなく最悪の結果となった。

 デブリによる衛星軌道上の人工衛星の破壊は天文学的な額の損失。

 撤去困難なデブリへの対応に十数年を必要とした。

 このような状況が繰り返されれば、今後の宇宙空間での活動に大きな影を落とすと国際法を制定。


 幾つかの約束と、交渉と、経緯を経て、亜光速砲撃による地表同士の撃ち合いが始まった。

 戦争は、終わらずに続いた。


 砲撃機兵は、巨大な人とも戦車ともつかぬ兵器である。

 地表と直角に砲塔を構える構造上、戦車では対応できず、施設では的になる。

 全高300mの機兵が生み出された。

 地球産の機兵は巨大な四足で機体を支える。

 右肩が塔のような砲塔、左手が迎撃用の武装装備を運用するマニュピレータ。

 上下にカメラを動かす首を備えた観測設備が頭。

 そんな歪な機械で殺し合いを行う。


 自分は予備兵という立場だった。

 機兵を用いた射撃訓練で一定以上のスコアを出してしまった単なる学生。

 本来の兵士に何かあった際に戦う人間の一人。

 実際の兵士もエリートではなかった。

 相手か自分が必ず死ぬ戦いに行くのだから、それこそ士官は誰も来ない。

 それでも、青白い顔をして、いつも薬を飲んでいた機兵専任兵の男性がいた。

 逃げようとしなかったし、毎日シミュレータにこもっていた。


 予備兵は訓練と同時に、機兵の動作や調整を行わなければならない。

 必然として、機兵技師の人達と一緒にいる時間の方が長かった。

 そして、機兵技師には彼女がいた。

 お互いに口下手だったので、数えるほどしか話さなかった。

 彼女はコスモスが好きだと知ったが、近隣の街で一番の花畑は既にクレーターになっていた。

 この戦いが終われば、彼女の手の傷がなくなるのかなと、一人思っていた。


 ■  ■  ■


 そして、戦いは、日本時間の午後四時に始まった。

 夕暮れを前にした時間。避難指示のサイレンが大きく、うねる様に響き渡っていた。

 兵舎の中から兵士が機兵へ乗り込もうとする時、騒ぎが起きた。

 専任兵士が死んでいた。

 薬物の過剰摂取による血圧低下、心筋梗塞が死因。

 他の人間が乗る必要があった。

 時間はもうない。宙域戦時国際法に基づいて、戦いは始まってしまう。

 空はほの暗く、血のように赤い夕焼けの時間。

 手を挙げた自分が着慣れない砲兵戦闘服を着て、機兵に走るしかなかった。

 夕焼けを背に彼女が立っている。

 機関を始動させた機兵は、ごうん、ごうんと鼓動を唸らせていた。

 言葉を交わすことは出来なかった。

 強い風が彼女の髪を乱していた。

 こちらの姿を見た時、その目を大きく見開いていたのが印象的だった。


 ■  ■  ■


 機兵の四脚が、虫のように動き出す。規定フィールドである海浜沿いの廃墟に到着した。

 機兵の通信装置が開戦を告げるブザーを鳴らす。

 まるでスポーツでもさせられているようだと、皮肉に思った。

 光学、電子的な処理によって画面に拡大された月面都市近郊の砲撃機兵が見えた。

 緑青色のこちらと違い、まるで研ぎあげた刃のように真っ白な機体だった。

 砲撃のタイミングは同時。

 発射から約2秒で到達する砲弾を機器が計算し、お互いを攻撃する。

 着弾と同時に巨大なクレーターが生じ、衝撃波と激突による地震によって全てが暴れ回る。

 上下に大きく揺さぶれる中で思わず首をすくめた。

 間断なく砲撃影響範囲から離れる為に機体を跳ばせる。

 バッタか何かのように素早く跳ね、姿勢を正し、再び砲撃を準備する。

 亜光速砲撃はその特性上、砲弾内に何かを仕込むようなことは出来ない。

 どちらかが、巨大な砲弾に直撃した瞬間に、戦いは終わる。

 その予想をずらすのが人間が行う不規則な回避駆動と、左手で展開する各種迎撃用兵装の選択。


 発射から着弾まで約2秒。

 回避から射撃姿勢に移るまで約1秒。

 計算から発射タイミングを測るまで約4秒。

 そんな、ほんの7秒の間でお互いのカードを切り合うしかない。


 計算を狂わす為に上空へ粒子状の阻害物質をスプレーガンで射出。

 その間に事前に阻害物質のパラメータを組み込んでいる計算式で相手側を見定める。

 相手側には大気がなく、重力は6分の1。回避速度も勝る。

 かわりに着弾時の気流や気圧による計算が必要な為、砲撃の精度を高めるまでの時間が長い。

 こちらは発射時のパラメータが実地の計測値を元に動ける。

 パラメータ要素の少ない相手側へ砲撃命中させるまでのタイミングが短くなる。

 結局はどちらが先に当てるか、それだけだ。


 相手側へ着弾した二発目は、高出力レーザーによる迎撃で方向が逸らされた。

 逆に、相手からの砲撃は、阻害物質による気流の乱れから離れた位置に着弾した。

 ただし、砲撃の余波だけでも機体は傾ぎ、へしゃげかねない。

 即座に回避挙動をとるたびに息は乱れる。

 動くだけで反動から全身が揺さぶられる。嘔吐しそうになる。

 それでもと、射角を修正し、機械予測が終える瞬間に射撃姿勢に移れるよう予測したうえで動く。

 三発目が互いに着弾。余波によって、こちらの足が一本折れる。

 残り三本で地表を滑るように跳ぶも、着地の瞬間が最期のチャンスだった。

 空を仰ぐことはない。彼女の手が、傷が、形作った機体を信じて、引き金を引いた。

 砲弾が放たれた。


 ■  ■  ■


 救急車と消防車とパトカーのサイレンが重なる。

 機体から運び出される自分は、まるで人形の様だろうなと他人事のように思う。

 僅差だった。

 相手の白い機体が手足の一部を残して吹き飛び、返す一撃がこちらの機体の傍へ着弾。

 僅かに砲撃の影響範囲から逃れたことで、機体は中破したものの、搭乗者である自分は生き残った。

 ただし、脳震盪やら打撲やら裂傷でまともに動くことは出来なくなっていたが。

 機体のすぐ傍、野生病院じみたテントの中で寝かされる。

 包帯だらけだが、幸いなことに五体満足である。

 しばらくして彼女がテントの中にいた。

 両手の怪我が何故か増えていた。

 尋ねると、中破した機体から自分を助ける為に跳び込んで来たらしい。

 彼女のシャツは泥で汚れて、長いスカートの端はほつれていた。

 近くに居た医師を捕まえて、彼女の両腕に包帯を巻いて貰った。

 この街での戦いは、僕らの戦いは終わったのだから、これくらいは大目に見て欲しい。


 次にコスモスが咲く頃、遠くへ、二人で見に行こうと誘った。

 その頃には彼女の手の傷は治っているはずだから。


                                   - 終 -




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