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第20話:命日と夏祭り

 肌を刺すような日差しも構わず泳いだせいか、体は鉛のように重くなっていた。

しかし倦怠感やだるさはなく、適度な疲労が体に心地よいくらいである。

今夜早く寝れば、明日にはすっかり疲れも取れているだろうと青葉は思った。


 一つに結んだ髪はまだ根元が湿っており、ビーチサンダルにも砂が僅かに残っている。

海水浴場は、二人の家から歩いて一時間もかからない所にあった。


「ゴメンね、チョコ。あたし自転車持ってなくて。歩くのめんどいでしょ」

「いいよ青ちん。こうやってアイス咥えながら帰るのも、ビバ青春じゃない?」


 千代子は切れ長の目をにっと細めると、半分溶けかけたアイスをかじってみせた。

傾きかけた夕日に照らされた彼女の顔は、行きよりも大分黒くなったように感じる。

夏休みは、まだ半分も終わっていない。

青葉も千代子も、これからまだまだ日に焼ける予定であった。


「明日お祭りだけど、チョコはもう山本君誘った?」

「誘ってないよー」

「なんで。お祭り明日じゃん」

「だってムリムリ。そんな勇気ありませーん。そういう青葉は内田君と行くのかな?んん?」

「幸平と!?んなわけないでしょー。何で毎日顔合わせてる奴と一緒に行かなきゃならんのよ」


 千代子が「そりゃそうだ」と大げさにうなずいて見せたので、青葉はついふき出してしまった。

千代子も釣られたのか一緒に笑い出す。

しばらく二人で大笑いした後、千代子が言った。


「あー、結局今年も青ちんと一緒にかぁ」

「嫌ならいいよ。あたし一人で行くもんねー」

「冗談だって。青ちん、一緒にお祭り行こうね」


 二人がいつも別れる路地に差し掛かる頃には、空の赤みが強くなり始めていた。

気温も昼間に比べて過ごしやすくなり、微風が木々の葉を揺らす。

立ち並ぶ電信柱のどこかに止まっているヒグラシが、金属音にも近い涼やかな音色を奏でていた。


「ねぇ青ちん」


 さよならをした後、千代子が急に立ち止まった。


「どったの?」

「あたし達、ずっと友達だよね」


 今更何を聞くのだと、青葉は笑いそうになった。

物心つくころから毎日遊んでいる人間なのだ。

今も、そしてこれからも友達でいるに決まっている。


「当ったり前じゃん。決まってるっしょ」

「本当に?」


 ふいに千夜子は無表情になり、青葉の目をまるで貫くように見据えた。

彼女の顔が夕日に照らされて、赤く染まっていく。

空は、真っ赤な夕焼けであった。

それはもう本当に真っ赤な夕焼けで、まるで誰かの血を空に流したかのようだった。


「それじゃあ、何で青ちんはまだ生きてるの?」




――




 千夜子の命日が近かった。

事件から二年も経つというのに、まだ何の進展もない。

だが青葉を取り巻く環境は、二週間前から激変した。


 自らに目覚めた超能力。

歴史の裏に消えたオカルト局と発明兵器。

この二つが千夜子の殺害を解き明かす鍵になるかも知れないだけ、去年よりマシだということか。


 千夜子の命日が近付くと、青葉は頻繁に彼女の夢を見るようになる。

夢の中で千夜子は、大きかったり小さかったり様々だ。

しかし一番多いのは、体に無数の穴が開き、血まみれになった姿だった。

うなされて、真夜中に飛び起きたことも一度ではない。

けれど、それも仕方ないことだと青葉は思っていた。


 西田好美の事件がすんだ後、青葉は始めての朝帰りを経験したが、事前に金治が嘘の説明をしてくれたおかげでほとんど怒られずにすんだ。

青葉の両親はあの夜青葉が飛び出した理由を、自殺しようとする友人を止めに行ったからだと思っている。

必死の説得で自殺を食い止めた青葉だが、終電がなくなってしまったので、仕方なく偶然近くにあった金治の家に泊めてもらったのだ。

嘘の内容を考えたのは月音だが、よくそんな嘘が思いつくものだと青葉は感心した。


 あの事件から四日経ったが、関連性を疑わせるような出来事はまだ起こっていない。

金治は近いうちにまた事件が起こるだろうと言っていたが、青葉もそれには同感である。

その時までに少しでも戦力になれるよう、青葉は積極的に訓練室で修行を重ねていた。

だが青葉も自分の生活があるため、宿題を済ませたり、学校で文化祭の準備をしたりしなければならない。


 だから今日はオカルト局に行かず、青葉は大人しく夏休みの宿題を片付けることにした。

