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塞翁が馬の如く

作者: 黒井蜜柑

あらすじが下手くそなので、そこはどうか目を瞑ってください。恋愛小説を書いたつもりがよくわからかい話になったと嘆きました。





これは、精一杯生きる話である。



 「急性食人花被性疾患」、その名が広まったのは最近のことだ。俗名は「花回り病」と云う。何かの拍子で人体に入り込んだ未知ウイルスが開花する如く肉体内部に植物のように根を張らせ、どんどんと生命力を蝕んでいく。生命力を搾り取ったあと、そこに残るのは人間サイズの一輪の花。不治の病であり、感染ルートも、それを構成するウイルスも不明かつ発病がわかりにくく、気づけば進行していたなんていうことはザラにある。数多の研究者が頭を抱え、今や世界中で恐れられる奇病の一つである。


「いってええ。」

 片耳を引っ張られた少年は近所中にその悲鳴を轟かせた。やや眦に涙を浮かべ、自身の耳を引っ張る犯人を睨みつけた。その犯人は肩を竦めながら、パッと耳を離した。

「寝坊した君が悪い。」

 じとりとした目線を少年へと注ぎ、朝露の通学路を彼よりも少し早く歩き出す。黒髪のおさげが揺れた。少年はやや不平を呟きつつも、その少女の隣へと身を置いた。そこからは、他愛無い会話が交わされた。彼女らは隣人同士、幼稚園からの仲であり所謂幼馴染という関係だ。

「だってよ……ゲーム止められなかったんだよ。」

 やや幼子みたいに頬を膨らませ、制服のズボンに手を突っ込んだ。拗ねている時の基本動作である。その言葉に少女は呆れたように小言を漏らした。刺々しい彼女の言い方に、彼は増々頬を膨らませている。

「お前は母親か。」

「君みたいな子供はいらない。」

 即座に切り返された。一秒の間があったかさえ怪しいまでの速さだった。少年はその反応にたいそう笑いながら、上腕二頭筋のところまでずれ落ちていた学校指定鞄を肩へとかけなおした。彼女らの視界の端々には、散りかけの桜が主張している。

「後残り一年か。」

 少年は感慨深く呟いた。彼女達は現在高校三年生。忙しき受験生というわけだ。少年の言葉に少女は鼻で笑い、肩を竦めた。

「その後一年で寝坊癖が治るといいな。」

「無理だな。」

 今度は少年の言葉が早かった。

 

 少年は溜息混じりにその紙を見つめた。大型連休のGWが開けて直ぐに勝負の定期試験が実施された。その結果がでかでかと表示された数学の答案を彼は複雑な面持ちで見つめる。

「欠点か、ドンマイ。」

 背後から覗いてきたのは、幼馴染の少女である。その表情には愉悦が張り付いており、やや癇に障った。

「言うなし。」

 テスト返しという学生が一喜一憂する喧騒の中に少年の言葉が少女の耳に飛び込んだ。しかし、クラス中に響き渡るには周りがうるさく、その大きさは精々彼女とその周囲に聞こえたくらいだろうか。

「そういうお前はどうなん……あ、やっぱ大丈夫だわ。想像がついた。」

 彼女は言い返してきた彼にやや得意げな表情を浮かべながら、構わずに答案用紙を突きつけた。九十八点といった高得点である。

「理数系が相変わらず強いことで……俺にもその三分の一でいいんで分けてくれよ。幼馴染のよしみで。」

 そう懇願しながら、自分の席へとついた少女をちらりと横目で見る。彼女の席は、彼の隣である。

「出来るわけないだろ、自分で頑張れ」

 何処までも現実主義者である。物の例えだと彼はぼやきつつ、自分の答案用紙を広げた。三十九点、この学校の欠点のラインは四十点だ。たった一点、されど一点だ。この一点に少年は泣かされている。あまりにもの拙さに内心冷や汗をかきつつ、その点数を眺め続けた。しかし、現状は変わることはない。どの道、あと一回のテストで頑張るしかないのだ。後悔など色々な心情の混ざった溜息を零した。


