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第25話:嵐の前の静けさ

 

 青葉は昼過ぎだというのに髪もとかさないまま、散らかった床の上に大の字になっていた。

手には「希望進路選択用紙」と書かれたわら半紙のプリントが握られている。

青葉は白紙のままの記入欄を穴が空くほど見つめていた。


 オカルト局を飛び出したのが四日前。

それからなにもやる気が起きず、昼過ぎに起きてはだらだらテレビや雑誌を見る自堕落な生活を続けていた。

当然宿題も手つかずのままで、今では机の上にある小山の一部に成り果てている。


「あーもーっ、やってられっか!」


 青葉はすっかり汗ばんだプリントを部屋の隅に投げ捨てた。

ふきにせっつかれて仕方なく考えていたが、自分の進むべき道など一向に見えてこなかった。

どうせ行く先は八百屋のおばちゃん辺りだろうという諦めにも似た思いが根底にあるからかも知れない。

どんなに頑張ってもオカルト局のメンバーのようにはなれないのだ。


 青葉は自分がオカルト局にいた頃が信じられなかった。

アイドルと財閥の令嬢と政治家の息子というありえない取り合わせ。

ひょっとしたら熱さにやられて見た白昼夢だったのかも知れないとすら思う。

オカルト局という存在そのものも、自らに目覚めた超常能力も、すべて夢の中のことのような気がした。

今の青葉には目に映るしみだらけの天井と、定まらない進路だけが現実だった。


 進路のせいでますますかったるい気分になった青葉が寝返りを打つと、その衝撃で机の上にあった教科書の山がなだれを起こした。

容赦ない教科書の攻撃が、無防備な青葉の顔面を襲う。


「ぎゃー!助けてー!」


 保健体育の教科書の背表紙が額にクリーンヒットし、青葉は悶絶した。

うずくまる青葉をよそに、保健の教科書は涼しい顔をしてページを開いている。

「思春期の心と発達」と題されたそのページは、普段なら絶対に開かないような項目であった。


「もー。コイツはほんとに」


 片付け怠った自分のだらしなさを棚にあげ、青葉が教科書を睨むと、描かれた男の子のイラストと目が合った。

ムカつくことに、彼のくるんと上がった口元がリオンのそれと良く似ている。

青葉は無意識のうちに本に書かれた内容を目で追っていた。


『思春期になると異性への関心が芽生えます。特定の異性が気になり出すのもこの頃です。特定の異性が頭から離れなくなって勉強が手につかなくなったり、またその異性の興味関心を引きたくなって様々な手段を尽くそうとすることもあります。これを恋と――』


「そんなこと習わなくても分かるじゃん」


 習わないと分からない奴は相当の馬鹿だろうと青葉は思った。

この教科書は高校生用にしてはレベルが低すぎるようだ。


「青葉ー。お昼よー。ってアンタ何読んでんの?」


 いきなりふきが部屋のふすまを開け放ち、保健の教科書を読む青葉とばっちり目が合った。


「おっお母さんこれは…!」

「ははーん。青葉もお年頃だもんね〜。色々気になっちゃうもんね〜」


 ふきは妙な誤解をしたらしく、にやにや笑いながら階下に消えていった。


 気まずい昼ご飯を済ませた後、部屋に戻った青葉がケータイを見ると、久しぶりにレミからのメールが受信されていた。

明日一緒にカラオケにでも行かないかという用件である。

レミだけでなく、幸平も来るらしかった。

夏休みに入ってからオカルト局のことばかりだった青葉は、近頃の鬱憤を晴らしたかったのもあり、即座に了解の返事を出した。


 翌日三人は約束した駅前で落ち合うと、何度か利用したことのあるカラオケ屋に入った。

うだるような熱さの外とは違って、ボックスの中は寒いくらいに冷房が効いている。

ドリンクバーでソフトドリンクを用意した後、まずは幸平から歌い始めた。

太っているせいか、声が響いてなかなか上手である。

 

