第30話:再会
改行の仕方を変えました。
読みにくかったらまた戻したりします。
マネージャーの田所が帰ってからしばらくした後、青葉の病室には警察官が二人ほどやってきた。事件の話を聞きたいとのことだったが、青葉は下手な嘘を吐くのは良くないと思い、「ショックで覚えていない」とだけ答えておいた。酷い事故や事件にあうとその時の記憶を無くしてしまうことはままあるらしく、二人の警官は青葉の言葉を素直に信じてくれたらしい。警官は半時ほどで帰ってしまい、青葉はほっとため息を吐いた。
夕方になってテレビをつけたが、ニュースはあれから四日近く経ったというのに、全てコンサート会場爆破事件の話題で持ちきりであった。コンサート会場半壊という事件のインパクトに加え、警察の必死の捜査にもかかわらず爆弾の種類や解決の手掛りが何一つ見つかっていないことが世間の関心を引いて止まないのだろう。
爆弾の一部と思われる破片すらも回収できず、それどころか爆発に必要なはずの火薬すら発見されていないという。その話を聞いたとき、青葉は今回の事件が発明兵器によって行われたものなのだと確信した。発明兵器は常識では考えられない部品とエネルギーで驚異的な効果を引き起こす。オカルト局の存在を知らない限り、警察が真相に辿り着くことは不可能に近いだろう。
これはオカルト局と大賢者との戦いなのだ。目的のためには無差別大量殺人も厭わない奴らを、警察という国家権力の介入なしに、己の力のみで捕まえなければならない。
その戦いに加われない自分の無力さを噛み締めつつ、眠れぬ夜を過ごした青葉は、翌朝巡回に来た看護師によって起こされると、眠気をこらえて真っ先に部屋のテレビをつけた。たとえ戦いに参加できないとしても、自分が巻き込まれた事件について少しでも詳しく知りたかったのだ。
ちょうどいいニュース番組を探してチャンネルを回していると、ふとブラウン管に見覚えのある景色が映し出され、青葉は思わず息を呑んだ。
あろうことか、青葉が生まれてからいままでずっと過ごしてきた自宅――大森青果店がニュースの中で取り上げられていたのである。
画面の中の青葉の自宅は、カメラとマイクを構えた大勢のマスコミ関係者に取り囲まれ、鉄和とふきも同じくカメラに包囲されている。
一体何が起こったのか、青葉はすぐには分からなかった。大森青果店は今年で創業四十余年となる店だが、とりわけ目立つ商売もしていない、良くも悪くも平凡な青果店である。そんなよくある商店街の一店舗に、どんな理由でマスコミが群がるというのか。
青葉は画面の隅に表示された見出しを見て、漸くその理由に気付いた。「感動!!八百屋の看板娘、瀕死のリオン君(15)命がけの救出」という文字が、ブラウン管の角で小さいながらもその存在をアピールしている。
「なんじゃこりゃー」
青葉はひたすら口を開けっぱなしにするしかなかった。スタジオに戻ったニュース番組は、青葉が田所に聞いたよりも詳しいリオンの救出の経緯をフリップで説明している。
あの夜の出来事はすっかり感動巨編として仕立て上げられ、青葉は番組の中でまるで英雄のように褒め称えられていた。アナウンサーはいかに青葉が決死の覚悟でリオンを助けたのかをまるで見てきたかのように語り、したり顔のコメンテーターが涙ぐんだ目で感想を述べる。何より一番驚いたことは、許可した覚えもないのに青葉のフルネームと顔写真が堂々と放映されていたことだった。
きっと昨日段階で青葉がリオンを助け出したことが報道関係に伝わり、ファンの少女が絶体絶命のアイドルを救ったというそのドラマチックな救出劇が、テレビ局各社の興味を引いたのだろう。ニュース等を見るに、爆発時にステージ上にいた人間は青葉とリオン以外助からなかったらしく、それも報道を過熱させる一因らしかった。
