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第18話:真夜中の疾走



 思ったより残酷な描写が出てこないので、最初の注意書きを外しました。



 ――少しでも早くオカルト局へ急ぐように。


 金治の電話はその一言で切れた。


 どうして月音に脅迫状が届いたのか。

青葉は混乱を極める頭で必死に考えたが、答えが出るはずも無かった。

今自分にできることはただ一つ。

オカルト局に行くことしかない。


 パジャマからその辺りに放っておいた洋服に着替え、青葉は財布だけ取ると一階に駆け下りた。

スニーカーをはこうと手間取っているところでふきに見つかり、大声で呼び止められる。


「アンタこんな時間からどこ行く気なの!」

「ゴメンお母さん。どうしても行かなきゃいけないんだ!」


 青葉はようやく靴を履き終わり、玄関から飛び出そうとしたが、Tシャツの裾をふきに鷲掴みにされてしまった。


「待ちなさい!夜遊びなんて許さないからね!」

「夜遊びじゃない!友達が大変なんだ。邪魔しないで!」


 青葉は強引にふきの手を振り払うと、その隙をついて家から転がり出た。

瞬時に体勢を立て直すと、直線方向にある駅に向かって商店街を駆け抜ける。

店は皆閉店しており、人影もまばらだったため、青葉は何にも阻まれず駅まで疾走した。

湿気を含んだ蒸し暑くて重い空気が青葉の体にまとわりつく。

後ろからふきが追いかけてくる音が聞こえたが、青葉の体重の二倍はある彼女が追いついてこれるはずもない。

タイミングよく乗り込んだ電車の中で、青葉はふきに申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、こうするより他になかった。


 青葉は終電ギリギリの電車で、どうにか金治の家に辿り着くことができた。

地下室に降りると、会議室で金治と誠治がソファーに座って黙りこくっている。

月音とリオンはまだいなかった。


「二人とも、つくねさんとリオンは?」

「月音は危険だから家から出ないように言ってある。リオンは今仕事が終わったから、そのまま来るそうだ」


 詳しいことはリオンが来てからになるらしい。

青葉も余っていた二人掛けのソファーに腰掛け、彼が来るのを待った。


 一体どうしてこんなことになってしまったのか。

青葉は月音と二件の猟奇殺人について思考をめぐらせてみた。

二件の殺人に共通することは、被害者が知名度のある女性ということだけである。

月音は財閥の令嬢であるが、有名人ではない。

ひょっとして、昨日の週刊誌のせいで犯人に目をつけられたのだろうか。


 だとしても、たったそれだけでターゲットにされるなんてあまりにも理不尽であった。

赤マントのように頭のおかしな男には、その程度の理由で充分なのだろうか。

いや、それだけではないはずだ。

まったくの勘だが、青葉には他に理由があるように思えた。


 青葉の考えが煮詰まっているところに、息を切らしたリオンが勢いよく扉を開けて入ってきた。

夜とはいえ真夏の熱気が残る中を走ってきたのか、白い額には大粒の汗が浮かんでいる。


「つくねに脅迫状ってどういうことだよ!」


 リオンはあたかも犯人がそこにいるのかのように声を荒げた。


「落ち着くであります。リオン三等兵。みんな同じ気持ちであります」

「でもつくねが……」

「リオン、お前は私たちを信用していないのか?月音をこれまでの二の舞にはしない」


 二人の言葉にリオンは多少落ち着きを取り戻したらしく、青葉の隣にどっかりと腰を下ろした。 

硬い表情をしたリオンは整いすぎた顔も相俟って、まるでギリシア彫刻のようである。

容姿もあまりに完璧過ぎると、逆に怖いのだと青葉は思った。


「きんじぃ。拙者確かめておきたいのでござるが、つくねに来た脅迫状は本当に本物なんでござるかね」

「どうしてそう思う」

「昨日つくねはリオン氏とラブラブアッチッチな記事を雑誌に書かれたであります。ひょっとしたらリオン氏のファンの嫌がらせかも知れないでありますよ」


 「ラブラブアッチッチ」という表現に嫌な顔をするリオンを横目に、金治は首を大きく横に振った。

誠治がなぜそう断言できるのかと再度金治に質問する。


「必要ないと思って今まで話さなかったが、マスコミが発表している脅迫状の文面と、実際被害者二人に届いた脅迫状の文面には、ところどころ違っているところがあるのだ。『大賢者より使わされた小賢者』という名前も、実際は『大賢者より使わされし小賢者』となっている」