 時は変わって昼休み。

「二年生の子が『花回り病』に罹ってたんだって。この間、蓮の花になって亡くなったって聞いた。」

 お弁当のウインナーを箸で掴み、目の前の友人はそんな話を持ち掛けてきた。少女も、自身のお弁当の中の卵焼きを摘んでいる。

「本当にどっからその情報を仕入れてくるのか、聞かせてもらってもいいか」

 少女が尋ねるも、秘密だと口に人差し指を当て、片目を瞑って、ワントーン高い声を出して、友人は質問を回避してしまった。そのような可愛らしい動作をして誤魔化した彼女に、冷めた視線を浴びせつつ、お弁当の傍らに置いていたお茶のペットボトルのキャップを開け、そのまま飲み干した。

「そ、それよりも、私はアンタと彼の話が気になるなぁ。ねぇ、もしかして付き合ってるの。」

 あからさまに話題を変えてきた友人と、変えられた内容に呆れつつ少女は空になったペットボトルを置いた。実にわざとらしい内容だが、友人の瞳は興味津々といったように煌々と輝いている。

「好きね、そんな話。」

 女子高生にとって、いやどの年代の女性も他人ひとの色恋は絶好の話のネタで永遠の興味の対象だ。それは時代が移りかわったとしても、変わる事はないのだろう。かといって、少女は興味がなかった。

「まあね。で、どうなの。噂になってるんだからさ。学年一の女傑とイケメンスポーツマンの関係とは、ってね。」

 さあ白状しろとでも言わんばかりである。

「週刊誌の見出しみたいに言うんじゃない。残念ながら、ただの腐れ縁だ。」

 それでも引き下がらないのは女性特有だ。否定してもなお、かなりねちっこく絡んでくる。そこへ、丁度良いタイミングで昼食を買いに行っていた幼馴染の少年と、その友人の男子生徒が帰ってきた。

「なんの話してんの、二人とも」

 気安さが多めの口調で彼女達の正面へと座った男子生徒は、早速コロッケパンを開封して齧り付いている。その横で同じように席に着た少年が、大量に買いこんだパンを雪崩のようにして机へと置いた。

「こいつらの関係を聞き込んでたのよ、ああもう、良い所だったのに。」

 そう悔しそうに彼女は呟いて、オクラのベーコン巻きに噛み付いた。こいつらと括られた本人たちは素知らぬ顔でそれぞれ昼食を摂っている。少女はポテトサラダを、少年は購買のメロンパンをもそもそと、胃へと収めている。

「まぁ、夫婦みたいなもんだからなあ、お前ら。」

 けらけらと笑う男子生徒は次のパンの袋を既に開けている。焼きそばパンと、袋には書かれていた。

「なんでだよ、俺はこんな小姑みてえな奴、無理。絶対無理。」

 眉を顰め、少年は正面の少女を指差した。片手の半月になったメロンパンが、強く握られてやや苦しそうにしている。

「私もこんな寝坊助とはごめんだ。」

 対する彼女もまた無表情ではあるが、やや強い口調で彼の言葉を制す。箸で掴まれた卵焼きがこちらもまた息苦しそうである。そして、それを皮切りに二人は交互で口喧嘩を始めてしまった。

「見ろ、これを痴話喧嘩という。」

 男子生徒は笑い、真正面に座る友人に諭す。彼女は交互に二人を見つつ、頷いた。その二人は友人らの様子に余計に眉を跳ね上げた。

「納得するな。」

 荒げた二人の声が重なった。友人らは二人の光景に小さく笑った。ほら、仲いいじゃないか。彼女たちは、二人を弄びながら、一時の明快な昼休みを終えた。

 

「兄さん、見舞いに来たよ。」

 静寂な病室に、少女の言葉がただ響く。結われた黒髪が、開かれた窓より入ってきた風に揺れた。しかし、声をかけられたぬしに反応はない。

「今日、さくら堂の桜井さんにお饅頭を貰ったから届けに来た。新しい味で、マーマレード味だって。面白いよね。」

 穏やかな少女の声がただ虚しく宙を切る。さくら堂と書かれた紙袋を病室の小さな棚の上へと置いた。さくら堂とは、近所の老舗和菓子屋であり、街の人々によく親しまれている。

 彼女はおもむろに振り返り、彼の方を見た。その部屋のたった一つの寝台には彼女によく似た顔つきの青少年が横たわっていた。呼吸はしているが、それ以外は殆ど動作がない。少女は自身が兄と呼ぶ青少年の穏やかな表情(かお)を一瞥し、踵を返した。

