表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/41

第22話:学歴は人のためにあれど人は学歴のためにあらず

 

 金治から第三の事件が起こったと連絡を受けて、青葉と誠治は車の中に戻った。

青葉の予想通り、被害にあったのは都内の名門私立高校であった。

前二件と同様、校舎の中央を両断する手口である。

さすがに世間も日に三度も似たような事件が起きれば、それが人の作為によるものだと疑ってくる。

しかし肝心の方法が分からず、ラジオのニュース番組では宇宙人の仕業だと主張する専門家まで現れる始末だった。


「いよいよというところですね」

「我々も動かねばならんな」


 車内の士気は当然に高まる。

青葉も気分の高揚と緊張を覚えていたが、心の奥底にある疎外感は隠しきれなかった。

自分には仲間の資格があるのかという疑問が、青葉の片隅に巣食う。

しかし今は第四の犯行を阻止し、犯人を捕まえることが先決である。

青葉は疑問と疎外感を無理やり忘れることにした。


「今度こそ、犯人を捕まえなきゃ」

「大賢者に関する情報は、今の所ほぼゼロですからね」

「西田好美の持ち物から、何か分からなかったんでありますか」

「うちでケータイの中身を調べたのですが、何も。ただ西田好美は自分でターゲットを選んで、そのターゲットに関する情報を、大賢者がメールで提供していたみたいです」


 金治が口元に蓄えている髭をさすり、うめき声を上げた。


「いくら有名人の情報でも、そう簡単には集められまい。大賢者は探偵か何かか」

「大賢者自身のことは、不自然なまでに残っていませんでした。意図的にそうしたのかもしれません。西田好美はどうやって大賢者と接点を持ったのか、その線から今当たっています」