 幸平が歌い終わると、次はレミがリオンの曲を歌い出した。

テレビの液晶画面に彼の踊っている姿が大写しになり、青葉は思わず仰け反りそうになった。

レミは画面のリオンに熱い視線を送り、時折手を振っては喜んでいる。


「きゃー!リオン君カッコいー!!」

「何がきゃーだよ。こんな奴のどこが良いんだか」


 青葉は幸平の言葉に心の中でうなずいた。


「テレビじゃ王子様気取ってっけど、コイツ絶対性格(わり)ぃよ。なんか滲み出てるもん」

「ちょっと幸平君!リオン君の悪口いわないでよ」

「いや、ぜってーそうだって。あんな顔して裏じゃ何やってるか分かんないぞ」

「ヒドイ!自分がイケメンじゃないからって」


 遠まわしにブサイクと言われた幸平は大きなショックを受けたようだった。


「幸平君は分からないだろうけど、青葉なら分かるよね?リオン君の素晴らしさが」

「あー、うーん。まぁ……。」

「えー、何その反応。こんなにカッコ良い男の子テレビでも中々いないよぅ?」

「カッコ良いのは分かるんだけどさ」

「あーあ。一度で良いから、二人で会って見たいな。そんで名前なんか呼ばれちゃったりしたらもう!キャー!死ねる!」


 レミは曲をほったらかしに自分の世界に入り込んでいた。

ふきと同レベルまでには至らないが、彼女もなかなかリオンにのめり込んでいる。

きっとレミのようにリオンに恋焦がれる少女は全国に数え切れないほどいるのだろう。

彼は手の届かない存在、まさしくスターなのだ。


 リオンと知り合いだったと言ったらレミはどんな反応をするだろうかと青葉は思った。

きっと笑って、冗談ではないと分かったらこちらの頭の具合を心配するだろう。

黒目がちな瞳をくるくるさせて心配するレミの姿が思い浮かび、青葉は笑いをこらえる。

だが急に寂寥感が胸に涌いて、青葉はリオンの映るテレビ画面から目をそらした。


 三時間のカラオケの間中、レミはリオンの曲ばかり歌っていた。

青葉は彼の曲がかかるたびにやるせなくなり、気晴らしどころかかえってストレスが溜まる一方だった。

気分が落ち込むのは、まだオカルト局に未練があるからだろう。


 オカルト局を辞めたことは後悔していないといえば嘘になる。

しかし自分のせいで発明兵器を悪用する悪人共を取り逃がしてしまうのいうのなら、それでも良かった。

リオンの言葉を思い出すと腹が立つが、彼の言ったことは悲しいかな的を得ている。

能力的にも存在的にも、オカルト局は釣り合いの取れない所だったのだ。

青葉は意外に諦めの悪い自分に驚くと共に、早く忘れてしまおうと決意を固めた。


 しかし青葉のした決意は、すぐに打ち砕かれることとなった。

家に帰って玄関の扉を開けるなり、大音量のリオンの曲が耳に飛び込んできたのである。

唖然とする青葉をペンライトを握ったふきが上機嫌で出迎てくれた。


「お母さん、どうしたのコレ?」

「振り付けの練習に決まってるじゃない。リオン君のコンサートまであと一週間しかないのよ」

「……。そっか。頑張ってね」


 そそくさと二階に上がろうとする青葉の腕を、ふきががっしりと捕まえた。


「ちょっとアンタ。どこに行く気?」

「どこって、自分の部屋ですけど」

「ダメよ!アンタも練習するんだから」

「えっ、なんで!?」

「アンタもう忘れたの?今年の東京公演はお母さんと一緒に行ってくれるって言ったじゃない!!」


 青葉はそんなことをがあったものだろうかと、必死に記憶の糸を手繰り寄せた。

おぼろげながらそれと思わしき出来事が蘇ってくる。

確か四月頃、あんまりふきがしつこく誘うものだから根負けして了解したのだ。

あんまり昔のことだから、青葉はすっかり忘れていた。


「そんなことあったっけ?」

「あったわよ!」

「ごめん。やっぱりなしにしちゃだめ?」