苦手科目も効率よく終わらせられるよう、幸平に家へ来るよう声をかける。

部活もアルバイトもない彼は暇を持て余していたらしく、二つ返事で大森家にやって来た。

二人は午後から二時間ほど数学の宿題を進めた後、休憩をかねてテレビをつけた。

ちょうどドラマの再放送を流している時間帯である。

今日やっていたのは、デビューして間もない頃のリオンが出演していた学園物ドラマだった。

このドラマでリオンの人気に火がついたのだと、青葉はふきに何度も聞かされたものである。

幸平はリオンが映るシーンになると、悲しそうに額を両手で覆った。


「星見院さん、コイツと付き合ってるんだよな」


 先日の騒動は幸平も知るところらしい。

彼の祖母もまたリオンの大ファンであるから、彼女づてに聞かされたのかもしれなかった。


「本人から聞いたけど、なんかアレ違うらしいよ。単なる幼馴染だって」

「マジかよ。でもいいんだ。俺諦めたから」


 青葉は驚いてその理由を聞いた。


「なんで!?あんなに熱心だったのに」

「だって考えてもみろよ。相手は日本有数の金持ちじゃねーか。俺たちとは住む世界が違うんだよ。」

「確かにそうかもしれないけど……。」

「あーあ。星見院さんやこのアイドル見てると、自分の将来が悲しくなってきやがる。進路決めて大学とか行ったって、どうせ末は肉屋の親父なんだ」


 幸平が肉屋の親父なら、自分は八百屋のおかみさんだろうかと青葉は思った。

彼の言うとおり、青葉はリオンや月音とは違う世界の人間である。

いくら努力したって、彼らと同じようにはなれない。


 数日前の事件のこともあり、青葉はことさらに彼らとの壁を意識し始めていた。

本来なら会うことさえ適わないような人間たちと会話し、行動を共にしている。

自分は本当にオカルト局にいて良いのだろうかという思いが、青葉の中に芽生えつつあった。


 心労が重なっているせいだろうか。

その日青葉は遅くまで寝付けなかった上、異様に早い時間に目が覚めた。

まだラジオ体操に行く小学生も起きだしていない時間帯である。

しばらく上掛けのタオルを握ってぼんやりしていると、幸平からメールの着信があった。

「近所でやばい事件があったらしいから見に行こうぜ☆」と野次馬根性丸出しな内容である。

詳しく聞いてみると、この近くにある私立小学校が妙な形で壊れたらしかった。


 何か感じる物があった青葉は、幸平に了解の返事を出した。

軽く身支度をすると、彼の指示どおり自転車を用意し、向こうの家の前まで行く。

幸平は眠たそうなどころか、期待に満ち満ちた顔をして青葉を待ちうけていた。


「良く起きてたなー。てっきり昼頃返事が来るかと思ったぞ」

「まあね。あんたこそ、こんな朝早くからどうやって情報仕入れてきたの?」

「俺のばあちゃん超早起きだろ?近所で凄いことがあったから見て来いって、叩き起こされたんだよ」


 青葉は幸平の後について自転車を走らせた。

事件の現場は、ここから自転車で二十分ほどの所にある「白杵学院」という所であった。

白杵学院は幼稚園から設備がある名門男子校で、一旦入れば大学までエスカレーター式に進学できる。

月音の通う麗王女学院と並び立つ存在だ。

青葉の家の近くは海があり、風光明媚で知られたいるため、金持ちの邸宅や名門私立学校が多いのである。

今回壊れたのは、敷地の中にある初等科の校舎ということだった。


 動機の不純な早朝サイクリングを経て、青葉が白杵学院の正門の前に立つと、野次馬の頭の間から、きれいだと評判の初等科の校舎が見えた。

一体どこが壊れているのだろうと青葉は疑問に思ったが、建物の真ん中に視線を移すと、その訳がようやく分かった。

校舎のちょうど真ん中が、まるでチーズのようにすっぱりと両断されていたのである。

切り口はコンクリートを切ったとは思えないほど鋭利で、切断面からは鉄筋一つ除いていない。

「コンクリートの建物真っ二つ」というある意味馬鹿げたような光景に、青葉は開いた口が塞がらなかった。


「うおおお!!マジで!?マジでスゲェよコレ!!コレぜってー宇宙人の仕業だよ」


 幸平は遊園地でヒーローショーを見た子供のように興奮していた。

青葉は正直恥ずかしかったが、幸い死傷者がいないとのことなので多めに見ておく。

しかし自らも同じようにはしゃぐ気持ちにはなれなかった。

この事件には間違いなく発明兵器が関係していると、確信したからである。

