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第34話:緑|青


 今回の話はかなり暗いです。

 体中が金属になったように重たくて、青葉はベットの上からほとんど動くことができなかった。最初は苦痛で仕方がなかった空腹感はいつの間にか麻痺し、代わりに焼けるような喉の渇きが襲ってくる。何も食べてないせいか、意識も半分朦朧としてきていた。


 眠りに落ちるように低下していく意識の中、青葉は三日前に見た無残な穴だらけの――穴だらけの穴も分からないくらい酷い状態の――遺体を思い出す。原形をとどめない胴体の横にポロンと投げ出されていたあの腕は、千代子と同じだった。


 ――千代子を殺した奴がまた来たんだ。


 青葉はそう思った。短時間で人体を貫通する穴を無数に開けるなんて、そうそうできることではない。


 奴はまた青葉の前に現れた。何のために現れたのか、その答えは薄々分かっている。


 きっと奴は青葉を殺しに来たのだ。


 二年前のあの日に死ぬべきは千代子ではなく青葉だった。だから奴は止めを刺しに学校までやってきたのだ。


 なのに青葉がまだ生きているのは、藤野が身代わりになってしまったから。


 藤野の髪型は、青葉と同じシャギーを多用したベリーショート。同じ髪型で同じ制服を着ていれば、多少体型は違っていても後姿なら一瞬見間違う。それが薄暗い昇降口ならなおさらだ。


 なぜ藤野が昇降口にいたのかは今になっては知るよしもないが、とにかく彼女は青葉の代わりに殺されたのだ。本当なら下駄箱の前で肉槐になっているのは青葉のはずだった。


 ――また死に損なってしまった。


 自責の念が青葉の体に絡みつく。死ぬべきは青葉だというのに、どうしてまたもや生き残ってしまったのだろうか。それもまるで関係のない藤野を犠牲にして。


 藤野を教室から追い出し、奴に殺される状況を作り出したのは紛れもない青葉だった。あの時青葉が藤野を追いかけるなり迎えに行くなりすれば結果は違ったかもしれない。


 それは青葉にとって目をそらしてしまいたい事実であった。しかしそれに耐えられず目を閉じれば、顔も判別できないような肉槐になった藤野と最期に見た姿の千代子が、暗闇の中に浮かび上がってきて青葉を罵る。


 卑怯者。

 人殺し。

 死に損ない。


 彼女らの声なき怨嗟の声が、もともと危うい均衡の上に成り立っていた青葉の精神をゆすぶった。青葉のせいで命を奪われた二人を慰め、贖罪するにはどうしたらいいか。方法はひとつしかない。


 青葉はこのまま緩やかに死んでいくつもりであった。食事を断ち、水を飲まなければそのうち衰弱して死ねるだろう。部屋のふすまには鍵とつっかえ棒がしてあるし、それを破られたら、頭からコンクリートの地面に向かって飛び込んでやればいい。そんな面倒な方法ではなく、首吊りや飛び降りをして即座に死ぬという選択肢もあったが、二人も人を殺した人間が楽に死んではいけないと思った。


「二人とも、ゴメンね」


 力なく呟いて、青葉はベットの上にうつぶせになった。度を越した空腹のせいか、気が緩むと意識が拡散しそうになる。うつ伏せになったまま青葉が悪夢と現実との境を彷徨っていると、にわかに一階の方から騒がしい声が聞こえた。


 ひょっとしたら両親が警察か救急を呼んだのかもしれない。


 青葉はだるい体でゆるゆるとベットから降りると、床に寝そべって聞き耳を立ててみたが、ボソボソとした声が聞こえるだけで、会話らしい会話は拾えなかった。しかしそのうち、複数人が階段を踏みしめる音が聞こえてくる。