大変なことになったと青葉は思った。ためしに他のチャンネルをいくつかつけてみたが、ニュース関係の番組は全て青葉の話題で持ちきりである。某テレビ局のワイドショーでは、同級生と思わしき少女がモザイク付きでインタビューに答えている始末だ。完全に本人だけが置いていかれている状態である。
窓の外が人の声で騒がしかったので、軽く下を覗きこんでみると、撮影機材らしき道具を積んだワゴン車が何台も確認できた。青葉目当てに実家だけでなく病院にまで押しかけているらしい。
これではまるでスーパーアイドルだった。昨日までは単なる八百屋の一人娘だったのに、一夜空けただけでもう知名度が全国区である。テレビだけでなく買ってきた新聞でも青葉のことが一面で取り上げられ、これでもかという大きな見出しが紙面をにぎわせている。
一日中テレビをつけっぱなしにしておいたが、青葉のことを取り上げないニュース番組は皆無と言ってよかった。しかもリオンを助けたという事実だけではなく、普段の人柄や行動なども盛んに話題になっている。
県立高校に通う高校一年生。性格は明るく活発で、正義感が強い。実家は八百屋で、そこの看板娘である。――ワイドショーでの青葉の評価を総合すると、大体こんなところだ。
自分が知らない間に自分のことを知られていくのは、不思議な気分だった。直接マスコミに取材されていないせいかいまいち現実感がわかず、夢を見ているような感じも否めない。とあるワイドショーで『ボーイッシュ美少女』と評されていたのはさすがに小恥ずかしかったが。
ワイドショーでの青葉の話題は翌日になっても留まることを知らず、結局退院する頃になっても報道の加熱ぶりは続いていた。マスコミが騒ぐ原因は青葉の存在が悲惨な爆発事件の救いになっているからか、それとも騒げる出来事がそれしか見当たらないからか。話題の当事者である青葉とリオンが表に出てこないせいもあるかもしれない。
実家は取材の嵐で外出もままならない状態らしかったが、それでもふきは退院する青葉を迎えに来てくれた。今日の彼女の出立ちは、銀座のデパートに行くよりも気合が入っており、一張羅のピンクのスーツに身を固め、化粧をこれでもかというほど入念に施している。ここまでくるともはやお洒落というより武装である。彼女にしてみたら毎日恋焦がれていた憧れの王子様と会えるのだから、これくらいは当然といったところだろう。
今日退院することは既にマスコミに嗅ぎ付けられていたため、青葉とふきは病院の計らいで受付ではなく事務所で退院手続きを済ませた。まるで芸能人か政治家のような扱いに青葉は戸惑ったが、ミーハーなふきは嬉しかったらしい。青葉のせいで実家がマスコミだらけなったことも、「かえってスター気分になれて良かった」と大して気にしていないそぶりである。ふきが大物なのか気を使ってくれているのか分からなかったが、罪悪感を感じていた青葉はおかげで少し気が軽くなった。
退院手続きを済ませた後はリオンのマネージャーの田所と落ちあって、ふきが待ちに待ったリオンのお見舞いに向かう。
始めて知ったことだが、リオンも青葉と同じ病院に入院しているらしい。田所の案内で青葉達はリオンが入院しているという最上階まで上がる。しかしいざ扉の目の前に来きたところで、青葉は彼にどんな態度を取ったら良いのか急に分からなくなってしまった。
リオンと青葉が知り合いだということは、オカルト局の間だけのトップシークレットである。それがふきと田所にばれてしまっては厄介だ。オカルト局という秘密のためにも、リオンとは初対面であることを装わなければいけない。演技力には自信がないが、極力よそよそしく、緊張しているふりをしているのが一番だろう。
