第21話:あたしを東大に連れてって
この話はフィクションです。
実際の場所・団体とは一切関係ありません。
少しでも新たな情報を探ろうと、青葉はテレビの前に釘付けになっていた。
ふきは「朝から勉強もしないで」と文句を言ってきたが、それに構っている場合ではない。
最初の事件が起こってから七時間後、青葉がお昼のワイドショーを見ていると、画面の上の方に臨時ニュースが表示された。
またもや有名私立学校の校舎が真っ二つにされたのだ。
青葉は急いでパソコンをつけ、インターネットで更に詳しい情報を探る。
注目されやすい事件だったためか、幸いすぐに求めていたものが拾えた。
被害にあったのは都内にある私立学校「駒王子学園」
共学で人数が多く、敷地は別だが小学校から高校まである名門私立校だとニュースの補足説明にある。
今回破壊されたのは歴史的建造物としても有名な、レンガ造りの中学校舎らしい。
半日の間に破壊された二軒の名門私立学校。
犯人の狙いはもはや明らかだった。
白杵学院が男子校、駒王子学園は共学校だから、犯人はおそらく男だろうと青葉は推測する。
神奈川の海沿いにある白杵学院から都内の駒王子学園まで大体一時間余りでつくし、赤マントや西田好美の事件のことも考慮すると、犯人は同一犯である可能性が高い。
受験に失敗した浪人生か。
それとも学歴にコンプレックスを抱く疲れたサラリーマンか。
青葉の頭に浮かんでくる犯人像はきりがない。
しかし事件がこれで終わらないということだけは、はっきりと分かった。
小学校に続き中学校が破壊されたのだ。
常識的に考えれば、次に狙われるのは名門私立高校である。
だがいくら名門とはいえ、首都圏にある偏差値の高い私立高校は何十とあり、どうやって特定すれば良いのか青葉には分からなかった。
悩んだ青葉は自分の部屋に閉じこもると、金治に電話をかけた。
「おじいちゃん、ちょっといい?」
「なんだ。今こちらからかけようと思ったのに」
「何かあったの?」
「該当すると思わしき発明兵器が見つかった」
朝電話を切ってから昼頃まで、金治はずっと地下に篭って資料を漁っていたという。
苦労の末に辿り着いた発明兵器は、『塹壕制圧』という無味乾燥な名前であった。
塹壕制圧はその名のとおり、塹壕を制圧する目的で作られた兵器らしい。
土に埋めて作動させると、凄まじい衝撃波を発し、地中を伝わったその衝撃波が敵の塹壕を潰す。
最大有効範囲は一キロ。
それだけ離れた場所から敵の塹壕を潰せるのなら、当時の兵器としては充分すぎる性能である。
「それで校舎をぶった切ったのか。でもあんなスッパリときれいに行くもん?」
「地面に埋めずに、なおかつ衝撃波を一点に集中させればやれんこともないだろう。実験の記録では、衝撃波を調節してコンクリートの塊を切断したとある」
使用された発明兵器が判明したことで、今日の事件が人為的なものだと確定した。
青葉は金治に今まで考えていたことを述べ、彼の意見を仰ぐ。
金治はしばらく唸っていたかと思うと、小さく笑い声を上げた。
「犯人は学歴コンプレックスの人間で、次に狙われるのは高校か。中々面白い推理ではないか」
「あたし何か変なこと言ってる?」
「いや、多分そうだろうな。これを大賢者に関係する事件だと考えれば」
「でも、肝心のどこの高校が狙われるのか分からないんだ。おじいちゃん心当たりある?」
「いや、ない。しかし次の次に狙われるだろう学校は見当がつくぞ」
青葉は金治の言葉に声を上げて驚いた。
「それ、どこ?どうしてわかったの!?」
「確かに小・中・高の名門は関東に何十とある。しかし名門の大学、いや日本一と言われている大学は一つしかない」
「……それってまさか東大?」
戦前からの伝統を誇り、日本一の最高学府として世間に認識されている「帝東大学」
略して「東大」
名実共に、日本の学歴社会のトップに位置するのが東大である。
この大学に入りたいがために、寝る間も惜しんで努力する人間は少なくない。
昔ほどではないが、入れば将来エリートになると保証されたようなものだ。