「……苦痛なき、眠りを。兄さん。」

 捨て台詞さながらに彼女は呟いて、病室を出て行った。兄が残された無機質な寝台の足には、幾数かの根が絡みついていた。

 その翌日、彼女の兄は一輪のポインセチアへと開花した。「花回り病」の、患者が一人、また旅立った。

 

 その日は心中とは真反対の空で、雲一つない晴れ模様だった。周囲の人々が黒に身を包む中、学生の冠婚葬祭の服である制服は、明色であった為にこの場では浮いていた。父母、親戚、友人、職場の人々。八つ離れた兄に関わった多くの人間が斎場へと別れを告げに来ていた。葬式特有の重たい空気から少女は抜け出し、風にあたる。普段と変わらぬ空気であるはずなのに、酷く新鮮だと感じた。温暖であるはずなのに、心なしか寒い。気持ちの問題なのか、ここの斎場の周囲が寒いのか。どちらでもあるような気がするし、どちらでもないような気がした。

 兄は立派な人だった。当に人生のお手本のような人で、その優しさとユーモア溢れる人間性から多くの人に囲まれていた。だからか、参列者の殆どと言って良い人数がその目に涙を浮かべていた。しかし、兄に恋人はいなかった。好きな人はいたと聞いたが。

「"晴人"さん、かなり友人がいたんだな。」

 常緑樹を眺めていると、背後から声をかけられた。少女にとって聞き馴染んだ声だった。彼の名を呼び、彼女は振り返る。こちらもまた、斎場には似つかわしくない明色の制服を喪服として着込んでいた。少年は少女の傍らに立つと先ほど彼女がしていたように常緑樹を見上げた。

「そもそもあの人柄で少ない方が珍しいと思う。あと他にネット繋がりで、国境越えて親友になった奴もいた。」

「え、交友関係がグローバルだった。」

 驚きの声をあげ、少年は目を丸くする。すげえすげえと語彙力が乏しい評価を呟く彼に、彼女は笑いだした。急に笑いだした彼女に、少年は眉をひそめ、頬をふくらませる。それを見て少女は更に笑い転げた。

「兄さんが今の私達の会話を聞いたら、多分だけど笑ってるだろうね。」

 落ち着いた少女は、少年に柔らかい笑みを浮かべた。少年はその笑顔にやや心中がざわついた。彼は昔から、こう悟ったような彼女の笑顔が好きだった。

「後半会話じゃなかったけどな。」

 呆れたように、それでもやや肯定するように肩をすぼめた。少女から、視線を外して。

 彼は気のないように徹するのだ。誰よりも彼女の友達であり続けるために。

 

「やばいわ、期末が迫っている。」

 絶望を浮かべ、頭を抱えた少年が机に伏した。その机にはノートや教科書が広げられており、努力の跡が見える。

「その前に文化祭がお前を待ってるぞ。」

 そんな見苦しい少年に、少女は文庫本を片手に救いの手ならぬ救いの言葉をかけた。見る見るうちに彼はやる気に満ち溢れた。

「俺は文化祭の為に高校生活を送っている。」

「陸上はどこ行った。」

 嬉々として宣言した彼に、冷ややかな視線を向けつつ少女はページを捲る。少年は誤魔化すような笑いを浮かべた。確かに高校生にとって文化祭・体育祭はビックイベントだ。思い出に残る学校行事の一つであろう。誰もが楽しみといえる。

「私としては、文芸部の集客の無さが目立つから好きではないけどな。」

 視線を本に向けたまま、彼に言い放つ。ページを捲る音が響く。彼女は文芸部に所属しており、作品展示という名目で文化祭は教室をもらっていた。

「そもそも文芸部は書くことしか興味ないよな。」

「そうともいう。」

 文芸部の構成員は、元々趣味で散文やら詩やらを執筆していた者達が全員ではないが多い。だからか、あまり展示すること事態に興味を示していない。読者がいて成り立つ世界ではあるが、書いてしまった作品に愛着を持っていない人たちもいる。

「冊子を刷っても誰も見ないだろ。」

 わかりきったように呟く彼女に少年は文芸部の展示を思い出す。詩を模造紙に引き伸ばしたものを壁や黒板に掲示し、年に一回発行する歴代の部誌や、賞状を傍らに展示する。そして、来場者に短編なり、詩、俳句、短歌を小冊子に纏めたものを配布するといったものだ。来る人も限られる。

