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第8話:点の結合



かなり長いです。すみません。

「青葉起きなさい!おじいちゃんち行くんでしょうが」


 青葉の一日はいつもどおりふきの怒鳴り声から始まった。

まだうすぼんやりとした意識の中で体をもそもそ動かすと、両膝と両手に鈍い痛みを感じた。

見ると血のついた擦り傷ができており、それが呼び水となって青葉の中で昨夜あったことが次第に濃くはっきりと形を取り始めた。


――空を覆い尽くす赤いマント、杖を持った少年――


 青葉は昨夜起こったことを熱帯夜のせいで見た悪夢だと思いたかったが、膝と手についた傷がそれを許してはくれなかった。

相変わらず部屋は雑誌と雑貨類で散らかっていて、外から聞こえてくる鉄和のだみ声もいつもと変わらなかったが、青葉は自分が別世界に行ってしまったような気がした。

昨日のことがあまりに非現実的すぎて、あれは何だったのか、彼らは何者なのか、考えてみる気も起きなかった。


 精神的なショックを受けたせいか青葉が軽くめまいを覚えると、放置していたティーンズ誌が独りでに舞い上がってくるくると回転した。

あっちへ行けと青葉が思った途端、雑誌は放物線を描いてベットの向かい側の壁に叩きつけられる。

青葉は転がった雑誌を眺めながらベットの上で体育座りをし、怪我をした両膝に頭をうずめた。


 昨日の朝は超能力だと浮かれていたが、今青葉は自分が化け物になったような気分であった。

手を触れずに物を動かせるなんて、傍からみれば自分も赤マントや少年と同じ異常な存在なんだろう。

そう思うと、青葉は自分が知らない間に後戻りできない恐ろしい所へ迷い込んでしまったような気がした。

事故にあってから、“日常”が狂ってきている。

できることなら事故が起こる直前に戻ってやり直したいと青葉は願った。


 再びふきが怒鳴りに来たので、青葉は急いで下に降りると食卓に座った。

朝食は昨日出し損ねたアジの開きと味噌汁、それになぜか食パンだった。

青葉は空腹だったためあっと言う間に朝食を平らげると、いつもより少しお洒落な服に着替えて10何年ぶりの祖父の家へ出発した。

当然行き方など忘れていたから、青葉はふきが作ったメモを頼りに電車を乗り継ぐ。

最寄駅には意外とすぐ着いたが、駅を出てからは延々続く坂道を登らなければならなかった。

歩いている最中目に入る家はどれも大きなお屋敷ばかりで、中には重要文化財に指定されているような古い洋館もあり、ここが超高級住宅街なのは間違いなかった。

真夏の昼間にも関わらず青葉以外にも出歩いている人はたくさんおり、それらは皆観光客のようである。

青葉は彼らが何を見に来たのか疑問だったが、途中見かけた案内板でこの中にある洋館がいくつか一般公開されているのを知り、納得が行った。


 ふきが描いた地図どおりに坂道を行くと、門扉に「神代」と書かれた屋敷に辿り着いた。

屋敷はこの辺りの家でも一際大きく、古いレンガの壁がどこまでも続いており、車が5台は止まれるだろうという駐車場には眩しいほど黒光りした高級車が止まっていた。

青葉が「もし違っていたらどうしよう」と思いながら、備え付けられたインターホンを押すと、こちらが何も言う前に「おお青葉か」とスピーカーから声がした。

良く見るとマイクの横に小さなカメラがついており、それで青葉が来たことが分かったらしい。

「今開けるから待っておれ」という言葉と共に、固く閉められていた鉄製の門が自動的に開いた。

 

