第19話:天が二物を与えた者たち
西田好美はどんな人間よりも、自分が一番優れていなければ気がすまない性格の女であった。
幼い頃から可愛いらしいと、周囲からもてはやされて来たからかもしれない。
容姿だけでなく、勉強もスポーツも、大した努力もなしに全て人並み以上にできた。
学校に入ってからは、いつもクラスのアイドルであった。
「私は一番優れた人間だ」と好美は思い続けていたが、世界が見えてくるに連れてその考えは間違いだと訂正を迫られた。
それでもテレビで頭の悪そうなアイドルやモデルを見ている分には、「自分の方が頭が良い」「自分の方が可愛い」と思い続けていられた。
だが戸松咲子や白羽法子、そして星見院月音にはこう言う他なかった。
――私には適わない、と。
しかし好美はそれを認められるほど謙虚な人間ではなかった。
欲しい情報はすべて「大賢者」によって与えられた。
彼女たちの名前、住所、近日中の予定。
どうやって大賢者がその情報を手に入れたのかは知る由もない。
だがそんなことは、好美にとってどうでもいいことだった。
好美は大賢者によってもたらされた道具と情報を使って、彼女達を始末してきた。
あの鼻持ちならない顔が一瞬にして失われていくのを見ると、胸がすくような思いがした。
二人とも美女だ美人だともてはやされ、おまけにその才能を鼻にかけておもしろおかしく暮らしてきたのだ。
自分がした行為は不公平に恵まれた彼女らと、他の人間との釣り合いを取るためだったのだと、好美はむしろ誇らしく考えている。
星見院月音は今頃部屋にでも篭って怯えているのだろうと好美は思った。
大賢者からは相手に警戒されぬよう、事前に脅迫状を送るなと言われていたが、いきなり殺してしまうより、思う存分恐怖を味合わせてからそうしたかった。
容姿に恵まれ、なおかつ莫大な富と約束された将来を持ち合わせた女。
それだけでは飽き足らず、全国の少女たちが恋焦がれる存在までも奪おうとした。
その罪は一回顔をくり抜いただけではすまない。
今までの中で、一番惨い殺し方をしてやろうと、好美はほくそ笑んだ。
――――
青葉は目が覚めると、少しばかり会議室の扉が開いていることに気付いた。
確か昨夜寝るとき、この扉を閉じたはずだ。
寝ぼけて無意識のうちに開けたのだろうか。
青葉は不思議に思ったが、この後待ち受けている計画のことを考えると、途端にどうでもよくなった。
食パンに紅茶という簡易な朝食をとり終わると、青葉、リオン、誠治は金治の運転する車に乗って約束の公園に向かう。
約束の公園には大体一時間ほどで到着した。
場所は都心近くだと聞いていたので青葉は小汚い物を想像していたが、それに反して随分と綺麗な所だった。
手入れをされた広葉樹がそこかしこに植わっており、まだそれほど強くない太陽の日差しを浴びて黄緑色に輝いている。
都会のど真ん中に位置するにもかかわらず、敷地は広大でランニングするにも充分だ。
こんな状況下でなければ、お弁当でも広げたくなるような場所である。
「随分と良い公園だね」
「そりゃ超高級住宅街のど真ん中だから。月音の無駄に広い家もこの近くだよ」
マスクにサングラスプラス帽子の完全装備で、リオンが東の方を指差した。
何度か自宅に遊びに行ったことがあるのだろう。
金治はざっと公園の全体を見渡すと、青葉たちを呼び寄せて作戦の最終確認をした。
青葉とリオンは金治の指定したベンチの裏に隠れて待機する。
ベンチの後ろはちょうど植え込みになっており、誰かに見られる心配はほとんどない。
その上公園全体を見渡すのに丁度良い場所であり、見張りにはこれ以上ない所であった。
青葉達から見て斜め向かいにある三つのベンチのうち、一番こちら側に月音が座るらしい。
「僕は月音と反対側見張ってるから、アオバカは月音の方見ててよ」
リオンが勝手に指示を出してきたが、緊張した青葉に反抗する余裕もなく、黙ってそれにうなずいた。
待機して三分少々経った頃であろうか。