 話の内容からすると、月音は独自の調査網を持っているらしい。

探偵を雇っているのか、それとも星見院グループに調査関連の部署があるのか。

どちらにせよ、月音の感覚が一般人のと違うのは間違いない。


「情報を吐かせるためにも、今回は失敗できませんね」


 月音の言葉に、一同は力強くうなずいた。


 作戦会議の結果、青葉達は二手に分かれて高田講堂周辺を見張ることになった。

大学全体を見張れれば一番良いのだが、人数が少ない上に敷地が広いため、狙われる可能の高い所を重点的に当たるしかない。


 青葉は誠治と共に講堂の裏手を担当することになった。

見つからないよう講堂の周りにある街路樹に隠れながら様子を伺う。


 青葉達はしばらく様子を伺っていたが、変わったことは何もなかった。 

日が落ちてキャンパス内は暗くなったが、アスファルトから立ち昇る熱気は治まらない。

見ると、誠治が両手をばたつかせて暴れている。

両腕を掻きむしるところから察するに、蚊柱にたかられているのだろう。

帝東大学には敷地内に池と雑木林があるため、蚊が異様に多いのだ。

太っている人は蚊に刺されやすいと知っていた青葉は、心の中で誠治に合掌した。


 高田講堂の表側に張りこんでいる月音達からも何の連絡がないまま、辺りは完全に夜になった。

人通りもほとんどなくなり、鈴虫の涼しい声だけが高田講堂と青葉達を包む。

青葉はこのまま犯人が大学に来ないかもしれないと弱気になった。

犯人がここに来なければ、青葉達は犯人を捕まえる術を失う。

青葉は夏の瑠璃色の空に、犯人が来てくれるよう祈った。


 青葉の祈りが通じたのか、ケータイに月音から着信が入った。

不審な人物が、高田講堂の前を通り抜けたという。

青葉は息を潜め、その不審者が目の前に出てくるのを待つ。


 一分と経たずに件の不審者であろう人物が、青葉の目の前に現れた。

予想に反し、ごく普通の中年女性であった。

暗くてはっきりとは分からないが、年は五十くらいであろう。

一見大学の講師のように見えるが、自信なさげな足取りは彼女が部外者であることを示している。

女性はキョロキョロと周りを確認すると、大きめの手提げ袋から何やら黒い塊を取り出した。

女性は講堂の中央を通る道の真ん中まで来ると、しゃがみこんで黒い塊をいじり始める。


「コラー!!何してるだー!!」


 誠治が慎重さもへったくれもなく、女性に向かって飛びかかった。

大柄の男がいきなり躍り出てきたら、誰だって驚いて逃げるだろう。

当然女性も「ギャア」と一声叫んでその場から駆けだした。

誠治より冷静だった青葉は、あえて後を追いかけず、女性が置いて逃げた黒い物体Xを調べてみる。

黒い物体はL字型をしており、誠治に渡された資料に載っていた発明兵器そのものだった。


「アイツが犯人か」


 青葉は女性が逃げた方向を見やる。

中年女性と肥満青年の追いかけっこなどたかが知れており、青葉が走るとすぐに追いついた。

しかしいくら中年女性といえども、大の大人を捕まえるには骨が折れるだろう。

何より西田好美の二の舞にはしたくなかった。


 青葉は立ち止まると、道沿いにある植え込みの方へ手をかざす。

すると土と低木がごっそりと浮き上がり、逃げる女性の前に立ち塞がった。


「やだ!な、何なのよコレ!!」


 まだ逃げるのを止めようとしない彼女の周りを、土と木の混ざり合いがぐるぐると回る。

もちろんこの奇怪な現象は青葉の超常能力によるものだ。

犯人を確実に捕まえるために考えていた、とっておきの作戦だった。


 必死に編み出した作戦が上手く行ったのか、行く手を阻まれた女性はその場に座りこんだ。

誠治が文字どうり彼女の首根っこを掴んで身柄を確保する。


「あんたたち、一体何のつもりよ」

「東大を守るつもりであります!」


 誠治の言葉に、女性はみるみる顔色を失っていった。

彼女は口を金魚のようにパクパクさせていたかと思うと、急に胸の辺りを押さえてうずくまる。


「し、心臓の発作が……。」


 青葉は単なる言いわけだと思ったが、ますます悪くなる彼女の顔色を見て、ただ事ではないと分かった。

地面に倒れた女性の背中をさすりながら、ケータイで救急車を呼ぶ。

また西田好美と同じことになるのではないかと不安がよぎった。


 幸い近くに消防署があったらしく、救急車は五分とかからずやってきた。

救急隊員に誰かが付き添うよう頼まれたため、誠治がその役割を負うことになった。

誠治は東大生であり、もし帝東大学にいた理由を聞かれても困らないからだ。

誠治に搬入先の病院から連絡をもらうと、青葉達は金治の車でそこに向かった。


