第9話:一億分の一の実現
なぜか「新・オカルト局メンバー」の中にいる月音を見て、青葉は腰を抜かすほど驚いた。
このお嬢様は天然だから、間違って迷い込んだのではないかと思った。
「つ、月音さん。なしてここに?」
「私はきんじぃに呼ばれてここに来たんです。『オカルト局全員集合!』って」
月音は『オカルト局全員集合!』の所だけ、あの伝説的番組のオープニングを真似して言った。
ボケてるつもりらしかった。
「もしかして、月音さんもオカルト局のメンバー?」
「ええ。きんじぃから聞いてませんか?」
「ぐひ、きんじぃのことだから、きっともったいぶって、教えなかったんで、ありますよ」
今の言葉は、ゲーム機に夢中になっている青年から発せられた。
青年はだいぶ前かがみになってゲームをしていたが、突き出た腹が圧迫されて苦しそうであった。
「拙者がきんじいの代わりに説明しちゃうでありますが、つくねは『旧・オカルト局』誕生のきっかけを作った華族、星見院法貴の孫の孫なんであります。むふ!モンスタァ!モンスタァ取りましたですよ!……で、拙者はインチキ宗教学者藤之崎神兵衛の曾孫、藤之崎誠治でござ……あふふ!モンスタァ逃げちゃった」
誠治は架空の世界と現実を行き来しながら、自己紹介をした。
青葉は月音のことより先に、こんな典型的なオタクが現実にいるほうがショックを受けた。
20歳そこそこでありながらボサボサの7:3、青と黄色のチェックシャツにケミカルウォッシュの出立ちは、あまりにオタクすぎていっそ清々しい。
眉毛も伸びっぱなしで目も小さかったが、ゲームに白熱する姿はなかなか勇ましく見えた。
「誠治さん、見た目もアレだし行動もアレですけど……。悪い人じゃないですから仲良くしてあげて下さいね」
「大丈夫、あたしオタクとかあんま気にしないから」
月音が言うなら信用できそうだったし、青葉は人の見た目に頓着する方ではなかった。
オタクでも何かに熱中出来ることがあるのは良いことだし、不潔でなければダサい格好でも別に良いじゃないかと思っている。
誠治に驚いたのも、まるでアニメに出てくるオタクそっくりだったからであって、嫌悪感から来たものではなかった。
「でもまさか月音さんがいるとは思わなかった。星見院グループがこんなことと関わりがあるなんて」
「と言うより、オカルト局を立ち上げたから星見院グループができたと表現した方がいいですね。今私の家がこうしていられるのも、神代せう子のお陰なんです。」
「神代何たらのおかげで!?」
「はい。彼女の助言、というか予言のおかげで、こうして財産を築くことができました。神代せう子は間違いなく日本史上最高の超常能力者ですよ。私の一族とは比べ物になりません」
「一族?」
「あら、きんじぃから何も聞いていないんですか?」
月音が批判がましい目で金治を見ると、彼は「後は若いもん同士でやってくれ」と、お見合いめいたことを言って部屋から出てしまった。
「じゃあ、生命活力と超常能力の関係や、発明兵器を使える条件も聞いてないですよね」
「あれ?発明兵器って使うとダメになるんじゃなかったの?」
「超常能力者は例外的に使えるんですが……。話すと長くなりますし、今は自己紹介の方を優先しましょう。あ、私のことはこれからつくねと呼んでください。オカルト局の中ではそう呼ばれています」
超絶お嬢様月音になぜそんな庶民的な食べ物のあだ名がついているのか、青葉は納得いかなかった。
もしかして彼女は焼き鳥の類が好きなのだろうか。
「なぜにそんな美味しそうなあだ名を?」
「ああ、食べ物は関係ないんです。最初月音姉と呼ばれていたのが、訛ったんですよ」
けったいなあだ名にも関わらず、本人はとても気に入っているようだった。
「本人が良いなら文句言うことじゃないよな」と青葉は思ったが、この名前で呼ぶのは若干抵抗を覚えた。
「ホントにつくねなんて呼んじゃっていいの?」
「いいんです。いいんです。さあ自己紹介を続けましょう」
つくねこと月音はソファーにいる少年の元へ行くと、彼の呼んでいた雑誌を取り上げた。
少年は今日も帽子にサングラスとマスクをしていたため、青葉は「コイツのっぺらぼうなんじゃないか」といぶかしんだ。