月音が大きめのハンドバッグを片手にこちらへ向かってくるのが見えた。
青葉はあまりにも無防備なその姿に、本当に大丈夫なのかと不安になった。
金治の作戦どうりであれば、今見ている月音は虚像で、本物は五メートルほど後ろを歩いている計算になる。
しかし青葉の目に映っている月音はあまりにも鮮明で、本当に『狐狸煙幕』が作動しているのか疑わしい気持ちだった。
そんな青葉の不安とは対象的に、遠くから見える月音の表情は落ち着いていて、微笑みすら浮かべているように感じる。
オカルト局の皆を信じているからこそ、そんな顔ができるのであろう。
彼女の期待に応えられるよう、青葉は胸の前で拳をぎゅっと握り締めた。
ベンチの前に辿り着くと、月音は座って本を読み始めた。
柔らかな朝日に照らされて眩しいその姿は、まるで映画のワンシーンのようである。
彼女の前を通りかかったら、誰でも一度は目を留めるだろう。
青葉も思わず見とれてしまいそうになったが、気を引き締めると、彼女の背後や周りに幾度も視線を走らせた。
月音が何度か本のページをめくった後、リオンが小さく声を上げた。
見ると月音の前方にある植え込みの後ろに、誰かが隠れようとしている。
ここからだとバレバレだが、位置的に月音の所からは死角になっている場所だった。
青葉が何か言うより先に、リオンは凄まじい勢いでその人物に向かって飛び出して行く。
リオンに気付いたその人物は、やはり後ろめたいことがあったのだろう、一目散に公園の方へ駆け出して行った。
一瞬出遅れた青葉はその人物と、その人物を追いかけるリオンの背中を必死に追った。
青葉の足は女性の平均からすると大分早いほうであったが、それでも中々リオンに辿り着かない。
一方リオンは逃げる人物に後一歩という所まで迫っている。
後数メートル行くと、公園の出口である。
リオンは公園から出る前にケリを付けるつもりだろう。
リオンが奴に手を伸ばそうとしたところで、その人物は持っていたバッグらしき物をリオンに投げつけた。
運悪くバッグはリオンの顔面に当たり、リオンは仰け反って尻もちを着く。
ようやく追いついた青葉は、顔面を押さえてうずくまるリオンに声をかけた。
「リオン、大丈夫?」
「そんなことより、アイツを追っかけてよ!」
立ち止まった青葉はリオンに文字通りお尻を叩かれた。
わざとではなかったらしく、リオンも慌てていたが、青葉は構わず走り出した。
奴はもうすぐ公園から出てしまいそうである。
車でも使われたらたまらないと、青葉は全速力を出して奴に迫った。
だが開いてしまった間は中々埋まらない。
ついにその人物は公園から出ると、目の前に通っている道路に向かって飛び出した。
「逃げられる」と青葉が思ったのは束の間だった。
急ブレーキの音がしたかと思うと、重戦車ようないかついトラックが、飛び出したその人物に正面から突っ込んで行ったのだ。
ついさっきまで青葉達の目の前を走っていた人物は、放物線を描いて跳ね飛ばされると、道路の脇にある石畳に頭から叩き付けられた。
呆然とその光景を青葉が見ていると、トラックから運転手らしい中年男性が降りてきた。
「ああああ!なんてこった。なんてこったよぉ!ここここいつが、こいつがこいつがいきなり!なあ、そこの姉ちゃんも見てただろ!?オレは悪くねーんだよう」
男性は今にも泣き出しそうな様子であった。
青葉は頼りない足つきで公園から出ると、地面に横たわった「奴」を見る
茶色く染めて縦に巻いた髪と、フリルの着いたピンクのノースリーブに細身の白いパンツ。
「奴」は意外なことに、小洒落た格好をした、どこにでもいそうな普通の女性であった。
一瞬何の関係もない人間ではないかと青葉は思ったが、力なく垂れ下がった彼女の手の中には「大賢者より使わされし小賢者」と書かれたメッセージカードが握られていた。
「どうして」
青葉の呟きに彼女が答えることはなかった。
マスカラのこびりついた目は虚空を見、後頭部からはとめどなく血が溢れている。