東大に入学した者は、周囲から羨望と尊敬を一身に浴びることが出来る。
そしておそらく妬みや嫉みも。
「そのとおりだ、青葉。犯人の最終目的はおそらく東大だろう」
「確かに、日本一の大学だもんね。最終的にはそこに辿り着くか」
「ペースから言って、犯人は今日中に東大を破壊する可能性が強い。オカルト局で会議するのは面倒だ。青葉、直接東大に来い」
「大丈夫なの?」
「なあに。塹壕制圧は破壊力はトップクラスだが、人を攻撃するには向かん。安心しなさい」
少し不安もあったが、青葉は言われた通りに東大へ向かった。
このまま家でじっとしていても仕方ないと思ったからだ。
金治の指示どおり東大の象徴とも言える赤門の前に行くと、彼の車が路肩に止めてあった。
青葉はスモークになった車の窓を叩き、車内に入れてもらう。
既に月音と誠治が後ろの座席に座っていた。
「二人とも早かったね」
「私も誠治さんも都内に住んでますから」
「……拙者は元々東大にいたでござる」
いつも明るく気配りを欠かさない誠治は、腕を組んでうつむき不機嫌そうにしていた。
「誠治さん、どったの?何か怒ってる?」
「怒ってるも何も、拙者の中学が壊されたであります!あのレンガの校舎は我が母校の象徴であったであります!!」
「え、誠治さんあそこの出身だったんだ」
青葉は驚いて車内を見渡した。
金治も月音も、黙りこくって気まずそうにしている。
駒王子学園出身だということは、誠治は案外お坊ちゃまなのかもしれなかった。
「それだけじゃないであります!このままだと今通ってる大学まで壊されるであります!!」
「ということは、もしかして誠治さん東大生なの!?」
「あら青葉さん、知りませんでしたっけ」
青葉はぶんぶんと首を横に振った。
今度は金治と月音が驚いて顔を見合わせる。
「そうか。こっちは当然の事実だから話さなかったが……。まあそういうことだ」
「きんじぃが説明を怠ったんじゃないですか?それじゃあ誠治さんのお父様のことも、きっとご存知ありませんね」
「誠治さんのお父さんがどうしたの?」
「誠治さんのお父様、藤之崎宗一は現職の内閣官房長官なんですよ」
あまりのことに、青葉は開いた口が塞がらなかった。
東大生というだけでも凄いのに、現官房長官の子息でもあるとは。
とてもそうは見えないが、誠治も月音に引けを取らないお坊ちゃまである。
「きんじぃもつくねも、そんなことは今どうでも良いでありますよ!大事なのは拙者の大学を守ることであります!!」
「そう焦るな。ほれ、これが発明兵器の見取り図だ」
金治から絵の描かれたコピー用紙を人数分手渡される。
図に描かれている発明兵器、塹壕制圧は、黒いL字型をしたシンプルな形状だった。
古い図版をコピーしたのだろう、細かい所はぼんやりとしてしまってよく分からない。
しかし大体の所はこれで充分だった。
「相手は多分これを土に埋めずに使っている。見つけるのはそう難しくないだろう」
「分かったであります。早速探しに行くでござる」
「だから焦るなと言っているだろう。東大は広いぞ。いくら現役の学生とはいえ、心当たりもなく探し出せるのか?」
「心当たりは既にあるでござる。犯人が狙うのは高田講堂に違いないであります」
「高田講堂」――テレビでも良く映る、東大の象徴のような建物である。
形は左右対称で、中央の一番高い部分に時計がついている。
その茶色い古びた建物を、青葉もテレビで幾度となく見たことがあった。
「ふむ、なるほど。確かに東大の象徴だからな。僻んでいる人間としては、あれを壊したらさぞかし気持ちが良いだろう」
「さっそく行くでござりまする」
「だがな、東大は開かれているから人が多いぞ。私が犯人なら日が落ちてから狙う。それに順番としては、東大が一番最後だ。さっきからニュースを聞いているが、高校はまだどこも壊されていない」
誠治はしゅんとして座席に縮こまった。
彼としては一刻も犯人を捕まえたくてうずうずしているのだろう。