良く見ると身に着けているものが全て昨日の物と違っている。
少年は呼んでいた物をいきなり取り上げられ、月音をきっと睨んだ――ように青葉には見えた。
「何すんだよ!せっかくのリラックスタイムだったのに!」
「次ぎはあなたの番ですよ。早くして下さいな」
「ヤダね。こんなヘボに挨拶なんてするつもりはないよ」
青葉は少年にサングラス越しに睨まれているのが嫌と言うほど分かった。
ろくに話してもいないうちからどうしてここまで嫌われているのか、腹が立つより不思議でしょうがない。
青葉は昨日の礼を言おうと思っていたが、その気もすぐに失せた。
「つくねさん、あたしは別にいいけど。向こうはあたしの名前知ってるみたいだし。コイツはグラサンマスク男とでも呼ぶから」
「だけど、それじゃ呼びづらいでしょう?」
「そうゆう問題じゃないだろ!勝手に変なあだ名つけるなよ。このヘボ!」
「だったら名前教えてよ。グラサンマスク男くん」
少年は「グラサンマスク男」に思いのほかムカついたらしく、頭のニット帽を机に投げつけてから言った。
「鏑田緑苑」
「え?何だって」
「だから鏑田リオン、僕の名前は鏑田リオン!」
青葉は思わずプッと噴出した。
「鏑田緑苑」とはあの「リオン君」の本名だったからだ。
ふきが熱烈なファンのお陰で彼の芸名が「リオン」、本名が「鏑田緑苑」だという、どうでも良いことを青葉は知っていた。
「鏑田リオンって、あのアイドルの本名でしょ?偽名使うならもっと工夫したら」
「違う。偽名じゃない」
「てことは、同姓同名なの?凄いじゃん」
「君さ、鏑田なんて苗字が他にいると思うの?」
「いるでしょ。現にアンタがいるわけだし」
「あのね、この苗字は僕のドイツから来たひいおじいちゃんが帰化する時に、勝手に作ったんだよ。僕の家以外にいないの」
青葉が頭の上にはてなマークを浮かべていると、少年は「あったま悪いなあ」と呟き、マスクとサングラスをごそごそと外した。
サングラスの下からはエメラルドグリーンの目が、マスクからは口角の上がった形の良い唇が現れる。
ふきに付き合わされて何百、何千回とブラウン管越しに見た、「リオン君」の顔がそこにはあった。
青葉は数秒間硬直した後、ぽんと手を叩いて笑い出した。
「なんだドッキリだったのかー。すっかり騙されちゃった。最近のテレビは凄いなー。もしかしてダンプーカーと事故るトコから始まってたの?」
「君、頭大丈夫?」
「え、だってドッキリでしょ?アイドルまで使うなんて、これは夏の特番かな?」
「バッカじゃん。テレビ局だって君を相手にするほど暇じゃないよ!」
少年改めリオンのそばにあった雑誌が独りでに浮き上がると、青葉の顔面にヒットした。
「痛い……。今のもピアノ線?」
「だーかーらー。ドッキリじゃないんだってば!」
「やめてください、リオン君!青葉さんが信じられないのも当たり前です」
月音がリオンの手首をギリギリと締め上げた。
女の白くて細い腕にも関わらず、リオンはその整った眉をしかめて本気で痛がっている。
青葉はポカンとしながら、リオンの腕が月音によって捩じ上げられていく光景を眺めた。
事故をきっかけに知り合ったのが大富豪のご令嬢で、そのご令嬢がオカルト局メンバーで。
命を助けられた性格の悪い謎の少年が、テレビに出ている人気アイドルで。
信じられないという言葉が生ぬるく感じるほど信じられない状況下で、青葉は何をすれば良いのか分からなかった。
特にリオンには「いつもテレビ見ています。ファンじゃないけど」とでも言っておけば良いのだろうか。
青葉が初対面の誠治に救いを求めるような眼差しを向けると、彼はゲーム機を傍らに置いた。
「おひょひょ、青葉さんその顔は驚いてますね。うん間違いない。信じられなくても、ドッキリではないでござるよ。リオンはドイツから来た特別研究員グスタフ・エックハルツハウゼンの子孫なんでござーい。こらこらリオン三等兵、新しい仲間が増えたからって嬉しさのあまりイジワルしちゃダメであります!も〜このツンデレさんめ」
リオンはやっと月音の攻撃から逃れると、誠治に白い歯をむき出して威嚇するという、テレビではまずお目にかかれない表情をした。
