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第24話:保健の教科書

 

「分かった。あたし、オカルト局辞めるわ」


 青葉はあっけなくそう言った。

リオンが思ったほど彼女はオカルト局に執着心がなかったらしい。


「今までありがと。たくさん助けてもらったよね」


 笑いながら彼女はベリーショートにした髪を掻く。


「さよなら」


 青葉は一言でリオンとの別れを済ませると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

所詮その程度にしか思われていなかったのだろうと、散々彼女のことで頭を悩ませていたリオンは少し悔しくなった。


 青葉と出会ってから、特にここ最近は、リオンの頭の中には常に彼女がいた。

腹が立つのでなるべく考えないようにしていたが、ボーっとしているといつの間にか青葉の幻が頭の中に巣食っている。

なぜ青葉ばかり才能に恵まれているのか。

青葉のせいでオカルト局を追い出されるのではないか。

二つの思いとそれに絡まった嫉妬や憎悪が、リオンの頭の中をぐるぐると巡り、やがて「青葉なんかいなくなればいい」と言う結論を下す。


 リオンは日々彼女の幻想に悩まされ、自分の中に募っていく負の感情に耐え切れなくなっていた。

青葉さえいなくなれば醜い自分の感情から逃げられると思った。

しかし彼女を追い出したというのに、心の中には何か煮え切らないものが残っている。


 リオンの中にこれまでに見た青葉の姿がぼんやりと浮かんできた。

何度も会ったというのに、脳内で構築された青葉の幻はなぜか全て怒った顔をしていた。

いつも怒らせていたからだろうが、笑い顔が思い浮かばないことが少し悲しかった。

だがこれからは怒った顔すら見ることはないのだろう。

トップアイドルと平凡な女子高生が出会う機会などあるとは思えない。


 リオンが感傷に浸っているうちに、数日前彼女が誠治と一緒にいた光景が蘇った。

胸に苦々しいものがこみ上げたが、そのの正体が分かないことが、さらにリオンを不機嫌にさせた。


「リオン、一体これはどういうことだ」


 大きな音と共に、金治がノックもせず会議室の扉を開けた。

後ろには月音も誠治もいる。


「ちょっ、急に開けないでよ。マナー悪いな」

「青葉がオカルト局を出て行った。お前何か言ったんじゃないだろうな」


 確かに青葉にオカルト局を辞めるようけしかけたのはリオンだったが、端から疑われるとなると、さすがに気分が悪かった。


「いきなり僕を疑うわけ?もしかしてアオバカが僕の悪口言ったとか?」

「青葉は何も言うとらん。ただオカルト局を辞めると言って出て行った」

「じゃあなんで僕を疑うのさ」

「それはお前が青葉のことを……」


 金治は言いにくそうにして言葉を濁したが、言わんとすることは誰の目にも明らかだった。

すぐに分かることをわざわざ曖昧にする金治の態度がリオンの癪に触った。


「僕が青葉のこと嫌いだからって、はっきり言えばいいじゃないか。事実そうだし」

「リオン、お前……。」

「今更驚くなよ。最初から分かってたことじゃねーか」


 今更気が付いたのだとしたら、金治の両目は節穴だとリオンは思った。

それとも気づかないふりをしていれば青葉と仲良くするとでも思っていたのだろうか。

腹立ち紛れに、リオンは金治に言ってやった。


「きんじぃの言うとおりだよ。青葉が辞めるように仕向けたのは俺だから」


 疑ってきたのはそちらだと言うのに、金治は酷く驚いていた。

ああは言ったものの、内心ではリオンを信じてたのだろうか。


「なぜそんなことをしたんだ」


 金治の声は静かだったかが、隠しきれない怒りが篭っているのが分かった。


「だってアイツうぜぇんだもん。途中から出てきたくせに」

「そんな理由で追い出したのか」

「そうだよ。そんな理由だよ」