「なんで発明兵器使う犯人って、捕まえるとどうにかなっちゃうんだろう」

「発明兵器で生命力をすり減らした挙句、私たちに捕まって動揺するからじゃないでしょうか」


 青葉達が通夜のような雰囲気で病院に着くと、誠治が待合室で手を振っていた。

蚊に刺されたのか、ハムのような二の腕には赤い水玉模様が浮かんでいる。

誠治により青葉達は例の女性のいる病室まで案内された。

どうやら彼女――尾崎幸恵というらしい――の心臓の発作は軽いものだったらしく、意識もあるし話しもできるという。

その言葉を聞いて、青葉はほっと胸をなで下ろした。


 病室に入ると、尾崎幸恵がベットの上で半分体を起こし、こちらを睨んでいるのが見えた。

顔色はまだ悪いが、睨む元気があればもう大丈夫だろう。

無造作に束ねた髪があちこち乱れているせいか、先程よりも年が行っているように感じる。

尾崎幸恵は軽いとはいえ発作を起こした直後にもかかわらず、いきなりがなり立ててきた。


「あんたたち、一体何なのよ。なんもしてないワタシをいきなり追い掛け回して!治療費はそちらで払ってもらいますからね」

「おやおや、私どもは発作を起こした貴方を助けて差し上げたつもりなんですがな」


 興奮する幸恵に対し、金治は冷静なままである。


「それに貴方のしようとしたことは、こちらには全てお見通しなのですよ。なぜ学校を破壊して回っていたのか、その訳をお聞かせ願いたい」

「な、何言ってんのよ。ワタシは何もしてませんから!」


 修羅のような眼光で威嚇する幸恵を制するように、月音が菩薩のような笑みをこぼした。

手には黒い物体Xこと塹壕制圧が握られている。


「これ、貴方が倒れた近くで拾ったんですのよ。面白い形してますよね」


 月音は塹壕制圧の先端部分を幸恵に向けた。

途端に幸恵の顔色がまた悪くなる。


「あら、こんな所にボタンがありますわ。押してみましょうかしら」


 月音の手がボタンに触れようとした時、幸恵が「やめて!!」と大声を出した。

月音の微笑が、菩薩から悪魔のそれへ変化する。


「なんだ、貴方コレが何だか知ってるじゃありませんか。どうしてしらばっくれたんです?」

「いいから、その(ブツ)をこっちに向けないでちょうだい!」

「それは貴方の態度次第ですね。なぜこの物を使って学校を破壊して回ったのか、それを答えてくれれば考えてもいいですけど」


 月音は明らかに面白がっていた。

金治と誠治は敵であるはずの幸恵に向かって気の毒そうな顔をしている。

青葉も彼らと同じ感想を抱いていたが、彼女がなぜ犯行に及んだのか知りたかったため、あえて何もしなかった。


 幸江は結婚指輪をしているし、身なりや雰囲気から考えても主婦であることに間違いない。

学歴という格付けから離れて久しかろう幸恵が、どうして犯行に至ったのか。

おまけに彼女が壊した学校には男子校も含まれている。

青葉にはとても動機を推測することができなかった。


 幸江は月音に発明兵器を突きつけられ、小刻みに唇を震わせていた。

恐怖が頂点に達したのか、それとも自分のしたことに耐えられなくなったのか、やがて彼女はヒステリックに泣き叫び始めた。


「だって、だって息子があまりにも不憫だったんだもの!!」


 堰を切ったかのように、幸恵の両目から涙が溢れ出す。

青葉は彼女の言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげた。


「むすこぉ?息子と学校壊すのと何の関係があるんだ」

「だってあの子、お受験にも失敗して中学受験にも失敗して……。そのせいでとんだろくでなしになっちゃったのよぉ!!」

「はあああ?」

「健治が落ちこぼれになったのは、受験に失敗したせいなのよ!!」


 察するに、健治とは受験に失敗して落ちこぼれになった息子の名前だろう。

幸恵は興奮し、ベットの毛布を手繰り寄せておいおいと泣いている。


「つまり、貴方は息子の受験が失敗したのを逆恨みして、学校を壊して回ったんですね」

「違うの!健治は受験を失敗したんじゃなくて、人生を失敗したの!!」


 ついに幸恵はこちらに向かって怒り始めた。

幸恵の体は病気のせいなのか鶏がらのように細いが、それでもなかなか迫力がある。

彼女は怒った口調のまま、止める間もなくべらべらとマシンガンのように喋り出した。


「ワタシたちはね、お受験は白杵受けて、中学は駒王受けて、高校は仙神受けて、大学は勿論東大受けたの!そりゃもう親子で必死に頑張ったわよ。なのに健治ときたらどれもコレも失敗しちゃって。全部第二志望にしか受からなかったのよ!!おかげであの子ッたらひねくれちゃって――」


