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第38話:殺意

 大賢者が「死ね。死ねええぇぇ!!」と叫んだかと思うと、彼の懐から銀色の物体が飛び出した。それは一瞬のうちに巨大なイガグリのような形に姿を変え、目の前にいた月音の全身を貫く。


「ははは。やった。やった」


 大賢者は蜂の巣になったであろう月音を見て歓声を上げる。


 だが月音は相変わらず微笑を浮かべ、無傷のままその場に立っていた。


「な、なな――どういうことだ!」

「バカですねぇ。得体の知れない武器持っている相手に、何も対策してないはずないじゃありませんか。ねぇ青葉さん?」

「青葉!?大森青葉がそこにいるのか」


 大賢者は懸命に辺りを見回していたが、茂みの中に隠れている青葉と誠治に気付くことはなかった。


 その様子を見た誠治が笑いながら青葉に囁く。


「きゃつめ、全然我々に気付いてないでござるよ。にんにん!」

「誠治さん、静かに」

「ふひひひひひ。残像でござる。残像でござる。」


 誠治はにやつきながら作動させている「狐狸煙幕」を撫で回し、「いい仕事してますねぇ〜」と呟いた。その感想に対しては、青葉も異論はない。


 今大賢者の前にいる月音は狐狸煙幕で作られた幻なのだ。コレのおかげで誰も傷つくことなく敵の攻撃方法を知ることができた。本物の月音はもっと茂みの奥にいる。


「大賢者のヤツ、ビビッているでありますよ」


 誠治の言うとおり、絶対の自信があっただろう攻撃が効かなかった大賢者は青ざめた顔をして立ち尽くしていた。骨と皮ばかりの膝をガクガク振るわせ、今にも倒れてしまいそうな様子である。


「ど、どうしてだ。オレの攻撃が効かないなんて」

「発明兵器を持っているのは、貴方だけではないんですよ」

「う、嘘だ……」


 大賢者は聞こえない声で二三度何かを呟いた後、銀色の発明兵器を抱え、喚き声を上げながら学校の方に向かって逃げ出した。どこにそんな力が残っているのか、自分の身長より高い校門を乗り越え、校庭の中へと入り込む。


「あっ!待て!」


 青葉は持っていた生命布を掴み直すと、大賢者を追って茂みの中から飛び出した。


 発明兵器を持った相手を追いかけるのは不安だったが、ここで大賢者を逃すわけにはいかなかった。こういうこともあろうかと、三日間ではあるが生命布の使い方を特訓したのだ。怪我で来れなかったいないリオンのためにも、ここは一つ頑張らねばならなかった。


「待て大賢者!逃げるな!」


 青葉は自慢の俊足を活かして後を追いかける。ちょうど幻影の月音がいた場所差し掛かると、そこの地面にいくつもの穴が開いているのが見えた。


 硬いはずのコンクリートに開いた、無数の穴。


 似たようになった人の体を、青葉は二回ほど見たことがある。


「まさか……」


 青葉は呆然とその場に立ち止まった。


 蘇る千代子の腕。藤野の死体。


 同じような傷跡が残っているのは単なる偶然だろうか。


 ――いや。青葉は思い直す。現代の日本に発明兵器はほとんど残されていない。大賢者の使用している発明兵器が、二人を殺害したソレである可能性は高かった。


 とにかく確かめなければいけない。追い詰めて問い詰めて全てを吐き出させてやるのだ。


 青葉の激情に反応して、生命布が唸りを上げながら夜の大空にはためいた。その浮力を利用して、青葉は目の前にある校門を乗り越える。 


 青葉は目前を走る大賢者の姿を捕らえると、これ以上ないほどの全力で走り続けた。相手が成人男性とは言え、大賢者は発明兵器のせいかふらふらである。青葉はすぐに追いつくと、あえて自らの手で捕まえることはせず、生命布を突き立てて彼の退路をふさいだ。


「な、なんだ?コレはまさか――」

「そうだよ。アンタがあの男に送った生命布だ!!」


 青葉の声を聞いて、大賢者が後ろを振り返った。


「お、お前は大森青葉――!なぜお前がこれを……」

「アンタがチョコを殺したのか?答えろ!」


 青葉の怒りによって放出されているエネルギーが余程強いのか、大賢者の腕に抱えられている発明兵器が半分主導権を失い、うねうねと動き始めた。


「あああ、オレの流針が」

「うるさい。早く答えろ!」


 大賢者を主人とするはずの銀色の発明兵器が、青葉の声に反応して彼の手の甲を突き刺す。


「い、痛い。痛い。誰か医者を」

「医者?笑わせないでよ。たくさん人を酷い目にあわせたくせに。チョコも藤野もアンタが殺したんでしょう?」

「チョコ?藤野?」

「二年前川のそばで殺された中学生と、一週間前この学校で死んだ女子高生だよ」


 青葉の説明で何かを思い出したのか、大賢者は悔しそうに唇をゆがめた。


「ああ、あの女子中学生のことか?」 

「やっぱり、アンタなの!?」


 青葉がそう言いかけると、大賢者は突然体をくの字に曲げでくつくつと笑い声を上げ始めた。青葉に追い詰められ、手にも怪我をしているのに笑い出すとはまともな神経ではない。


