あなたへ
8年と9ヶ月と14日。
らいちゃんがうちに来てから今日で、8年と9ヶ月と14日経ったらしい。
今日はエイプリルフールだ。
だから、弟が電話でらいちゃんが死んじゃったって言うのも、たちの悪い冗談だと本気で思った。
後ろから聞こえてくるお父さんのすすり泣きも、嘘くさいなとか本気で思っていた。
電話がテレビ電話に切り替わって、一瞬だけ弟の泣き顔と、らいちゃんが映った。
でもその一瞬で分かってしまった。
平成31年 4月1日、らいちゃんは天国へと旅立った。
わざわざ、旅立ちの日にエイプリルフールを選ぶなんて、さすがウチの子だ。
まったく、粋なことをしてくれる。
らいちゃんとの出会いは、小学5年生のとき。
やっとの思いでペットを飼うお許しを頂いた次の日、思い立ったが吉日と、おばあちゃん、お母さんと一緒に行ったペットショップで、一目惚れしたのがらいちゃんだった。
雑種、♂、5月生まれ、ライラック色
らいちゃんのプレートに書かれていた情報はそんな程度。
無論、私はそんな、プレートに書かれた必要最低限の情報に惹かれたのではない。
私が惹かれたのは、程よくくりくりしたおめめ、程よく長いおみみ、程よく下を向いたまつ毛、そして、どことなく漂うその気品。
はっきり言おう。
私が惹かれたのはその容姿。
そう、らいちゃんは間違いなく美形、美人ならぬ美うさぎだったのだ。
私達は早々に手続きを済ませ、その場でご飯や道具を揃え、その勢いのままにらいちゃんを我が家に迎え入れた。
手のひらサイズの、小さな小さなあなたは、道中、プルプル震えていたね。
初めての人。初めての車。
きっと怖かったことでしょう。
実は私も怖かった。
箱の中で震えるあなたを覗き見て、今にも壊れてしまいそうだと思った。繊細な生き物だと思った。大切に、大切に育てようと思った。
私はすごく不安だった。
言うならば我が家は無法地帯。
5歳下のやんちゃ盛りな弟と、小学5年生にして氷鬼にハマる私。
そして、それらを育てた両親。
こんな強者ぞろいの我が家に、ガラスのように繊細なあなたは馴染めるのだろうか。
あなたはもっと、静かな家に行った方が、幸せになれるのではないだろうか。
しかし、そんな考えは杞憂だったね。
小さな物音の一つ一つにビクビク怯えていたあなたは、いつの間にか、掃除機の音にも反応しなくなる程たくましくなってくれた。
手を近づけただけで怖がって隅っこに逃げていたあなたは、いつの間にか、自分から近づいてくるようになってくれた。
あなたは知らないでしょう。
初めて手を舐めてくれた時、どんなに嬉しかったことか。
「うさぎ 手を舐める 意味」で検索をかけて、その行為が好意ゆえの行為だとわかった時、どんなに感動したことか。
あなたは小さい時から賢かった。
トイレを覚えるのがとっても早かったよね。
確かうちに来て、2週間後にはトイレを覚えたんじゃなかったかな。
賢いあなたは私の自慢だった。
でも、賢すぎて、困っちゃうこともあったんだけどね。
昔、いつも買うご飯と違うご飯を買っちゃったことがあったでしょ。
でも、あなたは、我が家随一の美食家だったみたいで、いつものご飯以外は手をつけなかった。
多分気づいてたと思うのだけれど、ちょっとした悪戯心で、いつものご飯に3粒だけ、違うものを混ぜたことがあったの。
たった3粒。
だけどあなたはそれを見事に見極めて、翌日3粒だけ、食べ残した。
あれは本当にびっくりした。
心の底からすっごいなあこの子、天才だなって思った。
初めて動物病院に行った時のこと、あなたは覚えているかな。
私は、診察シートに「近谷ライチ(コンタニライチ)」って書くの、ちょっとだけ恥ずかしかったんだ。
普段は「らいちゃん、らいちゃん」って呼ぶものだから、文字にした途端、キラキラネームに見えてしまって、思わず笑っちゃった。
ライラック色だから、らいちゃん。
ライじゃ、なんか締まりないな、3文字がいいな、よしライチにしよう。
あなたの名前の由来って実はそんな感じなの。
安直でごめんね。
しかも、後で「ライラック色」を調べたら、なんか薄めの紫色が出てきて、全然らいちゃんの毛色と違ったんだよね。
でもあれはあのペットショップが悪いと思うんだ。
色くらいしっかり調べてから表記してくれよってね。
でも私は、我ながらいい名前を付けたなって思ってる。「らいちゃん」ってすっごく呼びやすくて、すっごく可愛いと思ったの。
らいちゃんも、気に入ってくれてたらいいな。
私ね、らいちゃんと私の関係性について、本気で考えたことがあるんだよ。
私にとってのらいちゃんは、我が子なのか?弟なのか?はたまた、もっと別の何かなのか?