 少し緊張しながら青葉が中に入ると、鱗のような屋根がついた木造建築の洋館が待ち構えていた。

ところどころ古ぼけているが壊れている部分はなく、装飾の多い造りが歴史を感じさせる。

青葉が白い石畳を通って玄関扉の前に立つと、戸を叩くよりも早く、ガチャリとドアノブが動いた。

どうやらここにもカメラがついているらしい。

扉が開くと、ポマードで白髪をばっちり整え、口髭を蓄えた小柄な老人が顔を出した。


「久しぶりだな、青葉。写真では見ていたが、こんなに大きくなっているとは」


青葉の祖父、金治は目じりを下げたが、それでも崩れない眉間の皺と、固い口元が彼の厳しさを表しているようで、青葉は手のひらに汗をかいた。

今まで鉄和に金治がどれほど冷たく厳格な人間か、何度も聞かされていたのもあるかもしれない。


 金治は背筋を固くした青葉を家の中へ招き入れる。

青葉が屋敷に入ると、アンティークの調度品と、高い天井に備え付けられたシャンデリアが目に入った。

敷き詰められた深紅の絨毯は毛足が長く、履いてきた安物のスニーカーで歩くのがためらわれる。

廊下の壁には一定間隔ごとに縦長の小さなキャビネットが置かれ、その上にはいくらだか分からないが、とにかく高そうな骨董品があった。

屋敷内は全体的に落ち着いた色調で揃えられており、無駄にきらびやかな成金趣味の物は一切

見当たらない。


 青葉はここが本当にあの鉄和の家だったのかと、疑わしくてならなかった。

鉄和は仕事が終わるとと新聞を見ながらごろ寝したり、枝豆をつまみにビールをあおっていたりする。

今やっている八百屋だってもともとふきの両親が経営していたものなのに、二人が生きていた頃から鉄和は誰よりも店に馴染んでいた。

死んだ祖父が「鉄和は八百屋の親父の天才だ」と笑っていたのを青葉は覚えているが、彼はまさにその通りだった。

良く言えば豪快で悪く言えばガサツな鉄和が、こんな豪邸出身の人間だとはにわかに信じがたい。


 青葉がよっぽど不思議そうな顔をしていたのか、金治が「何か気になることでもあるのかね」と尋ねてきた。


「いやぁ、ホントにここがお父さんの実家なのかなって……。」


 青葉が正直に答えると金治は渋い顔をしたため、まずいことをしたと思った。


「あっ、別に深い意味はないデス。うちに比べて凄く立派な家だからつい……。」

「いや、気になるのも無理はないだろう。私は彼をどこに出しても恥ずかしくない、立派な人間に育てようとしただけなんだが――。男手一つでもちゃんと育ててやるぞと張り切りすぎて、厳しくしすぎてしまった。小さい頃は鉄和も黙って私の無茶に従っていたが、大学に入ったあたりで『親父にはついていけない』と、大喧嘩だ。以来私の趣味や好みとまったく逆のことをするようになってな」

「えっ、お父さん大学なんて出てたんだ」

「うむ。遊ばせもせずがむしゃらに勉強させて、世間では日本一と言われる大学に押し込んだのだ。あの時私はそれが一番いいことだと思っていたが、しばらくして間違いだったと気付いたよ。鉄和には子供らしいこともさせてやらないで、本当に悪いことをした」


 金治には申し訳なかったが、青葉は鉄和が超一流大学の出身だったことで頭がいっぱいになった。

青葉が勉強を教えてくれと頼んでも「俺ぁバカだから分かんね。ふきに聞いてくれよ」と言っていた鉄和なだけに、すぐには信じられなかった。

だが鉄和は“勉強”に対して複雑な思いを抱えるがゆえに、「学のない親父」のふりをしていたのかもしれない。

青葉は能天気に明るく振るまう父の違う一面を見たような気がした。


「鉄和がふきさんと結婚すると言ったときも、私は大反対した。ふきさんにも今思えば随分酷いことを言った。私はいくら親といえども、鉄和には酷いことをたくさんしすぎてしまった。今更許してくれと言っても、無理だろう。ふきさんもよく私の所に青葉がくることを許してくれたよ。もう2度と会えないだろうと思っていたのに」