田所が病室の扉を軽くノックすると、いつもと変わらぬ甘ったるい声で「どうぞ」という返事が聞こえた。彼の言葉に体を震わせるふきを横目に、青葉は田所に促されるまま病室へ足を踏み入れる。
驚いたことにリオンの入院している病室は、ホテルと見間違いそうなほど豪華な部屋だった。面積が他の個室の二倍以上はあり、患者が快適に過ごせるよう、冷蔵庫やタンスはもちろん、病室だというのにソファーや机まで備え付けられている。床はタイルではなくカーペット、壁は白ペンキではなく壁紙で、青葉が入院していた部屋と何から何まで違った。
ベットは景色が見えるようにか窓際にあり、リオンはそこに右足を吊られる形で横たわっていた。すねに巻かれた太いギブスが痛々しいが、他に目立った外傷はなく、顔色もいいところからみると経過は順調なのだろう。
薄いカーテン越しの日差しがリオンの顔に影を作り、整えられていない髪と相俟ってか、彼はどことなく儚げな雰囲気をまとっている。スポットライトもなく、服装もただの青い入院着だというのに、リオンの美しさと人を魅了するオーラは弱まるどころかさらに強くなっているようにも感じるから不思議だ。
リオンは部屋に入ってきた青葉達にエメラルドグリーンの目を止めると、体を半分起こして軽く会釈した。
「久しぶり」
「あ、ああ……。どうも」
「無事だったんだね。安心したよ」
リオンは純粋にそう思っているようで、嫌味でも営業スマイルでもない太陽のような笑顔を青葉に向けた。元から上がり気味の口角がさらに上を向いている。
死にかけていたとは思えないほど元気なリオンの様子に、青葉は目の前にいる彼が本当は幻でなんではないかと、ふと不安になった。
瓦礫の中に閉じ込められ、リオンは自分を置いて逃げろと必死に叫んでいたのに、青葉はただ泣き喚くことしかできなかった。時間も気持ちも両方とも余裕がない絶体絶命の状況で、本当に彼を助けることができたのだろうか。
今目の当たりにしているのは願望が作り出した幻で、本当のリオンはとっくに死んでいるのかもしれない。
青葉は次の瞬間にはリオンが消えてしまいそうな気がして、急に怖くなった。こちらの様子を伺うようにして見つめてくるリオンの仕草があまりにも悲しすぎて、青葉は耐え切れず涙をこぼした。
「ちょっ、どうしたの」
「だって、だって……。」
さすがのリオンもいきなり泣き出した青葉に戸惑ってしまったらしく、ベットの上であたふたとしている。青葉も泣くつもりはなかったのだが、一旦流れ出した涙は堰を切ったように溢れ出し、いくら頑張っても止めることがかなわなかった。
「ねぇ、僕なんかひどいこと言った?」
「……ちがう。そうじゃなくて……。」
「じゃあ何?」
「なんか本当にリオンが生きているのかどうか不安で」
「はい?」
リオンは呆れた顔をして首をかしげると、「ばかじ……。」と言いかけたが、周りを見て言葉を飲み込んだようだった。
「一体どうして君はそう思うワケ?」
「だって、あんな状況で助かるとは思えないから。瓦礫に閉じ込められて、あたし何もできなくて。今いるリオンが嘘なんじゃないかって気がして」
「……。」
「本当のリオンはもう死んじゃってるんじゃないかって不安なんだ」
「……。君、馬鹿じゃないの?」
そう言うないなやリオンはいきなり青葉の手首を掴み、自分の胸にぐいと押し付けた。
「ほら、ちゃんと触れるでしょ。幻がこんなにはっきりしていると思う?」
「……してない」
押し付けられた手のひらから伝わってくる体温は、彼がちゃんと生きていることを物語っている。リオンは確かに青葉の目の前に存在していた。
「ああ、よかった……。」