「っざけたこと言ってんじゃねぇよこのデブ!こんなヘボ能力者が仲間になったって、嬉しいどころか足手まといなだけに決まってんだろ」
「リオン君キレました、キレましたですよ」
明らかに堪えていない誠治に見切りをつけたのか、リオンは次に青葉へ矛先を向けた。
「大体君もさぁ、いくら顔隠してるからってファンならフツー気が付くでしょ?それをさぁ、『アンタ何?』とか言っちゃってさ、君こそ何?って感じだよ」
「はぁ?アンタ何?あたしアンタのファンじゃないんだけど」
「無理しなくていいんだよ。いるんだよねー、わざとそういうこと言う子」
リオンは青葉を見下ろし、心底バカにしたように笑う。
彼は青葉が自分のファンだと、少しの疑いもなく確信しているようであった。
リオンが妙に意地悪な理由は、青葉がファンらしい行動を取らず、そこらへんの男子と同じように接している所にあるのかもしれない。
青葉が顔を見るなり黄色い悲鳴を上げて卒倒するか、昨日の時点で気が付いていれば彼は満足したのだろう。
生憎だが青葉はそこまでミーハーではなかったし、顔を見ないでも気が付くほど彼に関心があるわけでもなかった。
「アンタもしかして、女子高生はみんな自分のファンだと思ってるの?」
「当ったり前じゃん。僕を見て騒がない子は今まで一人もいなかったよ」
「おめでたいバカだね。いくら人気あるからって、全員が全員アンタを好きなわけじゃないのに」
青葉はこいつのファンじゃなくて本当に良かったと思った。
毎日恋焦がれていた人間が、嫌味たらしくて意地悪でおまけに傲慢だったら、計り知れないショックを受けただろう。
青葉は「リオン君がいなかったら生きて行けない」というふきに、とても強い同情心を覚えた。
「あーあ、お母さんも可哀想に。こんな奴に貢いじゃってさ」
「こんな奴ってどういう意味?」
「こんな奴はこんな奴でしょーが。嫌なことばっかり言いやがって。あたしがアンタに何したっていうんだ。気付かなかっただけじゃん!」
「二人とも、いい加減にして下さい!だいたいリオン君、貴方どうして青葉さんに意地悪するんですか」
月音が間に入ると、リオンは顔をしかめて口をへの字に曲げた。
「だってこいつヘボいくせに生意気なんだもん。大人しく『リオン君ステキー』ってぴいぴい言ってりゃいいのにさ」
青葉が食って掛かる前に金治が呆れた顔をして部屋に戻ってきた。
おそらく外で今の会話を全て聞いていたのだろう。
リオンに向かってため息をつくと、難しい顔をして言った。
「リオン、お前はぴいぴい言ったら言ったで、『うるさいんだよ、このブス』とでも言うんだろうが」
「あれ、きんじぃよく分かるね」
「お前と何年付き合いがあると思ってるんだ。青葉、こいつは見た目こそ素晴らしいが中身に難がありすぎる。話は半分に聞いておきなさい」
金治はさらりと酷いことを言っていたが、リオンは「顔が良ければ勝ち組みじゃん」と呟いて笑っていた。
月音も誠治も何も言わないのが、彼の日頃の行いを如実に表している。
厄介なのと関わり合いになってしまったと青葉は思った。
重たい空気を察してか、金治は咳払いをして青葉に向き直った。
「自己紹介も済んだ所で、ここで青葉に話して起きたいことがあるのだが」
「何?おじいちゃん」
「お前もオカルト局のメンバーにならないか?」
青葉が返事をするより早く、リオンが叫んだ。
「ちょっときんじぃ、冗談言わないでよ!」
「どうしてそんなことを言うんだ」
「だって僕の報告聞いたでしょ?こいつ赤マントにボコボコにされてたんだよ。危うく殺されるところだったんだから。発明兵器の回収なんてできるわけないじゃん」
「リオン、お前は生まれた時から能力があるが、青葉は能力を手に入れてからまだ3日も立っていないんだぞ。それに発明兵器に超常能力で対抗しようなど、普通に生きてたらまず考えん」
まだぶつぶつと文句を言っているリオンを無視して、金治は「お前はどうしたい」と言った。
青葉はいきなりそう聞かれても、オカルト局が一体何をしているのかはまだ具体的に知らなかったし、昨日のようなことに巻き込まれるのもごめんだった。
月音や誠治とは、仲良くしてみたかったが。