「いや確かにそうだけども。俺も見てねえし。」

「そこ否定しろよ。そして、見ろ。」

 言い出しっぺではあるが、虚しくなった少女は、少年をやや拗ねた瞳で見つめる。彼は久しく見ていなかった少女の幼子じみた気質に前回彼女が少年の様子に笑っていたように、笑いだした。少女は、更にムッと眉を顰めつつも彼の笑い顔を眺めた。少女は少年の自分とは正反対の単純さに惹かれていた。

「まぁ、私たちは書くことしか能がないからな。」

 少女は目を細めると、少年の額を指で弾いた。ちょっとした威力に小さく悲鳴をあげた彼を、鼻で笑った。

 少女は気がないように、振る舞い続ける。誰よりも彼の友達でいるために。

 

 人が行き交い、騒がしくなる教室。誰もが床に直接腰を下ろし、様々な作業を行っていた。運搬を任されたもの、力仕事を任されたもの。看板や小道具を製作するもの、指示を出すもの、仰ぐもの。其々が其々の仕事を熟していた。その中から、文化部は既に抜けていて、部活の方へと繰り出していた。

「力仕事班、これ持っていって。」

 刷毛をペンキにつけている女子が叫ぶ。彼女がこれを持っていくように指示した物は、大量のゴミ袋であった。無理矢理に詰め込まれ、満帆になった袋を数個ずつ力仕事班は持ってから教室を出ていく。

「え、何これ一つ凄く重たいんだけど」

 持った刹那に、眉を跳ね上げ驚きの声を上げた。持ち上げてみると、薄桃色が半透明のビニール袋から見え隠れしている。

「ペンキを塗ったけど壊しちゃった板が何枚か入ってる。」

「壊すなよ。」

 予算を大切にしろと呟きながら、その重たいゴミ袋を持たされた男子は教室を出て行った。女子は手を動かしつつ見送り、近くで作業をする少年に声をかけた。内容は文化祭の指示といったものだ。彼は頷くと、黙々と作業を続ける。彼は製作班の為、現在ベニヤ板を水色の塗料で塗っていた。

「いやぁ、イケメンがいると捗るわ。」

 快活に言いながら、ペンキを塗りたくる女子。彼女に対して懐疑の視線を向けつつ、塗り終えたベニヤ板を机の上へと置いた。その直後に、彼はこっちを手伝ってくれというクラスメイトの方へと向かおうと、踵を返した。その直後、盛大なくしゃみをしたのだった。

 一方、少女は。

「先輩……終わりません、助けてください。」

 机に突っ伏して嘆き出した後輩に、少女は打ち込んでいた手を止めた。感情の篭もらぬ瞳が彼女を映す。

「無理だ。やれ。」

 鬼畜だと、後輩は咽せび泣いた。それに対して少女は淡々と否定しながら、パソコンのキーボードを再度叩き出した。

 期限が、迫っていた。

 

 文化祭当日。全体のステージ発表を前日に終え、一般公開の日が始まった。少女たちが通う県立夢城高等学校は地域に深く根づいてきた為、来校客もそこそこ多い。九時からスタートの、十四時までだ。少年は九時半から三十分間クラスの役割が、少女は九時から三十分間クラスの役割が、十時から三十分間部活の役割があった。

「客多い……、いらっしゃいませ。」

 少年は青褪めた表情を無理やり笑顔へと持っていく。そうして席に案内する。簡単な飲食が可能な模擬店を採用したこのクラスは、料理の腕前が凄く高い生徒のおかげか結構な人数の客が集まっていた。

「具合悪そうだったのに、悪いな。これ持っていったら、もう時間だし交代していいぞ。俺も交代だし。」

 裏に回った少年の肩を叩いたのは、同じ陸上部に所属している男だった。部長をつとめている。丁度同じ時間だった。少年は頷くと、お盆を持って注文されたフレンチトーストを持っていった。

 交代した少年は、理数研究部のスライム製作に顔を出した後、暇をしているであろう少女の元へと向かった。案の定、殆どと言っていいほど人がおらず、監督者用の椅子に座ったまま文庫本を読んでいた。教室に入り、声をかけると、少女は顔をあげた。