「リオンは来てないの?探すなら一人でも多いほうがいいじゃん」
「来ていることには来ているのだがな」
金治のもったいぶった口ぶりに、青葉は首をかしげた。
まさか自分に会いたくないから、どこかに隠れているとでも言うのか。
「きんじぃ、もったいぶった言い方はよして下さい。リオン君はここに来てはいるのですが、仕事で来ているんですよ」
「仕事?」
「ロケですよ、ロケ。何かバラエティらしいんですけど。まあ緊急事態になったら駆けつけてくれると思いますよ」
青葉は偶然も重なるものだと思った。
ロケで現場に来ているとはいえ、彼がいるとなればいざという時に心強い。
そう考えたところで、青葉は自分がリオンに頼りきりになっていることに気がついた。
赤マントの時は二回も助けてもらったし、西田好美に最初に気付いたのは他ならぬ彼である。
青葉は感謝する反面、助けてばかりもらっていることに申し訳なさを覚えた。
「ちょうど良い。青葉、リオンのロケを見に行ったらどうだ。大学も見学できて一石二鳥だろう」
「いやでも、こんな非常時に」
「誠治、お前東大生なら案内できるだろう。まだないと思うが、ついでに発明兵器や不審者も探して来い」
下を向いていた誠治がパッと顔を上げた。
金治も粋な計らいをするものである。
「こちらとすぐに連絡が取れるようにすること」という金治の注意を受けた後、二人は東大のキャンパスへと繰り出した。
キャンパスの中は青葉が思っていたより立て込んでおり、夏休みにもかかわらず学生らしき人達でいっぱいである。
塀沿いに樹が植えられているせいか、蝉の声が話し声を遮るほどにうるさい。
「ここは蚊がいっぱいいるから、早く奥に行くであります」
誠治の丸太のような二の腕には、既に赤い点々がいくつもあった。
青葉は誠治に促され、リオンがロケをしているという高田講堂の前にある並木道へと歩く。
行ってみると、現場の並木道は人、人、人の大賑わいであった。
あまりに人が多すぎて、その中で何が行われているのかまったく分からないくらいだ。
見物人の中には、明らかに学生ではないだろう風貌がちらほらと混じっている。
道の脇は撮影機材と思われる物体だらけで、中に発明兵器が混じっていてもちっとも気付けそうになかった。
「ぐふぅ!!これでは不審者も発明兵器も、まるで分からないでありまする〜」
「犯人め、コレが狙いだったのか」
「しかしこんなに人が大勢いる所で講堂を破壊したら、大騒ぎになってしまうでござる。犯人だって、きっと目立ちたくないはずであります」
誠治は色白でムチムチの腕を組んでしばらく考え込んだ後、不意に閃いたように叫んだ。
「ぬほほぃ!そうか、きんじぃの言うとおり、犯人はまだここにいないのであります!」
「そうなの!?」
「だってそうじゃありませぬか。こんな所で犯行を行える人間なら、前の二件ももっと目立つ方法で壊していたに違いないであります!いやぁ、拙者としたことがすっかり冷静さを失っていたでござるよ。面目ない面目ない」
ソーセージのように太い指の並んだ両手を顔の前にあわせ、誠治が「ゴメン」のポーズを作る。
「そうと分かれば、取りあえず一安心であります。青葉殿、せっかくの機会でござるし、リオン殿の仕事ぶりを見学するでござるよ」
青葉が止めるよりも早く、誠治は人だかりの中に入って行ってしまった。
青葉は彼を追いかけ、仕方なく人ゴミの中に潜り込む。
しかし一旦中に入ってしまうと、自分の周り以外ほとんど見えなくて、誠治を探そうにも中々上手く行かなかった。
見つからなくても迷子にはならないだろうが、状況が状況だけに少々不安になる。
誠治を探すうちに、青葉は徐々に人山の中央に向かって押しやられて行った。
そんなつもりは全くなかったのに、青葉はいつの間にかロケ見物の最前列にいた。
少し離れた所に、アナウンサーであろう女性とタレントらしき男女が数名、そしてリオンがいるのが見える。
見慣れたはずのリオンは今、眩しいばかりのライトに照らされて、別人のように光り輝いていた。
エメラルドグリーンの虹彩をした瞳、真っ直ぐに通った鼻梁、そして口元の上がった唇。