「うー、それはー」


 「リオン君のサインが欲しいからです」とは、青葉は口が裂けても言えなかった。

しかし鉄和ふきも本当に金治を憎んでいたら、青葉を一人でここには行かせなかっただろう。

今は無理だが、もう少し時間が経てば仲直りできるのではないかと青葉は思った。


 金治に促されるまま、青葉は石造りの暖炉がつき、オーク材でできた応接セットのある客間へ入った。

縞柄のファブリックが貼られた一人用ソファーに青葉が座ると、金治は紅茶を淹れてくると言ってすぐ部屋を出て行った。

猫足のサイドボードやアールヌーボー調のランプが珍しくてしばらく部屋を観察していたが、静かで広すぎるせいかじきに心細くなる。

青葉が重量感あるアンティーク家具の中で身を小さくしていると、金治が盆に紅茶を乗せて戻ってきた。


「この間イギリスに行く機会があってな。おいしい紅茶とクッキーを見つけられた」


 そう言って笑う金治の顔は、「おいしい野菜が手に入ったぞ」という時の鉄和そっくりだと青葉は思った。

繊細な飾りのついたティーカップで飲んだ紅茶は、普段そういった物を飲まない青葉でも充分美味しかった。

クッキーも上品な甘さで香ばしく、いつも食べている1箱150円の物が小麦粉の塊のように感じる。

美味しい物のおかげで青葉の緊張もだいぶほぐれてきた。


「何コレ、こんな美味しい紅茶もクッキーも食べたことない。午後ティーより全然いい」

「午後ティー?それはなんだね」

「午後のゴーヤ茶のこと」

「そうか。そう言ってもらえると嬉しい。帰りにたくさん持たせてあげよう」


 現金に「ヤッター」と叫ぶ青葉を金治は微笑ましく眺めていたが、急に顔を曇らせた。


「そう言えばついこの間事故にあったそうだが、もう平気なのか?」

「平気も何も、車には直接ぶつからなかったから。驚いてのびちゃっただけ。怪我一つしてないよ」

「なら良かった。ふきさんにそれを聞いたときは心臓が止まるかと思ったが。なにせダンプが道端にひっくり返って爆発炎上したと言っていたのでな」

「ひっくり返りはしたけど、爆発はしてないから。アメリカ映画じゃあるまいし」

「いくらなんでもそれはないと思ったが、よほど酷い事故かと気になってしまった。だがうちに来れると聞いた時点で、もっと早く気付くべきだったな」


 からからと笑い声を上げる金治を見て、この人とは打ち解けられそうだと青葉は嬉しくなった。

昨日は月音と仲良くなれたし、事故の後も悪いことばかりではないなと思った。


「しかしよく無事でいられたな。ダンプがひっくり返ったんだろう?」

「あたしにぶつかる直前にひっくり返ったから」

「ふむ、ぶつかる直前にか」


 金治はティーカップを手にして立ち上がると、日差しの入り込んでいる窓際に行って外を眺めた。

外が暑すぎるせいか蝉の声一つなく、室内は再び静寂が支配した。


「おかしいと思わんかね」


 金治の一言は唐突で、青葉は彼が何を言いたいのかよく分からなかった。


「何のことが?」

「事故のことだ。直線の道を走っていたダンプカーが突然ひっくり返ると思うか」

「でも現実に起こったわけだし。偶然ってあるもんだよ、きっと」

「――そうか」


 金治は振り返ると、何を思ったか青葉めがけて空のティーカップを力いっぱい投げつけた。

青葉は「ぶつかる!」と思ったが、ティーカップは顔面すれすれの所で瞬時に停止し、一拍おいた後床にぶつかって粉々になった。


「何すんだいきなり!」

「すまない、だがどうしても確かめねばならなかった。青葉、お前は事故にあってから信じられない目にたくさん会ったのだろう?」


 なんでそのことを知っているんだと青葉は思わず口に出しそうになったが、寸でのところでこらえた。

青葉は自分の持っているこの特異な能力が、誰にも知られてはならない秘密なんだと本能的に思った。

ティーカップが浮かんでいる所を見られてしまったが、止まっていたのは僅かの間だけだったし、上手くごまかせるだろう。

絶対に気取られてはならないと青葉は金治を睨み付け、口を真一文字に引き結んだ。 


「そんなに睨まないでくれないか。お前の力を確かめるには、これしかなかった」

「力……。」

「そう。たとえばティーカップを空中で止めるような、だ」

「え?それ今のこと?おじいちゃんの気のせいじゃない?」

「ごまかさなくても良い。こちらには全て分かっている」

「分かっているって何が?」


 青葉は笑いながら金治を見たが、自分の両膝が段々震えてきていることに気付いた。

なぜ金治は誰にも話していないのに自分の力のことを知っているのか。

昨日の少年も「神代家の能力」と言っていたし、知らないうちに自分の超能力がばれているのではないかと青葉は怖くなった。

だがうつむき加減の青葉を見る金治の目は、祖父らしい優しさに溢れていた。


「怖がらなくていいんだ。私も青葉と同じだからね」


 金治は青葉のティーカップを手に取ると真上へ放り投げたが、それはいつまでも落ちてこないで、空中に停止したままだった。


「私たち神代家には、昔から時々特別な力を持った人間が生まれてくるのだよ」

「ウソだ、そんなことって……。」


 青葉は否定しかけたが、言葉が続かなかった。


「もちろん私もその一人だ。そして青葉も。最初に報告されたときは驚いたよ。鉄和には力はなかったし、お前にもあるとは思っていなかった。――力は早めにコントロールできるようにならないと、大変なことになる。だから今日青葉を呼んだのだ」