 顔面蒼白のまま小刻みに震える金治見て、リオンは改めて青葉に対する嫉妬心が涌いた。

たった二週間仲間だっただけなのに、こんなにも大事に思われてるなんて。

居場所を取られると戦々恐々としていたが、何のことはない、青葉がオカルト局に入った時点でリオンの居場所は既になかったのだ。


 リオンは急に馬鹿らしくなって、笑いながら金治に問いかけた。


「どーせ辞めるなら、俺が辞めれば良かったって思ってるんだろ」


 一瞬間金治の動きが止まった。


「何を言うんだリオン!」

「分かってるんだよ。こんな俺にチヤホヤするのは戦力になるからだろ?そりゃあ素直で可愛い孫が戦力になるんなら、そのほうがいいよな」


 金治と誠治は絶句していた。

月音だけが表情を変えないままである。


「ほら、早く俺を追い出せばいいだろ?そんで出て行った青葉を早く追いかけろよ!」


 リオンはその長い足で重たい木製テーブルを蹴り上げた。

テーブルはいとも簡単に上下逆さにひっくり返る。

こんなに腹が立ったのは久しぶりだった。

青葉に腹を立てているのか、それとも金治たちに腹を立てているのか。

それさえも分からない。


「リオン君、どうしちゃったんですか」

「ルセーな。この腹黒!」

「リオン殿それは……!」

「黙れよこの豚!大人しく青葉追っかけてろ。そんでそのまま秋葉原でデートでもしてろよ!」


 握り締めた拳を思い切りソファーに叩きつけた。

沈黙が会議室中に広がる。


 しばらくしてその沈黙を破ったのは月音だった。

月音は立ちすくむ金治と誠治を追い出すと、堅く扉を閉め、リオンの真向かいに腰を下ろした。

真っ直ぐ射抜くような視線ではあるが、表情はいつもと変わらず穏やかなままである。


「随分冷静だね。驚かないの?」

「知っていることを聞かされても、人間て驚かないんですよ」


 月音の台詞に、逆にリオンが驚かされた。


「何で知ってんだよ!誰にも言ってねぇぞ」

「あらリオン君、私に読心能力があること忘れちゃったんですか?」

「それは知ってるけど……。」


 目を合わせていると全て心が見透かされてしまうような気がして、リオンは微笑んでいる月音から視線をそらした。

しかしいくらリオンの内心を知っていたからといって、あんな酷いことを言われても眉一つ動かさないとは、月音の肝の座りように改めて驚かされた。


「つくね、怒ってる?」

「いいえ」

「なんで怒らないの?俺結構酷いこと言わなかった?もしかして、俺ごときになんて思われようと構わないとか?」

「違います」

「じゃあなんで?」

「貴方を信じているからです」

「はぁ?」


 信じていたら、なおさら裏切られたと怒るのが人情というものではないだろうか。

「意味が分からない」とリオンは一人ごちて、月音に背を向ける。

そんなリオンに月音は怒ることもなく、静かな口調で淡々と話かけた。


「リオン君、貴方はこれまで他人から酷いことをされすぎました。人間全てが信じられなくても、敵に見えても今の貴方には無理のないことです」


 リオンは半分だけ月音の方に顔を向けた。


「だから仕方ないって?」

「いいえ。貴方に信じてもらえないことはとても悲しい。だけどリオン君は優しくて強い人です。今人が信じられなくても、女の人が大嫌いでも、いつか治ると思ってますから」

「一生君を信用しないかもよ」

「いつか信じてくれると信じてますから」


 月音の言葉に嘘がないことは経験上から分かった。

「信じてくれると信じている」なんて台詞を本人の前で堂々といえるのは、それだけ自分の言葉に自信があるからだろうか。

リオンは月音が自分を信じてくれていることに嬉しさを感じると共に、申し訳ない気分にもなった。


「それからリオンさん、ちょうど良い機会だから言っておきます。貴方最近、自分が赤マントみたいになるんじゃないかって悩んでるようですけど、そんな心配する必要ありません」