青葉は安堵のため息をつくと、彼が本当に生きていることがうれしくて、かえって涙がこぼれそうになった。しかしここで泣いたらリオンに内心馬鹿にされそうなので、ぐっと目の辺りに力を込めてそれをとどめると、反対に彼に向かって笑いかける。漸く笑った青葉を見てリオンも安心したのか、ふっと柔らかい笑みをその整った顔に浮かべた。
「ありがと。助けてくれて」
「あ、ううん。まあ、うん」
「なにモゴモゴ言ってんの?」
「なんか改めて言われると照れるっていうか」
青葉は掴まれたほうの腕を軽く振ったが、リオンは気にしていないらしくそれを胸に押し付けたままである。どうしようかと思い軽く後ろを見ると、ふきが鬼のような顔で、娘に向けるものとは思えない憤怒と憎悪と嫉妬が混ざり合ったような視線を送っていた。気が付いてしまったせいか、背中が軽く痛い。
「あの修羅みたいな顔してる女の人、誰?」
「あれ、あたしのお母さん」
「え!?ほんとに?」
リオンが驚くのも無理はなかった。ふきの横幅は青葉の二・五倍と言っても過言ではなく、顔も脂肪でプロテクトされているから、青葉とは似ても似つかない。一目見て青葉とふきを親子だと分かる人間がいたら、それはもう一種の超常能力者である。
リオンは叫んでから今の発言が失礼だと気が付いたらしく、掴んでいた青葉の手を放り出すと、慌ててふきの方に必殺のスマイルを向けて頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕、浦部芸能プロダクションで芸能活動をさせてもらってます、鏑田緑苑と申します」
「こっこんにちは!青葉の母の大森ふきです。む、む、むぅすめが大変失礼をを!」
慣れた様子のリオンとは対象的に、ふきの挨拶は緊張のあまり言葉にすらなっていなかった。樽のような体を小刻みに震わせながら冷や汗を流し続ける様子は、見ていて可哀想になってくる。
「あっ青葉、早くリオン君に謝りなさい!」
「えっ、なんで」
「だってあんなに体ベタベタ触って、恥ずかしいったらありゃしない!」
「あれは、あたしじゃなくてリオンが――」
「リオン君を呼び捨てにするんじゃありません!!」
ふきは憧れの君を目の前にして、完全に平常心を失っているようだ。或いは青葉を叱り飛ばすことで正気を保とうとしているのか。
「ほら、リオン君怒ってるじゃない」
「いえ、僕は別に」
「すすすっません。こらっ、青葉ったらリオン君に余計な気を使わせて!」
「あ、ああ。ご、ごめん」
「ごめんなさいでしょー!敬語で話なさいよー!」
泡を吹く勢いでまくし立てるふきの後ろで、田所はなぜか「いい話だなー」と言いながらハンカチで目元を拭っていた。誰にも止められないのをいいことに、ふきはますますヒートアップして、青葉の頭を激しく揺さぶる。
「早く謝りなさい!」
「お母さん、痛い。痛いよ!」
「ちょっと、青葉さんのお母さん落ち着いて」
鞭打ちになりそうなほど揺さぶられる青葉を見かねたのか、リオンが助け舟を出してくれた。彼はそのまま「二人で話したいことがあるんで」と、ふきと田所を半ば強引に病室から追い出す。そこまでしてやっと病室は静かになった。
「青葉、首大丈夫?」
「なんとかくっついてる」
「君のお母さん、なんというか、その、キョーレツだね」
彼の言葉を否定する要素はどこにも見当たらず、青葉は無言でうなずいた。
「で、君の体の具合はどうなの?もう平気」
「うん。ほんとはもっと早く退院しても良かったくらい」
具体的な怪我は頬の傷ぐらいだったが、三日間眠り続けていたことを医者が心配し、大事をとって三日ほど余分に入院したのだ。脳に異常がないかどうか気がかりだったのだろう。
「リオンは?足はボキっといったみたいだけど」
「ああこれね。最初は腫れたり熱が出たりして大変だったけど。他に怪我はないし、もうじき退院できるね」
「そっか。良かった」