「ちょっと待って、報告って誰から?どうやって?」


 青葉の矢継ぎ早の問いに金治は苦笑すると、閉まっていた客間の扉を開けた。


「それは追い追い説明する。ついて来なさい。お前に見せなければならないものがある」


 まだ不安もあったが、青葉が言われるままに金治の後に続くと、地下への階段があるレンガ造りの部屋へ連れてこられた。

降りた先は直線の廊下に扉がいくつもついた地下室だった。

しかし地下室と言うには豪華すぎるつくりで、屋敷と同じく格調高い調度品がそこかしこに置いてある。

まるで秘密の宮殿のようだと青葉は思った。


「おじいちゃん、ここ何なの?」


 金治は青葉の質問に答えないまま廊下の端にある扉を開け、「適当に座りなさい」とだけ言った。

部屋の中は案外広く、壁をぐるりと囲むようにして立っているガラスのショーケースと、小さなテーブルセットがあった。

ケースの中には真空管や歯車のついたいびつな装置らしきものが並べてあり、中にはオルゴールや懐中時計もある。

それらは一様に古びていて、アンティークのフランス人形のようなどことない気味悪さがあり、青葉は居心地が悪かった。


「おじいちゃん、この部屋なんか怖い」

「そりゃそうだろう。ここにある物のほとんどは人を殺すために作られた『発明兵器』だ」

「発明“兵器”?」


 何かの『発明品』なら納得が行ったが、ここにある物は刃物も火薬もついていなかったので、とてもそうは思えなかった。


「こんなのじゃ虫位しか潰せないよ」

「そう思うのは当然だ。これらの使い方は普通とは違うからな」

「どうするの?投げ飛ばすの?そーすっと死ぬの?」

「今話しても信じてくれないだろう。もっともこれからする話も、信じられないだろうが。」


 金治の眉間にぐっと皺がより、もともと小さい目がさらに小さくなった。


「今から話すことはとてもじゃないがお前には信じられないだろう。私を狂っていると思うかもしれない。それでも最後まで聞いて欲しい」


 真剣な金治の眼差しに青葉は否とは言えず、黙ってうなずいた。

事故の後散々信じられないことが起こってきたから、少々のことでは動じないつもりであった。

金治は青葉の無言の返事に「うむ」と言うと、ゆっくりと話し始めた。


「今から大体百年ほど昔、明治から大正に移り変わる頃のことだ。富国強兵の風潮の中、政府は様々な兵器開発に乗り出していた。いかに効率よく敵に損害を与え、相手を殺すか、そのためにはどんな技術でも用いていた。そんな中、帝国議会である華族の一人から『兵器へ用いる技術に古来から世界に伝わる、呪い、魔術、錬金術といった物を加えたらどうか』と提案がなされた。議会はそれを鼻で笑ったが、言い出した華族が全て費用を持つなら構わないと面白半分で許可を出した」

「それで、どうなったの?」

「当然そんな馬鹿げた事が上手く行くはずもなく、まったく成果を出せぬまま兵器の開発は失敗に終わるはずだった。しかしその華族の前に一人の少女『神代せう(しょう)子』が現れたことで、事態は思わぬ方向へ動き出す」

「神代って、あたし達の苗字と関係が?」

「『せう子』は私の祖母だ。お前にとっては高祖母となるか。華族の前に突然現れた彼女は非常に強力な、いや人知を越えたとも言える能力を持っていたと記録には残っている。例えば事故で腕を失った鉱山夫の腕を再生させたり、結核で死んだ人間を生き返らせたともいう」

「それはさすがにないでしょ!」

「うむ、私もそれは単なる『伝説』だと思っているが、とにかくせう子は伝説ができるほど凄まじい超常能力者だった。彼女の協力を得てから、研究はすばらしい成果を出し続けた。そしてそのせうと華族はついに『生命活力を動力源として特殊な効果を生み出す機関』を開発した」