即死であることは、誰の目から見ても明らかであった。
「アオバカ、これは一体どういうこと」
振り向くと、リオンが青葉と同じく呆然としながら突っ立ていた。
彼の目は横たわった彼女の死体に釘付けになっている。
説明しようにも青葉の口はから回るばかりで、言葉にならなかった。
青葉よりも少し早く冷静さを取り戻したリオンが金治に電話をすると、すぐに三人がやってきた。
皆最初は少し驚いたようだったが、金治は取り乱す運転手をなだめると、落ち着いた声で警察に電話をかける。
警察と救急車がやってくると、目撃者である青葉は事情を聞かれた。
どう答えれば良いのかは金治から言われていたので、その通りにした。
「おじいちゃんと友達とランニングをしていたら、いきなりその女の人が道路に飛び出した」という半分嘘で半分本当の話を、警察官はすぐに信じた。
青葉が嘘を吐く必要がないはずの人物だったからだろう。
青葉はその場で開放され、女性は死亡が確認されてから取りあえず近くの病院へと運ばれて行った。
事故から一時間ほど経ったにも関わらず、青葉の動揺は静まらなかった。
「あたしのせいだ。あたしのせいで死んだんだ」
青葉は震えるほど拳を握り締める。
うつむいている青葉の肩を、月音が優しく叩いた。
「落ち込まないで下さい。あなたが追いかけてなければ、彼女は逃げおおせて、また人を殺したと思いますよ」
「でも……。ちゃんと捕まえてればこんなことにはならなかったのに」
「それって、僕が悪いっていいたいわけ?」
「リオン君は黙ってなさい」
月音の言葉に、リオンの体がびくりとなった。
「彼女があんなことになったのは、元々彼女が私を殺そうとしたからでしょう?警察だって、脅迫状を送りつけた人間がターゲットに近付いたら、同じことをすると思います」
「だけど、ちゃんと捕まえていれば……。」
「そんなの結果論ですよ。ちゃんと捕まえても、彼女が反撃して来たかも分からないし、自殺したかも分かりません」
「……。」
「仮に誰かに責任があるとしても、それは青葉さんだけではなくて、私達、オカルト局全員にあると思いますよ」
月音の優しい言葉に、青葉は思わず泣き出しそうになってしまった。
本当だったら、なぜちゃんと捕まえなかったのかと責められても仕方ないはずだ。
なのにこんな言葉をかけてもらえるなんて、青葉は逆に申し訳なさと罪悪感に、身が切られるような思いだった。
俯いたままの青葉と他の三人を、月音は「疲れているでしょうから」と近くにある自宅へ招待した。
公園から車で五分程度の距離にある月音の家は、ガラスや打ちっ放しのコンクリートを効果的に使った、現代芸術のように洒落た屋敷だった。
東京の高級住宅街のど真ん中にもかかわらず、敷地は先ほどの公園に負けず劣らず広い。
有り余る面積をふんだんに使った庭園は建物とは対象的に純日本的な造りで、今時滅多に見る事のできない茅葺屋根の茶室や青々と茂る竹林が庭に趣を添えていた。
しかしモダンな屋敷と古めかしい日本庭園は、妙な均衡を持って溶け込んでいる。
きっと名のある庭師や建築家が一丸となってこの「星見院家」を作り上げたのだろうと青葉は思った。
月音は青葉達をガラス張りのサンルームに案内した。
床から吹き抜けになっているサンルームは天井まで全てガラスでできており、少しづつ強さを増してきた日差しが白い部屋中を照らす。
部屋の中央には個性的な曲線をしたオレンジ色の机とテーブルがあり、一同はそこに腰掛けた。
何が飲みたい物はあるかと月音に聞かれたため、青葉は無難にレモンティーを頼んでおいた。
月音が手元にあったベルを鳴らすと、どこからともなく使用人らしき女性が現れたので、青葉は目玉が飛び出しそうになった。
考えて見ればこの広大な邸宅に使用人がいないはずないのだが、今の呼び方はさすがに驚く。
青葉の他は今の光景に慣れきっているらしく、何のそぶりも見せないまま誠治が一言呟いた
「まさか犯人が女だったとは――」
再び場を沈黙が支配する。