「また泣き出さないでよね。うっとおしいから」
最後に余計な一言を付け加えるところが彼らしい。普段ならこのあと毛虫を見るような目つきで睨んでくるのだが、今日のリオンはなぜか真顔のままだった。
「青葉」
「な、なに?急に改まって」
「ありがとう」
急にリオンに満開の花のような笑顔で見つめられたので、青葉はムズムズと居心地が悪くなった。いつもふてくされたような態度で接してくるのに、こんなに素直に笑いかけてくるなんて、今日のリオンは何かおかしい。爆発の際に頭を強打したのだろうか。
「あんた、頭大丈夫?」
「なに?お礼言ったのにいきなりそれ?」
「いつもはあたしに笑ったりなんかしないじゃん」
「あのねぇ、命の恩人に対していきなり睨んだりなんかしないでしょ。いくら僕だって、それくらいわきまえてるよ」
「命の恩人なんて、そんな大げさな」
笑い飛ばそうとする青葉を、リオンが真剣な口調で静止した。
「青葉、君には本当に感謝してる。あの時君がいてくれなかったら、僕は木っ端微塵だった」
「でも、あたしなんも覚えてなくて」
「忘れちゃったの?」
「……うん」
リオンは呆れ顔でため息をつくと、乱れた前髪を煩わしそうに右手でくしゃりと掴む。
「僕を閉じ込めてた瓦礫を、君が念動力でぶっ飛ばしたんだよ」
「あ、そうだったんだ」
「ほんとに覚えてないわけ?その後僕の手を引いて出口に向かったことも」
「うん」
「じゃあ逃げる途中で第二の爆発に巻き込まれたことも、当然覚えてないよね?」
青葉がうなずくと、リオンはますます呆れたのか、眉間に深い皺を作って先程よりも大きなため息をついた。彼には悪いが、しかめっ面をしているほうがずっと自然体にみえる。
「ステージから大して離れてない所で、時間切れになっちゃったんだよ。――こうして何とか助かったけど」
「二回も爆発に巻き込まれたのに、良く助かったね、あたしたち」
「念動力のおかげだよ。生存本能に反応して、能力が降ってくるコンクリやパイプを無意識にかわしてくれたんだ。まあ僕の場合は直撃を避けるのが精一杯で、埋もれちゃったけどね。君はちゃんとかわしたみたいだけど、――そのあと力を使いすぎて爆睡か」
青葉は爆発の後目覚めたとき、自分の周りだけ瓦礫が落ちていなかったことを思い出した。偶然で説明できる状態ではないので、リオンの言葉にも素直に納得が行く。
もし青葉が念動力がない普通の少女だったら、最初の爆発で瓦礫の直撃を受けて死んでいたのだろう。一緒にステージの上にいた女性や少女と同じように。
「……あたしたち以外は、みんな死んじゃったね」
「ステージにいた人間はそうだね」
「あたしの力がもっと強ければ、みんな助けられたのかな」
「無理じゃない?いくらなんでも」
「だけど……。」
「超常能力者だって神さまじゃないんだから。今回は自分の身を守れただけでも御の字だよ」
確かにリオンの言うとおりだったが、青葉は自分の無力さが悔しかった。考えても無駄だとは分かっていても、もっと自分に力があればと思ってしまう。
「あたしもう行くね。あんたも疲れたでしょ?」
「青葉……。」
青葉は逃げるように病室を出ようとしたが、リオンに洋服の裾を掴まれてそれを引き止められた。驚いた青葉が振り返るより早く、リオンがはじかれたように頭を下げる。
「青葉……!ゴメン!!」
「なな何?いきなり」
「本当にゴメン!僕が悪かった」
「え?アンタなにかしたっけ?」
「最後にオカ局で会ったとき、僕君に酷いこと言ったでしょ」
リオンに説明されて、青葉はやっと彼に「オカルト局を辞めろ」と言われたことを思い出した。コンサートが始まるまではこれでもかというくらい悩んでいたのに、爆発による一連の騒ぎですっかり忘れてしまっていた。だが思い出した所で、今更リオンに怒りをぶつける気もおきない。
