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第36話:釣り餌

 金治にいわれた通り青葉が発明兵器保管室に行くと、なぜだかリオンもそれにくっついてきた。先に来ていた金治が理由を聞いても、曖昧に笑うばかりで答えようとしない。


 青葉はまたリオンがなんかやらかす気ではないかと思ったが、追い払うわけにも行かないので、あまり気にしないことにする。


「それで対策ってなんなの、おじいちゃん」


 青葉が聞くと、金治は奥にあるクローゼットから紙袋を取り出してきた。


「開けてみなさい」


 いわれた通り、紙袋を開けてみる。その中から出てきた物を見て、青葉は「あっ」と叫んだ。


「これ、生命布だ!」


 紙袋の中にあるのは、紛れもなくあの「生命布」だった。禍々しい赤を持つ、人を何人も殺めた布切れ。青葉の家を丸のみにしたこともあるというのに、きれいに折りたたまれたそれは今はとても小さく見えた。


「おじちゃん、コレがどうしたの?」

「二十日近くかけて誠治と直した。青葉がこれを使えるようにな」

「あたしが、コレを…?」

「なに考えてるの?きんじぃ」


 驚いたのはリオンも同じだったようで、今まで壁際にいたのに二人のすぐそばまでやって来る。


生命布(コレ)、が今まで何人殺したと思ってるの?きんじぃはそんな恐ろしいモン、青葉に使わせるワケ」

「この発明兵器が恐ろしいものだとは私も重々承知している。しかしだからこそ、青葉に手渡すのだ」

「どうして?」

「この生命布は強度にも伸縮性にも非常に優れている。まだ超常能力を充分に使いこなせない青葉の身を守るには持ってこいなのだ」

「だけど……」


 リオンはまだ何か言いたそうな様子で口ごもったが、金治はかまわず続けた。


「私も青葉が狙われているとは正直思っていない。だが青葉がオカルト局に関わっている限り、これから狙われるようになる可能性はある」

「だからこんなもんで身を守れって?」

「そうだ。超常能力を使いこなすにはいくら青葉でも時間がかかる。それまでの間生命布を利用するだけだ」


 そういって金治は青葉に紙袋を手渡そうとする。正直、青葉はそれを受け取るのにしばし躊躇した。


 この布は今は何食わぬ顔でおとなしく丸まっているが、その体で何人もの人間を押しつぶしてきた、いわば血塗られた凶器である。それを使って身を守れといわれたら、いくら身の危険が迫っているとしても、受け取るのにいい気はしない。


 だが、青葉にはなんとしてでも生き残らなければならない事情があった。何の罪もない人々を大勢殺めた大賢者、そして千代子と藤野を殺した犯人をこの手で捕まえなければならない。 

 そのためなら、手段を選んではいられなかった。


「分かった。あたしソレ使うわ」


 はじかれたようにリオンがこちらを見てきたが、青葉は半ば強引に紙袋を金治の手から奪いとった。


「いいの?青葉。コレがなんだか分かってるよね?」

「もちろん。でも、あたしやらなきゃ」

「だけど、気のせいかもしれないじゃんか」

「なにが?」

「君が二人を殺した犯人に狙われてるってヤツ。きっと青葉の思い込みだよ」


 リオンにいわれて、青葉は黙りこんだ。確かに、青葉が二人を殺した犯人に狙われているという話に根拠はなにもない。


 だが、何となく第六感というか、直感というか、そういうもので感じるのだ。リオンと話している今も、殺気のようなものが自分を狙っているような感じがする。リオンの言うとおり、それも単なる思い込みの一種なのかもしれないが、青葉はそれを強く否定できるほど強くはなかった。


「ねぇ、青葉やめなよ。そんな物騒なモノ使うのはさ。ソレ、人殺すための兵器なんだよ」

「分かってるって」

「いーや、絶対分かってないね。一体どこに青葉がそんなもん使わなきゃイケない理由があるのさ。おかしいよ。きんじぃも君も」


 自分の思いどうりにならないからなのか、リオンはガラス玉のような目で青葉と金治を睨み付ける。顔立ちが整っているだけにその形相には迫力があったが、金治は平然とした様子でまた奥から何か持ってきた。