「どうしたいって言われてもね。オカルト局って何するのかよく分からないし」
「オカルト局、通称『オカ局』は、発明兵器の調査をしたり、回収をしたりします。場合によっては昨日のように戦うこともありますね」
月音が金治の代わりに答えた。
「うげっ、戦うの?」
「ほとんどの場合は骨董のコレクションだと言ってきんじぃが買い取りますが、相手が発明兵器を兵器として使用している時は、昨日のようなことになります。滅多にないですけどね」
青葉は月音や誠治が戦っている姿など想像もできなかった。
月音はお茶やお花はできても格闘技なんてできそうにないし、誠治の体型はそれ以前の問題である。
昨日リオンはあの赤マント相手に余裕で戦っていたから、きっと戦闘は主に彼が行っているのだろうと青葉は思った。
「戦うのはあいつの担当なワケね」
「いえ、私も誠治さんも戦いますが……。確かに戦闘力は彼がダントツですね」
「えっ、つくねさんも戦うの?」
「つくねは身体能力が異常に発達してるんでござるよ。力では拙者もリオン氏もかなわんであります。三次元の格闘美少女萌えええぇ!」
月音は自分に向かっていきなり直立不動で敬礼する誠治をにこやかに見守っていた。
「でも青葉殿も大丈夫であります。いきなりダンプカーをぶっ飛ばしたんでありますから、発明兵器なんて赤子同然でござりますよ」
「いや、あれは単なる偶然で……。」
「違いますよ青葉さん。あれは青葉さんの超常能力で起こったものです。私見てましたから」
「でも……。」
たとえそれが本当に自分の力で引き起こされたものだったとしても、青葉にはとても赤マントのような奴らと戦う自信なんてなかった。
リオンのように常識では考えられない武器を相手にして堂々と立ち向かうのはとても無理だ。
悔しいが、彼のような度胸は自分にはない。
昨日の出来事で、青葉は自分の情けなさを嫌と言うほど実感していた。
「悪いけど、あたしには無理だよ。赤マントみたいな奴とは二度と関わりたくない」
リオンがせせら笑うのが見えたが、青葉は何も言えなかった。
「だってよ、きんじぃ。だいたいとっさの時に凄い力が出せたって、普段からそれを使いこなせないなら意味がないんだよ。良かった、こんな奴が仲間にならなくて」
「青葉がそれで良いなら私は別に構わないが……。」
金治は下を向いて口ごもった。
「生命布を持ったあの男は、また青葉を襲ってくるだろう」
青葉とリオンは金治の発言に驚いたが、月音と誠治は「なるほど」といったそぶりだった。
「おじいちゃんどうして?」
「一昨日公園でカップルの変死体が発見された事件があっただろう。あれはおそらくあの男の仕業だ。リオンの報告では男は生命布を随分使い慣れていたらしいし、見つかってないだけで他にも犠牲者はいるはずだ。あの生命布はちゃんと使いこなせれば、ほぼ確実に相手を殺害できる。多分青葉が唯一あの男に襲われて生き残っている人間だ」
「なるほど、口封じというわけですね」
「うむ。リオンの報告から考えるに、奴はかなりの小心者だ。今も青葉が警察にばらすのではないかと震えているだろう。そうでなかったとしても、取れなかった獲物をもう一度狩りに来る可能性は充分ある」
青葉は言葉をなくして真っ青になった。
昨夜と同じ出来事が、また起こるというのだろうか。
「しかし言葉は悪いが、これはチャンスとも言える」
「どうして?」
「ああいう通り魔的なことをする奴は、いかんせん次のターゲットが分かりにくい。しかし今は違う。狙いは青葉、お前一人だ」
「ほほーう、青葉殿を見張っていれば必ず敵は現れる。そういうことですな、隊長!」
「そのとおりだ誠治君」
青葉は自分が囮に使われようとしているのだと分かり、つい声を荒げた。
「そんなの嫌だ!何であたしがそんな目に遭わなきゃならないんだ」
「青葉さん、気持ちは分かります。でも他に方法はありませんし、必ず私たちが守りますから」
「僕は別に君がどうなろうと知ったこっちゃないけどさ。このまま何もしなければ確実に君はひき肉になるだろうし、着実に犠牲者は増えていくね」
「どうして増えるの?」
「バッカじゃないの?そりゃ君を殺したら、アイツが調子に乗るに決まってるじゃんか。もうばんばか殺しまくっちゃうだろうね。君以外の未来の犠牲者が可哀想だよ」