「せ、生命活力?」

「生命活力とは、今で言う生体エネルギー――生き物の持つ命の力というか、まあ生命力と思ってくれればいい」


 青葉はいまいち実感が涌かなかったが、とりあえず頷いておいた。

金治はショーケースの方を指差し、半ば興奮気味に続ける。


「ここにあるのは、全て生命活力つまり人の持つ生命力を動力源にして動く物だ。相手の心を狂わす物、幻覚を見せる物、一切の火種を必要とせず、瞬時に火焔を起こす物、その効果は物によって違う」

「なんか魔法の道具ってカンジだね」

「そう、彼女たちが生み出したのはまさに魔法を起こす道具だった。華族がこの成果を議会に発表すると、議会は手のひらを返したように彼を褒め称え、これを国の極秘事項とした。そしてさらに効率的な兵器や装置を産み出せるよう、彼とせうを中心に極秘機関を設立し、これに莫大な予算を与えた。この機関の名前を『大日本帝國オカルト研究局』という」


 話の区切りがついた所で、青葉は「はい」と学校のように手を上げた。

最初の数十秒を除いて、金治の話していることは到底信じられるような物ではなかったが、ここ数日で起こっている事を考えると、全くないとは言い切れなかった。

しかし青葉にはそれでも気になることが一つだけあった。

電気や熱などとは全く違う、生命力という非科学的なものをエネルギーにして、どうして作用が生じるのかである。

起きる作用も非科学的なものばかりみたいだが、仕組みが分からないのはそれ以前の問題だろう。


「その生命力で何とかする道具って、どういう仕組みで動いてるの?」

「はっきり言って仕組みはよく分かっておらん。開発が成功したのも、適当に組み合わせた水銀・塩・金・真空管・歯車、その他色々な部品が奇跡的な偶然でそういう働きをしたからだ。何がどうしてそうなるのかと言った理論的なことは一切分かっていない。この部品とこの部品をこうすればなぜか効果が現れる、そんな感じだ。神がかり的な偶然で、人間の理解力を越えた物を作ってしまったと言うべきだろうな」

「偶然でできたのは分かったけど、今そんな魔法の道具ないよね?いくら仕組みが分からなくても、全くその便利な技術が使われてないっておかしいんじゃない?」

「理由一つはこれから話すが……。一番大きいのは、これが国家機密として扱われ、ごく一部の人間にしか知らされてなかったことだろう。それにこの魔法の道具たちは、普通の人間には扱えん」

「どうして?」

「せう達の開発した『発明兵器』は生命活力を動力源にする。つまり『発明兵器』を使うと、それだけ自分の生命力を削られてしまうのだ。物理的な作用を引き起こすために使われる生命活力は莫大な量になる。健康な人間でもたちまちボロボロになってしまうだろう」

「全然ダメじゃん」

「もっとも、例外はあるのだが……。これはまた後で話そう。」


 金治はまだたくさん話すつもりのようだったが、青葉はここにある『発明兵器』から漂っている陰気な空気から早く逃れたかった。

青葉の気持ちを知ってか知らずか、金治はまたゆっくりとした口調で語り始めた。


「では本題に戻ろう。こうして政府の機関として『オカルト局』は誕生したわけだが、それに伴って元の二人の他に、数十名の研究員が加えられた。その中でも中心だったのが、当時異端とされていた宗教学者の藤之崎と、ドイツから招かれた錬金術師のエックハルツハウゼンだ。華族は局長に、せう子は副局長となり、強力な後ろ盾の下、4人は次々にすばらしい成果を挙げた。せうが開発した機関を基本として組み込み、敵を精神的に妨害したり、あるいは常識では考えられないような物理的破壊を起こす『発明兵器』を数多く生み出していった。まあ先程言った問題点はあったが、政府を喜ばせるには充分だったのだろう。だがそんなオカルト局も長くは続かなかった。」

「どうして?」

「お前も学校で習っただろうが、オカルト局誕生から10年後の1923年9月1日――関東大震災が起こったのだ。当時極秘機関だということで、帝都中心部のどこかの地下にあったオカルト局は、震災により壊滅。4人の研究員は皆死亡した。政府は発明兵器がなかなか実用化できなかったのもあり、これをきっかけにオカルト局を廃止。彼女らの生み出した技術は歴史の闇に葬られ、既にあった発明兵器も記録もほとんどが震災によって失われた。」