「リオン、お前は青葉のことばかり気にしとるが、お前も他人事ではないぞ」

「は?なにが」

「もし大賢者やらに襲われても、左足が折れている状態じゃろくに戦えんだろう。ほら、お前もこれを持ってけ」


 金治の手には、見覚えのある黒い杖が握られていた。青葉が赤マントに襲われていたとき、リオンが持っていたあの杖である。


「あ、自在杖。直ったんだ」

「直ったんだ、じゃないバカモノ。お前が勝手に持ち出して壊したんだろうが」

「いいじゃん。それで青葉が助かったんだし」

「まったく……。まぁとにかくリオンもこれを持っていろ。念には念をだ」


 リオンは「そんな物必要ない」としばらくごねていたが、金治の年寄りらしいごり押しにはかなわなかったらしく、最後はしぶしぶそれを受け取っていた。


 まだ部屋に用があるという金治を残し、二人は発明兵器保管室を後にする。


 部屋を出た所で、リオンが急に立ち止まった。


「ねぇ青葉、やっぱり生命布置いていかない?」

「なんで?これないと困るじゃん。」

「必要ないって。大丈夫だよ」

「あのね〜、もし万が一のことがあったらどうすんの」


 彼の言うとおりに発明兵器を手放したところで、何かあったときに困るのは青葉なのだ。それを言ってもしつこく食い下がるリオンに、青葉は呆れた表情を作る。


「たしかに生命布持ってるの嫌だけど、しょうがないじゃん。必要なんだから」

「だけど……」

「だいたい何でリオンがブツクサいうのさ。関係ないでしょ」

「だってそんな人殺しの道具、青葉に持って欲しくないんだもん」


 一体何を言うのかと、青葉は思わず「へぇ?」と間抜けな声を出した。その声が気に触ったのか、リオンは眉間に皺を寄せる。


「すっかり忘れてるみたいだけどさぁ、君は普通の女子高生なんだよ。なんで君がそんな破壊兵器持たなきゃいけないの?理不尽だよ」


 どうやらリオンは怒っているらしかった。への字に曲がった薄い唇が、彼が何かに対して怒っていることを存分に表現している。


「でもリオン、コレがないと危ないんだからしょうがないでしょ」

「だから平気だっていってんじゃん!生命布なんかなくたって」

「ちょっアンタ――。何を根拠に」

「生命布なんか無くったって、僕が青葉を守るよ!」


 リオンはそう言ってからしばらく青葉を見つめたあと、急に後ろを向いてしまった。心なしか肩が震えているようにも見えるし、何だか様子がおかしい。


 だいたいリオンが「僕が青葉を守るよ」なんて建設的な意見を言う時点で変なのだ。普段だったら「発明兵器がないと自分の身も守れないなんて、このヘボ能力者!」とでも言ってくるところである。


 一体何が彼をそうさせたのだろうか。青葉は首をひねった。


「リオン、もしかしてアンタ――」

「な、なに?」


 リオンが不自然なくらい動揺して、肩越しにこちらを見てくる。


「ひょっとして、あの時のこと気にしてるの?」

「え?」

「ほら、爆発の時あたしが助けたこと。それで僕が守るなんていったの?」

「……」


 気にしていることを表向きに認めたくないのだろう。青葉はリオンの沈黙を肯定の意と取った。


「だったら気にする必要全然ないって。あたしいっぱいリオンに助けてもらってたし、あれでおあいこだよ」

「……ちがう」

「いや、ホントリオンには感謝してるんだ。それに自分で犯人捕まえてやるって言ったのに、誰かに守ってもらってるなんてカッコ悪いじゃん!」


 リオンは相変わらず顔だけをこちらに向けたまま、何か言いたそうにこちらを見ていた。そんなに頼りないのだろうかと、青葉は少しがっかりする。


「だいじょーぶだって。リオンのおかげでこんなに元気になったし、これから特訓もするから。あたし自分のことは自分でやる主義なんだ」

「……。ふーん、へー、あぁそうなんだ。勝手にすれば?バカ」

「え、なんでそこでバカって言うの!?」


 青葉の問いに答えることなく、リオンはいつかのように一人でスタスタと地下室を出てしまった。なにがそんなに彼の機嫌を損ねたのかと、青葉は疑問に思いながら慌てて後を追いかける。リオンは足が速いから先に帰ってしまったかと思ったが、彼は玄関の所で月音に足止めされていた。


