第16話:結成!新生帝國オカルト局
翌日、青葉はオカルト局の談話室にいた。
月音と誠治が来ると、青葉はまず先日の礼を述べたが、肝心のリオンは多忙のため来れないと二人から聞かされた。
なんでも夏の一大イベントである東京公演を控えているらしく、その打ち合わせや練習で目の回る忙しさだという。
人気アイドルという職業は、想像以上に大変さを極めるのだなと青葉は実感した。
難しい顔をした金治が談話室に入ってくると、部屋の空気が自然と引き締まった。
金治は赤い一人掛けソファーに座り、堅い顔を崩さないまま口を開いた。
「今日、この会議で話さなければならないことはたくさんある。まずは先日の赤マントのことだ。詳しい話は、月音の方から聞いている。かなり大変な事態だったようだが、三人とも怪我は無かったか?」
皆無言のままうなずいた。
「特に青葉、お前は赤マントを捕まえるために二階から飛び降りたそうだな」
「うん」
金治はしかめっ面をすると、無茶はいかんぞと苦言を呈した。
確かに赤マントを捕まえるためとはいえ、あの時の行動は無鉄砲そのものだった。
下手をすれば大怪我どころか、赤マントに攻撃されていた可能性もある。
しかし自らの身の安全よりこれ以上犠牲者を出さないことの方が、青葉の中では大事だった。
とはいえ軽はずみな行動に出たのは本当だったので、青葉は素直に反省した。
「ところで回収した生命布はどうなったのでありますか」
「大穴が空いていたが、幸い設計図が残っておるのでな。一週間もすれば充分直せるだろう」
「なんであんなもん直したりするの?」
「確かにあれは恐ろしい兵器だが、その分我々にとって重要な武器になる。もしまた兵器を悪用する奴が出てきた場合、それで対抗できるのだ」
何人も人を殺め、自分を恐ろしい目に遭わせた兵器を今度はこちら側が使うなんて、青葉はあまりいい気分ではなかった。
たとえ頼まれたとしても、絶対に使いたくは無い。
もっとも悪いのは赤マントであって、道具に何の罪も無いことは分かっているのだが。
「さて、ここから本題に入ろう。皆知っていると思うが、昨日ニュースキャスターの戸松咲子が殺害された。彼女には脅迫状が届いていたそうだが――」
「大賢者より使わされた小賢者…ですね」
「そうだ。赤マントも散々賢者がどうだの喚いていたそうだからな。関連があると見て今の所間違いないだろう」
赤マントとの関連性を疑っているのは他の仲間たちも同じようだった。
彼が何度も口にしていた単語がそのまま脅迫状に記されていたのだから、そう思うのは当然である。
さらに金治は「余り気分の良くない話だが……。」と口ごもりながら話を続けた。
「警察関係者から聞いた情報だが、彼女の死体にはちょうど、顔面から後頭部にぽっかり穴が空いていたらしい」
「穴、ですか?」
「ああそうだ。それもきれいにくり抜いたようにだ」
凄惨な殺害現場が脳裏に浮かび、青葉は嫌な気分になった。
誠治も口をへの字に曲げ、特に月音は眉をひそめて露骨に嫌悪感を表している。
――遺体に空いた、穴。
青葉は知らぬ間に身震いしていた。
二年前に殺された千代子の死体にも、穴が空いていたからだ。
戸松咲子とは違い、千代子は顔だけでなく体中を無数に貫かれていたが。
「情報では戸松咲子は割と人通りのある道路に倒れていたみたいだが、どこからか運ばれてきた痕は無いという。つまり犯人は人目の無い僅かな時間の間に人間の顔をきれいにくり抜いたことになる」
「そんなの、無理じゃない?」
「うむ。警察もだいぶ頭を悩ませているようだ。だが発明兵器を使用すれば可能かもしれん」
「心当たりのある兵器はあるんですか?」
「残った資料を調べて見たが、それらしいものはなかった。だが脅迫状と被害者の殺され方からして、その可能性は高い」
それならもう発明兵器で殺されたのだと断定していいのではないかと、青葉は心の中で一人ごちた。
殺され方と脅迫状。
どちらか片方だけなら判断に迷うが、二つ揃っているなら間違い無い。
「どうしてその戸松さんは狙われたんでござろう。赤マントは目についた人間を無差別に襲ってたみたいでありますが」
「彼女は有名人ですからね。顔が売れているだけ恨みを買う機会は多いのではないでしょうか」
確かに月音の言うとおりだと青葉は思った。