「青葉、いい加減出てきて!お願いよ」


ふきの悲鳴に近い叫び声が耳に痛かった。それでもなお、青葉は答える。


「……いやだ」

「どうして出てきてくれないの!?」

「……」

「このままじゃアンタ死んじゃうわよ。ご飯用意してあるから出てきなさい!アンタを心配して、リオン君まで来てくれたのよ!!」

「え!?」


 ふきの信じられない一言に、青葉はもともと力の入らない腰がさらに抜けそうになった。


 どうしてここにリオンが来るのか、全くもって意味が分からない。青葉はふきが嘘をついているのかと思ったが、その予想は聞き覚えのある甘い声に打ち砕かれた。


「青葉、早く部屋から出てきなよ」

「何で……リオンがここに?」


 青葉はあんぐりと口を開け、反対側にリオンがいるだろうふすまを眺めた。





――――――





 リオンの正体に青葉の両親が気付いた後それはそれで大騒ぎになったが、何とか青葉が引きこもっているという部屋の前まで来ることができた。人の顔色を伺うばかりの生活で身に付けた嘘や話術に、このときばかりは感謝する。青葉の両親はリオンが悩殺スマイルを浮かべながら、「二人で話したいんです」と言うと、素直にそれに応じてくれた。


 ガラクタだらけの廊下に一人だけとなったリオンはその場であぐらを組むと、「リオン君」の仮面を外し、いつもの調子で青葉に話かける。


「久しぶりだね、青葉。引きこもりたい気持ちも分かるけどさ、ご飯くらい食べたらどう?」

「何でアンタがここにいるんだ」

「月音から君が断食修行してるって聞いてね。面白いから見に来たんだよ」

「帰れ。あたしはここから出るつもりないから」


 三日も飲まず食わずで耐えているのだから、青葉の決意は中々強固なものなのだろう。それがどんな決意で、どんな意味があるのかリオンにはさっぱりだが。


「なんで出てこないの?理由教えてよ」

「……」

「引きこもるだけならまだしも、ご飯食べないってバカじゃないの?即身仏にでもなるつもり?」

「……」

「え、ちょ、待ってよ。青葉ほんとに飢え死にする気なの?」


 青葉の肯定とも取れる沈黙にはリオンもさすがに慌てた。友達が殺されて食欲がわかないのは分かるが、食事を断つというのはそうする意味が分からない。死んだのが余程仲ののいい友達で、後を追うとでも言いたいのだろうか。


「ね、ねぇ青葉。本気でしゃれにならないから。とにかく早く出てきなよ。水も飲んでないなら、そろそろマジやばいって」

「別にいい」

「え?」

「死んでも別にいい」

「はぁ?君なに言っちゃってんの?おなか空いて頭まで空っぽになったの?このアオバカ」


 久しぶりに「アオバカ」というあだ名を使ったが、リオンは後悔していなかった。いくら親友が死んだとしてもそれを儚んで自分も飢え死にしようとするなんて、バカ以外の何者でもない。


「いい加減にしなよ?心配して来てやったらいい気になりやがって。ほんとに死んでも知らないからね!」

「……。」

「アオバカなんてミイラになっちゃえばいいんだ。ガリッガリのカサカサのさぁ」

「……。」

「なんだったら、今から僕が包帯でも巻いてあげようか?結構器用なんだよこれでも」

「……。」

「……ゴメン。冗談だよ。何か言ってよ」

「あっち行って」


 ふすまの向こうからする青葉のつれなさ過ぎる声に、リオンは落ち込むと同時に不安がこみ上げた。普段ならこれでもかと言い返してくるのに挑発にも乗ってこないなんて、彼女は本気で飢え死にするつもりなのかもしれない。


 リオンは超常能力を使ってでもふすまをこじ開けたい願望に駆られたが、空けた途端青葉が飛び降りる恐れもあり、何とかその衝動をこらえた。


「……お願いだよ青葉。ここから出てきて。何でも言うこと聞くから」

「いらない」

「そんなハッキリ拒絶しなくても。天下のアイドルリオン君が何でもするって言ってるんだよ。なんだったら水着着てポーズ取ってあげようか?それとも下着姿でベットに横たわってるシチュエーショんとかがいい?」