「どうしてわざわざそんなことを?」

「本当に同一犯が出した脅迫状かどうかすぐに区別できるからだ。今誠治が言ったようにいたずら目的の模倣犯の可能性もあるからな。残念ながら月音に届いた脅迫状は、実際に届いた脅迫状と特徴が全て一致していた」


 青葉は誠治が言ったように脅迫状がいたずらであれば良いと思ったが、金治の話を聞いてその希望は脆くも打ち砕かれた。 

月音が本物の『大賢者より使わされし小賢者』に狙われていることは間違いない。

隣に座ったリオンはその事実がよほどショックだったのか、両手で顔を覆ってうつむいた。


「僕のせいだ。僕のせいで週刊誌に載ったから……。」

「そんなことない。関係ないって」

「うるさい!アオバカは黙ってろよ!」

「よさないか、リオン。今重要なのはどうして月音が狙われたかではなく、これからどうやって月音を守るかだ。責任なら後で感じなさい」


 金治の言葉は厳しかったが、言っていることはまさしく正論だった。

今はなんとしてでも月音を守ることが先決だ。

しかしどんな発明兵器を使っているのかさえ分からない犯人に、どうやって対抗すれば良いのだろうか。


 良い方法が思い浮かばず、青葉が無意識に頭をかきむしっていると、金治がテーブルの上に映写機のような物を出した。

真鍮製のぜんまいや古ぼけた真空管、透明な球体に入った水銀などが取り付けられているそれは、得体の知れない不気味な雰囲気を醸し出している。

「発明兵器だ」と青葉は直感的に思った。


「おおう。これは狐狸煙幕でありますな」

「こりえんまく?」

「人の視覚中枢に直接作用して、道なんかを行き止まりに見せる発明兵器でござるよ。とは言っても、元々ある風景を横にずらしてごまかすくらいのことしか出来ないでござるが」


 誠治は狐狸煙幕と呼ばれた装置を手に取り、横に付いた小さなレバーのようなものを引き上げる。

するとちょうど目の前にいた金治が二つにぶれ、まるで彼が二人もいるかのように見えた。

状況を忘れて小さい子供のように驚く青葉に、リオンが氷よりも冷ややかな視線を送る。


「まったく、サルみたいに喜んでるんじゃないよ。きんじい、これで一体何するつもり?」

「ずっと前にも、どう攻撃してくるか分からない敵と戦ったことがあってな。その時とほぼ同じ作戦で行く」


 金治の立てた計画はこうだった。

まず危険が無いよう、狐狸煙幕で月音の姿を実際とは数メートルずれて見えるようにセッティングし、その状態で月音を適当な公園のベンチに座らせ、敵をおびき寄せる。

近くには青葉とリオンが張りこんでおき、怪しげな道具を使おうとする人間を見つけたら即刻取り押さえる。


「決行は明日の朝だ」

「ちょっと待ってよ。そんなの危険が大きすぎる。もしつくねに何かあったらどうするわけ?」

「心配するな。前の二件の犯行から考えると、犯人の使う発明兵器は拳銃のようにターゲットに狙いを定めて使うものだと推測される」

「どうして?」

「二件目の事件は、他にたくさんの人間がいる中起こった。無差別に攻撃する発明兵器だったらそんなことは出来ん。だいたい狙いの定まらないのに攻撃が当たるはずが無かろう」