多分ね、どれもかすってたんだと思う。
時に我が子で、時に弟で、時に良き理解者で、時に良き親友で。
私にとって、らいちゃんは「らいちゃん」。
結局これが一番しっくりきた。
らいちゃんは私の事どう思ってたのかな?
母親かな?兄妹かな?それとも、よくわかんないけどお世話をしてくれる人とかかな笑
私とあなたは、おしゃべりは出来なかったから、本当のところどうだったのかは分からない。
けれど、確実に、らいちゃんは私のことが大好きで、私もらいちゃんのことが大好きだってことは分かるよ。これは自惚れじゃないよね?笑
私、らいちゃんのどっしり構えてるあの感じが大好き。
らいちゃんは、私が落ち込んでる時とかイライラしてる時とか関係なく、いつもどっしり構えてたね。
そして、黙って、ただただ言葉を聴いてくれたね。
たったそれだけの事をって、らいちゃんならもしかしたら思うかもしれないね。
でも、たったそれだけの事に、私は何度も、何度も救われたんだよ。
私が大学受験の時、肉体的にも精神的にもギリギリの所まで追い詰められていたのを、賢いあなたはきっと勘づいていたのだろうね。
いつもなら、ゲージの外に出た後は自由気ままに動くあなたなのに、あの時だけは、私にずっと寄り添ってくれたね。
なんにも言わずに、ただずっと、ぴったりと。
正直に言うと、お父さんやお母さん、友人からの言葉よりも、あの時の私には、あれが一番よく効いた。
あの時のことを、私は絶対に忘れない。
綺麗で、可愛くて、上品で、聡明で、優しいあなた。
最期の最期まで、らいちゃんは、らいちゃんらしかった。
最期は、お父さんに看取って貰ったんだってね。
私や、お母さんや、弟なら、きっと動揺して、冷静に対処出来ないと、賢いあなたは分かっていたのでしょう。
お父さんを選ぶあたりに、あなたらしさを感じます。
おかげで私は、看取ることは出来なかったけれど、おとうさんづてで、あなたが苦しまず、安らかに天国へ旅立ったと知ることが出来ました。
お父さんが来るまで、頑張ってくれてありがとうね。
名前を呼んだら、鼻をヒクヒクさせるあなたが大好きでした。
ご飯が欲しい時に、お皿をカチャカチャ鳴らすあなたが大好きでした。
ご飯よりも先に、好物のパイナップルをモグモグと食べるあなたが大好きでした。
人生の約半分を、共に歩んでくれたあなた。
人生における大事な局面を、共に乗り越えてくれたあなた。
そんなあなたのいないこの先の人生は、正直不安で仕方がないけれど、必ず、幸せだったと言える人生にしてみせるからね。
あなたはとっても優しい子だから、私がそう思える歳になるまで、待っててくれたんだよね。
今はまだ、涙が溢れてしまうけれど、優しい優しいあなたのおかげで、この悲しみを乗り越えられそうです。
本当にありがとう、らいちゃん。
これまでも、これからも、ずっとずっと、だいすきです。
必ずまた逢えると信じてます。
その時がくるまで、少しの間、さようなら。
私は大事なことでもすぐに忘れてしまうから、絶対に忘れない為に、これを書いた。
今のこの、どうしようもないほどの寂しさや悲しさも、時が経てばやがて薄れてしまうのだろう。
けれど私はらいちゃんのことを忘れない。
あなたと過ごした素敵な日々を、絶対に、絶対に忘れない。
これは言わば、その決意表明の証であり、あなたへ綴った一種のラブレターだ。
願わくば、この手紙が天国にいるあなたの元へと届きますように。