コンクリートの建物を分断する方法なんて、発明兵器以外には幸平の言うように、宇宙人のオーバーテクノロジーくらいしかない。

ひょっとしたら政府が未知の新兵器を開発したのかもしれないが、その実験を将来のエリートたちが通う名門小学校でする必要はないだろう。


 結論は考えてみるまでもなかった。

再び「大賢者」達が動き始めたのである。


 青葉の考えを裏付けるように、金治からケータイのメールに着信があった。


「もしもし、青葉。今大丈夫か?ん、なんだ外にいるのか?」

「うん。白杵小学校の前」

「――。用件は言うまでもないということか」

「でも、周りに人がたくさんいるから。帰ってからかけ直しても良い?」

「分かった。なるべく早く頼む」


 電話を切ると青葉は渋る幸平を急かし、大急ぎで家に戻った。

二階に上がると襖を硬く閉めて部屋に閉じこもり、電話をかけ直す。


「ゴメン、おじいちゃん。今帰ってきた」

「そうか。言いたいことはもう分かっているな」

「白杵学院のことでしょ。やっぱり大賢者たちの仕業だよね」

「決め付けるのは良くないが、タイミングから考えるとその可能性が非常に高い」


 大賢者たちの犯行か否かは、タイミング以外の面からも推察できるのではないかと青葉は思った。

今日までに起こった赤マントと西田好美の事件。

その二つに共通する動機を、青葉は劣等感と嫉妬だと考えていた。

赤マントは具体的な嫉妬の対象こそ明確ではなかったものの、自分を取り巻く全てに対して、鬱屈とゆがんだ劣等感を抱いていることは明らかだった。

西田好美も本当の動機は失われてしまったが、才能溢れる美女たちに狂おしい嫉妬心を燃やしていたことは間違いないだろう。

そして今回の事件の被害者は、全国的に有名な名門私立学校である。

いくら薄れてきているとはいえ、まだまだ学歴社会の日本だ。

白杵学院が多かれ少なかれ嫉妬と劣等感の対象になっていたことは考えるまでもない。


「世間では今朝起きた事件を、単なる稀有な事故だと思っている。――普通そう考えるのが自然だが――しかし我々はそう考えるわけにもいくまい。事件の特徴と、資料に残された発明兵器の記述とを照らし合わせて調べてみる」

「まだそっちに行かなくてもいいの?」

「そのような事態になったら、すぐ連絡する。もしこの事件が発明兵器による仕業だとしたら、世間にこれが人為的なものだと気付かれる前に処理したいな」


 金治は電話を切ろうとしたが、青葉はそれに待ったをかけた。


「今、世間に気付かれる前にって言ったよね。それってもし、今日のことが誰かの――発明兵器の仕業だったとしても、世間では事故のままってことになるの?」

「当然だ」

「じゃあ赤マントに殺された人や、西田好美に殺された人のことはどうなるわけ?」


 青葉は二件の殺人の被害者が、正確にはその遺族が、どうなるのかずっと知りたかった。

しかし答えがはっきり返ってくるのが怖くて、今まで問うことが出来なかったのである。

金治の答えは青葉の予想通りであった。


「彼らの事件について、犯人は分からないままになる」


 青葉は想定してたとはいえ、彼の返答に少なからずショックを受けた。


「じゃあ、事件は迷宮入りになるんだね」

「そういうことになるな」

「関係ないあたしたちは、犯人誰だか知ってるのにね」

「…仕方ないだろう。発明兵器の存在について公にするわけにはいかないし、本当のことを話した所で、誰も信じん」


 青葉は押し黙った。

あの二人に殺された人間の遺族は、永遠に犯人が分からず苦しむのか。

来る日も来る日も犯人が捕まるのを願い続けながら。

そして自分を責め続けながら。

本当は犯人が見つかっていて、どうなったのかも分かっているというのに。


 ――チョコ。

青葉は誰にも聞こえないような声で呟いた。

もし彼女を殺した犯人が本当は判明していて、それなのに自分には永遠にそれが分からないのだとしたら。


 青葉は震えを押さえ、もう一度金治に問いかけた。


「赤マントより以前に、発明兵器で人が殺されたことってあるの?」

「10年前に一度きりだな。2年前にそれと思しきものはあったが、はっきりとは分からん」


 短く礼を言うと、青葉は電話を切った。

やるせない気持ちが眩暈がするほどこみ上げてきて、青葉は朝起きたままになっているベットの上にうつ伏せになった。


 千夜子の命日は、あと二日に迫っていた。

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