犠牲者、という言葉が青葉の耳の中で反響した。
千代子の顔が目の奥に浮かぶ。
「それは、嫌だ。このまま犠牲者が出るなんて絶対に嫌だ!!」
青葉の大声に会議室は一瞬で静まり返り、皆一斉にこちらを見た。
4人の視線に青葉は急に恥ずかしくなったが、それでも続けた。
「分かった。あたし囮になる。あのマントをやっつける」
金治は青葉の言葉を聞いて眉間に刻まれている皺を緩ませると、微笑みながら何度もうなずいた。
「そうか、よく言ったな青葉。さすが鉄和の娘だ」
「やっつけるって、実際やるのは僕とつくねじゃん」
リオンが無粋なつっこみを入れたため、月音が頭を軽くはたいたくと、彼ははうずくまって悶絶してしまった。
月音は本当にバカ力なんだと青葉はそれを見て納得したが、本人に自覚がないのはまずいんじゃないかと思った。
「すみません、青葉さん。リオン君がこんなで」
「つくねさんが謝らないでよ。悪いのはあいつなんだから」
「ほんとに困っちゃいますよ……。なにはともあれ、私たち全力を尽くして青葉さんをお守りしますから」
小さくガッツポーズをする月音を見て、青葉は軽く罪悪感にとらわれた。
「なんかか弱いつくねさんに守ってもらうなんて悪いな」
「それだけは大丈夫だよ。あいつの体はアメリカ海軍より強いから。まあ、守ってもらうばかりの足手まといじゃウザいからさ。そんな風に思うなら強くなれば?」
青葉は本日始めて彼の肯定的な意見を聞いた気がした。
先程も赤マントによって犠牲者が出ることを気にかけていたし、もとより先祖の作り出した兵器を回収するために体を張っているわけだから、根が悪い人間ではないのだろう。
というか、そう思わなければやっていられないので、青葉は無理やりそういうことにした。
「分かった。あたしも戦えるようになるから。おじいちゃん、あたしどうやったら戦えるようになる?」
「まずは超常能力が確実に使いこなせる必要があるな」
「じゃあ今から特訓するから、やり方教えて」
「そうあせるな、時計を見てみい」
金治は懐から金製の懐中時計を取り出して青葉に向けて見せると、時計の針ははもう6時半を回っていた。
青葉はまだ3時くらいだと思っていたが、窓が一切ない地下室にいたから、時間の感覚があまりなかったのだろう。
夕ご飯に間に合わないなと呑気に考えると同時に、今日来た最初の目的を思い出した。
「ああ!リオンのサイン!もらわないとお母さんに殺される!おじいちゃんちょうだい!」
「サインなら本人に直接もらえばいいだろうに」
「やだよ。お母さんに殺されちゃえば」
リオンは腕を組んで、慌てている青葉の顔をにやにやとしながら眺めた。
青葉も彼に頭を下げるのは癪だったので、何も頼まなかった。
「リオン、元はと言えば私がお前のサインを餌にしてふきさんを説得したのだ。頼まれてはくれないかね」
「やだ。そっちが勝手に約束したんだろ」
「じゃあ私がリオンさんの手首を押さえて無理やり書かせますから」
「分かったよ!つくねにそんなことされたら手首がもぎとれる!」
月音の脅迫により青葉は無事リオンのサインを手に入れ、命の危機を免れることができた。
「良かったな青葉。とりあえず今日の所は解散としよう。まだ話したいことも山ほどあるし、お前のこともあるから、明日も集まりたいのだが。構わんかね」
どうせ夏休みで予定も何もなかったし、何より早く赤マントと戦えるようになりたかったので、青葉は二つ返事で答えた。
月音と誠治も「昼からなら」とOKしたが、リオンは「無理」だと即答した。
考えて見れば人気絶頂のアイドルなのだから忙しいのは当たり前だし、今日もここに来ているのが不思議なくらいである。
きっとスケジュールをやりくりして何とか参加したのだろうと、青葉は少し申し訳ない気分になった。
「リオンは来れないのか。まあ仕方ないな。一番お前に来て欲しかったのだが」
「来ようと思えば来れるかもしれないけど、アオバカと会うのはイヤ」
「おじいちゃん、あたしもこいついなくていいから」
アオバカとは随分なあだ名を考えたものだと思ったが、もはや怒る気も起きなかった。