「気色悪い」

「…そんなこと言われたの、アイドルになってから始めてなんだけど」


 前から思っていたが、青葉には色仕掛けの類が一切効かないらしい。それどころかむしろ逆効果のようだ。直ちに作戦を変更しなければ、青葉はますます頑なになってしまう。


「ゴメン。変なこと言ったのは謝るよ。でも君に出てきてもらいたいのは本当だから」

「どうして?」

「どうしてって、当たり前でしょ。君だって僕のこと助けてくれたじゃんか。それと同じ」

「……ゴメン。ありがと。だけどあたし、リオンに助けてもらうような資格なんてないから」


 今度はリオンが青葉に対して「どうして」と尋ねる番だった。


「どうしてそんなこというの?アオバカが一体何したワケ?」

「……」

「そもそも何で引きこもってんの?意味わかんない」

「あたしが殺したから」

「え?」

「チョコも藤野もあたしが殺したから。だからあたしも死ななきゃいけない」


 リオンは一瞬自分の耳を疑った。突然すぎる殺人の告白と、自殺の予告。もちろん信じられるわけがなかった。


「ちょっ、殺したって、一体誰を?それに死ななきゃいけないって――」

「あたしがチョコと藤野――幼馴染と同級生を殺したんだ。二人も死なせて、あたし、生きてるわけにはいかない」


 チョコと藤野。藤野というのはおそらく先日殺された同級生の名前だろう。幼馴染だというチョコの名前もリオンは聞き覚えがあった。たしかリオンが瓦礫の中に閉じ込められたときに、青葉が叫んでいた名前だ。


「その二人を、青葉が殺したっていうの?」

「……」

「僕たち短い付き合いだけど、君が二人も殺せるような人間だとは思えないよ」

「あたしが殺したようなモンだ」

「殺したような・・・?」

「あたしが生きてるせいで二人とも殺されたんだ!」


 青葉は叫ぶと、ふすまの向こうで声を上げながら泣き始めた。食事もとらず体力も限界に近いだろうに、振り絞るように泣いている声が聞こえてくる。


「青葉落ち着いて。このまま泣いたら倒れちゃうよ」

「倒れたっていい!あたしなんか死ねばいいんだ。いなくなればいいんだ!」

「青葉!!」


 リオンは青葉の痛々しい悲鳴に、声を張り上げずにはいられなかった。そうしている間にもふすま一枚隔てた向こうで青葉が嗚咽する声が聞こえる。一体彼女はどんな顔をして涙を流し続けているのだろうか。いつも元気で明るくて、リオンの嫌味にもビクともしなかった青葉が、今は自分の存在を否定し、涙を流して苦しんでいる。


 そういえばリオンが爆発で閉じ込められていたときも、青葉は壁一枚隔てた先で泣き叫んでいた。コンクリート一枚とふすま一枚。厚さも脆さも全然違うのに、リオンには目の前に広がる破れかけたふすまが、あの時のコンクリートと同じくらい頑丈に見える。


 爆発の時と今の状況はとても良く似ていた。あの時も今もリオンの言葉は届かず、泣き続ける青葉に何もできない。


 リオンはまたもや己の無力さに胸の締め付けられる思いがした。できることならふすまをぶち破り、一人で泣いている青葉を力いっぱい抱き締めてやりたい。


 だが今のリオンには、壁越しに言葉をかけることが限界だ。


 リオンは弱々しく泣いている青葉に、なるべく優しい声で話しかける。


「青葉、死ぬなんて言わないで。そんな悲しいこと言わないでよ」

「……」

「君が殺したわけじゃないんでしょ。どうしてそう思うの?」

「それは……」

「理由、聞かせてよ。嫌になったらやめてもいいから」


 リオンの言葉が僅かでも届いたのか、青葉は泣くのをやめると消えてしまいそうな細い声でとつとつと語り始めた。


「あたしね、中二の頃まで凄く仲のいい幼馴染がいたの」


 リオンは途中で口を挟まず、相槌だけ打って青葉の話を聞く。青葉もその方が話しやすかったのだろう、その幼馴染『チョコ』とどれだけ仲が良くて、どれだけ一緒にいて楽しかったか話してくれた。