「あれ、つくねさんまだいたの?」

「ええ、青葉さんとリオン君を自宅まで送っていこうと思いまして。青葉さんは身の危険がありますし、リオン君はこんな状態ですし」


 リオンは不満そうな顔でぶつぶつ文句を言っていたが、青葉は有難く月音の言葉に甘えることにした。純粋に高級車に乗ってみたかったのもある。


 月音専用だという自家用車は勿論運転手つきで、四人で乗っても中は広々としていた。ソファーのクッションも弾力が効いていて、長時間乗っていても疲れなさそうである。青葉は遠慮なく、疲れた体を座席に沈めた。


「それにしても大変なことになりましたね」


 助手席の月音の問いかけに、リオンがまったくだと言わんばかりにうなずいた。


「大賢者に、穴だらけ事件の犯人。少しは遠慮して欲しいよ」

「焦らず一つ一つ、解決していくしかありませんね」

「あーもー、やんなっちゃうね」


 リオンは窓のヘリに頬杖をついて、その美貌を破壊せんとばかりにぶすっとふてくされている。先ほどの原因不明の不機嫌もまだ治っていないらしい。


「それにしても、青葉って鈍いよね」

「は?なに急に」

「藤野って女子に物隠されても全然気付いてないしさー。大バカだよね。ア大バカ」

「ア大ばか!?なにそれ、ヒドくない?だいたい藤野が物隠してたか決まったワケじゃないし」

「それでもだよ」


 「分かってないね」と言わんばかりの様子でリオンが鼻で笑ってくる。いつものことと言えばいつものことだが、青葉も段々頭に血が上ってきた。


「ねぇちょっと、あたしが何したって言うワケ?」

「気付かない時点で相当アレなんだよ君。超人気アイドルの僕にあそこまで言わせても『あたし、一人でできるモン!!』だって、バカじゃないの。バーカ」

「へ?あたしそんなこと言ってないけど」

「一体なんで藤野もこんなニブチンに嫉妬したんだろうね。相手間違えてるよ。嫉妬する要素一つもないよ」


 リオンはまるで自分が被害者のような口ぶりで、青葉は意味が分からなかった。記憶も都合よく改ざんされているようだし、怒るより心配になるほど今日のリオンは様子がおかしい。


「リオン君、言いすぎですよ。青葉さん可愛いじゃないですか」

「つくね、それ嫌味?自分より綺麗な女に可愛いって言われるほど、プライド傷つけることないよ?」

「何言ってるんですかまったく!青葉さんは背が高くて痩せてて羨ましいですよ」


 月音は心外だと言わんばかりに口を尖らせる。青葉にしてみれば月音はちょうど良い身長で、胸もお尻も大きくてうらやましい限りなのだが。


「それに青葉さん今全国のみんなに羨ましがられてますよ。何と言っても爆発事件から人気アイドルを救ったヒーローですからね」


 そう言ったところで、月音は何かに気付いたように長い睫毛に縁取られた両目を大きく見開いた。


「……。青葉さんは、今凄い有名人ですね」

「あー、うん。そーかな?」

「そうですよ。リオン君を助けて、毎日テレビに取り上げられて。しかも超人気アイドルのリオン君と個人的な付き合いができたんですから、ファンの子には凄く羨ましがられてるでしょうね」


 にっこりと笑う月音をリオンがいぶかしげに睨んだ。


「何が言いたいの、つくね?」

「うらやましいという感情には、必ずと言っていいほど嫉妬が伴います。つまり――」


 月音はその大きな目を二三度瞬く。


「青葉さん、大賢者を釣る囮になってくれませんか?」


 いきなりの月音の発言に、青葉は驚いてしばらく声もろくに出せなかった。

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