「ハイおしまいってワケか……。」


 金治の話を全て真に受けていたわけではないが、青葉はどことなくもの悲しさを感じた。

部屋にある発明兵器がこう不気味に感じるのは、彼女らの怨念だろうかと薄ら寒くなる。


「だが、これで終わりではなかったのだ……。」


 金治が俯きながら唸るような声を出した。


「まだあるの?」

「むしろここからが本題だ」


 これ以上この部屋にいたら金縛りにあいそうだった。

青葉は「場所変えてやりませんか」と言いたかったが、ぐっとこらえる。


「震災で壊滅したと言っても、その時持ち出されていて無事だった発明兵器もいくつかあったし、生き残った研究員だって当然いた。――そこから発明兵器が流出したのだ」

「それって大変なこと?」

「ほとんどの場合何の道具か分からず捨てられたりするのだが、本来の使い方をされると非常に厄介だ。青葉も昨日恐ろしい目にあっただろう?」


 青葉は思わず目を見開き、息を止めた。


「あの男が持っていた『生命布』は、オカルト局が開発した発明兵器の一つだ。その中でも殺傷能力が高い部類に入る。そのような兵器(・・)が決して多くはないが、日本に出回ってしまっているのだ」


 金治はガラスケースの裏から細長く黒い杖を取り出すと、青葉に見せた。

杖の先端からはちぎれた鎖が垂れており、ところどころ薄汚れている。

間違いなく、昨日の少年が手にしていたものであった。


「おじいちゃん、どこでこれを!」

「元々私のものだ。昨日あの腕白坊主が勝手に持ち出して、おまけに壊してしまいおったが。これもオカルト局の発明兵器、『自在杖』だ」

「じゃあおじいちゃんとあいつは知り合いってこと!?」


 青葉にとって、今日一番の驚きかもしれなかった。

実感の涌かない昔話よりも、昨日出会った人間のことの方がずっと衝撃的に感じられた。

それと同時に、金治の話がぐっと現実味を帯びてくる。

生きているかのように動く布地と、得体の知れない力を持った少年の繋がりが、僅かに見えた気がした。


「あの坊主とは、知り合いと言うより仲間と言ったほうが良いだろうな」

「仲間?」

「うむ。私を始めオカルト局の中心メンバーだった4人の子孫は、先祖が生み出した兵器が人を殺傷することに憤りと責任を感じていた。そこでその発明兵器を回収するために新たな『オカルト局』を設立したのだ」

「新しくオカルト局を作ったの?」

「そうだ。目的は現存する発明兵器の調査と回収。僅かに残った資料と記録、事件や噂を手がかりに活動しておる。あの坊主は、『新・オカルト局』メンバーの一人だ」


 少年が生命布を回収できなかったのを酷く悔しがっていた理由が分かった。

得体の知れない力も、発明兵器を使用していたのだろう。

あまりにぶっ飛んだ話にめまいを感じながらも、青葉は一応納得した。


「なるほど、あの変な力も『発明兵器(・・・・)』……を使ったわけね」

「いや多分だが違うぞ、彼も私達とは若干タイプが違うが、超常能力者だ」

「……はぁ?」

「私の話だけでは分からないことも多かろう。そう思ってオカルト局のメンバーを全員隣の部屋に集めてある。ついて来なさい」


 「全員ってことはあいつもいるのか……。」と思うと青葉は少し気が重かったが、この部屋にずっといるよりは幾分かましだった。

部屋を出ると、金治は「会議室」と真鍮のプレートが貼られたドアの前に立っていた。

金治がドアを開け、青葉に続くよう促す。

会議室にはダークブラウンの重厚な木製テーブルと同じ材質のソファー、天井に簡易なシャンデリアがあり、まるで国会議事堂のようだった。


 案の定昨日の少年は部屋におり、柔らかそうな一人用ソファーにふんぞり返って雑誌を呼んでいた。

隣のソファーにはいかにも「秋葉系」の格好の太った成年が、ポータブルゲーム機に夢中になっている。

扉の近くには、なぜか幸平意中の相手「星見院月音」が立っていた。


「こんにちは青葉さん」


 月音は昨日と同じように、すばらしく上品な微笑みで青葉を出迎えた。



どうでもいいアイテム紹介


『午後のゴーヤ茶』


女子中高生に大人気。沖縄産。割と苦い。

純国産と表示されているゴーヤが実は中国産で、この話の十日後に回収騒ぎとなる。

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