先程の女性が人数分の飲物を運んできたが、誰も手をつけるものはいなかった。
「ごめんなさい。あたしのせいだ。ちゃんと捕まえていれば、何か情報を聞き出せたはずなのに」
「こればかりは仕方ない。先程のは不幸な偶然で起こった事故だ」
「だけど――」
「犯人が撥ねられた道路は、調べではあの時間帯車での通行が禁止されたいた。それも踏まえて私たちはその公園を選んだのだ。流しのタクシーでも使われたらかなわんからな。あのトラックは、標識を破って抜け道でもしようとしたんだろう」
金治がそこまで考えていたとは青葉も驚きだったが、同時にあまりの不運さに天を呪いたくなった。
最悪のタイミングとはまさにこのことである。
しかし運の悪さを理由にしても、青葉の罪悪感はほとんど軽くならなかった。
あの女は一体何が目的で二人殺し、月音を狙ったのか。
彼女の裏にいたであろう大賢者とは、どういう繋がりで、何者なのか。
全ては犯人の死という最悪の形を持って失われてしまったのだ。
「皆さん、これを見てください」
月音が白いハンドバックから、古びた真鍮製の、ドライヤーのような形をした物体を取り出した。
狐狸煙幕と同じように所々から銅線や歯車が覗いているが、身に纏う陰惨な空気はそれよりもずっと強い。
「犯人のハンドバッグの中に入っていました。おそらく一連の事件に使われた発明兵器でしょう」
「つくねの持ってるバッグ、犯人のじゃん。現場から取って来たワケ?」
「ええ。大丈夫、怪しまれませんよ。事故の被害者の荷物が盗まれるなんて、日常茶飯事ですから」
月音には犯人の持ち物から、発明兵器に関する情報が割れないようにする意図もあったのだろう。
だが混乱する現場の中で平然とバッグを持ち去っていくとは、彼女の上品で繊細な顔の下には「黒い」の一言で片付けられないものが潜んでいるのかもしれない。
さすがのリオンも面食らった表情をした後、呆れたようにため息を吐く。
月音はそれを気にも止めず、犯人のバッグを半ばひっくり返すようにして、中身を洗いざらい外に出していた。
しかし彼女が犯人と思わせる物は月音が見せた発明兵器以外なく、後はフリルのついた化粧ポーチや、ラインストーンの散りばめられたケータイが出てくるばかりであった。
「つくね殿。彼女は本当に犯人だったでござるか?」
「そうに決まっているでしょう。発明兵器を持ってたのにまだ信じられないんですか」
まだ何か言いたげにしている誠治に、月音は皺だらけになったメッセージカードを見せた。
そこには簡潔に「大賢者より使わされし小賢者より」と書かれている。
「彼女が握っていました。これでもう確定でしょう」
「そうでござるが……。」
「あたしも、誠治さんが疑う気持ち分かるな。だって男だと思ってたから。犯人」
「私も自分に脅迫状が来るまではそう思っていたのですけどね」
月音はリオンとのことで週刊誌に取り上げられたその日に脅迫状が来たため、そこから犯人が女性ではないかと思い始めたという。
月音の話を聞いて、今までだんまりを決め込んでいたリオンが得意げに言った。
「僕はね、最初から女が犯人だと思ってたよ」
「その理由は?」
「だって美人ばかり狙ってるんだよ?そんなことするのは女に決まってるじゃん。女の嫉妬は怖いからね」
「嫉妬、ですか?嫉妬でなぜ人を殺すんです」
「つくねには分かんないだろうね。いつも嫉妬してるアオバカなら分かるんじゃない」
リオンは長いまつげを伏せ気味に、若干馬鹿にしているような流し目を青葉に送る。
薄く微笑んだ口元と相まって、彼の顔は眩暈がするほど美しかった。
通常なら目が釘付けになるはずのそれから顔をそらし、青葉は一人で考え込む。
推理の領域を出ないが、青葉の中で彼女の動機が判明しつつあったからだ。
昨夜考え付いたものの形を取らずにぼやけていた物。
それが犯人の顔を見たとき、つながったような気がしたのである。
「なんか上手いこと言えないけど。大まかにはリオンが言った通りのことだと思う……。」