彼にはタレントの才能とは別に、小学生レベルの嫌がらせの才能があるのだろう。
青葉は小学生のバカガキを相手にするつもりでリオンとつき合っていこうと思った。
「むひゅう、青葉殿とリオン氏は本当に仲が悪いですな。もちろん原因はリオン氏でありますが」
「そうですね。困っちゃいます。原因はリオン君ですが」
青葉は二人に申し訳なかったが、彼とはどう頑張っても上手くやれる気はしなかった。
月音と誠治はきっとリオンと古い付き合いだろうから何とかなっているのかもしれないが、初対面の青葉には彼の適切な扱い方など分からない。
当のリオンは「だってムカつくからしょーがないじゃん」と開き直っている始末である。
四人はほとんど同時に深いため息をついた。
「一体どうしたら良いのでしょう、誠治さん」
「エロゲ……いやいやシュミレーションゲームではこういう場合、イベントで仲良くなるんでござるよ」
「イベント?それは良い案ですね」
ゲーム、それもエロゲーと現実を一緒にするなよと青葉は誠治に叫びたかったが、それに賛同する月音も大概だと思った。
リオンも金治もさすがに呆れた顔をしているが、諦めたように何も言わなかった。
「リオン君、貴方は青葉さんの家に割と近い所に住んでましたよね」
「アオバカの家は夕日商店街だっけ。ここから帰るとき電車で通るけど、自転車でぎりぎり行ける距離だったな」
「じゃあ、今日帰り送ってあげてください」
青葉とリオンは「なんだって」と叫んだ。
「つくねさん、冗談やめてよ。こいつと一緒なんて絶対いや」
「こればっかりはアオバカの言うとおりだね。何考えてんの?」
「だってもっとお話すれば仲良くなれるかと思いまして」
「仲良くなるどころか仲悪くなるに決まってるでしょ。この焼き鳥!おでんの具!」
リオンは意味の分からない罵倒を繰り返していたが、月音はどこ吹く風と言った様子である。
「確かに、リオンが家まで付いているのは良いかもしれん。いつあの男が襲ってくるか分からんし、発明兵器なしに戦えるのはお前だけだからな」
「きんじぃまでやめてよ」
「ふひひ、リオン氏頑張ってフラグ立てて下さい。健闘を祈る!」
またもや誠治が見事な敬礼をする。
青葉とリオンは恨みがましい目で月音と誠治を見たが、鈍い二人は全く気が付いてなかった。
結局月音の発案は金治により決定事項となり、何かあった時の連絡先を互いに交換し合って、本日は解散となった。
月音は運転手付き自家用車で、誠治はアニメの絵がついたスクーターでそれぞれ帰ってしまい、青葉とリオンは屋敷の前に取り残された。
リオンは外に出るなりマスク・サングラス・帽子の三点セットを装備し、アイドルから不審者へと見事な変身を遂げた。
「誰も見てないし、別々に帰っちゃわない?」
「そうしたいのは山々なんだけど、それで君が殺されたりしたら、僕は間違いなくつくねに二度と人前に出られない顔にされるね」
「そんなに怖いの?」
「人は見た目によらないんだよアオバカ」
「それはアンタ見てりゃ分かるけど」
「とにかく無事にオカ局やってたいなら、あいつに逆らわないことだね。帰るよ」
リオンが長い足をフルに使ってどんどん先に行ってしまうので、青葉は半ば走るようにして駅までの坂を降りた。
電車では座りたかったが、平日の夕方だったため、席は全て埋まっており、二人は並んでつり革に捕まった。
顔の一切が隠れているリオンに周りの乗客は不審そうな目を向けていたが、本人は気にも止めてないようである。
暗い窓ガラスに映るリオンの姿は顔が見えなくても垢抜けていて、身長が高く手足もすらりと長かった。
青葉は全国の「女の子」が夢中になっている「リオン君」が隣に立っていることに、今更ながら戸惑いを覚えた。
本来なら直接話すことなんて一億に一つも在り得ない存在のはずである。
元々「コイツとは絶対仲良くなれないな」と思っていたが、それが現実になってしまったことに奇妙な感じがした。
「まさかアンタと知り合いになるとはね」
「知り合いになったからって馴れ馴れしくしないでよね。こっちは君と仲良くするつもりなんてないから」
「あたしだって、馴れ馴れしくしようとは微塵も思ってない」