「それでね、二年前の夏休み……。海から帰る途中に、チョコと夏祭りに行こうねって約束したんだ」

「うん。それで」

「それでちょうど別々の方向に別れて――」

「……」

「その後、殺されちゃったの。全身穴だらけにされてね。誰がどうやったのか、未だに分かってない」

「――全身穴だらけに?」


 ふすま越しにもかかわらず、リオンは思わず青葉の声がする方向へ身を乗り出した。


 二年前、中学生が穴だらけなって殺された事件。今になって気がついたが、確か現場は青葉の家のすぐ近くだ。


「――まさか。青葉の友達だったなんて」

「知ってるの?」

「うん。もしかしたら発明兵器で殺されたんじゃないかって、しばらく皆で調べてたんだ。……何も分からないままだったけど」

「やっぱり、そうだったんだ」

「え?」

「実を言うとね、あたしオカルト局に入ったの、チョコを殺した犯人を捕まえるためもあったんだ。赤マントの事件を見て、もしかしたらって思って」


 まさか青葉がそこまで考えてオカルト局に入っていたとは。ついこの間まで、青葉のことをただの能天気でお気楽な女子高生だと思い込んでいた自分にリオンは恥ずかしくなる。


 青葉は二年前からずっと親友の死を、その痩せた背中に背負い続けてきたのだ。


「それでね、あたし今でも思うんだ。もしあの日チョコを海に誘わなかったら、もう少し帰る時間を遅くしてたら、チョコは殺されなかったんじゃないかって」

「青葉……」

「チョコはね、あたしのせいで殺されたんだよ。あんなに優しくていい子だったのに、あたしが海に誘ったせいで殺されちゃったんだよ。なのに、何であたしまだ生きてるんだろう。チョコを死なせて平気な顔してさ。殺されるべきだったのは、チョコじゃなくて、卑怯者のあたしの方だ」

「そんなことない」


 「殺されるべき」人間なんて果たして存在するのだろうか。仮にいたとしてもそれが青葉でないことは確かだ。リオンは即座に否定したが、彼女は気に触ったのかさらに声を荒げる。


「そんなことあるよ!チョコじゃなくてあたしが死ねば良かったんだ。それにね、藤野もあたしのせいで殺されたんだよ。藤野は殺される直前あたしと喧嘩したせいで教室を飛びだして、その後殺されたんだ。もし喧嘩しなかったら……あたしが追いかけてたら殺されなかったのかもしれないのに!」

「青葉ソレはちがう。ソレはちがうよ」

「違わない!藤野はね、あたしの身代わりになったの。藤野とあたし、そっくりな髪形してて、アイツはあたしと間違えて藤野を殺したんだよ」

「そんなこと分からないじゃないか!」

「分かるよ。アイツはね、二年前死に損なったあたしを殺しに来たんだよ。だって分かるもん。藤野の死体、チョコと同じだったから」

 

 青葉が何かを殴りつける鈍い音が聞こえて、リオンはやるせなくなる。青葉を苛み続ける果てしない後悔。その気持ちは分からないではないが、もう起こってしまった結果は変えられないし、そもそも青葉は一つも悪くない。本当に悪いのは青葉ではなく、二人を殺した犯人ただ一人だ。


 青葉は自分を責め続けるばかりにそれを見失い、自分が親友を殺したのだと思い込むようになってしまったのだろう。あるいは、そう思い込むことによって、消えない悲しみを何とかごまかそうとしたのかもしれない。しかしその思い込みが逆に青葉を苦しめ、命すらも脅かしている。


「みんなみんな、あたしのせいで死んだんだ。あたしが殺したんだ。」

「違うよ青葉。君は誰も殺していないし、何も悪くない!」

「違う。違う違う違う!あたしなんか生きてちゃいけないんだ。本当はとっくに死んでるはずだったんだもん。なのに二回も死に損なって。もう限界だ!」


 再び青葉の泣き叫ぶ声が響き始める。「もう限界だ」という言葉どおり、二年もの間後悔と罪悪感に責め続けられていた彼女の精神は、クラスメイトの無残な死というきっかけによりヒビが入りかけているに違いなかった。


 いつも力強い眼差しをして、命の活力に満ち溢れていた青葉。己を蝕む心の綻びを、カラ元気に隠し続けてきた二年間はどんなにつらかったことだろう。自分を人殺しだと責め、生きていることを心のどこかで否定し続ける日常。リオンは青葉が自己犠牲的な理由を悟ると同時に、行き場のない苛立ちが胸の奥に涌いてくるのを感じた。