「何言ってんのよ!もうチケット取っちゃったわよ!この親不孝者。せっかく楽しみにしてたのに……。」


 ふきはわざとらしくエプロンの裾で目元を押さえながら泣き崩れて見せる。

もう一度断ったら今度は逆上するのだろう。

青葉は面倒くさいからといって安請け合いをするものではないと後悔した。


 抵抗を諦めた青葉はペンライトを握らされ、居間に連れて行かれた。

居間はいつになく片付けられており、壁には歌の歌詞がそこら中に貼り付けられている。


「さあまずはこの曲の振り付けからよ!」


 古いステレオが張り裂けんばかりにイントロを流し始める。


「お母さんの動きを良く見て踊りなさい」


 ふきはビア樽のような巨体にもかかわらず、見事にダンスを踊っていた。

青葉もペンライトをふりふり動きについていく。


「ほら!そこはもっと腕を振るの!」


 ふきによる熱く厳しい指導は夜遅くまで続いたのだった。




―――――




 山之辺健治が最初にリオンの存在を知ったのは五年程前のことだった。

山之辺がまだ浦部芸能プロダクションに所属していた頃のことである。

事務所の廊下で偶然すれ違った彼は垢抜けない少年で、一風変わった目と髪の色が悪目立ちしていた。

なぜこんな野暮ったい少年が事務所にいるのだろうと山之辺が訝しがったくらいだ。

風の噂で彼がアイドル志望者だと知った時は、なんて身の程知らずだろうと思った。


 かくいう山之辺も、かつてはアイドルを目指してこの事務所に入った。

整った顔立ちと巧みな喋りで学校中の人気者だった山之辺は、自分ならアイドルになれるという自信があった。

しかし現実は思うように上手く行かない。

十六の時に事務所に入り、十八歳で何とかデビューにこぎつけたものの、鳴かず飛ばずでいつの間にか二十歳を越えていた。

その辺りから急に仕事が来なくなり、地元衣料品店のチラシのモデルなど、パッとしない仕事ばかり与えられるようになっていた。

そこで見切りをつけ、少し遅いながらも大学に行ったり就職するなりすれば良かったのかもしれない。

しかしアイドルの夢を諦めるのは、山之辺のプライドが許さなかった。


 山之辺は自分のことをダイヤモンドの原石だと思っていた。

だからそのうち素晴らしい才能が開花するし、自分を追い抜いて行った軟弱な後輩共に負けるわけがなかった。

山之辺は自らのプライドのためにアイドルの椅子に拘り続けた。


 だが三十手前になっても人気が出るどころか仕事は来なくなるばかりで、事態は一向に好転しなかった。

挙げ句山之辺とは対照的に、あの野暮ったい少年はぐんぐんとその頭角を現し始めていた。

容姿も周りの手によって磨かれ、事務所に入ってきた頃とはまるで別人のようになっていた。


 山之辺は後輩の一人から、あの少年――リオンが異例の早さでデビューすることを聞かされた。

しかもデビュー前だというのに、もうファンがつき始めているという。

社長も「リオンは我がプロダクション始まって以来の逸材だ」と手放しで褒めているらしい。

山之辺は歯軋りした。


 リオンがデビューするのとほぼ同じ時期に、山之辺は事務所を放り出された。

「もう諦めろ」というのは、かつてマネージャーだった男の台詞だ。

山之辺のプライドは打ち砕かれた。


 今から再出発しようにも、三十手前の山之辺にろくな仕事はなかった。

今までもそうしていたように、山之辺はバイトに明け暮れた。

かつての後輩たちがスタジオや舞台の裏方の仕事を回してくれたが、表のステージで輝いている主役たちを見る度に余計に惨めな気持ちになった。


 一方のリオンはデビュー直後のCMをきっかけにブレイクし、今やドラマやバラエティーにも出演するようになっていた。

彼は出演の機会があるたびに人目を引き、着実に人気を増やしていく。