「でも……。」

「リオン氏、青葉殿が赤マントに狙われているときも危険はあったでござるよ。発明兵器を持っている奴に狙われている以上、危険は避けられないでござる」


 食い下がるリオンの姿を見て、青葉は彼がどれほど月音を大切に思っているのか分かった。

青葉には意地悪だが、すべての人間に対して思いやりが欠けているわけではないのだろう。

突っ込みを入れつつも、オカルト局の三人がリオンに好意的に接している理由が分かった気がした。


「でもおじいちゃん、そんな見え見えな囮作戦で本当に来るのかな。罠だと思って警戒しそうじゃん」

「いや、奴は二件とも上手く行って調子に乗っている頃だろう。しかも常識では考えられない凶器を使っている。警察にばれるはずがないと油断しているはずだ」


 作戦は既に月音に伝えてあり、おびき寄せる公園ももう決まっているという。

犯人が上手く罠にかかってくれるよう青葉は祈るしかなかった。


 作戦会議が終わって時計を見ると、既に夜中の一時を回っていた。

終電はとっくに過ぎた時間帯である。

明日の作戦のこともあり、青葉がどうすればいいか困っていると、金治は今日は泊まっていくように言った。

始めての無断外泊に青葉の良心が痛んだが、ここは祖父の家であるし、なにより他にやりようがなかった。


 青葉は枕とタオルケットを借りると、会議室の長いす上に横になった。

リオンと誠治も泊まっていくらしいが、二人は北側にくっついた日本家屋にある座敷の上で寝るらしい。


 青葉が目を閉じると、優しいそうな月音の顔が浮かんできた。

訳の分からない犯人に狙われて、彼女は今どんな気持ちで夜を過ごしているのだろう。

長いまつげに艶やかな黒い瞳。

絹のように決め細やかな白い肌と、赤くみずみずしい唇。

繊細で美しいあの顔がくり抜かれてしまうなんて、考えたくも無かった。


 そこで青葉ははたと気が付いた。

月音を含む今まで狙われてきた女性たちが、有名人であることに加え、皆美人だということに。

犯人は有名人と美人に恨みがあるのかもしれない。

だが有名かつ美人の女性など、女優やアイドルなど他にもたくさんいる。

どうして彼女たちでなければいけなかったのだろうか。


 青葉は行き詰った。

しかし胸の奥にはもやもやと形を取らないものが引っかかっている。

何か、何か理由があるはずだ。

青葉はそれがはっきりとした言葉にならないまま眠りに落ちた。






 座敷の上に布団を敷き終わると、リオンはその上にあぐらをかいた。

雨戸は開けっ放しのため、蚊取り線香の煙越しに、自分が庭で育てている野菜たちが見える。

風は凪ぎ、深夜にもかかわらず肌にまつわりつくような空気がまだ漂っていた。

普段使わない座敷にエアコンなど付いていないため、寝苦しい夜になりそうである。


「つくね、大丈夫かな」


 リオンは敷き布団の上に寝転がって大の字になった。

このままタオルをかけなくても充分眠れそうだった。


「大丈夫に決まっているでござるよ。小賢者の好きにはさせないでござる」


 誠治はリオンから一番離れた壁沿いに布団を敷いていた。

こんな暑苦しい奴に近くにいられては困るとリオンが文句を言ったからである。

 

 誠治に断言されても、リオンの不安はちっとも拭えなかった。

自分が注意を怠ったせいで月音が狙われたのだという罪悪感が心臓を締め付ける。


 だいたいマスコミに嗅ぎ付けられるなんて、いつものリオンなら考えられない失敗だった。

リオンは超常能力があるせいか、人の気配を感じる力が普通の人間よりも鋭い。

だから好奇心丸出しの週刊誌記者の視線などすぐに分かる。

見られていると感じたら、その気配が無くなるまで適当に歩き回れば良いだけの話だった。


 週刊誌のことだけでなく、最近リオンは仕事もプライベートも失敗だらけであった。

ドラマの台詞を何度も間違えたり、ダンスの振り付けも言われた通りに中々動けない。

久しぶりに月音と二人で会っても、ボーっとして会話がかみ合わない始末である。

どうしてそうなったのか。

原因は自分で分かっていた。


 赤マントと戦った時、彼の言った戯言――女共は男を顔だけで判断しやがって、俺を嘲笑いやがる。テメェらは男にすがるしかできない、ただの寄生虫のくせに。金持ちとイケメンには尻尾振って、犬みたいに媚びやがるくせに!――それと同じことをリオンも考えていた。