二人の間に険悪な空気が流れたが、せっかく気を使ってくれた月音に悪いと思い、青葉は無理矢理リオンに話しかけた。
「ねえ、アンタどうしてアイドルなのにオカ局やってるの?」
「ちょっと、でかい声で言わないでよ。僕はアイドルなのにオカ局やってるんじゃなくて、オカ局やってからアイドルになったんだよ。」
「そんなに昔から?」
「うん。月音と誠治とは小学校からの付き合いだからね。ということで、新入りの君はオカ局に居場所ないから。神代家だからって調子乗ってるなよ」
青葉はどう好意的に話しかけても、リオンによればたちまち悪口になるのだと実感した。
本当にコイツはどうしようもなく捻くれてしまっている。
外見だけはずば抜けているから、生まれた時からちやほやされてこんな性格になってしまったのだろうか。
親の顔が見てみたいとはこのことだと青葉は思った。
「もういい、アンタに話しかけたのが間違いでした」
青葉がずっとあさっての方向を見て黙りこくっていると、どういう了見か、今度はリオンから話しかけてきた。
「君さ、僕によく怒るよね」
散々人をバカにしておきながら、よくしゃあしゃあとそんなことが言えたもんだと青葉は呆れ返ったが、彼はまるでこっちがおかしいんだと言いたげな口ぶりだった。
「これだけバカだのアホだの言われれば、誰だって怒るでしょ」
「いやあ、僕の顔見ながらよく怒れるなぁって」
「はぁ?」
「だって女ってさ、相手の男がカッコ良ければ何されても平気なんでしょ?」
青葉は渾身の力を込めてリオンに「バッカじゃないの!?」と言った。
「そんな漫画みたいなことあるわけないでしょ!そんなのお話の中だけ。現実と区別つけろ」
「それは君が世間知らずだからだよ。だって現に僕が何しても女って怒らないもん。君ってバカな上に変人なんだ」
たった今リオンは青葉の中で、単なる嫌な奴から地球外生命体へと進化を遂げた。
常識とか女性に対する概念とかそういった物以前に、彼は人間としての基礎的な物が通常とかけ離れているのだと悟った。
青葉だって女の子だから、カッコ良い男が嫌いなわけではない。
しかしいくらカッコ良かろうと、たとえ相手が天下のアイドルであろうと、嫌なことをされたら怒るし、嫌いになるに決まっている。
「カッコ良い=何しても許される」という等式は、青葉の中で相対性理論よりも難解な代物だった。
「アンタほんとにどうかしてるわ」
「どうかしてるのは世間の女どもだろうね。僕がこうなったのもアイツらのせいだし。でも残念だよ。君が変人じゃなかったら、散々いびり倒して玩んで、飽きたら産廃にしようと思ってたのにさぁ」
最後の台詞はさすがに冗談だと思いたかった。
青葉はこれ以上会話を続けたら非常識が移ると思い、電車を降りるまで一言も喋らなかった。
駅を出るとすぐ商店街なので、もうついて来る必要はないと青葉は言ったが、リオンは夕飯の買い物があるからと一緒に改札を出た。
自炊するなんてもしかして一人暮らしなのかと気になったが、口に出したら余計な事を言われそうだったため、やめておいた。
青葉はリオンと一緒に家のまで行くのが嫌だったので、手前の所で一応送ってもらった礼を言うと、足早に自宅へ帰った。
家に帰ると店のシャッターはもう閉まっており、居間ではふきがよりによってリオンの出演しているテレビを見ていた。
ふきは青葉が帰ってきたのに気付くと、顔をツヤツヤさせながら猛牛のように突進してくる。
それだけサインが待ち遠しかったのだろう。
青葉はいつも以上に複雑な気持ちだったが、黙ってサインを渡しておいた。
鉄和が金治について色々聞いてきたので、彼が言っていたことを伝えたかったが、下手に話すとオカルト局のことまで言ってしまいそうだったため、結局うやむやに答えて二階へ上がった。
青葉はベットに横になると、大きくため息をついた。
自分の能力のこと、オカルト局のこと、赤マントのこと、リオンのこと。
これからどうなっていくのか見当も付かない。
しかしもう後戻りはできないのだ。
こうなったら徹底的に戦ってやろうと、青葉は天井に向かって拳を突き出した。
よろしければ感想お願いします。
書いて下されば日本のどこかで私が(跳ね上がって)喜びます。