知名度が高いだけ赤マントのような奴の目につく機会は多いだろうし、マスコミで発言していればその人の意見が気に食わない人間も出てくる。
特に昨日殺された戸松咲子は美人だった上にアメリカの一流大卒ということもあり、テレビでの露出はかなり高い方だった。
「むくく、本当に酷いであります。拙者割と好きだったのに!」
「赤マントから何も聞き出せないことが残念ですね」
「あいつ、まだ意識戻ってないの?」
「ええ。医者の話だと悪くなる一方みたいですから。こちらからの手掛りは期待薄でしょうね」
残念そうな面持ちで月音が金治の方を向きなおった。
「それにしても、今は犯人の情報が少なすぎます。私達捜査は専門外ですから、警察がそれらしい人物を絞り出さないと動けませんよ」
「確かに歯がゆいが仕方ない。新しく情報が流れてくるのを待つしかないだろう」
「そういやさっきも警察関係者がどうとか言ってたけど、何かつながりでもあるの?」
「むふふ。拙者の叔父が警察のお偉いさんなんでありますよ」
誠治が得意げに胸を張った。
それでも胸より腹の方が出ているのが、悲しい所ではあるが。
「叔父も藤之崎家の一員である以上、立派なオカルト局関係者でありますからね。それらしい情報はこちらに流してくれるのでござる!」
「それって、色々まずいんじゃない?」
「大丈夫でありますよ。他にも後ろ盾はあるでござるし…。これも市民の安全を守るためでありますから」
「うむ。秘密裏に存在したオカルト局で発明兵器云々など、とても警察が公式で扱えないからな。あっちも助かっている面はあるだろう」
まさか警察にまで顔が利くとは、青葉も驚きだった。
病院の時も思ったが、オカルト局は自分が知らないだけで各方面に大きな影響力を持っているのかもしれない。
考えて見れば日本有数の大企業グループが全面サポートしているのだ。
これで顔が利か無いほうがどうかしているというものだろう。
しかしいくらオカルト局に権力があろうと、青葉が戸松咲子の殺害について何もできないのに変わりはなかった。
彼女を殺した犯人は今、発明兵器を手にし、何食わぬ顔で生活しているのである。
「犯人の奴ホント許せない。顔を繰り抜くなんて、頭どうかしてるわ」
「頭がおかしいのだけは、間違いないでござる」
「赤マントの仲間なんだよね?だったら戸松キャスターのストーカーとか、きっと変態ヤローだ」
「週刊誌には色々書かれてますけど、彼女に個人的執着を抱いている人物に間違いなさそうです」
犯人の残虐な殺し方に、三人の感情は否応なしに高まる。
盛り上がる三人を制するように金治が静かな声で間に入った。
「その可能性は大きいが、決め付けは良くないぞ。赤マントとの関連性もある。何か目的を持ち、発明兵器で武装したテロ組織まがいの可能性も考えなければならん」
「でも、そのわりに赤マントの言ってることはむちゃくちゃだったけど」
「飽くまでも可能性の一つだ。しかし警戒するに越したことは無い」
金治は一旦言葉を区切ると、青葉の目を見据え、続けた。
「今回も犯人と接触した場合、おそらく戦闘になるだろう。だからこそ、今お前に聞いておきたいことがある」
「なに、おじいちゃん」
「青葉、お前は危険を承知してでもオカルト局に入りたいか?」
青葉は間を置かず、「うん」と即答した。
「本当に後悔しないか」
「当たり前でしょ。あたし、発明兵器で人を殺す奴らを野放しにしたくない。人を殺して平気で暮らしてる奴らは許せないんだ」
今の言葉はもちろん青葉の本音から出たものである。
しかし青葉が危険を顧みずオカルト局に志願したのには、もう一つ訳があった。
殺された親友、千代子のことである。
青葉は赤マント事件が解決してから三日間、時折考えることがあった。
千代子は、発明兵器によって殺されたのではないかと。
体に無数の穴を開けられ、血だまりの中に横たわっていた彼女の死体。
どうやって殺されたのか、警察も首をひねっていた。
殺害方法は今でも分からないままである。
本当に発明兵器によって殺されたのか、今日まで迷う所があったが、戸松咲子の殺され方を聞き、青葉は確信した。
千代子は、発明兵器によって殺されたのだと。
オカルト局に入れば、きっと犯人を捕まえられる。
いや、捕まえてみせる。
青葉は決意は絶対であった。