「めっちゃ暇。お前その冊子半分以上持って帰れ。そして配れ。」

「なんて無茶ぶりするんだよ、お前は。」

 眉を跳ね上げてそう返すと、少女は舌打ちをしながら立ち上がった。少年は舌打ちをした彼女に内心、何故舌打ちをしたと思いつつ、ちらりと見た壁の詩は、同級生の名前が書かれていた。全然その良さがわからないが凄いのだろう。そうやって教室を一周するように眺めながら、少女と話していると、やや身体の怠さを感じた。どうやら増々具合が悪くなってきているらしい。しかし、高校生活最後の文化祭だ。途中でリタイアする訳にはいかない。

「じゃあ、俺、次行くわ。後で一緒に回ろーぜ」

 少年の誘いに少女は頷くと、出て行く彼を見送り、再び監督者用の椅子に腰を下ろした。

 少年は一層にしんどくなる身体に息を荒げながらも、それでも平然として校舎を歩き回る。楽しまなくてはいけない、その為には耐えなくては。少年の脳にはそれしかなかった。ぐらりと視界が回る。段々と力が抜けていく。

 ああ、あと、あともう少しだけ―――。

 少年は階段から崩れ落ちた。慌てて駆け寄ってきた人々が、少年を見てその悲鳴を上げた。それはなぜか。少年の足には、腕には、皮膚からは、根が飛び出してきていたからだ。


 その報を少女が聞いたのは、それから二時間後のことだった。中々見つからない少年に、苛立きつつもきちんと文化祭を楽しんでいた。そこへ、友人が一目散に駆けつけてきた。倒れて病院へと運ばれたと、友人の口から紡がれる言葉に、少女は目を大きく見開いた。とても信じられなかったのだ。確かに具合は悪そうではあったが、倒れるまでにはいかなかったはずだった。どうしてだと、思考を巡らしていると友人はとても気まずそうにしていた。彼女はそれに気づいて、友人を訝しむ。友人は意を決したように口を開いた。

「とても言い難いんだけどね、冷静に聞いて。彼、どうやら……『花回り病』らしいの。」

 時が止まったかのように思えた。そして瞬間的に飛び出していた。友人が彼女を呼び叫ぶのを聞こえぬふりをして、担ぎこまれただろう病院へと走った。兄の最後の光景が、脳裏に過ぎった。

 病院に辿りつき、幼馴染の名を告げると看護師が急ぐように言った。もうそれで何となくだが、予想ができてしまった。告げられた病室に向けて走り出す。他の看護師が、院内は走るのは禁止だと叫んだがそれを無視した。

 

 四階の右端に、彼はいるという。一気に階段を駆け上がり、少女はそこへと向かう。しかし、そこにあったのは、彼ではなかった。少女を待ち構えていたかのように、ゆっくりと開花したのは、スターチスだった。桃色のスターチスが鮮やかに寝台の上で咲いていた。

「急進行型だったんだ。従来とは違い、発病したら数時間も経たずに悪化していく……すまない。」

 医者の声が遠い。少女はスターチスを眺めながら、込み上げてくる気持ちを押さえつけた。

「……永久とわに、いい夢を、"和希"。」

 少女はそう呟いて、崩れ落ちた。


「本当に、綺麗ね。」

 茶髪の女は、海を眺めながら呟いた。隣に立つ男は頷くと砂浜に腰を下ろした。

「……和希君も、あと一年生きていれば、助かったのに。」

 あれから一年後、「花回り病」のワクチンが開発され、不治の病ではなくなった。原因は花粉がウイルスと結合し、体内に入ったことにより突然変異したということだ。男は溜息をつくように仕方ないと言うと、波を眺めた。

「"衣里"も、ワクチンを拒否してカタクリになっちゃったし。」

「軽いな。」

 男の言葉に、女は儚げに微笑んだ。その瞳には涙の膜が張られていた。彼は失言だったと思い、罰が悪そうに肩を上げた。

「片思いなんて、面倒なことずっと、抱えてきたんだ。あの子達にとったら、永遠の高校生で良かったと思う。大人に、なってまであれは続けていられないから。」

 女が取り出した写真には、衣里と和希、そして高校時代の彼女らが映っていた。

「行こうか、"結"。」

「うん、"明"。」

 彼女たちは海に向けて足を動かした。

私が前に進むために、去年執筆した話を投稿しました。ある後輩の子が、私にくれたネタを執筆した話です。因みに、最後は心中してます。


何れ、長編を上げるための事前練習として。私は、終わった作品をここに置きます。

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