「あー、そんなこともあったね」
「青葉、ひょっとしてすっごい怒ってる?」
「……別に」
青葉はそんなつもりはなかったのだが、リオンは青葉の曖昧な返事の意味を悪く取ったらしく、青ざめた顔でベットの上に身を投げ出した。
「確かに、許してくれなんて虫がいい話だよね」
「別にそういうわけじゃ」
「いいんだよ?罵ってくれても。現に僕はそれだけのことを君にしたわけだし」
「いや、いきなり罵ってくれと言われても。急に悪口なんか思い浮かばないって」
「お人よしだね」
リオンの言葉を最後に会話が途切れ、豪華な病室には外から聞こえる蝉の声だけが響いた。室内は快適な室温が保たれているのだが、暑苦しい蝉たちの合唱とカーテン越しにでも強すぎる日差しのせいで、青葉の額からは汗が滲み出る。何か喋らなければならないという焦りが、余計に汗が流れる原因となった。
「なんで、今更謝ったの?」
これではまるで責めているようだと、青葉は口に出してから後悔した。
「あ、責めてるんじゃなくて。どうして謝ろうと思ったのかなっていうか」
「僕がバカだって気が付いたから」
「バカ?」
「バカだよ、僕は。君に居場所を取られちゃう気がして、一人でびくびくして、君に嫌がらせして。本当はそんなこと全然なかったのに」
リオンはきつく握った両手を見つめたまま、桜色の唇を噛み締めていた。うつむいているせいで顔に深い影が降り、血の気のない彼の横顔は、まるで精巧に作られた石膏人形のように見えた。
「追い出した張本人の僕が言ったらいけないのかも知れないけど、僕はもう一度青葉にオカ局に戻ってきて欲しい」
「だ、だけど」
「僕と一緒に活動するのが嫌なら、僕が出てくよ。それならいいでしょ?」
「ちょっと待ってよ!」
確かにリオンはへそ曲がりでひねくれものの扱いづらい奴だが、だからといって追い出していいはずがなかった。彼は強力な念動力者でオカルト局一番の戦力であるし、なによりありふれた言い方だが、根はいい奴だ。発明兵器を悪用する人間と命がけで戦い、自分の命に危険が迫っても、仲間を先に逃がそうとする。
「ダメだよ!リオンがいなくなったら」
「でも君、僕と一緒にいたくないでしょ?散々嫌なことばっかりして、挙句の果てに追い出そうとした奴だよ」
「でも、いっぱいあたしのこと助けてくれたじゃん。爆発の時だって逃げろっていってくれたし」
「……怒ってないの?」
「足手まといだって言われたのはムカつくけど、あたしが頼りないことは事実だし、しょうがないかなって。いなくなれなんて思わないっての!」
リオンは青葉が話し終わってからしばらくポカンとした後、低い声で静かに笑い始めた。
「青葉はホントにお人よしだね。それかバカだね」
「リオン、謝ったそばからそれ?」
「まあいいや。青葉は戻ってきてくれるし、僕は出ていかないですむし」
「よくない。ていうかあたし戻るなんて一言も――」
「青葉、これからまたよろしくね」
リオンは上目遣いで満開の花のような笑顔を、惜しげもなく青葉に向かって振りまいた。気のせいかかすかにうるんだエメラルド色の瞳が、こちらの瞳を穴が開くほど見つめている。
こんな風に色めいた笑い方をするリオンを青葉は始めて見た。普通の女性ならその美しさに悩殺されてしまう所だろうが、普段の彼を知っている青葉としては気色悪いばかりだ。だいたいどうして青葉にそんな微笑を向けようと思ったのか、その発想からして心配になる。
再び青葉はここにいるリオンが本物かどうか疑わしくなった。爆発の時に異星人や異次元の生物と入れ替わったのではないかという馬鹿げた疑問すら涌いてくる。
「アンタ、ほんとにリオンだよね?」
青葉は渇いた目でリオンの瞳をじっと見返した。