そのためならどんな怖い目に遭っても構わない。
場合によっては命すら――。
かけがえの無い者を失った青葉の決意は、十六歳の少女にしては余りに頑なで、余りに痛々しかった。
金治たちにそのことを言わなかったのは、それが自分でも狂気じみていることが分かっていたからである。
それに純粋に発明兵器の悪用に憤りを感じて危険に身をさらしている彼らには、私情を挟んでいることを知られたくなかった。
金治はそんな青葉の本心を知るはずも無く、返事を聞いて満足そうに頷いていた。
重苦しかった会議室の雰囲気が急に明るくなる。
「これで青葉さんもオカ局の仲間ですね」
月音が微笑みながら、白く滑らかな手で青葉の両手を取った。
指先には桜貝のような形の良い爪が光っている。
青葉がもし幸平だったら、鼻血を出して失神していたところだろう。
「よく言った、青葉。オカルト局へようこそ」
「むほっ!これで神代、鏑田、星見院、藤之崎と、旧オカ局主要メンバーの一族が全員揃ったわけでありますね!」
「『結成、新生帝國オカルト局』と言ったところでしょうか」
「おいおいお前たち、私が神代家ということを忘れちゃいないか」
金治の呟きに他の三人は噴出したが、彼本人は「影が薄いのか」と肩を落としていた。
「さあ、新メンバーも加わったことだし、張り切って行くでありますよー!」
「思ったんだけど、リオンの許可とかは良いの?」
「何言ってるでありますか!リオン氏が素直に『うん、いいよ』なんて言うわけ無いでござるよ。こういう時は事後承諾が一番!」
彼の扱い方については、付き合いの長い彼らに任せるのが一番だろう。
青葉が直接何かしても、リオンはますます頑なになるに違いない。
出会ってからほんの一週間足らずではあるが、それくらい青葉も承知の上だった。
「どうしても嫌がったら、私が説得しますから。安心してくださいね」
「月音の説得は、説得と言うよりむしろ折檻でござる」
「何言ってるんですか!顔は狙いませんよ」
青葉は月音の黒い一面に気付き始めていたが、あえてスルーすることにした。
青葉がオカルト局のメンバーになることが決定すると、金治は明日からできるだけ訓練に来るよう告げた。
日常生活に必要なのは念動力のコントロールする力だけだが、戦闘をするとなるとそうはいかない。
リオンのように念動力を攻撃の方法として使えるようにしなければならないのだ。
青葉はいよいよ本格的な訓練が始まると思うと少し緊張したが、反面どれだけ自分が強くなれるかという期待感もあった。
金治が次の会議は情報が入り次第連絡すると伝え、久々の会合は幕を閉じた。
青葉が屋敷の外に出ると、屋敷に植わっている木々の辺りからカナカナの鳴く声がした。
この澄んだ声を聞くと、胸がきゅっと切なくなるのはなぜだろうか。
そういえば千代子の命日が近いと青葉は思った。
感傷に浸りつつある青葉の背中を、後ろからやってきた月音が叩いた。
本人は軽いつもりだったのであろうが、青葉の体には小さくない衝撃が走る。
「あら、ごめんなさい。痛かったですか?」
「う、ううん。大丈夫」
「あの、リオン君のことで話があるんですけど、よろしいですか」
月音の顔が曇る。
こりゃ何かあったなと青葉は直感した。
「最近リオン君の様子がおかしいんですけど、何か心当たりありません?」
「別に思い当たる節はないなあ」
怒鳴られたりしたこともあったが、向こうも謝ってきたことだし、解決済みのはずである。
月音は青葉の答を聞くと、そうですかと残念そうにため息を吐いた。
気にかかった青葉が詳細を尋ねると、なんでもリオンは赤マント事件の直後から元気が無いという。
月音がおとついリオンと会う機会があった時も、彼は始終うつむき、返事も上の空だったらしい。
「絶対何かあったと思うんですよね」
「恋わずらいとか?」
「青葉さんにですか」
「ちょっ、やめて!」
「それだったら良いんですけどねぇ。気になります」
青葉は「それでも良くない」と心の中でつっこみつつも、彼の身を案じた。
今まで話してみて分かったことだが、リオンはどこか精神的に不安定な所がある。
僅か十六歳でアイドル業をこなしている上に、オカルト局の活動もしているのだからストレスも溜まるのだろう。
青葉は家に帰ると、リオンの調子を気遣うメールを送信した。