彼の顔のパーツは奇跡のように整っている。
それでいて無機質にならず、華のある顔立ちなのが不思議だ。
スタイルも勿論申し分なく、顔が小さく手足が長い。
一緒にいる男性タレント達も一般から見れば充分美形の範疇に入るのだが、リオンの横にいるとどうしても見劣りしてしまう。
リオンの持ち合わせている美貌と華やかさは、他の芸能人と並んでもなお、いや並んでいるからこそ、ますます際立っていた。
これをカリスマ性というのだろうかと、青葉は自問した。
鏑田緑苑という規格外な美形の少年と、何の屈託もなく話していたことに今更ながらに驚く。
青葉は野暮ったい自分と彼とを比べる気にもならなくて、なんだか惨めな気持ちになった。
オカルト局には彼の他に、美人で大富豪の星見院月音と、有力政治家の息子である藤之崎誠治がいる。
片や大森青葉はしがない八百屋の一人娘だ。
どんな勘定をしても、絶対に他のメンバーと釣り合わない。
幸平が言っていたようにリオンも月音も誠治も、青葉とはまるで別世界の人間なのだ。
日本トップクラスの少年少女たちの中に、平凡な庶民が一人。
誠治のことはともかく、このことは最初から分かっていたはずである。
なのに青葉は今になって、漸くその残酷な事実を実感し始めていた。
「あたし、今まで何してたんだろ」
場違いな存在だというのに、どうして平気でいられたのだろう。
幸平に身の程を知れと言っておきながら、自分が一番それを理解していなかった。
青葉は知らず知らずのうちに微笑んでいた。
それは紛れもなく自嘲であった。
――――
今日は真夏の真昼間の屋外でロケをしなければならなかった。
男とはいえリオンもアイドルである。
みっともなく日に焼けるわけにもいかないから、強い日焼け止めを肌に摺りこんでおいた。
高い日焼け止めでも塗ると肌がべたついて気持ちが良くない。
おまけに今日のロケ現場は帝東大学のキャンパスである。
学生の野次馬がワァキャアうるさく、鬱陶しくて適わない。
良い加減うんざりしたリオンが視線を野次馬の方に向けると、その中に青葉がいるのが見えた。
オカルト局メンバーが帝東大学に来ていることは聞いていたが、まさか青葉がロケを見に来るとは。
営業用の笑顔は絶やさないまま、リオンは心の中で大きく舌打ちをする。
青葉の後ろに、相変わらず青チェックのシャツを羽織った誠治が姿を見せた。
誠治が背後に現れた途端、青葉が軽く微笑んだ。
薄く笑った彼女の両目はじんわりと潤んでいる。
誠治が来たから青葉は笑ったのだとリオンは思った。
ディレクターからOKの声がかかり、かったるいロケが漸く終了する。
しかしリオンの気分は良くなるどころかさらに悪化した。
――二次元しか興味がないって言ったじゃないか。
リオンは心の中で恨み言とも取れる言葉を呟いた。
同時に誠治へ熱いまなざしを送っていた青葉が、ムカついてしょうがなかった。
一体青葉は、デブ・ブサイク・オタクの三拍子が揃った彼のどこが良いというのか。
リオンはポケットに入れていた身だしなみチェック用の小さな鏡を取り出し、自分の顔を確認した。
自分でも笑みがこぼれてしまうほど、完璧に整った顔立ち。
最高級の宝石のごとく輝くエメラルドグリーンの瞳が、自分自身を見返している。
このエメラルド色の虹彩は、鏑田の血を引く証だ。
ドイツから来た鏑田家の流れを汲む超常能力者は、なぜか必ず瞳が鮮やかな緑色になる。
それはリオンのように日本人の血が混じっていても関係ない。
金治はそれを見て「超常能力は色素遺伝子と関係あるのではないか」と仮説を立てているが。
リオンは鏡を再びポケットにしまうと、今度は自分の全身をまじまじと眺めた。
適度に筋肉がついて引き締まった体、長くのびた脚。
自分が男として魅力的だと再確認すればするほど、リオンの青葉への苛立ちは募るばかりであった。
なぜ自分が彼女に対して、これほどまでに不快感を覚えるのか。
それは青葉のことがが嫌いで嫌いで仕方ないからだとリオンは思った。