 幸江はここが病院ということも考慮せず、ますます声のボリュームを大きくする。


「それでろくでもない仕事についた挙げ句、転職ばっかり繰り返して。おまけに水商売の女に騙されて借金作った上に、結婚までしちゃったのよ!!」


 喋り終わった後幸江は肩で息をしていたが、満足した様子であった。

積もり積もった不満を爆発させてすっきりしたのだろう。

聞かされた青葉は良い迷惑だったが。

きっと幸恵は手塩にかけた息子が「とんだろくでなし」になってしまい、八つ当たりでもしないとやっていられなかったのだろう。

定職に就かず、キャバクラで遊び歩く馬鹿息子の図が青葉の脳裏に浮かんだ。


 もちろん彼女がしたことは許されることではない。

しかし幸いにも死傷者が出なかったこともあり、青葉は幸江への同情の念を隠せなかった。


 月音が塹壕制圧を下ろしたのとほぼ同時に、病室の扉が勢いよく開け放たれた。

糊のきいたスーツに身を固めた若い男性が、病室の中に飛び込んでくる。

男性は横たわる幸恵に目を止めると、すぐに言った。


「おふくろ!大丈夫か!?」


 青葉たちは驚いて男性の方を見る。

男性は一同の視線に気が付くと、即座に深く頭を下げた。


「お話は全て病院の方から伺っております。母を助けていただき感謝の言葉もありません。申し送れました、私、尾崎健治と申します」


 青葉は一瞬自分の耳を疑った。

目の前にいる男性はとても礼儀正しく、その上身だしなみもカッチリしている。

幸江の言うようなろくでなしには全く見えない。


「あの〜、失礼ですが本当に息子の健治さんですか?」


 健治であろう男性は青葉の質問に怪訝な顔をしたが、すぐに納得したようなそぶりで幸江の方を向いた。


「おふくろ、また俺のことを変に言ったんだろ」

「別に、ありのままの事実を述べただけよ!転職を繰り返すわ、水商売の女に騙されるわ。全部ほんとの話じゃない!」


 青葉は幸江と健治の顔を交互に眺めた。

健治の額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。


「だから何十回と説明しただろ。最初の転職は転職じゃなくて期限付きの出向だって。二回目は確かに転職だけど、前の会社よりも好条件の引き抜きだ」

「ついこないだも転職したじゃないのよ!」

「だから!あれは会社が合併して名前が変わっただけだ!!」


 幸江のした話と健治が今言ったことは、同じ事実でも印象が全く違う。

一体どちらが正しいのか。

幸江は健治の話を聞いても動じることなく、続きを早口でまくし立てた。


「でも水商売の女に引っかかったのは本当だし、借金だって背負ったじゃないの」

「恵は水商売なんかしてない!これも何度も説明しただろう!」

「だってお金もらってお客の話聞くんでしょ。立派な水商売じゃないの」


 健治はもう我慢ならないとばかりに、地面が震えるような怒鳴り声をあげた。


「恵はただの心理カウンセラーだあああ!!」


 確かに金をもらって人の話を聞く職業である。

青葉が妙に納得していると、看護婦がやってきて「うるさい」と注意をしていった。


「おふくろ、もう良い加減にしてくれよ。恵は水商売なんかしてないし、借金はただの住宅ローンだ。しかもちゃんと返している」

「健治、強がらないで。お母さんはちゃんと分かってるんだから。可哀想に、受験にさえ失敗しなければねぇ」

「だから強がってないって言ってるだろ!俺は今本当に幸せなんだよ。恵とも結婚できたし、会社でも順調だし」

「そう言うように恵って女が吹き込んでるんでしょ。そうやって健治を……」


 幸恵が全て言うより先に、健治が彼女の頬を叩いた。

幸恵はなぜそうされたのか分からないとばかりに、ポカンと口を開けて怒りの形相にゆがむ息子の顔を眺めている。


「もういいよ、おふくろ。俺、もうアンタに愛想が尽きた。一つ言っとくけど、俺にアンタの様子見に行けって説得したの、恵だから。俺見に行くつもりじゃなかったんだけどさ」


 健治は青葉達に向き直ると、再び深々と頭を下げた。


「お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません。母のお礼は後日必ずいたしますので」


 健治は金治に名刺を手渡した後、病室を出て行こうとしたが、立ち止まって幸恵の方を一瞥した。


「おふくろ、もう一度言うけど俺、幸せだから」

「バカなこと言わないで。東大は入れなかったアンタが幸せなはずないでしょ。いい加減目を覚ましなさい!!」


 健治は深いため息をつくと、今度こそ本当に病室を出て行った。

彼は二度と母親に会いに来ないだろうと、青葉は何となく思った。


「まったく、あんなになっちゃって。どこで育て方間違ったのかしら」

「息子さん、オバサンの息子のわりには立派だと思うよ」


 青葉はそれだけ言うと、金治に促されて病室を出た。

待合室のベンチに座ってほっと一息つく。

幸恵から情報を聞き出すのは、しばらく後になりそうだった。


 尾崎幸恵は帝東大学に入れなかった息子をずっと不幸だと思い続けるのだろうか。

彼が転職を繰り返したのも、水商売の女に騙されて借金背負ったのも、すべて幸江の思い込みだ。

不幸でろくでなしの息子は、彼女の頭の中にしかいない。


息子が受験に失敗したせいで不幸になったのは、息子ではなく幸恵自身だ。

青葉は尾崎幸恵のことがとても哀れに思えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