「何がおかしいんだ」

「だっていい気味だったからなぁ」

「いい気味?」

「あの中学生、オレが散歩してたらぶつかってきたんだよ。オレの服にアイスくっつけやがって」

「それで――それだけで殺したの?」

「謝り方がムカついたんだよ。何が『おじちゃんゴメンね』だ!ふざけやがって。社会のゴミクズがオレになんていう口のきき方だよ」


 青葉は大賢者の言葉に、腹が立つより唖然としてしまった。未来ある中学生をゴミクズ呼ばわりし、たかが謝り方云々でその将来を奪ったのだ。いや、それ以前に彼は自分を何様だと思っているのだろうか。


「アンタ――チョコをゴミクズだって?」

「だってそうだろ?間抜けそうな顔して底辺な公立の制服着て、将来はどうせダンナの稼ぎにおんぶに抱っこだ。なんの役にも立たない、社会の不用品にしかならねーよ。その上ブスだったし、ゴミクズ以外のなにものでも……」


 大賢者が言い終わらないうちに、青葉は渾身の力で彼の頬を殴った。ちょうどこめかみあたりに入ったのか、大賢者はよろめいて地面に横倒しになる。


「これ以上……。これ以上チョコを侮辱するな」

「はっ、本当のことを言って何が悪い。お前、オレがその中学生を殺したときのネット見たか?オレが言ってるようなことと同じような書き込みがたくさんあったぞ。中には『犯人良くやった』てのもあったくらいだ」

「狂ってる。アンタも書き込んだヤツもみんな」

「狂ってるのはお前の方だ、大森青葉。お前だってそのうち社会のゴミクズになるんだろ?大した高校にも行けず、進路は専門学校か短大か?それとも家事手伝いか?どっちしろバカ女の行きつく先なんて、ちょうどいい男騙くらかして専業主婦だ。クソの役にもたたねーよ」


 大賢者は殴られたことも忘れて再び笑い出していた。その目には青葉へのハッキリとした侮蔑が宿っている。


「そんな社会の底辺の女がよぅ、ちょっとアイドル助けたからっていい気になりやがって。みのほど知らずにも程があるだろーが。持ち上げるマスコミもマスコミだ!」


 ついさっきまで笑っていた大賢者は今度は目じりを吊り上げて怒り始めていた。


 この男、尋常でないくらいに感情の移り変わりが激しい。


「だいたいあの爆発騒ぎを仕組んだのはオレなんだ。考えたオレが見向きもされなくて、どうしてお前がもてはやされるんだ!おかしいだろう?」

「おかしいのはアンタだ」

「ウルサイ黙れ!オレの手柄に便乗して、何もかもかっさらっていったくせに!ゴミクズの分際でオレを出し抜きやがって」


 大賢者は倒れたままひたすら地面を殴り続ける。その青白い顔はまるで幽鬼のようで、ある種の異様な圧迫感を醸し出していた。


「せっかくこの『流針』で殺してやろうと思ったのに。人違いだとはオレはなんて運が悪いんだ!」

「アンタ、やっぱりアタシと間違えて藤野を――!」

「そうだよ。オレはお前とあの女を間違えた。せっかく後までつけたのに間違えたんだよ!なんでこう上手くいかないんだ」


 大賢者は無関係な人間を殺したことではなく、自分の計画が失敗したことを悔しがっていた。彼には人を殺したことに対する罪悪感など持ち合わせていないのだ。


「大賢者……。アンタどうして人殺しても平気なの?どうして人が死んでも何も感じないの?」

「平気?だってそりゃ平気だろ。オレは社会のクズを始末しているだけなんだ。自分が底辺の用無しだって気付かずにでかい顔してるやつを掃除してやってんだよ」

「社会のクズ?用無し?」

「用無しだよ用無し。その中学生も間違えて殺した女子高生も、何人死んだって、どうってことない存在だ。いくらでも代わりがきく。そのクセ威張り腐って、さも面白げに生きてやがる。鼻持ちならないんだよ!」


 そういいながらやっと大賢者は起き上がったが、青葉に蹴りを入れられて再び地面に沈んだ。


「チョコがいくら死んだって、どうってことないって?代わりがきくって?アタシが何でこの二年間苦しんだと思ってるんだ!!」

「ははは。クズはクズの死を悼むのがお似合いだよ。いくらクズが死んだって悲しんだって社会にはどうってことないし、何の損失も無いんだ。ざまあみろ〜」


 千代子も藤野も、こんなろくでもないやつに殺されたのか。


 自分以外の他人を勝手にクズだと決めつけ、命を奪っても何とも思わない。


 こじれたプライドと自意識ばかりを増徴させたいびつな人間。


「……殺してやる」

「なんだって?」

「アンタを二人と同じように殺してやる!!」


 青葉の言葉と決意に呼応して、生命布がその毒々しい赤を夜空いっぱいに誇示した。この生命布で、大賢者は間接的に多くの人間を殺したのだ。本当なら二人と同じように穴だらけにしてやるのが筋だろうが、全身押しつぶされて死ぬのも充分報いになる。


「お、オレを殺すだと?お前が?」

「……」


 青葉は大賢者の言葉さえ耳に入っていなかった。怒りの火の玉が血管という血管を巡っているのが分かる。


 もう大賢者だけしか青葉の視界に入らない。


 コイツを、このどうしようもなく腐った人間を、この世から消し去ることしか頭の中になかった。


「死ね!死んでみんなに謝れ!!」


 その言葉を合図に、生命布が動けない大賢者に向かって襲いかかる。だが生命布は彼に触れる直前に、どこかから飛んできた鎖に巻きとられ動きを止めた。


「そんなことしちゃダメだよ、アオバカ」


 見覚えがある光景。聞き覚えがある甘い声。


 青葉が声のする方向を向くと、そこにはいるはずのないリオンが松葉杖に寄りかかりながら立っていた。

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