月音は青葉が言い淀んでいる間に犯人のケータイを軽く弄ると、犯人の名が「西田好美」であるらしいと告げた。
青葉は自分の言いたいことがまだしっかりしなかったが、取りあえず言葉を続ける。
「こういうとつくねさんに悪いけど、物凄くお金かけて整形して化粧すれば、見た目だけは月音さんや殺された二人より上になれるかもしれないでしょ」
「青葉さん、私に対して過大評価ですよ」
「いや、つくねさん凄く綺麗だもん。でも見た目だけなら、めちゃくちゃ大変でも努力すればなんとかなる……。」
そこまで言うと青葉は再び言葉を切り、額に手を当てて考え込んだ。
「でもさあ。いくら頑張ったって、つくねさんより金持ちになるのは無理じゃん。他の二人だって同じだよ。どんなに努力してもアメリカの一流大学を卒業するのは難しいし、ましてや金メダリストなんて絶対無理だ」
「つまり、アオバカはなにが言いたいワケ?」
「つきねさんや戸松キャスター、白羽選手には絶対に適わないってこと。だから嫉妬したんじゃないかな」
狙われた三人に共通している、人並み外れた美貌。
それだけなら血の滲むような努力で追い抜けるかも知れない。
しかし同時に彼女らが持ち合わせている財産や才能は、一般庶民には到底掴み取れないものだ。
世の中にいる九十九パーセントの人間達は、彼女達と対等にすらなれない。
青葉も自分が凡人であるがゆえに、それが痛いほどよく分かった。
「しかしその西田という犯人は、それなりに綺麗だったんでありますよね?救いようのないブスだったら嫉妬するのも分かるでござるが、納得行かないであります」
「これはあたしの推測だけど、それなりに美人だからこそ殺すほど嫉妬したんだと思う」
「なんででござるか」
「それは……。」
青葉が返答に困っていると、意外なことにリオンから助け舟が出された。
「アオバカが言いたいこと、なんとなく分かるけどね。僕がデビューした時、いわゆるダサい奴らは何とも言ってこなかったけどさ。なんていうの、クラスでもそれなりに人気があって、顔もまあ悪くない程度の奴は色々文句つけてきたんだよね。全然ダメなやつより、ちょっとできる奴の方が、嫉妬するんだよ。諦めがつかないみたいな」
「そんなもんでござるか」
「そんなもんだよ。しかしさすが凡人のアオバカ。よく分かってるね」
青葉は腹が立ったが、彼に反論することは出来なかった。
青葉には脳みそも外見も家柄も、いくつかは平均より上回れど、突出した物は何一つとしてない。
そこら辺に掃いて捨てるほどいる一般市民の一人だ。
片やリオンは日本トップクラスのアイドルであり、月音はトップクラスの資産家である。
今こうして同じテーブルに向かっているのが、おかしいくらいなのだ。
西田好美と星見院月音のどちらの立場に近いかと問われれば、青葉は間違いなく前者である。
「私はいまいち納得できませんね。嫉妬程度であんな末恐ろしいことができるのでしょうか。そんなんで人を殺していたら、日本は毎日人殺しだらけです」
「嫉妬程度って言えちゃう所が月音の凄いとこだよね。あのね、君が思っているよりも、誰かに嫉妬して生きてる人間の数は多いんだよ」
「確かにリオンの言うとおりかも知れんな。嫉妬だけで人を殺す人間は何万人に一人しかいないだろう。だが何万人に一人と言えども、嫉妬に狂う人間が十万人いれば、事件は起こる」
「つまり、西田好美は何万人の中の一人だったということですか」
金治はほとんど氷の溶けかけたアイスコーヒーを、一口すすった。
「分からん。おそらく青葉やリオンの言うとおりだと思うが、本人に聞かない限りは分からん。真相は、もう閉ざされてしまったのだ」
どんなに青葉達が推測に推測を重ねようとも、それが正しいかどうかはもう誰も知ることは出来ない。
全ては西田好美の死と共に閉ざされてしまったのだ。
動機も黒幕もすべて失われたという形で、今回の事件は幕を閉じるしかない。
青葉はこの後味の悪さと罪悪感を、一生忘れられそうになかった。
道路を渡るときは左右をきちんと確認しましょう