「……どうして?」

「貴方は自分が思っている以上に素直でたくましい人間です。あんな人間とはまるで違います。もっと自分に自信を持ってください」


 生まれつき備わっている読心能力と鋭い洞察力により、月音はリオンが何に悩んでいるのかをとっくに見抜いていたのだろう。 

彼女の言葉はリオンの心を蝕んでいた黒い不安を打ち消すのに充分であった。


 思えばリオンは今までに何度も月音によって救われてきた。

リオンが母親に育児放棄と暴力を受けているのを最初に気付いたのは月音だったし、アイドルという職業に就いたきっかけを作ったのも月音だった。

いや、リオンを救ってくれたのは月音だけではない。

リオンと向き会おうとしない父親の代わりを果たしてくれたのは金治だったし、誠治は暇を見ては勉強を教えたり、遊びに連れて行ってくれた。


 彼らがリオンを追い出すような人間でないことは、落ち着いて考えればすぐに分かる。

リオンは今更ながら自分の言ったことを後悔し始めた。

散々自分のために心を砕いてくれた仲間たちに酷い仕打ちをしてしまった。


「僕、なんて酷いこと言ったんだろうね。二人とも許してくれるかな」

「許してくれますよ。二人とも貴方が本心から言ったわけじゃないと分かっていますから」


 リオンは自分が情けなくて涙が出そうになったが、ぐっと上を向いてこらえた。


「さて、これで私たちのわだかまりは解けたとして、問題は青葉さんですね」


 月音の表情が急に厳しくなったのを見て、リオンの胸がかすかに痛んだ。


「リオンさん、なんで青葉さんを追い出したりしたんですか」

「つくねならもうお見通しなんじゃないの?」

「そうかもしれませんけど、直接あなたの口から理由を聞きたいんです」


 青葉を遠ざけた理由を月音に向かって言うのは、さすがのリオンも気がひけた。

先ほどは苛立ちにまかせてぶちまけてしまったが、冷静になった今ではそれも難しい。


 リオンはいたずらを弁解する子供のような口ぶりでとつとつと喋り始めた。


「だって、アオバカの奴ムカつくんだもん。新入りのくせに僕に突っかかってきて」

「それはリオン君から喧嘩を売ってるからじゃないですかねぇ」

「で、でも……。」


 確かに月音の言うとおりであった。

青葉はリオンの攻撃にいちいち反撃してくるとはいえ、自分からこちらに向かってくることはなかった。


「だけど、アイツどんどんオカ局でのさばってきて、なんか僕追い出されそうな気がして」

「今話して分かったと思いますけど、皆貴方を追い出そうと何かしていないでしょう?リオン君がオカ局のメンバーなのはただ力があるからじゃなくて、皆の大切な仲間だからなんですよ」

「……。それにアオバカの奴、僕が苦労したことすぐにできるようになって……。腹が立って……」


 リオンの言い分を聞いた月音は目を伏せ、しばらく考えてから答えた。


「だけど貴方も周りから見れば似たようなものじゃないですかね」

「どこが?」

「たった16でトップアイドルと呼ばれるくらいの実力を身に付けて。血の滲むような努力をしても貴方の足元にも及ばない人達がいるのはよくご存知でしょう?」

「それは……。」

「青葉さんだって、貴方のことそう思っているんじゃないでしょうか」

「……。」


 リオンは黙りこくった。

口に出して見れば、リオンの青葉に対する負の感情なんて笑い飛ばしてしまえるくらい下らないものだった。

そんな馬鹿げた理由で青葉を傷つけ追い出したのか。

しかしリオンは自分が青葉に抱いていた感情はそんなちっぽけなものではない気がした。


「だってほんとに見てると腹が立つんだよ。アイツ」


 リオンの口から出る言葉は月音に対するものではなく、自分自身への言い訳だった。


「見てるだけでもムカつくのにさぁ。最近あの馬鹿のことが頭から離れなくて、ボーっとするといつの間にかアオバカのこと考えてるんだよ。それがどうしようもなく腹が立ってさぁ」

「青葉さんのことばかり考えてしまうのですね?」

「……。まぁね。そのくせアイツは僕のことなんか全然興味ないみたいで。天下のアイドルリオン様とお知り合いになれたっていうのに、もう少しはしゃいだっていいんじゃないの?」

「まぁそういえばそうですけど」

「そのくせきっちり誠治とは仲良くしてんだよ。ありえないね。なんで僕と仲よくする前に2次元世界の信望者と仲良くしてるワケ?」


 帝東大学での出来事を思い出し、リオンは再び青葉への怒りを募らせていった。

リオンとは一緒に帰ることも渋るくせに、誠治とならあんなに嬉しそうに二人きりになるのだ。

できることならあのときに戻って二人の間に邪魔に入ってやりたかった。


「じゃあリオン君は青葉さんにもっと関心を持ってもらいたいのですね?」

「まぁそんなとこじゃないの」

「聞きたいんですけど、貴方はどうして青葉さんに興味を持ってもらいたいのですか?」


 いきなり突っ込んで聞かれても答えられるはずがなかった。

リオンはただ青葉に興味を持ってもらえれば良く、逆に言えば彼女に興味を持たれないことが嫌だった。

なぜそう思うのか漠然とした理由はあったが、具体的な答えは用意してなかった。


「青葉が、キライ、だからかな……?」

「青葉さんが嫌いだから興味を持って欲しいんですか?だからいつも頭から離れないんですか」

「そうじゃない?」


 リオンが答えるとほぼ同時に月音は空気を噴き出すと、次の瞬間には大声で笑い出していた。

普段はにっこりと微笑む程度にしか笑わない月音が、顔を真っ赤にして笑い転げている。

リオンは目の前の光景に珍しさを感じたが、笑い者にされてあまり良い気分はしなかった。


「ちょっと笑わないでよ」

「す、すびばぜん。あ、あまりにも面白かったもので」

「どこが?」

「だってリオン君不器用……!てゆうか鈍くて!ほんともうなんか……!」


 月音は息も絶え絶えにそう言うと再び笑い出してしまった。

床に転がる彼女を眺めつつ、リオンは月音の笑いのツボに首をかしげる。

月音は漸く起き上がると、喉をぜーぜーいわせながらリオンに言った。


「リオン君、青葉さんに振り向いて、いえ興味を持ってもらいたければ、今すぐ謝ってそれから嫌がらせを止めたほうがいいですよ」

「で、でも……。」

「早くしないと興味を持ってもらうどころか、存在自体忘れられちゃいますよ」

「!!」


 絶望的な顔をするリオンに、月音はしたり顔で一言付け加えた。


「それから貴方は保健体育の教科書にある『思春期の心と発達』の所を読むことをお薦めします。」


 リオンが「馬鹿じゃないの」と言う前に、月音はまた腹を抱えながら笑い出してしまった。

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