リオンはデビューしてたったの一年で、山之辺が喉から手が出るほど欲しかったトップアイドルの椅子を手に入れた。


 山之辺はテレビ画面に映るリオンのが憎くてたまらなかった。

学校中の人気者だった自分がおちぶれて、みすぼらしかった彼がトップアイドルになるなど許せなかった。

リオンが手にしている地位は、本当は山之辺の物になるはずだった。

山之辺には自分が手に入れるはずだった場所をリオンが奪っていったように見えた。


 自尊心と希望を失った山之辺は段々自暴自棄になり始めた。

酒とタバコに溺れ、稼いだ金はパチンコに消える。

女子の憧れの的だった整った容姿は見る影もなくなり、醜く堕落した中年になり下がった。


 山之辺が人生の坂を転がり落ちるのと反比例するように、リオンはますます成功していった。

彼はデビューして僅か三年、たったの十六歳で、アイドルとして不動の地位を築いていた。

十六歳は山之辺が芸能事務所に入ったときの年齢である。

その年でリオンはアイドルとしての頂点に登り詰めたのだ。


 今をときめくトップスターと、片やみすぼらしいフリーターの自分。

あの垢抜けない野暮ったい少年は、どうやって頂点の椅子を手に入れたのだろう。

山之辺の自己嫌悪と人生への閉塞感はそのままリオンへの憎悪に摺り変わった。

リオンが自分の運と人生を奪ったのだと根拠もなく思い込んだ。

リオンさえいなければ山之辺は今頃成功していたのだ。

自分が惨めで先のない人生を送っているのは、全てリオンのせいだった。


 やがて山之辺の心のうちに、歪んだ復讐心と殺意が湧き上がった。

一般人の彼にできる抵抗はたかが知れていたが、何かせずにはいられなかった。

山之辺はインターネットで様々な掲示板サイトを巡ると、リオン関連のトピックスに悪口を書いて回った。

奴の悪行を人々に知らしめるべく活動にいそしんだが、賛同してくれる人間はおらず山之辺は落胆した。

愚かな民衆はきっとマスコミに洗脳されてリオンの本性に気が付かないのだろう。


 だがある日、山之辺の書き込みに賛同者が現れた。

大賢者と名乗るその人物は山之辺の主張に耳を傾け、一緒にリオンに対して憤ってくれた。

彼は他の愚かな人間共とは違う。

そう思った。


 大賢者と意気投合した山之辺は、チャットを通じて日に日に彼と親密になった。

そしてある日大賢者はチャットで言った。

――リオンを殺す良い方法を知っていると。


 この世には、摩訶不思議な仕組みで爆発する爆弾があるという。

その爆弾の仕組みは科学的に証明されていないから捕まることもない。

大賢者はその爆弾の作り方を知っているというのだ。

山之辺はその言葉をにわかには信じられなかったが、もし本当なら願ってもないことだった。


 山之辺は大賢者にメールで指示された通りに爆弾を作り上げた。

火薬を一切使わない金属の歯車だらけの爆弾は、それは素晴らしいものだった。

半信半疑ながら川原で実験すると、爆弾は巨大な土煙を上げて爆発した。

大賢者によれば作り方しだいで威力が調節でき、簡単な時限装置も付けられるという。


 リオンを殺す方法は決まった。

後は場所と時間である。

どうせなら派手で人目を引く方法が良い。


 近くリオンが東京の大ホールで年一番のコンサートを開くことは知っていた。

予定されている観客動員数は一万人。

あつらえたかのような最高の舞台である。


 山之辺は久しぶりに後輩に電話した。

リオンのコンサートのスタッフにしてくれと頼むためだ。

大きなコンサートのため人手はいくらでもいるらしく、多少の経験があった山之辺はすぐにバイトとして雇ってもらえた。


 さてとっておきの爆弾をどう料理してやろうか。

山之辺は久しぶりに大声で笑った。

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