「ふざけんじゃねーよ!!」


 リオンの感情の高ぶりに呼応して、涌き上がった念動力が頭上にあった蛍光灯を破裂させた。オカルト局で長年訓練をつんでいるリオンが、感情の乱れ一つで力を制御しそこなうことは滅多にない。逆に言えばそれほどリオンは怒っていた。


 なぜ何一つ悪くない、お気楽な女子高生であるべき青葉が、死を望むほどに苦しい思いをしなければならないのか。


 青葉は被害者だ。苦しむ必要も、涙を流す理由なんてどこにもない。苦しんで死を望むべきは二人を殺した犯人ただ一人だ。


「ふざけんじゃねぇ!やってられっかよ、チクショウ!」

「リオン?」

「何で青葉が死ななきゃなんねーんだよ。オメーは何も悪くねーじゃねーか。なにバカなこと言ってんだよ!」

「バカなことって」

「バカなことだろーが。自分が殺した?全然違うじゃねぇかよ。二人を殺したのは青葉じゃなくて犯人だろ?勘違いしてんじゃねーよ」


 いきなり乱暴な言葉遣いになったリオンに驚いたのだろう、ふすまの向こうで青葉は物音一つ立てなくなった。しかしリオンはそれにも構わず、瞬間的に沸騰した感情を思いのままにぶつける。


「青葉が引きこもらなきゃイケない理由がどこにあんだよ!いいか?何も悪くないオメーが苦しんでる間に、犯人はのうのうと暮らしてんだ。そんなのおかしいじゃねーか!」

「……」

「お前は悔しくねーのかよ!!友達二人も殺されたくせに自分ばっか責めて。ほんとに責めなきゃイケないのは犯人なんじゃじゃねーのか!?」

「でもあたしは……」

「あーもう!青葉、お前が気にすることなんか一つもないんだよ!悪いのは全部犯人!!青葉はれっきとした被害者じゃねーか!なんでお前が悩むんだよ。胸糞ワリィったらありゃしねぇ!」


 相槌を打つ間もなくまくし立てるリオンに青葉は再び沈黙してしまったが、こうなったらもう止まらない。リオンはさらに勢いづく。


「青葉の今の状態ってのははたから見ててもムカつくし、犯人の思うツボなんだよ!ああ、ハラ立つハラ立つハラ立つ!!」

「……」

「もうマジやってらんねぇ!もう帰る!青葉見てるとイライラする!一生引きこもって犯人に笑われてろ!!」


 リオンは立ち上がると横にあった荷物を持って足音も荒く帰ろうとしたが、それを青葉がか細い声で引きとめた。


「待って」

「なんだよ?」

「…ゴメン」

「謝っても出てこないなら変わんねぇだろ」

「そうじゃなくて」


 青葉は何か言いたいことがあるようだったが、その言葉を最後にしばらく沈黙が続いた。弱々しい油蝉の声だけが、遠くの方で聞こえてくる。


「リオン……あたし――」

「……」

「あたし――捕まえる」

「……?」

「あたし、二人を殺した犯人捕まえる!絶対捕まえてやる!!」


 先ほどとは全く逆の響きがある青葉の叫び声が廊下中にこだました。いや、下手したら近所中にこだましたかもしれない。


 リオンはいつもの明るさが声に戻ってきていることに気付いて、ほっと一安心した。


「―ーやっと元気出たじゃん。でも犯人捕まえるにはとりあえず部屋から出てこないと」

「分かってる。でもその前に頼みがあるんだ」

「何?半裸でポーズとって欲しいとか?」

「違う!そうじゃなくて、協力して欲しいんだ。犯人捕まえるの」

「あっそ」

「いや?」

「嫌でも発明兵器がかかわってる以上、オカルト局としてなんかしないとイケないからね。手伝ってやるよ」


 もったいぶったリオンの返事にもかかわらず、青葉は本当に嬉しそうに「ありがとう」と言う。その言葉が聞けただけでもここに来た甲斐はあっただろうと、リオンは痛む喉を押さえながら満足を噛み締めた。

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