将来自分もあの男のようになるのではないか。

その不安が頭からはなれず、何をやってもうわの空になってしまっていた。


 ――そんなことになるわけないじゃないか。


 リオンは己を蝕ばんでくる黒い不安を無理やり打ち消すと、敷き布団に顔をうずめて堅く目を瞑る。

ようやくまどろみ始めた頃、計ったかのように誠治が話しかけた。


「リオン殿ー。リオン殿は青葉氏のことをどう思うでござるか」


 せっかく眠りかけたところを起こされ、しかもそれが青葉の話題だったため、リオンはにわかに不機嫌になった。

低い声で唸るように返事をする。


「何?君二次元にしか興味ないんじゃなかったの?」

「そういう意味ではないでござる」

「どうだか」

「青葉氏のこと、どう思うでござるか」

「ほっそい体してるよね。胸も尻も微妙だし。あ、でも太ももはピチピチしててイイかも」

「それにあのベリーショートは猫耳が良く似合う……。って、そういうことじゃない!」


 のり突っ込みをしておきながら結構腹を立てているらしく、誠治は布団をどすどすと叩いた。


「うっさいなぁ。これだからデブサイクと一緒の部屋はやなんだよ」

「むっ。むむむむ!ということは、リオン氏は青葉猫耳軍曹と寝たいでありますか」

「違げぇよバーカ」

「さっきのお返しであります」

「で、何なの?大したことじゃなければ僕もう寝るから」


 リオンは寝返りを打って誠治から背を向ける。

すると誠治は急に真剣な口調になって話し始めた。


「青葉氏は、すこし自己犠牲的過ぎると思うのでござる」


 いきなり難しい言葉が出てきたため、リオンは少し驚いた。


「自己犠牲って、アオバカが無鉄砲すぎるだけじゃないの」

「そうかもしれないでありますが、つくねも同じこと思っているでござる。今日も『自分が差別されるのが怖いからって、人が殺されるのを見過ごしたりできない』とオカルト局のことをためらいもなく公表しようとしたでありますよ」

「はっ、そんなの口だけだね」


 青葉は超常能力者になって日が浅いから、そんなことを軽々しく言えるのだとリオンは思った。

生まれながらにして能力がある者は、超常能力というものが回りにどんな影響をもたらすか良く知っている。

場合によっては、家族でさえ敵になるかも知れないのだ。

呑気に笑っている青葉の顔が思い浮かんで、リオンはますます不愉快になった。


「しかしリオン殿も実際見てるでござろう。青葉氏が躊躇(ちゅうちょ)なく二階から飛び降りる所を。普通の人間なら、あそこでためらうはずでござるよ。戦いの経験があるならまだしも、あんな行動をあっさりと取れる青葉氏は、はっきり言って少しおかしいでござる」

「そうかなあ。気にしすぎじゃないの」

「青葉氏には何かあるのかもしれないでござる」

「ふん、アオバカにそんなものありそうにないけどね。ただのお気楽な女子高生じゃん」


 誠治が何か言いたそうにしている気配が伝わってきたが、リオンはあえて無視した。

誠治の抱いている青葉への印象が、とても馬鹿らしく思えたからだ。

いつも能天気で、無責任で、無能で、いきなり仲間に入ってきたくせにへらへら笑っている。

それがリオンが青葉に対して持っているイメージであった。

そんな青葉が、何か大層なものを抱えているなんてリオンは想像もつかなかった。

いや、想像したくなかったと言う方が適切なのかもしれない。

青葉はリオンにとって自分の居場所に侵入してきた、単なる馬鹿で嫌な奴であって欲しかったからだ。


 誠治との会話が途切れると、リオンはすぐに眠りに落ちた。

寝苦しい環境なのに簡単に眠れたのは疲れていたからであろう。

しかし忙しいリオンの貴重な睡眠時間は、またもや誠治によって妨げられた。

リオンから一番離れた所で眠っていたはずの彼は、奇跡的な寝相の悪さで隣まで転がってくると、リオンに蹴りを食らわせてきたのである。


「うえぇ!ゲホッ」


 眠りながらの蹴りとはいえ、みぞおちに入ったそれは、リオンを眠りの世界から引きずり出すのに充分であった。

リオンは起き上がると、隣に転がっている巨大なボンレスハムを見て唖然とした。


「どうやってここまで転がってきたんだよ!この豚!名前どおりソーセージにしてやろうか」


 リオンが怒鳴り散らしても、誠治は健やかな寝息を立てるばかりである。

こんなことなら青葉と寝たほうがずっと良かったと、リオンは決していやらしい気持ではなく、極めて純粋にそう思った。


 寝起きに怒ったせいであろうか、リオンの眠気はすっかり覚めてしまった。

このまま誠治の隣にいるのも癪なので、とりあえずトイレに行っておく。

トイレから出ると、熱さのせいか非常に喉が乾いていたので、台所で水を汲んだ。

水を飲んで落ち着くと、荒れた気分も少しは治まった気がする。

まだ少しぼんやりとした頭の中に、寝る前にした誠治との会話が蘇った。


「アオバカに何かあるって、そんなワケないじゃん」


 どうせ今も地下室で呑気に睡眠をむさぼっているのだろう。

どんな間抜け面で眠っているのか考えると、リオンは堪らずおかしくなった。


「驚かしたら、地球の終わりみたいに慌てたりして」


 寝癖だらけの頭で慌てふためく青葉の姿が、リオンの中でありありと思い浮かんだ。

ぜひ見てみたい。

リオンは思いついたことをすぐに行動に移すタイプであった。


 台所から地下室へ、暗い屋敷の廊下をリオンは移動すると、青葉のいる会議室の扉の前に立った。

ゆっくりと扉を開けると、寝ている青葉の足が見える。

青葉は、思ったより普通の顔で眠っていた。


 朗らかな顔で規則的な寝息を立てる彼女は、何も抱えるものなどないように思えた。

それどころか安心しきっていて、幸せそうにすら見える。


 リオンは何だか腹が立ってきた。

きっと青葉が予想通りの間抜け面で寝ていれば、そんなこともなかったのだろう。

眠っている青葉の安らかな表情が、リオンの苛立ちを助長させる。

 

 何が自己犠牲的だ。

そんな様子微塵もないじゃないか。


 何ともないくせに皆に心配されチヤホヤされる青葉が、次第にリオンは憎らしくなっていた。

コイツは、そうやって段々と自分の居場所を奪っていく。


 ――青葉なんかいなくなれば良いのに。


 リオンの目に、むき出しになった青葉の首が映った。

片手で握っても潰せてしまいそうな、細くて白い首である。

リオンは無意識かそれとも自分の意思なのか、分からないままにそれに向かって両腕を伸ばした。


 リオンの彫刻のような指先が青葉の首に触れるか否かのところで、急に青葉がもぞもぞと体を動かした。

気が付いたのかもしれないと、リオンはびくりと両腕を振るわせた。


「ううう。ダメだよリオン……。」


 眉根に皺を寄せると、青葉はこちらに向かって薄っすらと目を開けた。


「あ、アオバカ。起きたの」

「ぬぬぬ。だからダメだって、そんなことしちゃぁ」


 青葉は何か誤解したのかもしれないとリオンは思った。

確かにこの状況下では、そういった類の勘違いをされても文句は言えなかった。


「ちっ違うからね。僕はそういうつもりでここに来たんじゃ……。」

「あーもー!だから言ってるでしょう!リオン、トイレにトマト詰めちゃダメだって!!」

「へ?」


 青葉は何もない方に向かって手を伸ばすと、じたばたと暴れ始めた。


「リオンー。トイレにトマト詰めちゃダメなのー。そんなことしたらトイレがブラックホールになっちゃうよ。トイレを朝礼台に変えるにはトマトじゃなくて粘土じゃないとダメ…じゃん……。」


 青葉は急に手を下ろすと、再び寝息を立て始めた。

どうやら寝ぼけていただけらしい。


 リオンは今の今まで自分がしようとしていたことが、急に馬鹿らしく、なおかつ恐ろしく思えてきて、そのまま部屋を飛び出した。

あのままもし青葉が起きなかったら、それとも起きて騒いでいたら、自分は一体どうしていただろう。

そんなこと考えたくもない。


 リオンは自分自身が、急に得体の知れないモンスターのように思えてきて仕方なかった。

このまま行けば、自分も赤マントのように狂った人間になるのかもしれない。

リオンは次々浮かんでくる考えを振り払うようにして、真夜中の廊下をひたすら走った。

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